兄と妹
開かれた隙間からは,歌らしきものが聞こえていた。
「こ…れは…」
「どうしたの?ノエル…?」
心配そうにエリィが尋ねる。
ノエルはハッと我に返り,ぶんぶんと頭を振る。
「どうやら…本物らしいぜ」
「!?」
今度はエリィが驚愕する。
「ど…どういう事?」
「この歌は…俺がリュミエールに教えたものなんだ…」
「え…!?」
「しかし…歌自体はありふれたものなのでは…?」
ノーブルが口を挟む。
「ああ。だが…俺が間違って憶えてたのを間違ったまま教えちまってな。微妙に歌詞が違うんだ」
ごくり,と唾を飲むノエル。
「え…じゃ,じゃぁ本当の本当に…本物?」
「まず間違いねぇ。…生きていやがったのか…」
ぐしぐしと目をこすってノエルは言う。
「じゃぁ早速,助け出しちゃいましょう?」
「ああ。そうだな…」
そう言って,ノエルは壁を押し開ける。
「!」
窓際の椅子に腰かけて歌を歌っていたリュミエールが,突然の出来事に驚いて立ち上がる。
「ど…どちら様です?」
「盗賊さんだよ…」
優しい笑みを浮かべて言うノエル。
「えっ…」
「憶えているか?お前をサナリアから盗み出してやると宣言した男の事を…」
「…!」
驚愕するリュミエール。
「ほんとに宣言しとったんか…てっきり口から出まかせとばかり思っとったぞい」
「しっ!」
ぶつぶつつぶやくハーディを制するエリィ。
「そ,そんな…では,貴方は…」
「ああそうさ。…久しぶりだな,リュミ」
言いながら二,三歩踏み出すノエル。
「…ノアル…兄さま…」
「!?」
リュミエールの言葉に驚愕する一同。
「に,に…兄さまぁ!?」
あたふたしながらささやくエリィ。
「な,な…何じゃとぅ!?」
うろたえながらこちらもささやくハーディ。
「まぁそうなりますでしょうね」
しれっとささやくノーブル。
「え…ちょ,ノーブル…?」
「初歩の推理ですよ」
ちっちっと指を振るノーブル。
「盗賊殿の言葉にはフレール地方の訛りがありましたからね。さっき聞こえてきた歌もフレール地方の民謡です。確かサナリア先王の妻君はフレール領主のご息女でしたし,先ほどの話と総合すればまぁ…」
「う…穴があったら入りたい気分…」
「そういえば,盗賊殿が高貴なお方だったら私もお姫様をやれる,と事あるごとに仰ってましたね」
「追い打ちをかけないでぇ…」
泣きそうになるエリィ。
「事実でしょう?女王様役も演ってますし」
別段どうという事も無い,といった風情でさらっと言ってのけるノーブル。
「そういう問題じゃなくて…」
「さぁ…行こうリュミ。俺は今こそ,お前を運命から盗み出す」
そんな外野のひそひそ話などまったく意にも介さず,なおも近寄るノエル。
しかし。
「それはできません,兄さま…」
悲しそうに微笑むリュミエール。
「…気に病む必要は無い。旧きサナリアは滅んだのだ。…仮に新しいサナリアを興すとしても,それは俺の役目だ。お前は自由なんだ」
「…」
目を伏せるリュミエール。
「ルフは…やはり生きてはいないのか?」
それがもう一人の兄を慮ってのゆえかと察するノエル。帝国の公式発表では,臣民の無事と引き換えに己の命を絶ったという事になっている。
「はい…見捨てられたルフ兄さまは,やはり置き去りにされたレヤーネンの保身の為に無残な最期を…」
「!…閣下め…」
ぎりっ,と歯噛みするノエルは,しかし気を取り直して微笑む。
「だがその閣下も先の戦いで討ち取った。もう苦しまなくて良いんだ。もし償いが必要ならそれも俺の役目だ。お前はもう…」
「いいえ…私は…う…っ!」
そこで突如苦しみだすリュミエール。
「どうした,リュミ!」
慌てて近寄ろうとするノエル。
「来ては…い…せ…」
胸のあたりを抑えて苦しそうにうめくリュミエール。
「どこか具合が悪いのか!?大丈夫だ,すぐに…なっ!?」
側まで行って首筋に手を当てたノエルは,そのあまりの冷たさに驚愕する。
「リュミ…!?」
「…」
リュミエールがノエルに身体を預け,両腕を彼の背中へ回す。
「えっ…!?」
エリィが叫ぶ。その両手には短刀が握られていた。
「ぐ…ふっ!」
ノエルの背中に吸い込まれる二本の短刀。
「リュ…ミ…?」
「ふん…またも本命は仕損じたか」
「!?」
明らかにリュミエールのものではないその声は,レヤーネンが一人漫才をしていた時のものだ。
「兄さま…ごめんなさい…この身体はもう,私のものではないのです…」
「な…に…?」
「中身は間違いなくサナリア王妹のリュミエールだがな。身体はこちらが作り直したもので支配もほとんどこちらが握っている,という事さ」
「死霊魔術…!」
うめくノーブル。
「ひ…酷い!せっかく再会した兄妹に…!」
叫ぶエリィ。
「ふん…知るか。一人漫才だの何だの好き放題言ってくれた小物が真っ先にかかってしまうなど,ましてそれがサナリアのエルノアールだなど予想外も予想外。私に言うな。伝説の龍戦士を仕留めるはずの罠がまた無駄になった…」
忌々し気に言う声。
(大魔道ルマール…)
クーラの背筋が凍る。
この執念とも思える策の数々に,どれだけあちらが伝説の龍戦士を警戒しているかが見て取れる。
(く…っ)
前回はフレイア,今回はノエルが身代わりになった格好だが,本来ならば自分がそうなるはずだったのだ。
しかも自分はただの代役だ。自分を倒せたところで根本的に状況は変わらない。無駄は無駄のままなのだ。
「むしろ感謝して欲しいくらいだな。サナリア落城の際に死んだ妹に逢えたばかりか,その手によって葬られるのだからな」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
ぽろぽろと涙をこぼすリュミエール。
「酷い!酷すぎる!」
「ふん…ならばどうするね?その怒りをこの身体に叩きつけでもするつもりか?」
くくっ,と含み笑いをもらす声。
「ぐ…っ」
歯噛みするエリィ。
「さてそれではせいぜい…ん?」
次の獲物に襲い掛かるために短刀を抜こうとしたその両手を,ノエルがしっかり抱え込んで抑え付ける。
「やらせる…かよ…」
「ノエル!?」
「兄さま…」
「リュミ…許せ。俺のせいで…」
「いいえ!いいえ!私こそ兄さまを…」
「殺させないさ…お前に俺は,殺させない…」
「えっ…」
そのままじりっ,と窓へ向けてリュミエールを引っ張るノエル。
「罪は全部俺が背負う…リュミ…辛いだろうがもう一度…今度は俺と死んでくれ」
「ノエル…まさか!?」
驚愕するエリィ。
「お嬢ちゃん…逃げろ…」
「ちっ…死にぞこないが!」
「ぐふ…!」
ぐりぐりと短刀を抉られ,血を吐くノエル。しかし最後の力を振り絞り,がっちりと抑えつけたままリュミエールを引きずって窓までたどり着く。
「ノエル…!」
「あばよ…元気でな。楽しかった…ぜ…」
一同の方を振り返り,ニヤリと笑うノエル。
「!!」
ノエルはそのままリュミエールもろとも窓から夜の闇へと身を投げた。
「あ…ああ…ノエル…」
がっくりと膝をつくエリィ。
「ちっ…どいつもこいつもしぶとく邪魔をしてくれる…」
しかし余韻に浸る間もなく,声だけが部屋に響く。
「…許さない!人を,人の心をもてあそんで…っ!」
きっと顔を上げ,虚空に向かって叫ぶエリィ。
「ふふ…その怒りは存分にぶつけてくれ。折角最深部まで来て頂いたのだから,こちらも精いっぱいおもてなしをさせていただくよ」
「!?」
その声を合図に低く唸るような音が鳴り響く。
「隠し通路があるとは思わなかったから罠の大部分が無駄にはなったが…まだまだ楽しめると思うよ…」
笑い声。扉の向こうからガチャガチャという音が近づいてくる。
「殿は俺が引き受ける!エリィ,行け!」
そう言って剣を抜くアラウド。
「え…でも!」
「エリィ殿,任せましょう!我々は退路の確保を!」
「あ…」
クーラの言葉にハッとするエリィ。確かに緊急脱出用の通路で罠は無い。だが少なくとも一か所,あの吊り橋のところは囲まれる危険がある。それどころか橋が落ちてしまえば袋のネズミだ。
「行け!」
アラウドがもう一度叫ぶのと同時に扉が開かれ,金属鎧の大群が突入して来る。
エリィは先頭に立って元来た通路を駆け下りる。その後にクーラ,ハーディ,ノーブルと続く。
「うおおおお!」
通常の三倍の重量を持つ特注の大剣を豪快に一振りするアラウド。
複数体まとめて鎧ごとたたき割る。いや,割れたのは鎧だけで中身は空洞だ。
「彷徨う鎧…!ディア,お前も行け!」
「で,でもあなた一人じゃ…」
「こいつらも不死族だ!中身が無くては槍では致命傷を与えられない!」
「うっ…」
そこでハッとするクローディア。
「ならこれで…っ」
ノーブルから渡された投擲弾を投げる。地面に着弾したそれは弾け,辺りの床面を凍結させる。
「あら…間違えちゃった…」
解呪を投げたつもりが凍結だった。うろたえるクローディア。
しかしそれに滑って悉く転倒する鎧たち。
「いや…正解だ!」
「そ…そうね!」
気を取り直してクローディアは通路へ飛び込み,アラウドがそれに続く。
起き上がれない鎧を踏み越えて,次々と鎧たちがその後を追った。




