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借りを返しに

 その階段は,比較的緩やかに下へと続いていた。

「不思議ね…」

 クーラの右に並んで先頭を行くエリィが率直な感想を述べる。

 天井の隅が一定の間隔を置いて光っており,階段にはじゅうぶんな明るさが確保されていた。しかしそれは彼女が初めて見るものであり,これまで見てきたどの灯りとも異なる。

「強いて言うなら魔法でしょうか…。古代王国時代の文献には,いくつかそのような記述が見られました」

 クローディアと並んで二人の後に続くノーブルが淡々と言う。

 もっとも心の中では例によってさまざまな思案を巡らせている。もしここが本当に古代王国時代の技術で作られているとすれば,それは最も深き迷宮に匹敵する難所であるかも知れないのだ。

「ふむ,確かにのぅ…石とも木とも金属とも違う,微妙な触り心地じゃ」

 アラウドとともに最後尾を歩くハーディが,ぺたぺたと壁を触る。

「ドワーフ殿,どんな仕掛けがあるやも知れませんからそう無闇に触っては…」

「むぉ!?」

 ノーブルの苦言の途中で,ハーディの手が壁の中へ不意に沈む。

「!」

 次の瞬間,前方の天井が小さな音を立てたのをクーラの耳が捉える。それはなぜか彼に,レミーの鎧を連想させた。

「くっ!」

 反射的に右を歩くエリィの前へと左腕を突き出したクーラは,かすかな音とともに,盾にいくつかの着弾と思しき衝撃を感じる。

「…!」

 突如目の前で起こった光景に目を見開くエリィ。

「お二人とも!お怪我は!?」

「わ,私は大丈夫…だけど…今のは…?」

「罠…でしょうね。先日の十二神光雷砲のような感覚でした。…当たり所が悪ければ貫かれて即死してもおかしくありませんでした」

 油断なく不測の事態に備えながら,しかしふぅっと息を吐くクーラ。

 クーラの盾は魔法で,加えられた力そのものを吸収してしまうという特性を持つ。吸収しきれないものは余剰分を反射して相殺してしまうため,理屈上はそれがどんなに強力でも防げてしまう。しかしこれが薄手の金属くらいであったら容易に貫通されてしまっただろう。それだけの破壊力があった。

 またかすかな音をさせて,天井は元へ戻る。

「これは…いささか手に余るところへ入り込んでしまったかもしれませんね…」

 クーラの背筋に冷たいものが流れる。

「た…確かにのぅ…」

 自分が凹ませてしまった壁が何事もなかったかのように音もなく元の状態へと戻ったのを見て,ごくりと唾を飲みこむハーディ。

「嬢ちゃん…儂が悪かった,ここからでも引き返さぬか?」

「な…何言ってるのハーディ!もしノエルが本物だったら…」

「しかしのぅ…儂は嬢ちゃんまで失いたくはないんじゃ…」

「…っ」

 言葉に詰まるエリィ。

「もう手遅れかも知れないぞ」

 その時アラウドが口を開く。集まる視線。

「ど,どういう事じゃい大男…」

 親指を立て,無言で後ろを指さすアラウド。

「!…あ,明かりが消えてる…?」

 うろたえるエリィ。はるか遠くに外界の光がのぞいているのみで,そこは闇が支配している。

「なるほど…この通路自体が一方通行の可能性がある,という事ですね…」

 ノーブルの言葉に頷くアラウド。

「こうなると…ノエル殿が本物であることを祈るのみですね」

「えっ?」

盗賊ほんしょくの能力に期待するしかない,という事ですよ」

 苦笑するクーラ。

「そうですね…もっと言うなら,盗賊殿は何らかの攻略法を所持している可能性もあります」

「ふむ…サナリア王都の書庫から何かを盗んでおるやも知れぬということか…」

「細心の注意を払いながら急ぎましょう。なるべく早く追いついて,合流しなければ…」

 言いながら,クーラは心持ちエリィの前へと進み出る。どんな不測の事態があるか分からない以上,いざとなったら自分が盾にならなければならない。

「あ,あれっ…?」

 しかしほどなくしてエリィが声を上げる。

「どうしました,エリィ殿?」

「行き止まり…?」

「何ですって?」

 階段が終わり,少し進んだところで通路は唐突に途切れていた。

「いよいよ,袋のネズミかのぅ…」

「ふ,不吉な事言わないでよハーディ…」

「ともかく,行ってみましょう」

 油断なく気を配りながら進むクーラ。行き止まりまで来たところで,唐突に異変は起きた。

「!?」

 空気の抜ける音。瞬時に警戒態勢となるクーラ。

「あ…」

「今度は何です!エリィ殿!」

「扉だったみたい…」

 行き止まりと見えた正面の壁が上へと滑り,天井へと吸い込まれていく。

「…」

 目の見えない自分には不利な環境だ。小さく舌打ちするクーラ。

「中はどうなっています…?」

「部屋みたい。円形の…正面に通路が続いてるけど…」

「けど?」

「あ,いえ…部屋にも通路にも装飾がまったくないので…」

「なるほど,不自然だということですね」

 クーラを先頭に部屋へと入る一同。

「む…?何じゃいあれは…」

 今度はハーディが頓狂な声を上げる。

「どうしました?ハーディ殿?」

「うむ…奥の通路なんじゃが,おかしいのじゃよ」

「…おかしい?」

「儂らは種族の特性として,人間には見えないものも見えたりするのじゃが…」

 ひげをしごきながら言うハーディ。

「何やら妙な光の線が入り乱れておるのぅ…」

「え…?」

 目を丸くするエリィ。彼女の目には何も見えていない。

「これは確かに不自然ですね…」

「なに?魔法男,見えるのか…うおっ!?」

 ノーブルの方を振り返ったハーディが驚く。ノーブルはいつの間にか別の仮面を装着していた。

「これにはちょっとした細工が施してありまして…妖精と同じものが見えるようになるのです」

 それを外してひらひらと振って見せるノーブル。

「毎度毎度の事じゃが…お主,よくそんなものを持っとるのぅ…」

「知的好奇心ですね。知りたい,試してみたいという情熱さえあれば魔法はそのすべてに応えてくれますから」

 ふふふ,と笑うノーブル。

「…」

 この状況でよくこれだけの余裕があるものだ,と半ばあきれるクーラ。 

「うわ…ほんとだ何これ…」

 ノーブルから仮面を借りたエリィが遅ればせながら驚く。

「しかし…どうするんじゃ?あからさまに怪しいぞい」

「そうですね……囮投擲弾でも投げて様子をみましょうか…」

 と,その時。左でかすかに空気の漏れる音。

「!」

 瞬時に警戒態勢になるクーラ。

 しかし壁の一部が天井へと吸い込まれると,そこには見慣れた一人の男が現れた。

「やめとけ,ノーブル」 

「ノエル…!無事だったのね!」

 ぱっとエリィの顔がほころぶ。

「そりゃこっちの台詞だぜお嬢ちゃんよ…」

 意表をつかれたノエルは,すぐに呆れ顔に戻って言う。

「見つかっちまった俺も間抜けだが…あれだけ言ったのに,なんで来やがった」

「ちょ…それはこっちの台詞よ!ノエルの方こそ,なんでこんな危ないところへ,しかも一人で!」

「あのなぁ…」

 ぼりぼりと頭をかくノエル。

「”風”を潰すわけにゃいかねぇだろが」

「だ…だからって!どうして一人でひっかぶろうとするのよ!ノエルだけが背負うような事じゃないでしょ!?」

「いや…こいつは俺一人の問題だ」

「え…?」

 意外な言葉に目を丸くするエリィ。

「俺はサナリア王族に,いや…あいつに借りがあるんだ。この城に囚われているという触れ込みの,リュミエールにな。だが”風”は関係ねぇ。だからお前らを巻き込むわけにもいかなかった」

「なるほど,だから喧嘩別れの格好で距離を置こうとした…」

「元はと言えばてめぇのせいなんだぞノーブル。ただでさえお節介焼きで出たとこ勝負のお嬢ちゃんに,人の上に立つ者の心構えなんぞ吹き込みやがるから…」

 じろりとノーブルを睨むノエル。

「でも,もう来ちゃったし。ノエルが居る事も分かっちゃったから。手伝うわよ」

 エリィが言う。

「だからお前ぇらには関係ねぇと…」

「私はノエルに借りがあるから」

「…は?」

 ぽかんとするノエル。

「あそこまでして私たちの事を思ってくれたノエルに,ちゃんとお返ししなきゃ」

 にっこり笑うエリィ。

「…ったく。どうなっても知らねぇぞ」

 またぼりぼりと頭をかくノエル。

「ちっと待ってろ,今そいつを解除する」

 そう言ってノエルが奥へ歩いていくと,また空気の漏れる音がして天井から壁が滑り降り,また元の何の変哲もない壁へと戻る。

「…解除するなどと軽々口にしておったが,大丈夫なんじゃろか?」

「大丈夫よ。ノエルはできない事は口にしないもの」

「それはそうじゃが…さすがに今回は相手が悪いじゃろ?」

「大丈夫!」

「…エリィ殿の信頼は強力ですね」

 苦笑するクーラ。

「え?」

「何と言いますか…何の含みも裏も無い心の底からの信頼を向けられると…それに応えるためなら他の何ものも大した事では無いと思ってしまいそうになります」

「でしょう?世界を敵に回してすらお釣りがくるほどのものですよ?姫の信頼は」

「ちょ…やめてよノーブル…」

 赤くなりながら抗議するエリィ。

「はは…できれば漆黒将軍は敵に回したくありませんが…」

「あ,アイツは関係ないでしょ!?」

「はは…」

 今度は乾いた笑いが出るクーラ。それと同等の力を持つと予想される”紅き流星”を自分は敵に回そうとしているのだ。漆黒将軍はあくまで本命との比較で口を衝いたに過ぎない。 

「おっ…?」

 そこでハーディが声を上げる。

「消えたぞい!盗賊の,やりおったわい」

「ほらね?ノエルはやる時はやるんだから」

 えっへんと胸を張るエリィ。また壁が天井へと吸い込まれ,ノエルがやってくる。

「やりおるのぅ,盗賊の!見事に嬢ちゃんの期待に応えおったわい」

「あん?…あー…いつものお約束か」

 苦笑するノエル。

「まぁ油断さえしないでくれれば何とかなると思う。くれぐれも,あちこち触ったり妙な真似をしたりするなよ?」

「むぐ…」

 言葉に詰まるハーディ。

「まさかもうやっちまったのか…?」

「ええまぁ少しばかり…」

 含み笑いを漏らしながらそちらを横目で見るノーブル。

「おいおい気を付けろよ?無事だったから良かったようなものの…」

「う,うむ。以後気を付けるわい」

「さてほんじゃ,さっさと行きますかね。あまり時間をかけすぎるのもまずい」

 ノエルは先頭に立って歩き始めた。

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