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過去からの誘い

「込み入った話?だって?」

 そう言ったノエルは,すぐにそれを察する。

「またあの馬鹿野郎ヒュームが無茶な作戦ねじ込んできやがったのか?」

「ええ。残念ながら…」

「忙しいっつって断っちまおうぜ」

「そうして頂くのが無難でしょう…」

「まぁまぁ…それでは大尉が職を失ってしまいます」

 にやにやしながらノーブルが言う。

「おっと,そりゃまずいな…」

「もー!いい加減にしなさい!」

 おどけながら調子を合わせるノエルにエリィが叫ぶ。

「それでも構わないというくらいの無理難題ですよ,エリィ殿…」

 肩をすくめながら溜息をついてクーラは言う。

「え…っ?」

「いよいよ尋常ではなさそうですね…」

「ええ。およそ成算があるとは思えません。が…それでもやらないと連合の存在意義そのものが揺らいでしまう作戦です」

 そう言ってもう一つ溜息をつくクーラ。

「存在意義,だって…?おい…まさかとは思うが…」

 ノエルの声が動揺する。

「ええ。連合の大義名分は王家の総決起…それを揺るがしかねないという事です」

「バカな…」

「え?え?どういう事?」

 話についていけないエリィが交互に顔を見比べる。

「つまりですね姫…今回の作戦には,まだ合流していない王族が関係しているという事ですよ」

「えっ?まだ合流していないって…」

「アリシアからはユーリエ様が…まぁこれは演技ですがともかく参加しています。エリティアからは王妹であるクリミア殿が参加。ルトリアからはヒューム殿が王族を名乗って参加…となれば…」

「あ…もしかしてサナリアが?」

「そういう事…でしょうね」

 頷くノーブル。

「じゃが…確かサナリアの王族は…王兄のエルノアール殿が随分前に失踪,ルフトルール王が帝国建国時に命を落とし,王妹のリュミエール殿が消息不明ではなかったかのぅ…?」

「ヘッ!おおかたどこぞの女王様と一緒でなりすましてるんだろ?いっそ本物はこっちですって影武者立てちまえば良いんだよ」

「ちょ,ちょっとノエル…」

「で,具体的には?」 

 それには構わずノーブルが尋ねる。

「今回諜報部が掴んだ情報によれば…生存しているらしいのは王妹のリュミエール殿です」

「…!そっちかよ…」

「どうも連合われわれの総決起を知った帝国が,これ以上合流されては困ると密かに監禁していたようですね。最低限,昨日今日突然に発生した秘密でない事だけは確かです」

「…」

「ではそれを救出しろという作戦なのですね?…具体的には,どちらに?」

「タバフ=エミーナ」

「なに…!?」

 それを聞いてノエルの顔色が変わる。

「ノエル…?」

「どうしたんじゃ,盗賊の…」

「…」

 険しい表情で沈黙するノエル。

「タバフ=エミーナと言えば,確か古城がありましたね…」

「ええ。リュミエール殿はそこに閉じ込められているようです」

「どんな城なんじゃ?」

「城の周囲ぐるりは垂直に落ち込む断崖絶壁,侵入経路は正門ただ一つという天然の要害。護るに易く攻めるに難い,規模はともかくとしてワ=ダオラにも比肩しうる堅城です」

「何じゃい,そんな城を何故使わんのじゃ?」

「今の主要街道筋からは完全に外れているからな,戦略的価値がほとんど無ぇんだよ。だから長い事放置されてきた」

 表情を崩さないままノエルが言う。

「ふむ…」 

「まだあります。その周辺は彫像の森が広がっていて…」

「近づくと動き出して襲ってくる,というわけですか…」

 眉を顰めるノーブル。表ざたにするわけには行かないが,それはアリシアで禁忌とされている魔操兵の業と同じ原理だ。古代王国時代に作られたそれを使役する術を見つけたのか,それとも自作する術を見つけたのか,どちらにせよ相手は一筋縄ではいかないという事になる。

「明らかに罠…だ」

「え?ちょっと待ってよノエル…そりゃ,万全の態勢で待ち構えてるとは思うけど,リュミエール様は…」

「いや,罠だ」

「盗賊の?何を根拠にそんな事を」

「あの城はな,立地が悪かったってのもあるが,かなりのへそ曲がりなんだ。だからサナリアをはじめあの辺を版図にしていた歴代の国々も,ほとんどあの城を使おうとはしなかった…」

「盗賊殿…よくご存知ですね?」

 驚くノーブル。彼の知るアリシアの文献にはそこまでは書かれていない。

「俺は昔,サナリア王都セダイの書庫に忍び込んでその辺の情報を盗み見た事があるんでな」

 相変わらず,にこりともせずにノエルは言う。

「え…ノエルって,そんな凄腕だったの…?」

「そんなまともな物も盗めたんか,お主…」

 目を丸くするエリィとハーディ。しかしお構いなしにノエルは続ける。

「もっと具体的に言うとな,あの城は罠に特化した城なんだ。だからちっと考えりゃ,帝国がその罠に俺らをハメちまおうってな話だってのはすぐ判る」

「なるほど,監禁しているという噂さえ流せば,その真偽を確認しようとしただけで罠にはまると…」

「で,でも…もし本物だったら…」

「罠だっつってんだろ!」

 声を荒げるノエル。

「しかもこいつは,あの閣下レヤーネンと同じだ!龍戦士を仕留めようとしてんだよ!」

「え…っ?」

「良く考えろ!今の連合に,そんな辺境へ兵を割く余裕があるか!?ねぇだろ!そもそものっけから台所は火の車なんだ!となりゃあの馬鹿ヒュームでさえ辿り着けるほど答えは明らか,少数精鋭での極秘潜入をするしか無ぇと判るだろが!」

「あ…」

「そのエースさえ仕留めちまえば戦況なんかいくらでも逆転できる,向こうはそう考えてんだよ!だからまずこっちのエースを,より安全な手段で仕留めようと動いてきてる!そこへきてこっちの龍戦士様はあくまで役なんだぞ?」

 まくしたてるノエル。

「正直迂闊だった。白廉将軍が居なくなって楽勝ムードになっちまって,それで足を掬われたんだ。お嬢ちゃん,お前は耐えられるのか!?もうフレイアは居ねぇ!次は誰に死神が舞い降りるか分かんねぇんだぞ!?」

「う…」

 言葉に詰まったエリィは,しかし猛然と反論する。

「じゃぁ!もしリュミエール様が本物だったらどうするの!?せっかく生きていて,助けを待っていたら!それを見殺しにして,影武者でお茶を濁して!それで良いの!?」

「く…」

 苦悶の表情を浮かべたノエルは,しかしこちらも言い返す。

「あのなお嬢ちゃん!俺が言ってんのは,なんでそれをお嬢ちゃんがひっかぶろうとするんだ,って事だよ!腐り切ったサナリア王族に何か借りでもあんのかよ!?ねぇだろがよ!”風”を潰しても良いのか!?自分だけじゃねぇ,仲間まで危険に晒すんだぞ!分かってんのか!?」

「だ…誰かがやらなきゃならないじゃない!」

「その誰かはお嬢ちゃんでなくていいだろうが!」

 ノエルはそう叫んで,ノーブルをにらみつける。

「てめぇのせいだぞノーブル!てめぇがお嬢ちゃんに女王の真似事なんかさせやがるから!演じてるだけで良かったってのに,心構えまで吹き込みやがるから!”風”はあくまでただの冒険者なんだ!慈善団体じゃねぇ!まして支配階級なんかじゃねぇし,そんなの目指してるわけでもねぇだろっ!」

「盗賊殿…」

「そんな言い方って…!じゃあノエルは,できる事があるのに見捨てろって言うの!?他の人なんかどうでも良い,自分さえ楽しけりゃそれで良いんだって言っちゃうの!?王族だ何だって,そんなの関係ない!リュミエール様がかわいそう…」

 しかし言葉の途中で,エリィはノエルのあまりの形相に気圧された。

「ノ…エル…?」

「馬鹿野郎ッ…」

 それだけをつぶやいて,ノエルはぶんぶんと頭を振ってがらりと調子を変える。

「ここまで,だな」

「えっ…?」

「俺は俺なりに,今まで”風”の為にと思ってやってきた。だがよ…もうこれ以上は付き合いきれねぇ。お互いの為になんねぇってのが良く解ったよ」

 皮肉っぽい笑みを浮かべ,肩をすくめるノエル。

「え…」

「これっきりだ。抜けさせてもらうわ」

「ちょ…ノエル!?」

「もうおぇらが何をしようと俺にゃ関係ねぇ。好きにしな。俺は俺で好きにやる」

 くるりと背を向け,扉へ向かってすたすたと歩きながらひらひらと手を振るノエル。

「じゃぁな…楽しかったぜ…」

「ま,待ってよ…」

 しかしその言葉に歩みを止める事も振り返る事もせず,ノエルは扉を開けて出て行った。

「そんな…」

 しばし訪れる静寂。しかしやはり,真っ先に耐えられなくなったエリィがそれを破る。

「私,なにか怒らせるような事言った…?ノエルのあんな形相かお,初めて…」

「さあ…それは解りませんが」

 ノエルの出て行った扉を見つめながらノーブルが言う。

「盗賊殿は是が非でも姫を止めたい…そういう事でしょう」

「…」

「さて…どうしますか,姫?先日エルフ殿を失い,今盗賊殿が袂を分かちました。”風”の戦力としてはかなり落ちてしまいました。もともとリスクのわりに得るものの少なそうなこの作戦,さらに難易度が上がってしまいましたが…」

「う…でも…」

 言葉に詰まるエリィ。

「他に適任が居ないって事…でしょ?」

「そうなりますね」

 溜息をつくクーラ。

「ですがだからといって,それを義務とか責任とか感じてしまう必要はありませんよ?エリィ殿」

「え…でもそれじゃ大尉だって…」

「ですから」

 また溜息をつくクーラ。

「それでは本末転倒というものです。いや…私にとってはむしろ一周回って戻ってくると言った方が良いでしょうか…」

「う…」

「私の為に貴女が無茶をすると,その護衛をする私の難易度は上がって余計に辛い事になります。それでまた貴女が…」

「て,丁寧に説明しなくてもいいから!分かるから!」

「私の事は度外視して冷静に考えてください」

 我ながら妙な事を言っているな,と自分に呆れるクーラ。

「うーん…」

 エリィは唸る。

「ね…ノーブル」

「何でしょう,姫?」

「その…タバフ=エミーナにはどのくらいの戦力があるのかな…」

「どうでしょう…龍戦士相手の罠だとすれば決して半端な戦力ではないと思いますが…」

「それって…たとえば私たちがそこを無視して帝国領に進撃したときに,意表を衝いて側面を攻撃してきたりしないかな?」

「む?確かにそれはそうかも知れんのう…」

 ハーディが目を丸くする。

「あり得ない話ではないですね…」

「で,たとえば私たちが,あらかじめそれは罠だって事を証明したとして…それでもそこに戦力を置き続けている意味ってある?」

「無くはないでしょうが…効果は半減しますね。リュミエール殿を守っているというはずの,動けないはずの軍勢が突然攻撃して来ればこそ対応もより難しくなりましょうが,そうでなければ単なる別動隊に過ぎません」

「だとすれば…」

「姫…そういうのは教養と言うよりむしろ知略,もっと悪く言うと策謀の部類なのですがね」

 溜息をつくノーブル。

「えっ?」

「おおかた,威力偵察でもしようと言い出すおつもりでしょう?リュミエール殿が本物で,救い出せれば良し。でなくとも,何らかの妨害を仕掛けて敵の陣容を崩しておこうと…」

「あ…言われてみればそうよね,全然気づかなかったわ」 

 棒読みするエリィ。

「まぁ決してその案自体に反対ではないのですがね」

 また溜息をついて,しかし今度は苦笑するノーブル。

「えっ?」

「大尉…もちろん完全に成功させろという命令ではないのでしょう?」

「まぁ実際問題としてはそうなりますかね。是が非でもというのはあくまでヒューム殿の希望です」

 苦笑するクーラ。

「えっ?えっ?」

「やめようと言っても聞きそうもないお姫様がいらっしゃいますからね。先日の漆黒将軍との会談と同様,適当なところまで行って様子を見て判断するのがもっとも現実的な落としどころ,という事ですよ」

「う…また痛い子扱いして…」

「今さらですよ?姫」

「あーっ!ひどい!ノーブル!」

 ぽかぽかとノーブルを叩くエリィ。

 ははは,と笑いながらなすがままになるノーブルはしかし,心の中では全く別の事を考えていた。

 やはりフレイアを失った影響は大きい。強がっているというべきかいささか退行しているというべきか,エリィはいつにもまして感情の起伏が激しい。

 もう少し落ち着くまで間を空けるのが理想なのだがそういう状況でもない。となれば多少強く制動ブレーキをかけておくべきで,その役目はクーラに頼むのが良いだろう。

「とはいえ…危険は危険なのです。我々の判断には従って頂きますよ,姫君?」

「え?あ,はい…」

 クーラの方を振り返ったエリィは,その真剣な表情に思わず返事をしてしまう。

「確かに言質,頂きました」

 絶妙のタイミングに,にやりと笑うノーブル。

「!あー!そういう…二人で私を…!」

「さすがにその手の策謀で姫に好きにさせるわけにはいきませんよ」

「エリィ殿…難易度の高い作戦なのは間違いないのですからね…?」

 溜息をつくクーラ。

「むー…」

 ふくれっ面のエリィをにこにこしながら見つめるノーブルは,しかし心の中ではまた全く別の事を考える。

(しかし…この程度の事を読めない盗賊殿ではないはず…)

 クーラが代役として入ってくれたが,いつもならこれは自分とノエルの役割である。当然ノエルならこの程度の事に気づかないわけが無いし,あんな感情的な怒鳴りあいではかえって問題をややこしくするのも解っていたはずだ。

 明らかに今日のノエルはおかしかった。いや,この話題にだけ過剰な反応を見せたと言ったほうが良いだろう。

(いったい…何が…)

 何か良くない事が起こるような感じがして,ノーブルは頭からそれを追い払った。

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