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姫の提案

「気を付けてください,階段があります」

 エリィが注意を促す。

 彼女とクーラに気絶させられた襲撃者たちは,一人また一人と,包帯で目隠しをされ,後ろ手に縛られ繋がれてゆく。

「ゆっくり…足元を確かめて。あ!」

 足を踏み外した一人を慌てて抱きかかえるエリィ。

「大丈夫ですか?」

「ど…どうも…」

 訳が分からないといった様子で曖昧に返答する男。

「こちらは終わりました」

 ギルバートがやってきて言う。

 半数を繋いだところでノーブルが追いついてきた。それに拘束具を渡して,表の者たちを繋ぐよう頼んだのだ。防音処理の施されていない金属鎧を着こんでいるハーディはガチャガチャと騒音を立てるので,表で待ってもらっている。

「ご苦労様です,ギルバート殿」

「しかし…エリィ殿。この者たちを…助けるのですか?」

「ええ,そのつもりです」

 ざわっ,と繋がれていた者たちがざわめく。

「ですが…ヒューム殿を,つまりは連合われわれの将を討ち取りに来た者たちですよ?」

「そこは…提案をしようと思うのですが」

「提案?」

「ええ。この方々には,自分は死んだ…という事で以降全ての軍事行動から手を引いてもらおうと思うのです」

「…は?それでは…放免するのですか?」

 目を丸くするギルバート。再び繋がれていた者たちがざわめく。

「エリィ殿…それは少々甘いのでは?口約束でいくらでも誤魔化しが効きます。エリィ殿たちにこそ及ばなかったというだけで,強者たちなのでしょう?」

「それは…」

 悲しそうに目を伏せるエリィ。うっ,とたじろぐギルバート。

「でも,そこは何とか…」

「エリィ殿」

 肩をすくめながらクーラが割り込む。

「それは全員を前にしてから改めてという事にしましょう?今ここで立ち止まっていては状況がややこしくなってしまいます」

「あ,そ…そうですね」

 気まずそうに言うエリィ。

「では皆さん,もう少しで外へ出ます。慌てずに急ぎましょう」

「…」

 立ち尽くしたままで目の前をエリィが通り過ぎていくのを見つめるギルバート。

「どうしました,ギルバート殿?」

 最後尾のクーラがそれに声をかける。

「あ,いえ…」

 我に返り,それと並んで歩き始めたギルバートは,余人に聞こえないようにぼそぼそと囁く。

「我ながら呆れているのですよ」

「呆れている?」

「ええ…ご存知の通り私はアリシアの臣にして,ユーリエ様の従兄です」

 それが,と気まずそうにギルバートは言葉を繋ぐ。

「先ほど一瞬だけ,全くの別人であるはずのエリィ殿がユーリエ様に見えてしまいました」

「えっ?」

「ああ,いえ…もちろんエリィ殿はその役を演じているわけですから,そのほうがいろいろと望ましいのかも知れないのですが。もはや名演の域を超えて,怪演とすら言えるほどの迫力を感じてしまいました」

「…」

 わけもなく不安になるクーラ。それはつまり,ノエルが言っていた人の上に立つ者の覚悟ではないのか。だとすればそれをエリィに仕込んだノーブルは,一体何を目論んでいるのか。何か良くない事が起こるのではないだろうか。

「困ったものですね…」

 思わず口を開いてしまうクーラ。

「役にはまり込みすぎて,元の性格キャラを失くしてしまわなければ良いのですが。エリィ殿がアリシアの女王をり続けるわけもないでしょうに」

「ははは,それはそうですよ。いくらその役にはまり込んだとしても,アリシアには連綿と受け継がれてきた血脈がありますから。それを蔑ろにするなどあり得ませんよ」

 肩をすくめて笑うギルバート。

「…それを聞いて安心しました。ノーブル殿ならやりかねない,と心配になってしまいましてね」

 苦笑するクーラ。

「では皆さん,城館を出ます。足元の段差に注意してくださいね」

 先頭の方でエリィが言う。

「しかし…これ以上の適任は居ないのでしょうね。武道に手を染めたという設定さえ飲みこんでしまえば,もう見分けがつきません」

そちらを見やりながら言うギルバート。

「戦略としては好都合なのでしょうが,困ったものですね…」

 それはつまり,どこまでがエリィでどこからがユーリエなのかがますます曖昧になるという事だ。先の会見の時の例もある。取り返しのつかない何かが起こってしまうのではないか。

 ふぅ,とクーラは溜息をついた。

 ハーディ,ノーブルと合流し,一同は襲撃者たちをワ=ダオラの外まで連れて行った。門番が目を覚ました時に見つかる事を避けるため,城門からも距離を置く。

「皆さん,聞いて欲しい事があります」

 目隠しも拘束もそのままで一列に並んだ襲撃者たちを前に,エリィが口を開く。そしていきなりクーラの心配は現実のものとなる。

「私は皆さんと争いたくはありません。それは先日ミリア殿の前で宣言した通り,アリシアの立場です」

(!)

 思わず顔を逸らしてしまうクーラ。そんな事を言ったら,偽者だという事がばれてしまう。

「あ,えぇと…」

 唖然とするギルバートが視界に入り,ハッとして言葉につまるエリィ。

「姫…お忍び中だというのにそうほいほい正体をばらすのはいかがなものかと思いますが…」

 そこでノーブルが助け舟を出す。

「あ,す,すみません…」

 気まずそうに謝るエリィ。

 これで一応,ここに居るのはエリィのふりをしたユーリエという格好にはなった。彼らが帰還した際に事のあらましを報告してくれれば,最低限アリシア女王の実力はかなりのものだという証明にはなるだろう。黙ったままクーラは分析する。

「それで…できれば皆さんにはこのまま無事に帰って頂きたいのです」

 どよめく男たち。

「ただ,皆さんがあらためて私たちの前へ敵として立つというのなら…残念ながらそれはかなわぬ願いとなってしまいます」

 そこで提案なのですが,とエリィは言葉を繋ぐ

「ここで死んだという扱いで,以降の軍事行動から手を引くことを約束していただけないでしょうか?」

(…?)

 そこで違和感を感じるクーラ。エリィに対して好意的な印象を持っている者とあからさまな敵意を持っている者,男たちの反応はその二極なのだが,それがきれいに半々になっているのだ。

「で…帰ったらミリア殿に伝えて欲しいのです。私はあなた方の敵になりたくはないと…」

「ふん!信用できるものか!」

 敵意を持っていた方の一人が口を開く。

「お前はあのユーリエだ!ハイアムを卑怯な罠にかけ,エレーナ様もシャルル殿も不幸にしてしまった元凶だ!」

「…っ」

 言葉に詰まるエリィ。言いがかりと言えば言いがかりなのだが,それを知らずにのうのうと調子の良い事を言ってしまったという引け目は確かにある。

「その件なのですが…多少釈明させて頂いてもよろしいですか?」

 そこでノーブルが言葉を挟む。

「後付けとの批判は甘んじて受けますが…名の由来については,成人した際に全ての事情と共に伝える習わしになっておりましてね。姫はまだ未成年ですので,知らぬのが当然の事なのですよ」

「何ィ…」

(毎度毎度よく言う…)

 内心で呆れるクーラ。女王の従兄でかなり近しい位置にあるギルバートさえも動揺しているのだから,それは口から出まかせの類と考えるのが妥当だ。

「私はクマルー卿。姫の後見役にしてその叔父です。先の会見では発言の機会を与えられずにいたため釈明もできませんでしたが,姫の成人を待ってそれを伝えるのも役目だったのです」

 息を吐くように嘘を,とクーラには思えるのだが,流れるように言葉を紡ぐノーブル。

「ですので…逆に信じて頂きたいのですよ」

 さらに彼は斜め上を重ねだす。

「一番肝心な部分を知らぬままそれでもここまでやろうとする姫の心根を,です」

「卿…」

 何となく気恥ずかしくなって手で顔を覆うエリィ。

「…」

 沈黙する男たち。しかし不信感のある半数の反応にはさして変化が無い。

「あの…信じろと言われても,難しいとは思います…」

 ややあって気を取り直したエリィがおずおずと口を開く。

「ですが,少なくとも皆さんに生きて帰って欲しいのだけは間違いありません。約束して頂けませんか?」

「口約束になりそうな者が少なくとも半数居ますよ。どうします?残りの半数だけ帰す事にしては?」

 口を挟むクーラ。無論これはエリィを援護しようという発言だ。

「それはできません」

 案の定,しかし予想以上に強い口調で即答するエリィ。それで,たとえ裏切られる事になろうとも救いたいという気持ちに偽りは無いという事が強調される。

「魔法で制約をかけるという手もありますよ?」

 しれっと重ねるノーブル。

「いけません」

 またも即答するエリィ。

(怪演…か)

 ギルバートの言葉を思い出すクーラ。気品と言うか風格と言うか,確かにそんなものが感じられなくもない。それが舞神流皆伝の威圧感と区分できるのかどうかも定かではないが,男たちも気圧されているのは間違いあるまい。

「しょうがないね,こりゃ…」

 しかし突如,予想外の女の声。

「!?」

 今まで色を失っていたものがそれを取り戻したように,闇の中から染み出したかのように,男たちの後ろに実体化する少女。

「お前は…レミーか!」

「憶えてくれていたのか」

 にやりと笑うレミー。

「と,いうことは…」

「ご名答」

 レミーの隣に出現するエル。

「く…」

 唸るクーラ。二人は次々と男たちの拘束を解いていく。これで一気に形勢は逆転してしまった。

 しかしレミーは肩をすくめながら言う。

「ここまでされちゃ,ほんとしょうがない。馬鹿ヒューム襲撃は諦めるよ」

「…なに?」

「そりゃそうだろ?借りを作る訳にいかないからね」

「そうそう。普通の人には結構大変なのに,結局誰も殺さなかったもんね」

 屈託の無い笑みを浮かべてエルが相槌を打つ。

「じゃ,じゃぁ…」

「死んだことにしろって?うーん…そいつは本人次第だからなぁ…」

 だろ?と男たちに言うレミー。

「約束させてから出ても良かったんじゃない?私たち…」

「あ,そうか…」

(…)

 この二人は随分と不思議な立ち位置に居るのだな,とクーラは思う。龍戦士としての能力的にはおそらくミリアに次ぐだろう。しかし指揮命令系統の中に居るかというとそうでもなさそうだ。遊軍という表現が一番合うのかも知れない。

 いや,あるいは複雑な立ち位置なのかもしれない,と思い直す。この二極化した男たちの反応といい,先の会見でミリアに感じた心細さのような印象といい,実は帰還者たちも一枚岩とは言い難い状況なのではないか。

 しかし比較的すぐに,クーラはそんなのんきな事を考えてしまった事を後悔することになった。

「まぁでもそれ以前に…やっぱり根本的な事が抜けてるよ,お姉ちゃん」

 エルが苦笑しながらそう言う。

「えっ?」

「襲撃目標が連合の首脳部って事はさぁ,当然…アリシア女王(お姉ちゃん)も入るよね?」

「!」

 しまった。クーラは反射的に身構える。男たちの拘束が解かれてしまった上に龍戦士が二人。形勢は完全に不利だ。

「遅いよ。もう手遅れだ」

 ガギイィィン!と,レミーが肩をすくめるのとほぼ同時に音が響いた。

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