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査問会議

「話すは話すんだが…」

 話すと言ったシャルルは,しかし困ったようにそう言った。

「何じゃい,いきなり渋るのか」

「そうじゃない」

 呆れるハーディに,苦笑しながらシャルルは言う。

「かといって,日程スケジュールを遅らせるわけには行かないだろう?俺たちはアリシアへ向かっている途中なんだ」

「むぅ…まぁそれは確かにそうじゃが…」

「ひとまずワ=ダオラへ落ち着いて,ヒューム殿に苦言の一つも呈し,その後でも良いんじゃないか?」

「…」

 憮然とした表情でシャルルを見るエリィ。

「心配しなくても居なくなったりはしないよ…少なくとも今は」

 それに苦笑するシャルルは,しかしうっかりと口を滑らせる。

「今はって何よ!?」

 途端にエリィの表情が険しくなる。

「ああ,いや…つまり」

 困ったように言葉を繋ぐシャルル。

「ほとぼりが冷めるまでどこかに避難していようなんて事は無い,って意味だよ」

「ほとぼり…って何よ?」

「いや,君が落ち着くのを待っ…」

「私は冷静よ!」

 脊髄反射で即座に言い放つエリィ。

「…解ったよ。じゃぁ取り敢えず全体的なところをざっとだけ説明するよ。それでいいだろ?」

「…質問は受け付けてよ?」

 うって変わって,今度は不安そうに窺うように言うエリィ。

「ああ」

 相変わらず感情表現が豊かだな,ふっと目を細めたシャルルはおもむろに口を開く。

「…俺は記憶を消していたんだ」

 そのまましばし静寂。

「…流星の。まさかそれで済まそうなどと戯けた事を言うつもりではあるまいな?」

 眉を顰めてハーディが言う。

「ちょっと気まずい話になるんで,あまり詳しく言いたくないんだがな…」

「ダメ」

 憮然としてそれだけを言うエリィ。ぼりぼりと頭をかいてシャルルは肩をすくめる。

「あー…その辺は二人だけの時に譲るって事で,勘弁してくれないかな…」

「え?」

「ダメですね」

 目を丸くしたエリィだが,にやにやと笑いながらノーブルが割り込む。

「え?え?」

 その真意を測りかねるエリィ。シャルルは溜息をつく。

「良い趣味だな,ノーブル…」

「私は姫の幸せを見守る義務がありますから。当然,姫によりつく男の行動はチェックさせて頂きますよ」

 しれっと言うノーブル。

「ど,どういう…」

「流星殿はですね,我々の前で堂々とのろけたくないと言っているのです」

「!?」

「そりゃ,そうだろう?そもそも俺が”風”を離れたのだって,それ以外の目的なんか無いんだから…」

 また溜息をつくシャルル。

「あぅ…」

 気まずい表情になるエリィ。当然それは自分に関する話題だ。またも墓穴を掘った格好だ。

「まぁ,やむを得んか…歩きながらで良いな?どこまで話せば許してもらえるかも判らんし,取り敢えず寝床くらいは確保しよう」

 そう言ってシャルルはワ=ダオラへと歩き出す。それに続く一同。

「…俺が記憶を消そうと思ったのは,大きくは甘えを完全に消すためだ」

「甘え,じゃと?」

「ああ。今さら隠しても無駄だから言うが…見ての通り,俺は龍戦士だ。早い話がそれなりに反則的チートな能力を持っている」

「そのようですね」

「だが,俺は漆黒将軍に完敗を喫した。そしてそれが,少なくとも鍛錬の差にあることを痛感した」

 シャルルは言葉を繋ぐ。

「俺は徹底的に自分を鍛える必要を感じた。だがそこで,この能力が邪魔になった」

「勝手に発動してしまう,という事ですか」

 過去の文献の記述を思い出すノーブル。例が少ないために普遍的とまでは断じられていなかったが,龍戦士の能力には本人の意思と無関係に発動する部分があるとそれには書かれていた。

「そうだ。先のレミー…を思い出してもらえればいいが…」

(…?)

 一瞬の逡巡のような間を不審に思うノーブル。しかしそれを口には出さず,次の言葉を待つ。

「おそらく個人差はあるだろうが,龍戦士は総じて反射速度や動体視力が飛躍的に向上するのだろう。龍戦士どうしならその個人差が明暗を分けるのだろうが,龍戦士でない者と戦う際にはまるで自分以外の周囲の時間の流れが遅くなるような感覚となる」

「ふむ…」

 唸るハーディ。

「俺と漆黒将軍との差が…龍戦士としての力の差によるものが最も大きいというならもうどうしようもない。しかし鍛錬に明らかな差があったのも事実だ。だから俺は,むしろそちらの可能性を信じてそれを埋めようとした」

 だが,とシャルルは続ける。

「鍛錬をするためには勝手に発動するこの能力は邪魔でしかない。知らず知らずのうちにそれに頼ってしまう事は甘え以外の何物でもないんだ。…それで俺は,魔法を使って自分の龍戦士としての能力を封印した」

「そ,そんな事が可能なのですか!?」

 役得と言うか何というか,ついでとしてその場に居合わせるギルバートがその立場を忘れて叫ぶ。

「龍戦士の魔法は何でもありの出鱈目が売りさ。何せ元の世界で当たり前に使っていた日常の言葉が,ここじゃ上位古代語で魔力を持つんだからな」

 肩をすくめるシャルル。

「で,ここで…苦しくなったらそれを元に戻したくなってしまいそうな記憶も邪魔だという事に気が付き,消してしまおうと決めた」

「しかし…それでは?当初の目的まで忘れてしまうのでは?」

「…」

 解ってて言わせようとしてるだろ,と溜息をついて,渋々口を開くシャルル。

「そこは,代わりの人格にいくつかの条件をつけてやれば良い」

「…条件?」

 聞き返すエリィ。

「…」

 よりによってそこで口を挟んでくるか,と内心で苦笑しながらシャルルは続ける。

「ああ。まず…自分には大切な女性ひとが居て,それを護ることができなかった。だから自分を極限まで追い込んで,自分の甘えを叩き直さなければならない…君には以前,そう説明しただろう?」

「え…あ…」

 赤面するエリィ。大尉かれほどの男にそれほど思われるなんて余程の女性なのだろう,程度に考えていたが。まさかそれが自分の事だったとは。

「あ…っ」

 と,そこでハッとしてエリィはシャルルの左手を見る。

「これ…だろう?」

 苦笑しながらそれをかざして見せるシャルル。その薬指にあったはずの指輪が無い。

「あれが封印だったんだよ。まぁ…記憶を失くした俺が浮気をしないための制約リミッターの役割も持っていたんだけどな」

「う…」

 気恥ずかしさで消え入りたくなるエリィ。

「そ,そこまで徹底できるとは…」

「あぅぅ…」

 ギルバートの素直な驚きが,彼女に追い打ちをかける。

「ええい!」

 ハーディがシャルルの後ろ頭を殴る。もろに食らってよろめくシャルル。

「何じゃいそのベタな設定は!」

「だから詳しく言いたくないと言ったんだ…」

 殴られたところをさすりながら,拗ねたように言うシャルル。

「ふんっ!格好つけて背中で語ろうと先頭に立っとる奴が何を…」

「逆だよ,逆。こんな話,面と向かって言えるかよ…」

「あぅぅぅ…」

 顔を上げることができなくなってしまうエリィ。

「も,もう良いだろう?だいたいそんなとこで…」

「ダメです。まだまだ訊きたい事があります」

 にこにこと笑いながら即座に却下するノーブル。ほんとに良い性格だな,と溜息をつくシャルル。

「視力まで封印した理由をお聞きしないと」

「ああ…それは…」

 そこで少し言いよどむシャルル。

「武道家を…エリィもそうだし漆黒将軍もそうだが,それを見てそう思ったのさ。感覚を研ぎ澄ます必要があるとな。その意味では舞神流は都合が良かった」

「まぁ…姫との連携の観点から見てもそうでしょうがね」

「念押しするなよ。そんなのは,エリィに習っていた頃からそう言っていたじゃないか」

「いえいえ,大事な事なのできっちり確認をしておきませんと」

 すまし顔で知れっと言うノーブル。

「こんなひねくれた父親でよくエリィがこれだけ天真爛漫に育ったものだ…てっ!」

 そこでまたシャルルの後頭部にハーディの拳が炸裂する。

「儂に喧嘩を売るとは良い度胸じゃ!」

「考えるより先に身体が動くのはきっと親譲りだろうな…」

 殴られたところをさすりながら,ぶつぶつと文句を言うシャルル。

「まぁ本題に戻すと…五感の一つを遮断することで,残りの感覚が鋭敏になるんだよ」

「ほぅ…」

 興味深そうにノーブルが短く声を上げる。

「何せ俺には時間が無い。短期間に最大限の効果を上げる為には,どうしてもそうする必要があった」

「…」

 あの晩の,傷だらけの背中を思い出すエリィ。

「いろいろ調べてみたんだが,舞神流は光を失った者への伝授にもかなりの蓄積がある。加えて,個人開業の道場を捜すまでもなくエリティアの士官学校で習う事ができる」

「なるほど…では覇王流に手を出したのは?」

「まぁそっちは不勉強だったんだが…はじめに手を出してしまったのも剣なら,世の中で最も一般的な武器なのも剣だろう,その剣に関する流派で,士官学校で教えていたのが覇王流だった,という程度だな」

「それは…覇王流に誇りを持つ剣士たちが聞いたら怒り出しますね」

 ギルバートが苦笑する。

「それを言い出したら舞神流だってそうさ。まぁ皆伝の前で言うのも何だが…」

 肩をすくめるシャルル。

「あぅぅぅぅ…」

 何も言えない。言えるわけがない。すべて自分の為にとやってくれていた事なのだ。

 まるで自分が,他のすべての舞神流門下を敵に回したような気にさえなってくるエリィ。

「と,ともかくもういいだろう?」

 それを察してこちらもまた気まずくなり,シャルルは言う。

「だいたいの事は言ったんだから…ほら,もう城門もすぐそこだ」

「む…どうやら衛兵は意識を取り戻したようじゃの」

 ハーディが言う。帰還者たちによって消されたであろうかがり火も再び点けられている。

「そうですね。もう刻限も遅いですし,姫もお疲れのご様子。この辺にしておきましょうか…」

 微笑をたたえてエリィを見守りながらノーブルが言う。

「ああ」

 ほっとするシャルル。しかしノーブルはすぐに追い打ちをかけた。

「続きは明日ということで」

「!?」

 思わず歩みを止め,驚愕の表情で後ろを振り返るシャルル。

「当然でしょう?まだまだお聞きしなければならない事はたくさんあるのですから。なに,アリシアへつくまではまだ日があります。じっくり腰を据えていきましょう」

「ほんと良い性格だなノーブル…」

「なんの。待つ身の姫が受けた苦痛はまだまだこんなものではありません」

「う…っ」

 言葉に窮するシャルル。

「そう簡単に楽になれると思って頂いては困ります」

 ふふん,と鼻で笑うノーブル。

 しかし彼は例によって,心の中ではまったく別の事に思いを巡らせていた。

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