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流星の帰還

 った。落胆と虚しさの中でミリアはそう確信した。

 自分は龍戦士だ。帰還者の首魁としての立場も責任もあるから退けないだけで,眼前のこの女の主張など,言われるまでもなく解っている。自分はそういう世界からやってきたのだ。

 あるいはと期待した。伝説がほんとうに伝説ならば,状況を根本から覆す何かが起こるのではないかと。だから伝説の龍戦士がクーラと名乗った時は,光明がさしたような気になった。

 しかしそれはぬか喜びだったようだ。名は単なる名にしか過ぎず,状況を覆せるだけの力も彼は持ち合わせていなかった。

 この鎧にしてもきっとそうなのだろう。確かに力は感じる。本人ならばあるいはと思えなくもない。だが結局のところ,この鎧だけを置いて本人は逃げたのだろう。

 もはやこの状況は変わるまい。桜花はこの女の心臓を貫き,それで事が終わる。ハイアムの残党の可能性を持つルトリアの首脳部とアリシアに復讐を果たせば,自分が到達を義務付けられたいくつかの結末のうちの一つには,それができるなら避けたかった最悪の結末であっても,確かにたどり着く。

 スローモーションのように,桜花はエリィとの距離をゆっくりゆっくり詰めていき,彼女の表情も絶望まじりの驚愕へと徐々に変わっていく。

 すまぬな,とミリアは思う。ユーリエなどという名を与えられたこの女も,不運な被害者なのだ。

 だがその時。何か金属の砕けるような甲高い音が耳に飛び込んできた。そしてそれとほぼ同時に,背筋が凍るような圧倒的な威圧感と危機感とが彼女を襲う。

「!?」

 ダメだ。ミリアは瞬時にそう判断する。このままでは,この女と刺し違える格好になる。ヒュームを先に始末していればそれでも構わなかったが,奴より先に自分が斃れる訳にはいかない。

 彼女はこれも瞬時に攻撃を諦め,迫りくる威圧感から距離を取る。

「ほぅ…?」

 そちらを見たミリアは驚きの声を上げる。そこへ飛び込んで来たのはあの大尉クーラだ。

「…あ,え…?」

 迫りくるミリアからクーラの背中に,一瞬にして眼前の光景が変わったエリィは,状況を即座に判断できずにぽかんとする。

「た,大尉?」

「…」

 雲間からのぞいた月明かりの下,彼はゴーグルを外し,無言でミリアを睨みつける。

 睨みつける?そこで違和感に気付くエリィ。その五体からも得体の知れない圧のようなものを感じる。

「もうやめるんだ,ミーネ」

「!」

 ハッとするミリア。

「エリィの言う通り…この争いからは何も生まれない。龍戦士ならば,いや…お前ならば解る筈だ」

「フ…満を持してご登場という訳か。随分と思わせぶりな演出じゃないか…ええ?”紅き流星”」

「ええ!?」

 驚愕するエリィ。言われてみれば,その背中に感じる雰囲気は懐かしさを纏っている。

「まったくの予定外ではあったがな…」

 にこりともせずにシャルルは言う。

「何だよ,結局本気じゃなかったってのか?なら試させてもらうよ!」

 そこでレミーが割り込む。鎧から放たれる円盤。

「…」

 ちらり,とそちらへ視線を移すシャルル。

<十二神光雷砲ッ!>

 間髪入れずであったため完全に包囲とまでは行かないが,それでも半包囲に近い状態で放たれる無数の光弾。

 しかしシャルルのすぐ手前でそれらは悉く跳ね返される。

 いや,それは常人の域にそう見えただけに過ぎない。レミーやエルほどのレベルにあってやっとそれと判るほどの速さで,彼は勢いをつけてそれら全てを蹴り返したのだ。何倍にも速度を増した光弾が全てレミーを目がけて飛ぶ。

「うわっ!」

 直撃を受けて吹っ飛ぶレミー。

「れ,レミー!?」

 叫びながらエルが地面に倒れたレミーに慌てて近寄る。彼女の鎧は粉々に砕けている。制御コントロールを失って展開していた円盤はぼとぼととその場に落ちる。

「え…っ?」

 目を丸くするエル。確かに鎧は粉々だが,ただそれだけなのだ。彼女自身は全くの無傷だ。

「何…だと…」

 起き上がりながら,こちらも目を丸くするレミー。刹那とも言える僅かな時間だというのに,鎧だけを破壊するよう当たる角度まで調節していたというのか?

「…」

 あまりの事に,ぺたりとその場にへたり込むエリィ。

「もうやめるんだ,ミーネ」

 それを護るように位置を変え,再びミリアに視線を移してシャルルは繰り返す。

「フ…それはそちら次第だよシャルル」

 不敵な笑みを浮かべるミリア。

「どうやら記憶を失っていたようだが…それを取り戻したというなら今一度問おう。私の同志となれ」

「…」

 しばし沈黙したシャルルは,やがておもむろに口を開く。

「…俺がガイナ=クーラを名乗っていたのは,ただそれをなぞっていたからではない」

「!」

 それを聞いてミリアの顔色が変わる。

「それが答えだ…。帰還者そちらがエリィの敵に回るというのなら,それは俺を敵に回すということだ」

「く…どうあってもアリシアにつくと言うのか…」

 ぎりっ,と歯噛みするミリア。

「違う」

 しかしシャルルは即座にそれを否定する。

「アリシアではない。彼女エリィだ。それ以上でもそれ以下でもない。だから…お前たちにアリシアを信じろ,それと手を組めと言うつもりも無い」

「なに…?」

「目の前の彼女を信じるかどうか。ただそれだけだ」

「詭弁を…」

 敵対的な反応を示した男のうちの一人のつぶやきをシャルルの耳が拾う。

「どうかな?」

 そちらへ視線を移してシャルルは言う。

「なんだと…?」

「今なら詭弁と言われても抗弁はできない。俺という力を背景うしろに威圧しているという批判を完全に否定できないからな。が…初めからそうだったのか?彼女はずっと安全な後方に…無責任な外野の立場に,あるいは力で威圧する権力者の立場に居たのか?」

「う…っ」

 言葉に詰まる男。

「だからミーネ…敢えて言おう」

 ミリアの方に視線を戻し,シャルルは言葉を繋ぐ。

「俺の…いや,彼女の同志となれ」

「!」

 辺りが静まり返る。

「まぁ…こちらは十分に詭弁と誹ってもらって構わないが」

 しかし深刻な雰囲気に耐えきれなくなったかのように,シャルルは苦笑しながらそれを破る。

「偉そうな事を言ったところでアリシアは今は帝国の制圧下だ。アリシア王族だ何だと言ったところで,何を確約できる筈も無いのだ。だからこそ…彼女は彼女として言った。決断も彼女自身を見てすればいい」

「フ…確かに詭弁だな」

 こちらも苦笑するミリア。

「ならばこちらも詭弁で応じよう。…今ここでその提案に返答することはできん。貴様たちと違って,私は帰還者たちを導かねばならない立場なのだ」

「ああ,それで構わない」

 ふっ,と今度は優しい笑みを浮かべるシャルル。そして彼はエルやレミー,男たちを見回しながら言う。

「実際に彼女を知る諸君が,まずは考えて欲しい。そして,それを伝えて欲しい。…良い返答を期待する」

「…退くぞ」

 短く命じるミリア。男たちは警戒しながらもハーディたちを解放し,その周囲へと集合する。

「良い返事は,確約できんぞ?」

「…もとより,ただの願いだ」

 そこにまた,寂しさのようなものを感じてシャルルは言う。

「また逢おう…”紅き流星”」

 そう言って,ミリアは部下たちとともに去っていった。

「…ふぅ」

 その姿がかなり小さくなり,脅威は去ったと判断すると,シャルルは一つ息を吐いて緊張を解く。

「何とかしのぎ切ったな…」

 そこで彼は視線を移し,ぽかんと自分を見上げて目を丸くしているエリィに気付く。

「…どうした?エリィ」

「え,あの…」

 おそるおそる口を開くエリィ。

「シャルル…なの?」

「…ああ」

「その…ふり,じゃなくて?大尉が演技しているんじゃなくて?」

 様子を窺うように言う。

「俺は…今の俺は”紅き流星”シャルル=ナズルだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 優しい笑みをたたえながらシャルルは言う。

「…」

 エリィはシャルルに向かって両手を伸ばした。シャルルはそれを抱き上げる。

「!?」

 しかし不意にエリィは,シャルルの背中に回した両腕でそれを締め上げた。

「いて!いてて!な,何を…!?」

「ほんと…?夢じゃないの?」

 そこで力を緩めて彼から離れ,それでも信じられないといった様子でシャルルを見つめるエリィ。

「ああ。夢じゃない。にしても…随分と物騒な確認だな…うおっ!?」

 至近距離から放たれた膝を受け止めるシャルル。

「ちょ,ま,おいっ!エリィ!?何を…」

 そのまま繰り出される嵐のような攻撃を防ぎながらシャルルは叫ぶ。

「自分の胸に訊きなさいっ!」

 怒り心頭で攻撃を続けるエリィ。

「訊くって,何を!何の事だか解らんぞ!?」

「あー…確かにお主が悪いのぅ,流星の」

 髭をいじりながらやれやれと呆れ顔で言うハーディ。

「な!?どういう事だハーディ!教えてくれ!」

「よくもぬけぬけと…!」

 それでまたエリィの怒りの熱量ボルテージが上がる。

(おや…また覚醒レベルが上がったのでしょうか。攻撃が鋭さを増していますね…)

 冷静にそれを分析しながら,こちらもやれやれと肩をすくめてノーブルは言う。

「流星殿?今まで大尉のふりをして我らをたばかっていたのですから,姫が怒るのも当然でしょう?」

「えっ?」

 そこでようやく理解が追いつくシャルル。

「何だ,それでか…」

「それでか,じゃないでしょ!?」

「いや」

 ひょいと距離を詰め,回し蹴りを出そうとしたエリィの太股を抱え込んで攻撃を止めると,シャルルは苦笑しながら言う。

「騙していたわけじゃない。本当に今までは大尉クーラだったんだよ。ミーネ…ミリアもそう言っていただろう?」

「え…?」

 目を丸くするエリィ。すでにさっきの怒りで,それ以前の事は頭から吹っ飛んでいるようだ。

「記憶を…ですか?」

 ノーブルが苦笑しながら指摘する。

「ああ」

 頷くシャルル。

「納得のいく説明を…して頂いてもよろしいでしょうか?流星殿」

「そうだな」

 エリィの脚を離し,すいと一歩下がってシャルルは言葉を繋ぐ。

「今さら隠し続ける訳にも行かないだろうし…”風”を離れてからこっちの経緯を話すよ」

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