未来からの招待状・後編
「!?」
目を丸くするエリィ。
「ちょ…それ…」
「明らかに罠じゃねぇか。要は『帝国の本物が誕生パーティーやるんだから来い』って事だろ?のこのこ行ったら,連合の女王が偽物だって証明しちまうじゃねぇか」
「いえ,それがどうもそうではないようなのですよ…」
困ったような顔をするノーブル。
「何じゃと?」
「文面を見る限り,姫をご指名の理由と言うのが…まぁ実力的なものは当然としても,一つには政治的なしがらみをもっとも受けない位置に居る事。大っぴらにせずに極秘で行動ができる事。さらには…ごくごく単純に,素直にユーリエ様を祝ってくれそうだと判断した事らしいのですよ…」
「…」
ぽかんとする一同。
「それこそ盗賊殿の仰る通り,姫の事を…爆買いと言っても差し支えないほど買っているからそうなったとしか思えない文面でしてね。ご丁寧に『別にそれで帝国の女王が本物だと喧伝するつもりもない』とまで書き添えてあります」
「そいつは,また…」
またしてもしてやられた格好になり,顔をひきつらせるノエル。
「おいお嬢ちゃん…一体ヤツとの間に何があったんだ?いよいよ尋常じゃねぇぞ?」
「わ,私に訊かれても…き,きっとノーブルが…」
「ノーブル殿の売り込みも…もともと彼が買いそうだという見立てがあればこそ…でしょう?」
クーラもひきつった笑みを浮かべる。
「で…お前ならそこにどう罠を仕込む?ノーブル」
気を取り直してノエルが尋ねる。ぽりぽりと頬をかいて,ノーブルは苦笑する。
「いえ,罠と言うよりは…むしろ私は,そこに漆黒将軍の思惑を感じる…いえ,その思いを信じたくなってきておりますが」
「思惑だって?思いだって?…どんな?」
聞きとがめるノエル。
「たとえばですね…漆黒将軍がこちらへ寝返る,あるいはユーリエ様だけでも引き渡そうとしている,あるいはもっと単純に,姫を直接対決の場から何とか遠ざけようとした…」
「お…おいおい,そりゃどれもこれも斜め上すぎるぜ?そいつを信じるってのか?」
「ええ…」
ノーブルは頷いて言葉を繋ぐ。
「この招待状には,そうさせるだけの仕込みがあるのです…」
「どういう事だ?」
「先ほど私は…誰彼構わず知られたくはない内容だからかも知れないと言いましたが。結論から言うとやはりそうだったと言わざるを得ないのです」
「えっ?」
「この招待状を,それこそ姫の気分を損ねてしまう事に目をつぶってでも古代語で書かねばならない理由があったのです」
「えっ?えっ?」
いよいよわけが分からない,といった様子のエリィ。ノーブルはふぅっと一つ息を吐いて,苦笑しながら口を開いた。
「この文面には…ユーリエ様ご本人のものと思われる暗号が織り込まれているのですよ」
「!?」
驚愕する一同。
「なん…だっ…」
さしものノエルも最後まで言う事ができずに絶句する。しばし流れる静寂。
「…それは本当なのですか?ノーブル殿…」
クーラが真っ先にその呪縛から逃れる。それを可能にしたのは,この場に居合わせた者のうちで最も連合側,つまりはしがらみ側の立場に居るという意識だ。自分がそれを聞いてしまって良いのだろうかという恐怖が口を衝いて出てきたと言っても良い。
「ええ。アリシアは歴史が長い分,権謀術策の面においてもさまざまな蓄積があります。この暗号もその一つでしてね…一見しただけではちょっと抽象的だとしか思えない文言の組み合わせの中に,別の文意を織り込むという技法があるのです」
「つくづくおっそろしい国だなアリシアってのは…てぇことはあれか?少なくともその招待状は,女王様と共同で作ったって事になるのか?」
「ええ。漆黒将軍がその技法にまで精通し,それを装って作った罠という可能性も無くはありませんが,偶然にその技法へ行きあたる可能性こそ奇跡と言えるほどの事で…。ごくごく普通に考えれば盗賊殿の仰る通りと見て良いでしょう…」
「で…その女王様は何と?」
「…」
「…?」
「すみませんクーラ大尉…これはアリシアの機密とさせて頂いてよろしいでしょうか。迂闊に明かしてしまう事はすべての歯車を狂わせてしまう事にも繋がりかねません」
言葉を絞り出すノーブル。
「ああ…なるほど。これは失礼をいたしました」
むしろそれは助かる,とクーラは思う。
「…しかし,だからといってエリィ殿をみすみす単身で漆黒将軍の下へ…」
「いえ…」
それを遮るノーブル。
「主賓は確かに姫ですが,別に姫だけを招待しているわけではありません」
「な…?」
「先ほどの条件…しがらみを気にしない事,極秘で来れる事…そして,ユーリエ様と,あとは姫を祝おうという気持ちのある者ならば誰でも招待するとあります」
「!?」
またも驚愕する一同。
「な,な,な…」
今度はエリィの硬直が解けるのが早かった。
「何なのよアイツ!どこまで不気味なのよぉ!」
「まったく…それじゃ何か?漆黒将軍は,『一緒に楽しく祝おう』で招待状を寄越したってのか?しかも女王様と相談して?」
「どうやって姫の個人情報を知ったのかにも興味は尽きないところですが…文面を素直に判断するとそう…なるのですよ」
肩をすくめるノーブル。
「さらに言うと…先ほどの姫のご心配の件ですが…」
「…え?」
「現実問題としては,ユーリエ様の誕生日はまだ先です。当然,式典もまだ先。ですからこの招待状は,正確に言えば事前の打ち合わせに一度来て欲しいという招待なわけです」
「え…?」
「大っぴらにできないが中身は充実させたい。そのために参加して欲しいし,よりよい形を一緒に考えて欲しいと…」
「え…?…え?」
「…お嬢ちゃんもやられたってわけかよ…」
苦笑いするノエル。
「つまりあれだろ?別にお嬢ちゃんを笑いものにしようとかイジろうって事じゃなくて,立派に一方の主役にするから心配すんなって事だろ?」
「えええ!?」
目が点になるエリィ。
「ちょ…ちょ…それおかしいでしょ!?なんで私が一方の主役なのよ!?なんでユーリエ様と!?」
「まぁ…」
複雑な表情をしながら口を開くノーブル。
「そこも私が招待状に信憑性を感じてしまう原因の一つなのですが…漆黒将軍の思いは謎に包まれているにせよ,ユーリエ様ならば確かに一緒に祝いたいと思うはずなのです」
「!?」
「どういう事じゃい魔法男…」
「そのあたりはまぁいろいろと口止めをされているのですが…ユーリエ様は”風”の事もよくご存じでしたし,個人的に依頼を持ち込もうともしてらっしゃったりしていましたし…」
「!」
ハッとするエリィ。それは以前シャルルとともに聞いた伝説の龍戦士捜しの事だ。こっそり手伝うと言いながらすっかり忘れていたが,ノーブルは今も密かにそれを捜し続けているのだろうか。
「あとは…おそらく漆黒将軍が姫の現在を話したのではないかと思われます」
「う…っ」
しかしすかさず意識を現実に引き戻されるエリィ。それはつまり,自分が女王の名を騙っているという事だ。
「…それ別の意味でやべぇんじゃねぇのか?むしろお嬢ちゃんが女王様に寝首をかかれるとかよ…」
「!?ど…」
どうしよう,と続けようとしたエリィだが,そこで凄い剣幕のノーブルが割り込む。
「失礼な!聡明にして気品あふるるユーリエ様にそんな事はありえません!むしろつらい役目を姫に背負わせてしまった事を心苦しく思っておられるに違いありません!」
「あー…じゃぁむしろお前ぇが寝首をかかれる方向だな,ノーブル」
ぼりぼりと頭をかきながら棒読みするかのように言うノエル。
「ですからユーリエ様はそんなお方では…」
むぐ,と言葉に詰まってから狼狽え気味にそれを否定するノーブル。
「いろいろと謎はありますが…誰でもというのはおそらく,狙いとしては私を指しているのでしょう」
そこへ考え込む仕草のクーラが割り込む。
「何だって?」
「先の会談で漆黒将軍は,私がエリィ殿を最優先するかどうかをしきりに気にしていました」
「あ…そういえば」
「つまり,ここで私が極秘とはいえそこへ出向くという事は,いえ…しがらみを措いて極秘でそこへ出向くという事は,エリィ殿を最優先したと意思表示した事になり…」
「あの時伝えたがっていた何かを明かす可能性がある,と見て良いでしょう」
頷くノーブル。
「それが『同志になれ』に繋がるとすれば…なるほど,ノーブル殿の仰る通り寝返りや引き渡し,あるいはそれ以上の何かが起こる可能性が高い。…しかも,そこを逆手に取るのはエリィ殿を利用する事にも繋がるぞ,その時は容赦しないぞと,釘を刺して…いや,脅しをかけているようにさえ見えますね」
「ちょ…え…」
「ええ,おそらくは。もっともその時は私も貴殿の敵に回りますが…」
「ノ…!」
「でしょうね。だからこそ私には彼が,エリィ殿を危険に晒すようならそんな連合からは離れろと”風”に言っているようにも見えるのですよ…」
苦笑するクーラ。
「いよいよ得体が知れねぇ…」
ぐにぐにと,ひきつったままの顔を手でほぐすノエル。
「ほんとヤツとの間に何があったんだお嬢ちゃん…」
「私が訊きたいわよぉ…」
泣きそうになるエリィ。
「訊かない方が良いかも知れませんがね…」
こちらもひきつった顔でぽつりとつぶやくノーブル。
「えっ?ど,どういう事よノーブル?」
「何か知ってるのか?」
「…残念ながら,漆黒将軍の底が知れないという事が判っただけですよ。正直私にも,今回のびっくり箱から何が飛び出して来るかは全く読めません。読めないという事は…それに対応できずに翻弄され取り返しのつかない失敗に繋がる危険も高いと…」
「確かに…」
苦笑いするクーラ。
明らかにタイミングが良すぎる。
先の会談の時点ではエリィを最優先する事に確証が持てなかったからこそ踏み込むのをやめたはずだ。となればその先には,ノーブルの言う通りかなりの何かが潜んでいる。
だというのに,たとえ暗号があったにせよそれを匂わせてくるとはどういう事か。
あり得ない事と解ってはいても,自分がエリィを最優先すると宣言した事を知ってこんなものを寄越したと考えてしまう自分が居る。このタイミングはそこにしか合わないのだ。
(これが龍戦士か…)
”風”の中にすら,隠してこそいないがことさらに公表もしていないのだ。そこまで読み切っていたとしたら神算鬼謀の類である。
先ほどのシェスターの言葉を思い出し,ぶるっと身震いするクーラ。
「さて…ほんじゃどうするよ?…ノーブルは奴を信じる方向だっけか?」
「個人的にはそうですね。無論姫次第ですが…」
「俺は個人的にはヤツには近寄りたくも関わりたくもねぇんだがよ…」
ぼりぼりと頭をかくノエル。
「それでも,お嬢ちゃんの安全だけは確保できそうだって気にはさせられちまってるな…何が飛び出すか分からねぇってとこ以外に,行くな!って言う根拠が見当たらねぇ」
「おや?では盗賊殿は欠席確定で?」
「んなワケねぇだろ。それじゃ何か?俺はお嬢ちゃんの成人を祝いたくありませんってそういう事か?」
それに,とノエルは続ける。
「ヤツが何でそこまでお嬢ちゃんにご執心なのかには興味がある。今後の参考にするために,いっぺんは間近で見ておいた方が良さそうだってのもある」
「う…」
複雑な表情のエリィ。
「お父さんはどうだ?」
「近寄りたくないのあたり以外はまったくお主と同意見じゃ,盗賊の」
「アラウドは?」
「…エリィに任せる」
「だとよ,将。馬は射落とされちまったらしい」
「…」
「前回とは全く立場が逆転しちまったらしいが…どうする?招待に乗るか?」
「!?ちょ…何よそれ!?」
うろたえるエリィ。
「飛び出すのはおそらく,果てしなく斜め上の何かだぜ?そのくらいの覚悟決めねぇでどうするよ…ノーブルが売り込んできたんだろ?」
軽口を叩くノエルだが顔は笑っていない。
「っと…そういや龍戦士様の意向を聞いてなかったな。どうするよ?」
「…」
視線がクーラに集まる。
(まさかここで宣誓させられる事になるとは…)
まさか先ほどの良い返事とはこれを意味していたのか?そんな疑心暗鬼に駆られる自分が居る。
一つ溜息をついて,クーラは口を開く。
「エリィ殿が行くのであれば,御供いたします」
「ハイ決まり」
肩をすくめるノーブル。
「というわけで,本人の決断次第となっちまいました。いかがなさいますか?御姫様?」
「う,うん…」
「エリィ殿…おそらく漆黒将軍の心づもりは先日と変わらないでしょう」
「えっ?」
クーラの言葉に目を丸くしたエリィは,ややあって気まずい表情になる。
「そ,それって前回の私が何も考えてなかった…って事よね…」
「率直に言えばそうなります。まぁ程度問題で,我々も似たようなものだったようですがね。明らかにいろいろと規格外の漆黒将軍が相手では,やむを得ないとも言えるでしょう」
「…ごめんなさい」
しゅんとなるエリィ。
「その意味では,前回は大尉が最後の最後で止めてくれた,という事になりますね」
しれっと,しかしすかさずノーブルが混ぜ返す。
「…お恥ずかしい限りですな。私に器量があれば止めなくとも良かったという可能性もあります」
ですが,とクーラは言葉を繋ぐ。
「今回は止めません。どこまでも…ご一緒いたします」
「…」
ノエルが口笛を吹き,ノーブルがニヤリと笑う。むむむ,とハーディが唸り,赤面するエリィ。
「さて,ほんじゃ込み入った話は二人に任せるとしてだ。どうする?お嬢ちゃん?」
「…」
気を取り直して,思案を巡らせるエリィ。訪れたしばしの静寂を破って,彼女は口を開いた。
「行きましょう」
「オーケイ,ほんじゃさっそく…」
「あ,いえその前に…」
言いかけたノエルを遮って,クーラはため息交じりに言葉を継いだ。
「もう一件,お知らせしなければならない込み入った話があるのです」




