襲撃阻止
ギルバートを交えた一行はまず経由地であるワ=ダオラを目指し,行軍を続けていた。
「しかし…ヒューム殿ももう少し自覚を持ってもらいたいところですが…」
溜息をつくクーラ。出立に際し,彼はクリミアから余計な任務を追加されていた。
一度目の報告でいたく自尊心を傷つけられたヒュームはすぐに,まったく勝手に,ワ=ダオラへと引き上げてしまっていたのだ。その安否を確認して,可能ならば苦言の一つも呈して欲しいとクリミアに頼まれたのだ。
「しょうがありませんね。彼はもともと己の才覚一つで世の中を渡り歩く自由人ですから」
苦笑するノーブル。
「ふん…おかげさまでこっちはいい迷惑じゃ」
ぶつぶつと文句を言うハーディ。
ヒュームは野営など下賤の者がする事だと思っている。だから戦場への同行ならともかく,今回のような場合は極力急いでワ=ダオラへたどり着いてしまおうとしているはずだ。
それゆえ,半日以上の遅れをとっているこちらがそれに追いつこうとすればいきおいそれは強行軍となるのだ。暗視の力のあるハーディ,それと同等の能力を持つ仮面を装着したノーブル,まったくの闇の中でも問題なく行動する訓練を積んだエリィとクーラ,彼らにとってはそれはさして難しい事では無いが,なぜそこまでしなければならないのかについてはまったくの別問題だ。
「しかし…」
また溜息をつくクーラ。
「よほどヒューム殿は野営がお嫌いのようですね」
「みたいですね」
ノーブルも今度は溜息をつく。普通ならこれだけの強行軍をすれば二日もあれば追いつけるはずだ。ところがワ=ダオラはすでに目と鼻の先にある。
それはつまり,向こうも常軌を逸した強行軍を行っているという事になる。冒険者である”風”に比べて体力面で劣るヒュームがそれをするためには,たとえば馬車に乗って,自身が寝ている間も行軍を続けさせるしかない。
「まったく迷惑じゃ…」
ぶつぶつと言い続けるハーディ。
「ま,まぁ…無事にたどり着いたというのであれば,それでよいではありませんか…」
すっかり疲労困憊のギルバートが笑みを浮かべて,といってもそれは悲壮感の漂う笑みであるが,言う。
「お主が一番迷惑を被っとるだろうが」
「うっ…いえ,これしき…」
「まぁまぁ。冒険者や職業軍人とは得意分野が違いますからね」
しかしこれなら馬車でも用意すれば良かったですね,と苦笑するノーブル。
「もう少しの辛抱です,ギルバート殿。ワ=ダオラにたどり着いたら,そこでゆっくり休みましょう」
クーラが言う。強行軍で通常よりも早く到着するのだから,その差分を体力回復に充てても問題は無いだろう。
「む,見えてきたぞい」
ハーディが言う。
「あ…れ…?」
しかしすぐに,エリィが違和感に気付く。
「どうしました,エリィ殿?」
「それが…かがり火が焚かれていないんです」
月は雲間に隠れているから,彼女には様子を窺い知ることができない。だがたとえ全くの闇であっても,かがり火の明かりが隠れるなどという事は無い。
「何ですって?」
それは不自然だ。家々の灯りと言うなら解る。すでに刻限が遅いのだから,寝静まっていても不思議は無い。だが城門は話が別だ。
「む…確かに,門番も立っておるようには見えぬのぅ…」
ハーディが目を凝らす。やがて彼は驚きの声を上げた。
「た…倒れとるぞい!」
「!…後を頼みます!」
そう言ってクーラは駆け出す。この状況で考えられる事など一つだ。
「私も…!」
エリィがその後を追う。
「エリィ殿!危険です!」
「えっ!?」
驚くエリィ。しかしクーラには相手もだいたい予想ができている。
こんな事ができるのはアリシアを陥落させた黒軍か,さもなければ帰還者だ。それはつまり,龍戦士の部隊が相手であるという事だ。
「敵はおそらく帰還者です。残念ながら手に負えない可能性も高い…」
自分はともかく,エリィを討たれるわけには行かない。クーラはここでもいつもの無力感に苛まれながら言う。
「二人でかかったら何とかならないでしょうか?」
しかしそこで予想外な事を言い始めるエリィ。
「な…!?」
自分ならばそれはじゅうぶんに選択肢だ。なぜなら自分は,舞神流にせよ覇王流にせよ,単なる道具程度としか考えていないからだ。
だがエリィは皆伝だ。武道家として,己の修めた業に誇りも感じている。その彼女がともすれば不名誉となってしまう事を自分から口に出すとは。
「帰還者なら…」
城門を駆け抜けながら,ちょうど雲間からのぞいた月明かりを頼りに倒れている門番をちらりと見やり,エリィは言う。外傷らしきものは見えない。おそらく当身を食らっただけだろう。
「…なるべく助けたい」
「!」
そういう事か。随分と感情移入してしまっているようだ。
「…よろしいのですか?」
大通りを走りながら尋ねるクーラ。
「構いません」
エリィは即答する。
「了解しました」
名誉の問題さえ度外視すればむしろ都合が良い。エリィが独りで突っ走る事も無いし生存率も高まる。二人でもどうにもならない相手ならば無駄に犠牲を増やす前に撤退するべきだと無理なく判断もできる。
「ありがとう…大尉」
「私が囮役をやります」
そうすれば,エリィは隙をついて一撃を加えるだけで良い。
ワ=ダオラは三重の城郭と広大な敷地面積を誇っている。四王家で最も版図と国力に優れるルトリアの王都であったのだから当然だが,追う立場にしてみれば余計に疲れる。
「どこまで入り込まれたのかしら…」
第二門を駆け抜け,正面に小さく見える第三門を目指す二人。それを過ぎれば城館はすぐそこだ。
「!」
ぞくり,とクーラの背筋に戦慄が走る。
「居ました…一般兵では相手にならないでしょうが,我々ならば何とかなりそうです」
先日品定めした近侍よりはやや落ちる。わざわざヒュームが単独になったところを狙ったところから見ても,最低限目的を果たせれば良いという人選なのかもしれない。
「もう中に!?」
「おそらくは…強襲ではなさそうですね。ばらけての隠密行動のようです」
むしろ好都合です,とクーラは付け加える。二人がかりで各個撃破するほうが楽だ。
「三人…?」
「ですね。右から,近い順に仕留めましょう」
「はい」
「…行きます!」
跳躍するクーラ。三人の間を楽々と飛び越え,その奥へ着地する。
「!?」
突然の出来事に驚く三人。
(素人…だな)
それでひとまず安心し,クーラは単独の方を無視して二人へと飛び込む。次の瞬間にはエリィがその一人の意識の外から,不意の一撃でその意識を飛ばす。
「な…」
奥へと飛び込んだ自分に近い位置にいる男に口を開く暇を与えず,連続攻撃を仕掛けて防御に専心させる。龍戦士の力を持つと言っても先日の襲撃者ほどのそれではない。
「て…」
うろたえたもう一人が叫ぼうとする。自身の立場を考えればそもそも愚行であるが,こちらに意識を取られている時点ですでにそれは手遅れだ。
「き!」
叫びの途中で意識の外からエリィに顎を蹴られ,頭を揺らされて意識を刈り取られる。
「ごっ…」
エリィはすかさず,目の前に背を向けている最後の一人の延髄に後ろ回し蹴り気味の踵を落とす。為す術なく崩れ落ちるその男。
「お見事…」
「急ぎましょう!」
エリィはすぐに城館へと駆け込む。ふっと笑ってその後を追うクーラ。
城館を入ったところでさらに二人を倒し,廊下を駆ける。
(龍戦士と言っても…無敵というわけではなさそうだ)
どうやら意識していなければ出鱈目な反応はできないらしい。たとえば漆黒将軍のような何か修めていそうな者ならばいざ知らず,そうでなければいかに不意を打つか次第という事になりそうだ。
二階層吹き抜けの広間に出る。階段の中ほどに一人,上に一人。
<アドム・カトバⅩLⅣ>
階段とは逆方向の空中へと駆け上がり,そのまま上の一人へ蹴り込むクーラ。
「ぐ…!」
後方からうめき。こちらへ加勢しようとしたもう一人が,後ろからエリィの一撃を食らって倒れる。
要は前後から挟んでしまえば良いわけだ。相手に気配を探る術がなければそれで事足りる。そう結論してエリィと反対側へ動くクーラ。そうすればどちらかが死角になる。
「く…!」
どちらにも意識を向けようという苦心の気配が伝わってくるが,すでにその時点で手遅れだ。狙いすましたエリィの一撃がその意識を飛ばす。
「あと三人…」
そこで,エリィの背後,通路の陰から一人が飛び出して来る。
ひょい,と左に跳んでそれをかわし,間髪入れずにくるりと身体を回転させて左の回し蹴りを放つエリィ。
「くっ!」
それを剣で防ぐ敵。普通なら斬り込んできたはずのそれで防げるわけがない。
蹴りを放ちながらその左側へと回り込むエリィ。そちらに身体を向ければ向けるほど,こちらに無防備な背中を晒す格好になる。
(こちらが囮をやると言ったのだがな…)
苦笑しながら敢えて,わざと視界の隅に入るような右の回し蹴りを放つ。
「えっ…」
技の選択ミスではないか,という顔で短く声を発するエリィ。彼女の蹴りを防ぐので手一杯の敵は,身を沈めてそれをかわす。
だがそれは計算ずくだ。その右脚を振りぬかずに途中で止め,踵を斜めに蹴り下ろしてその延髄を捉える。
「がっ…」
意識を飛ばされてその場に倒れ伏す敵。
「た,大尉…」
「見ての通りです。どうやら視界の外から仕掛けさえすれば問題ないようです」
「え,あ,それで…」
納得しかけたエリィは,そこで不意に過去の事を思い出す。
もしかして,シャルルがいつもノエルやハーディの突っ込みをまともに食らっていたのはそのためではなかったか。
舞神流を修め絶対の制空圏を持つ自分ならば,そうしようと思わない限りは絶対にそれを食らう事は無い。だが素人のシャルルがやりとりを楽しむために敢えてそうしていたかと言えば,その可能性は低いだろう。
「…」
ぞくり,とエリィの背筋が凍る。だとすれば蟹との戦いの際にアラウドが投げた剣や,あるいは自分が蹴り飛ばした蟹の鋏が,ほんのちょっと逸れていたら彼に直撃したのではないか。
(あ…っ!)
いや,たらればどころの話では無い。シャルルが死にかけたあの槍の一撃も背後からだったではないか。油断は確かにあったのだろうが,仮に張り詰めていたとしても見えていなければ同じではないか。
「…殿!」
「あっ…はい!」
そこで意識を現実に引き戻すエリィ。
「疲れましたか?」
「いっ,いえ!…すみません」
「あと二人です。行きましょう」
「はい!」
駆け出す二人。
「…”流星”の弱点が判りましたか?」
「ええ,でも…ちょっと嬉しいです」
「嬉しい…?」
「ええ。私が彼の背中を守れば良いだけですから…」
そこでハッと我に返るエリィ。
「え!?あ…大尉!?どうしてそれを!?」
「この状況で,貴女が現実を後回しにする考え事など他に思いつきませんから」
苦笑するクーラ。
「う…あ,あのその,この事は内密に…」
「まぁ他へ漏らすつもりはありませんが…少々,いえ,かなり複雑ですね」
「えっ?」
目を丸くするエリィ。
「貴女の”流星”への変わらぬ思いを知ってしまった事…その”流星”が不甲斐なかったら貴女を渡さないと言ってしまった私の立場…そして,他ならぬその私が”流星”の弱点を知ってしまった事…」
「あう…」
頬を染めて気まずそうな表情になるエリィ。もちろんクーラにはそれは見えないが,見るまでもなく気配で丸わかりだ。
「私ならばそんな弱点は放置しませんが…エリィ殿に背中を預けるのはそれはそれで幸せですね」
ははは,と笑うクーラ。実際問題,不謹慎ではあるが今の状況に何とも言えない充足感のようなものを感じている自分が居る。彼は素直にそう認めた。
「も,もう…大尉…」
「そろそろです」
「!…は,はい!」
すっかり乙女脳になりかけたエリィを武道家のそれへと戻す。しかし自分のほうはと言えば不謹慎にも,確かにこれは世界最高峰だとの思いを新たにするクーラ。
「その角を曲がった奥です。閃光投擲弾を投げますので注意を」
「はい」
跳躍して先行し,わざと派手な音を立てて着地しながら投擲弾を投げるクーラ。
「!?」
突然の物音に驚いた二人がこちらを振り返ったタイミングで,それは着弾し強烈な光を発する。
「ふぁ…!?」
「むぉ…!?」
目をくらまされた二人は,もはやクーラたちの脅威ではない。次の瞬間にはそれぞれ一撃で意識を刈り取られ,その場に倒れる。
「ふぅ…」
「なんとか間に合いましたね,大尉…」
ふぅーっと大きく息を吐くエリィ。
「どうやら…まだヒューム殿は気づいていないご様子。事が知れると監禁だ処刑だと五月蠅いので,報せるのは止しておきましょうか」
人差し指を口の前に立てながらぼそぼそと囁くクーラ。
「そうですね。でも…どうしましょう,誰にも知られずにとなると…」
エリィも声を落とす。
「こういうのはどうでしょう。後ろ手に拘束して目隠しをしてしまうのです」
「あ,なるほど。それなら暴れてもすぐまた無力化できますね」
でも,とエリィは困ったように続ける。
「道具はどうするんです?」
「私は特殊工作方面の専門家ですよ?」
笑いながらクーラが投擲弾を二つ放ると,一つからはロープが,もう一つからは応急救護セットが現れる。
「目隠しの方は包帯で代用する事にしましょう。万一に備えて,そう簡単には外せないようにね」




