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譲れぬ想い

「きゃっ…!」

 音はエリィのすぐ後ろから発せられていた。さすがに不意の事で身をすくめるエリィ。

「なっ…」

 ほぼ同時に,こちらは背中に戦慄が走って言葉が口を衝くクーラ。

「え…あ,貴女は!」

 後ろを振り返ったエリィは,そこに帰還者の首魁ミリアの姿を認める。

「ユーリエ様!下がって!」

「あ,は,はい!」

 慌てて飛び退るエリィ。

「まさか…帰還者の首魁自らが出向いているとはな…」

 背筋に冷たいものが流れるのを感じながらクーラは言う。力の大小に関わらず,ほとんど完全にその気配を消す事が可能らしい。

「まさか…はこちらのセリフだ。せめて何が起こったか解らぬうちに葬ってやろうと思ったのだが,まさかこんな仕掛けがあるとはな…」

「え…?」

 真意を測りかねるエリィ。ミリアが持っているのは剣の柄の部分だけだ。

「何だ,当人が知らぬのか?これを根元から折ったのはその鎧だぞ」

「ええ!?」

「当たり前じゃい!」

 そこでハーディが鼻息荒く割り込む。

「嬢ちゃんの着ておるその鎧は,今は居らぬ”流星”が持てる愛のすべてを注ぎ込んで造り上げた珠玉の逸品じゃ!着ている嬢ちゃんさえも知らぬ三八の秘密が隠されておるのじゃ!」

「ちょ…ハーディ?それ本当なの!?」

「勿論じゃっ!」

「ほぅ…”紅き流星”がな…」

 ぽつりと言うミリア。そこに怒りとも悲しみともつかぬ感情を感じ取るクーラ。

(ちっ…)

 だがそれは彼自身も同様だ。結局自分はエリィを守れなかった事になる。今この場に居ない”流星”を散々けなしていたというのに,結局肝心なところで彼女を守ったのは”流星”なのだ。

「…ならばちょうどいい」

 気を取り直してミリアは不敵に笑う。

「そこに居る自称紛い物とは別の”紅き流星”が居て,心血を注いでその鎧を遺したと言うのなら…それで”紅き流星”の実力を測らせてもらうとしようか」

「くっ,させるか…!」

「おっと」

 割って入ろうとするクーラへレミーが斬りかかり,彼は後ろへ跳び退る。

「邪魔はさせないよ」

「ちぃ…っ!」

「はいはい,お仕事お仕事。適当にあしらって邪魔だけさせないように,殺しちゃダメよ?」

 エルがパンパンと手を叩きながら指示を出し,男たちは数人ずつに分かれてノーブルたち三人を牽制する。

「やらせるか!」

 レミーに蹴り込み連続攻撃を仕掛けるクーラだが,例によってレミーは涼しい顔でそれを全て防ぐ。

「無駄だよ。解ってるだろう?終わるまでおとなしく待ってなよ」

「まだ終わらせんよ!」

「ハイハイ,まぁ暇だってんなら相手くらいはするけどさ…」

<アドム・カトバⅩⅩⅩ!>

「なっ!?」

 クーラが叫ぶや否や,その速度が数倍に跳ね上がる。不意をつかれたレミーは直撃を食らいそうになって慌ててそれを防ぐ。

「不意打ちか,なりふり構わずだね。でもこの程度じゃまだまだってのは前回で解ってるだろ?」

 それはこちらもだ。体にかかる負担さえ度外視すればまだいける。レミーの言葉通り,なりふり構っている場合ではない。

<アドム・カトバⅩⅩⅩ!>

「!?」

 再び叫ぶクーラ。再び数倍に跳ね上がる速度。

「な…このっ…まだ上が…あったのか!?」

「落ちろっ!」

 このまま押し切れる。左の上段がレミーの頭部を直撃する,と確信するクーラ。

「!」

 しかし次の瞬間,彼は横からの一撃を回避するために後ろへ跳び退る。

「く…」

「レミーってば,油断しすぎでしょ」

 溜息をつきながら彼女の隣へ並ぶエル。

「うるさいなぁ…あれでまだ出し惜しみしてたって方がどうかしてるだろ?」

「案外,新必殺技を編み出したのかもよ?」

「あ,そっちか…それはあるかもな」

 一瞬だけ目を丸くして,それから楽しそうに笑うレミー。

(化物どもめ…)

 歴然の実力差に歯噛みするクーラ。今ので彼の五体は既に悲鳴を上げている。これ以上が望めないところに相手が二人では突破口など見いだせる訳も無い。

「ほぅ…この期に及んでまだ真の力を隠しているというのか…二人とも,もっと追いつめればもっと上を見せるかも知れない。油断だけはするなよ」

「はーい」

「ああ」

 楽しそうに返事をして,じりっ,と前に出る二人。

「…くっ」

 無意識に後退あとずさってしまうクーラ。本能が超えられない壁を認識している。

「さて…ではこちらもそろそろいこうか」

「ま…待って!」

 エリィが叫ぶ。

「何だ?今さら命乞いか?」

「何故戦わなければならないのです!和平の道は無いのですか!?」

「信用するに足らぬという事だよ。お前(ユーリエ)も,伝説の龍戦士(そこの男)もな…」

 嘲るように言うミリア。

「我々を従える事ができる者は,我々を実力で黙らせる事のできる者だけだ」

「なぜ従えなければならないのですか!共に歩む事はできないのですか!?」

 なおも問うエリィ。しかしミリアは冷たく突き放す。

「言葉は信用できん」

「えっ…」

「我々はそれで裏切られ続けてきたのだ。ハイアムに,アリシアに…そしてカイニを渡った先の者たちに…」

「…っ」

「ルトリアにしてもそうだ。だから我々は奴等とは並び立てぬ。貴様らに借りを作るつもりはないから今回は退くが,あくまで今回はというだけの話だ」

 小さな音とともに,ミリアの手甲の先から刃が飛び出す。

「力無き理念は夢想に過ぎぬ。己の主張を通したいのならば,力を示すのだな。…貴様とて,アリシアの王族というのならいくらかは龍の力を受け継いでいるのだろう?」

「嬢ちゃん!今儂が…ぬぉ!?」

 強行突破しようとしたハーディは,次の瞬間うつ伏せに倒され,後ろ手に極められる。

「ぐぬぬ…っ!」

「力無き者が邪魔をするな」

 冷ややかな笑みを浮かべてそれを一瞥するミリア。

「く…っ」

 歯噛みするノーブル。詠唱など始めようものなら即座に口を塞がれてしまうだろう。しかし無詠唱の呪文でミリアに抗するだけの威力を発揮するのは不可能だ。

「さて,いくぞユーリエ」

「!」

 次の瞬間,喉元に迫る切っ先を紙一重で避けるエリィ。腹,頭と続けざまに来る攻撃を必死にかわす。

「どうした,アリシアお得意の専守防衛か?相手に好き放題させ続ければいずれは崩壊するぞ?」

「…!」

 三叉槍を出現させるエリィ。

「やっとやる気になったようだな。さぁ,力を見せてみろ」

「嫌よ!」

 しかしそれを拒否するエリィ。すでに演技など頭から完全に抜けている。

「…なに?」

「私は貴方達に幸せを掴んで欲しい!そのために協力したいの!力づくで従わせるなんて間違ってる!」

「力無き者が言ってもただのお題目だと言っている」

 ふん,と鼻で笑うミリア。

「相手をねじ伏せるだけが力じゃない!」

「それは屁理屈だと言っている!」

「!」

 ミリアの一撃を槍で受けるエリィ。甲高い音と共に,お互いの武器に付与されている魔力どうしがぶつかり合って光が弾ける。

「ならば抗って見せるがいい」

 ぼそり,と小さくつぶやくミリア。

「えっ…?」

「理不尽で無慈悲な現実にどれだけ抗えるか,やってみるがいい」

 言うや,彼女は息もつかせぬ連続攻撃を仕掛ける。

「く…!」

 ミリアには武道の心得は無いようだ。その攻撃には決まった型というものが見られない。だがおそらくは数多くの実戦を経験してきたのだろう。思いもかけないところから,おそらくは致命となるであろう一撃が飛んでくる。

 我流は一般的に攻撃に偏る。好きに攻めた時にもっともその持ち味が発揮され,逆に受けに回った時にもっともその脆さが露呈する。

 つまり専守防衛は,我流相手には最も相性が悪い対応なのだ。

(ぐ…っ)

 不快感に襲われるクーラ。ミリアの発する圧のせいなのだろうかか,まるで先日の漆黒将軍の殺気を浴びた時のそれのようだ。

「行かせないって」

 一歩進み出たクーラを威圧するように,レミーがこちらも一歩前へ出る。

「く…邪魔をするなっ!」

 少し時間を稼いだことでいくらか身体の痛みは引いている。

「凄いね。これ常人のレベルじゃないよ?」

「そこは認める。何をどうやればここまでやれるようになるのか…」

 クーラは絶望的な突破を試みるが,彼の必死の攻撃を,のんきな会話をしながら全て防ぎきるエルとレミー。

「ぐ…っ」

 体の悲鳴に耐えきれず,跳び退って間を取り,歯噛みするクーラ。

「あぁ…どうやら単純に倍化ブーストしてるようだね」

 レミーがその仕掛けに気付く。

「しかもこれが限界か…。当然といえば当然なんだろうが,身体にも相当の負担がかかってるみたいだ」

「ちっ…」

 それを聞いて,小さく舌打ちするミリア。いったん攻撃をやめて距離を取る。

「つまらぬな…この程度か?」

 言いながら彼女は,鎧の裏から投剣を取り出す。

「ならばここまでだ。専守防衛など…先制飽和攻撃の前には無力と知れ!」

 十数本のそれをエリィに向かって投げるミリア。

 いや,それは投げたというよりむしろばらまいたと言った方が適当だった。エリィへの直撃コースにあるのはせいぜい二本。他はその周囲へと逸れていく。

「姫,それは…!」

 しかしノーブルが叫ぶ。彼にはその意図が解っていたのだ。

「落ちろ!」

 それを槍で弾いたエリィにミリアが斬り込む。そして,周囲にあった投剣が一斉に彼女にその切っ先を向けると,時を同じくして襲い掛かった。

「!?」

 ミリアの切っ先に注意を向けていたエリィは完全に不意を衝かれた。連続して発せられる甲高い音。

「エリィ殿!」

 どんどん大きくなる不快感に耐えてクーラが叫ぶ。もはや彼も演技を続ける余裕など残っていない。

 理屈は先日レミーが見せた十二神光雷砲と同じだ。牽制として注意を逸らすか四肢を狙って力を削ぐのが目的で,単独では致命傷にはならない。

 だから本体の攻撃さえ防げれば問題は無いわけだが,逆に完全に無傷という訳にもいかないはずだ。

「大丈夫…」

 しかしそう言って目を丸くするエリィは,全くの無傷だ。

 周囲から彼女を襲った投剣は悉く見えない何かに弾かれて砕け散り,渾身の一撃を受けた槍はこちらもその刃を粉砕したのだ。

「ほぅ…これはなかなか…。反則チート級の防御能力が付与されているらしい」

「”流星”の愛をなめるなと言ったじゃろうが!」

 情けない格好のまま本人たちそっちのけでいきり立つハーディ。

「ふ…ならばこちらも本気を出すとしよう。我らの前に立ちはだかるというなら,そんな伝説など打ち砕くのみ」

 再び距離を取ったミリアは,今度は両手にそれぞれ自身の腕の長さほどの短槍を出現させる。

「槍…?でも…」

 小さな違和感を感じてつぶやくエリィ。その二つの槍は,長さこそ同程度であるが意匠は随分と異なっている。わざと不揃いにしたのか,それとも本来はそれぞれ単独のものを同時に使っているのか。

「!?ま,まさかそれは双朧花そうろうか…?」

 しかしノーブルが驚愕する。

「知っているのか。さすがは女王の教育係」

 にやりと笑うミリア。

「え…何?何か曰くがついてるの!?」

 もはや素のままのエリィ。だがそれを取り繕う余裕はもはやノーブルにも無い。

「姫…ミリア殿が持っているのは双朧花…伝説の武具の一つです」

「!?」

「桜花と梅花,二振りの槍から成る双朧花はもともとは騎士の剣と対をなすアリシア王家の至宝でしたが,妹姫エレーナ様とともにハイアムへと渡り…竜騎兵団団長シャルルの得物として絶大な力を発揮しました」

「え…そ,それじゃ」

「そう。アリシアの至宝が,その裏切りの代価をアリシアに払わせていたのさ」

「…!」

 目を見開き口元を覆うエリィ。

「大いなる災厄ののちアリシアはその捜索と回収を試みましたが,結局その行方は分からずじまいだったと記録にあります。…しかしなるほど…」

 言葉を絞り出すノーブル。

「そういう事だ。いわばエレーナ姫とシャルル団長の形見の品。いつの日か受けた恨みを晴らすまで,大事に守り通してきたというわけだ」

「だ…ダメよ!」

 そこでエリィが叫ぶ。

「…なに?」

「エレーナ姫様は,お優しい方だったのでしょう!?そんな事を望むような方ではなかったのでしょう!?シャルル団長だって…」

 男たち,特にエリィに対して好意的な反応であった者たちの間に動揺が広がる。

「勝手な事を言うな!」

 それを一喝するミリア。

「貴様はアリシアの人間だ!加害者が,どの面を下げて自分たちの悪行を水に流せなどと言うつもりか!」

「そんな事は言ってない!新たな憎しみを生んではいけないと言っているのよ!」

 しかし一歩も引かないエリィ。

「だから!譲れぬと言うなら押し通れと言っている!」

「それじゃ同じでしょ!?力づくで従えたって,憎しみを生むだけよ!」

「ええい!いつまでそんな禅問答を続けるつもりだ!」

 そう叫んで,ミリアは仕掛ける。

「うっ…!」

 受けるエリィ。しかしぶつかり合う槍から発せられる音は先ほどのそれと明らかに違う。双朧花の,といってもミリアが攻めに使っているのは桜花の方だけだが,その圧に耐えきれずエリィの槍が悲鳴を上げているのだ。

「うう…っ」

 うめくノーブル。長らく行方知れずとなっていた双朧花が見つかるとは,しかも本来喜ぶべきそれが全く逆の,脅威として目の前に現れてしまうとは。クーラの剣に亀裂が入っている事を知った時に頭をよぎった懸念が,現実のものとなった格好だ。

 常識的に考えて,エリィの槍が耐えられるわけがない。いくら”流星”が全身全霊を込めたとしてもだ。

「!」

 はたして,ほどなくそれは砕け散る。

「ここまでだな」

 にこりともせずに言うミリア。

「所詮力無き理念は夢想に過ぎぬ。そういう事だ」

「く…私は,それでも…!」

 数歩後退りながら,エリィはそれでも言い返す。

「ならば夢を抱いたまま逝くがいい…」

 ミリアはとどめの一撃を放つ。

 ガギイィィン!再び響く音。だが今度のはエリィの鎧が,埋め込まれた宝石に付与された防御魔法に耐えきれずに砕けた音だ。

「!」

「砕け散れ!伝説と共に!」

 そのまま桜花をエリィの心臓目がけて突き込むミリア。

 その時,異変が起こった。

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