盗みたいもの
ノエルを先頭に,一同は先へと進む。
要所要所で手帳らしきものを確認し,次々と予想外の手続きで罠を解除していくノエル。
「やはり,攻略法をお持ちだったのですね」
「ああ。とはいえこれが本当に正しいのかどうかは確証が無ぇ。ここまでは上手くいってるが最後まで行けるとも限らねぇ」
何度目かの行き止まりに行き当たり,コンコンと壁を叩いて音を確認するノエル。
「ここか…」
音が変わったところで手を止め,文字でも書くように指を動かすと,そこが開いて中から文字盤のようなものが現れる。
「さて,と…この記述が正しけりゃ,ちょっとここでおっかない目に遭いそうな気配なんで心の準備をしておけよ?」
「敵か!?」
身構えるハーディ。
「いや,ちょっと環境的にアレだってだけの話だ」
文字盤を操作すると,正面の壁が天井へと吸い込まれていき,徐々に大きくなる隙間から風が吹き込む。
「うわぁ…確かにこれは…」
現れた環境に目を丸くするエリィ。目の前にはそそり立つ岩肌。足元には今にも落ちそうなつり橋。下を見ればはるか下に水が流れている。
「絶景,ですね…」
感嘆の声を上げるクローディア。
「こいつを渡ればいよいよ城内へ突入だ」
言いながら先頭に立って足を踏み出すノエル。ぎしっ,と音を立てて揺れるつり橋。
「あんま固まんないようにな?重さが集中しちまうと底が抜けちまう可能性もある」
「え…」
おそるおそる足を踏み出すエリィ。それなりに間を空けて一人,また一人と渡る。
「しかし…落差が大きいのう。なんで突然ここだけこんななんじゃ」
「上見てみ?」
ノエルが指さす。
「む?…おお」
見上げたハーディが感嘆の声を上げる。
「な?ここは正門のちょうど下なんだ。まぁ大抵の奴は気づかないんだが,ごくたまーに感動して隅から隅まで眺めるような奴も居る。あからさまに橋だけ他と造りが違ってちゃ不審がられるだろ?」
「なるほど…のぅ…」
「…」
じっと上を見上げるノーブル。
「む?魔法男?どうした?」
「いえ…例の魔法生物。おそらく範囲内に動体が入ると反応して襲ってくるのだろうと思うのですが,ここは大丈夫なのかと…」
「…縁起でもないのぅ。ここで襲われたら万事休すではないか」
ぶるっと身震いするハーディ。
「まぁその時は私が全力で撃ち落とします…っと,それ以前に大尉が何とかしてくれるでしょうがね」
「…」
背中越しに重圧を感じるクーラ。
「あ…いっけねぇ,しくじった」
そこで対岸にたどり着いたノエルがぼりぼりと頭をかく。
「!?ノ…ノエル!?しくじったって…」
「渡らずに待ってろって言っときゃよかったって話だよ。ちょっとそこでストップな」
「え!?」
ノエルは先ほどと同じように岩肌を叩き始める。
「ちょ…ちょ…ちょ…」
周囲を見回したエリィは最後に下を見て,すぅっと意識が遠のく。
「っと…」
素早く近寄ったクーラがそれを支える。
「…あ…大尉…す,すみません…」
「いえいえ」
微笑する笑うクーラ。
「おぅおぅ,見せつけてくれるのぅ…」
「え!?あ,ちょ…!あ…!?」
うろたえるエリィをぎゅっと抱きしめるクーラ。
「落ち着いて,エリィ殿。ここで激しく動いては危険です」
「は,はひ…」
(…確か吊り橋で危険な目に遭うと男女の距離が縮まるという理論をどこかで見た気が…)
にこにこと微笑みながら考えを巡らせるノーブル。
「ハハ…余裕だな。これからいよいよ本番って時に…」
言いながらノエルが操作を終え,岩肌がゆっくりと上に持ち上がる。
「う…もとはといえばあなたが…」
「そうじゃそうじゃ。何のかんのと言ってお主も隅におけんではないか盗賊の」
「…あ?」
中に入りかけたノエルが立ち止まり,振り返って言う。
「そりゃどういう意味だハーディ?」
「エリティアの姫さんと良い仲じゃとばかり思っておったら,実はサナリアの姫さんとも良い仲じゃった,という事じゃろ?」
「…」
じっとハーディを見たまま沈黙するノエル。
「ちょ…ノエル,そこで道を塞いでないでよ!」
溜息をついて,ぼりぼりと頭をかいて。肩をすくめながらノエルは先へ進む。
「ふー…助かった」
通路へたどり着き,大きく息を吐くエリィ。
「図星をつかれて絶句するとはらしくないのぅ?盗賊の。それとも嬢ちゃんを橋の上で往生させるためにわざとやったんかいのぅ?」
にやにやと笑いながら言うハーディ。
「え…ちょ…ノエル…」
「違ぇよ。リュミエールと俺はそんな間柄じゃねぇ」
ぽつりとつぶやくノエル。
「往生際が悪いのぅ…」
ふふん,と笑うハーディ。
「…俺は誓ったんだ。あいつを盗み出すってな」
「え…」
そう言ったノエルに何か近寄りがたい雰囲気を感じて,言葉に詰まるエリィ。
「しょうがねぇ,ちょっとだけ昔話してやるよ」
肩をすくめるノエル。
「!」
それは”風”にとっては禁忌。聞いてしまったら責任を取らなければならない。
「そう身構えるなって。俺はもう”風”じゃねぇからな」
次々と罠を解除していきながら,ノエルは自嘲気味に言う。
「俺が盗賊になったのは,今から一五年ほど前の話だ。俺の家は…しがらみが家の形をとったようなとこでな。全く自由がねぇ代わりに責任…ツケだけがでかいとこだった」
「…」
「そんな腐り切ったところにほとほと愛想を尽かして…家出しちまった俺だが。その俺のツケを背負わされたのがまだ幼かった弟と妹だ」
(…?)
ひっかかるエリィ。なぜか初めて聞いた気がしない。
「弟が俺の代わりに後を継ぐことになったが…まぁ体のいいお飾りさ。周りの大人どもは,自分らの言いなりになる操り人形が欲しかっただけだからな」
通路を突っ切り,階段を上り,いくつかの部屋を通り抜ける一同。
「実のところ,俺は何度か家に忍び込んであいつらと話をしていたんだ。お前たちも逃げちまえ,そう言ってたんだがよ」
ふぅ,と溜息をつくノエル。
「だがお人好しの弟はそれができなかった。優しい妹も,そんな弟を見捨てて自分だけ逃げるわけにはいかなかった。そして…家に殺された」
(あ…)
そこで唐突にエリィは思い出した。
確かこの話は以前に一度聞いている。あれはシャルルと一緒にノエルを追跡した時の事だ。迷子になった幼い兄妹の手を引いて母親探しをしていたノエルを見つけ,口止め代わりに食事を奢られて,その時に聞いた話だ。
「…似てるだろ?サナリアのお家事情とさ」
「え…あ…」
言われてみれば確かにそうだ。出奔した第一王子の代わりに国を継いだ第二王子のルフトルールは死に,王妹のリュミエールはつい先日まで消息不明という事になっていた。
「それって…」
「実は駆け出しの頃に忍び込んだ事があってよ,リュミエールとは話をした事があるんだ」
がらりと調子を変えて,ノエルはエリィの言葉を遮る。
「え!?」
「つっても…しくじって絶体絶命のピンチになって,あいつに匿ってもらったって話なんだがな」
ハハ,と軽く笑うノエル。
「そん時に約束したのさ。まぁ俺が勝手にそう宣言しただけの話なんだが。『俺は必ずお前を盗み出す,このサナリアから,王家の宿命から盗み出して見せる』ってな」
「何じゃい…やっぱり良い仲ではないか」
ふん,と鼻息も荒くハーディが言う。
「…あ?何でそうなる?」
「あれじゃろ?その宣言の時点で,既に心を盗みおったのじゃろ?十中八九,その姫さんはお主に惚れておるではないか…この恋泥棒めが」
「話聞いてねぇだろお前ぇ…俺が勝手に宣言しただけっつってんだろが」
ふーっと深く溜息をついて,ノエルは続ける。
「まぁ一度は諦めてたのさ。いくら公式には行方不明って発表になっててもよ,現実問題とすりゃアレだ」
「でしょうな…」
クーラが言う。国が滅んだ際にその場に居合わせた王家の子女がどうなるかなど,火を見るより明らかだ。
「だからこいつは罠だ。罠なんだよ。解っちゃいる。解ってるんだ。だが…」
「本物だと良いね…」
いたわるように言うエリィ。
「!…ああ,そうだな」
びくりと身を震わせたノエルは,やがて背中を向けたままそう言って肩をすくめる。
「まぁ十中八九は偽物だっつう確認でしかねぇんだけどよ。俺個人の問題ってのもあって,どうしてもこいつは俺がやらなきゃならねぇ仕事だったわけだ。だってのにこのお節介焼きどもときたら…」
「何よ…もし本物だったら,一人で連れ帰るのは大変じゃない」
「実はそうでもねぇんだけどな」
「え?」
「今通ってるこの隠し通路はな,このタバフ=エミーナの王の寝室へ通じる直通路なんだよ」
しれっと言うノエル。
「な…!?」
「もともとは寝室から緊急脱出するための道だからこそ,逆行にはこれだけの手間がかかるって事なのさ…まぁ書庫で盗み見た書物の受け売りだがな」
「むぅ…確かに寝室へ通り放題では何のための道か分からなくなるのぅ」
ひげをしごきながらハーディが言う。
「しかし盗賊殿…帝国がそれを利用している可能性も…」
「いや。それは無ぇ」
ハハッ,と意地悪く笑うノエル。
「実はその書物,その後処分しちまったんだよ」
「え!?」
「そいつは帝国がサナリアを滅ぼす前の話だからな。さすがに無い書物は読めねぇだろ」
「悪党じゃのぅ…」
ふー,と溜息をつくハーディ。
「俺がここへ来たのは昨夜の話でな。明かりがついていたのもその寝室だ。となりゃ…」
「なるほど,時間を合わせてそこへ行けば,最小限のリスクで確認ができますね」
「まっ,そーいう事さ…つっても明け方近くだったもんでな,ちっと不自然っちゃ不自然だが」
「寝落ちでもなければ,明らかに罠…」
「まぁな。ただ…俺の知ってるリュミエールは暗闇を怖がってたから,裏の裏は表なのかも知れねぇが…」
「ほぉ…添い寝でもしてやっておったのかのぅ?恋泥棒殿は?」
「あのなハーディ。連れ合い失くして寂しいのは分かるが,そういう僻みはどうかと思うぜ?」
「むぐ…言うに事欠いてこの腐れたわけが…」
「待て」
後ろ手でそれを制する仕草をするノエル。
「…?」
「そろそろ終着だ。静かに頼むぜ…」
すでに突入してからかなりの時間が過ぎていた。おそらく既に日は沈み,外は夜の闇が支配している事だろう。
「くぬ…自分の良いように状況を利用しおって…」
ぶつぶつとつぶやくハーディを無視し,ノエルはそろりそろりと階段を上る。
「そろそろ…なの?」
エリィの問いに無言で頷いて,ノエルは突き当たった壁をほんの少しだけ押し開け,聞き耳を立てる。
「…!」
その表情が急変した。




