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未来からの招待状・前編

 それから数日が過ぎた。

 帝国軍を駆逐した連合はバラナシオスへと入城し,軍備の再編を行っていた。

 投降した白軍兵に聞いたところによると,白廉将軍バナドルスは魔大帝ラズールを諫めるために本国へ戻ったらしい。しかし順序が逆,つまりラズールの許可を取る前にバラナシオスまで軍を下げてしまったことが叛逆と見なされ拘束されたのだと,後釜に座ったレヤーネンが語ったのだという。

 そもそも白軍兵は,バナドルスと共にこそ戦うつもりであったらしい。あくまで理想の為に,あくまで正々堂々と雌雄を決するつもりであった彼らは,将軍の更迭とレヤーネンの後釜就任によって,さらに言えば大魔道ルマールが罠を仕込んで連合もろとも彼も自分たちも葬ってしまおうとしていたと知って,すっかり帝国に幻滅してしまっていた。そこへあのエリィの演説がうまい具合に刺さり,投降を決断させる結果となったようだ。

 ヒュームは彼らを闇の側へ寝返った裏切り者とみてその処刑を主張し,周囲に総がかりで止められた。

 とはいえ連合には彼らの見張りに割くだけの余裕が無い。下手に生かしておいて蜂起されれば致命的であるという彼の主張には確かにそれなりの理もあった。

 そこでクーラが代案を出した。ガーネ=コマとフーコ砦に彼らを分散させて,それぞれ”地”のグラントと”水”のジェラルドにこの管理と監視とを任せてはどうか,というものがそれだった。

 落ち度があれば晴れて指揮権を剥奪できると餌をぶら下げて,渋るヒュームを説き伏せたクーラではあったが,より実際的な部分では対帰還者戦線での共闘を継続させて後方の備えを厚くしようという策である。

 特に他に監視の適任も居ない事もあってこの案は決定された。後にこれはルトリア首脳部が思いもしなかったうねりを呼び起こす事となるのだが,もしヒュームがこの時点でそれに気づいていれば何が何でもそれを却下しただろう。

 しかし発案者のクーラも,そこまで読んだ他の二人,ノエルとノーブルも,そこにはむしろ触れることを積極的に避けた。だから彼もイリウムも,夢にもそうとは思わなかったのである。

 それが昨日の話である。グラントとジェラルドに仔細を説明して協力を要請するための文はノーブルが担当し,それを届ける早馬は今朝早くに出立した。少なくともその返事が届くまでは連合は此処に留まって待つことになる。

 ぶつぶつと文句を言っていたヒュームは,しかし気を取り直して,先ほど終わったばかりの会議に新たな作戦をねじ込んできた。

「…」

 参加していたクーラは深々と溜息をつきながら,押し切られて決まってしまったその無茶な作戦を伝達すべく”風”のところへ向かっていた。

 最近のエリィはどことなく,自分の身の安全を二の次にしているようなところが目立ってきている。いや,犠牲を出してしまった以上それを途中で投げ出してはいよいよその犠牲が無駄になると考えているふしがある,と言った方が良いだろうか。

 こんな作戦を伝えたら,きっと彼女は何をおいてもやろうと言い始める。

(…っ)

 つくづく,自分の力量の無さを思い知らされる。

 先のレヤーネンの一件とて,フレイアが身を挺してくれなければどうなっていたか知れたものではない。だが伝説の龍戦士やシャルルが噂に違わぬ実力を持っているのなら,それにすら余裕で対処してしまうのかも知れない。漆黒将軍やミリアの圧には確かに,そう思えてしまうだけの迫力が備わっていた。

 しかし自分ができる最善手を考えれば,それはどこまでいってもエリィを思いとどまらせる,止める,になってしまうのだ。

 もう一度溜息をついて,クーラは角を曲がる。

「!?」

 ぞくり,と唐突に襲ってくる戦慄。

(これは…)

 アリシアの宿で感じたそれに酷似している。となれば普通に考えて,帝国黒軍のそれだ。

(襲撃!?単独でか!?)

 この先の部屋は”風”のあてがわれたそれ以外はすべて空きのはずだ。

「…!」

 反射的に警戒態勢となるクーラ。しかしそれとほぼ時を同じくして,目指す扉が開く。

「では私はこれにて失礼いたします」

(なに…?挨拶…だと?)

 予想外の展開に驚くクーラ。

「おや…クーラ大尉」

 部屋から出てきたその戦慄は,特に慌てたふうもなくそう言って,扉を閉める。

「あまり大きな声で言うわけには行きませんが…帝国黒軍のシェスターです」

 言いながら,これまた何の気もなくごく自然に近づいてくるシェスター。

「…その節はどうも」

 確かに実力差を考えれば気負う必要は無い。だが感じる雰囲気は,むしろ友好的ですらある。

「そう警戒なさらずとも。今回私は,書状を届けに来ただけですから」

「!?…書状,ですか…?」

 不自然だ。いよいよ訳が分からなくなるクーラ。

 この状況で考えられる事と言えば,差出人が漆黒将軍,宛先はエリィ個人か”風”だろう。しかしそれは普通に考えて,エリティア軍人である自分にほいほいと喋って良い性質のものではない。

「ええ。詳細は書状を見て頂ければ」

「!?」

 となると,宛先は連合なのか?まさか降伏を?

(馬鹿な…)

 即座にそれを否定するクーラ。もしそうなら,そもそも宛先がエリィなり”風”となる訳が無い。

「では私はこれで…良い返事を期待しております」

「!?」

 シェスターは敬礼し,すたすたと歩き去った。

「…」

 その場に取り残された格好のクーラ。

「もーっ!何なのよアイツっ!」

 と,その時。ここ数日では最も勢いのあるエリィの声が扉越しに聞こえてきた。

「ど,どうしたのですエリィ殿!?」

 気を取り直すと走り寄って扉を開け,クーラは言う。

「あ,大尉…」

 こちらを振り返って言うエリィ。しかしすぐに彼女の怒りは再燃する。

「アイツがまた私を馬鹿にしてっ!読めない字で手紙を書いてくるとかもう何なのよっ!」

「は,はぁ…」

 宛先はエリィ個人か。しかしそれでは先ほどの,良い返事の意味が解らない。

「まぁまぁ姫…誰彼構わず知られたくはない内容だから,やむを得ずそうしたのかも知れませんし」

 苦笑しながらなだめるノーブル。

「ど…どうせ私の教養は誰彼構わずのレベルですよーだ!」

 ぷんぷんしながら手紙をノーブルへ渡すエリィ。

(…)

 これも見ようによってはエリィが素直に素の自分を出せている事になる。それを可能にしているのは漆黒将軍の器の大きさである。そんなふうに考えてしまう自分に辟易するクーラ。

「ハハ…嬢ちゃん,こりゃ本気で勉強するしかねぇんじゃねぇの?女王役をやるなら中身も合わせろよって皮肉だろ」

 肩をすくめながらノエルが茶々を入れる。

「んもー!ノエルまで!だいたい何でアイツにそんなこと皮肉られなきゃなんないのよっ!」

「まぁまぁ…ん…?」

 苦笑したまま封を切り,中身を読み始めたノーブルだったが,表情がみるみる深刻になっていく。

「こっ…これは…」

「どうしたんじゃ?魔法男?」

「どうせロクでもない事が書いてあるんでしょ?私をからかうような…」

 胡散臭そうな表情で肩をすくめるエリィ。

「まさか…しかし…いや…」

 しかしもはやそちらに構っている余裕すらないといった様子のノーブル。

「…ノーブル?」

 こうなると,漆黒将軍に手ひどくやり込められているノエルにも緊張が生まれる。

「…」

 沈黙するノーブル。

「その手には乗らないんだからね。どうせ思わせぶりな演出で,落差ギャップを大きくしようとしてるんでしょ?」

「姫…」

 エリィをじっと見るノーブル。深刻な表情が,徐々に彼女を不安にしていく。

「ちょ…,ノーブル…引っ張りすぎじゃないの?いい加減…」

「この手紙は…大変な代物です…」

「え…っ?」

 そのまましばらくの静寂。ついにそれに耐えられなくなるエリィ。

「た,大変って…何が大変なのよ?ノーブル,もったいぶらないで早く言ってよ」

「姫…心を落ち着けて聞いてください。この手紙は…」

「手紙は…?」

 ごくり,と唾を飲みこむエリィ。

「漆黒将軍が姫に宛てた,招待状です」

「…は?」 

 しかし彼女は,全く予想外の言葉に間の抜けた声を上げる。 

「招待って…何よそれ…アイツが?私を?何の為に…?」

「罠…かのぅ?嬢ちゃんをおびき寄せて…」

「そいつは無ぇな。それだったら前回のあれを見過ごす意味が無ぇ。…だが…だからこそいよいよ意図が見えねぇ…」

「それがですね…」

 ひきつった笑みを浮かべてノーブルが口を開く。

「近いうちに開かれる舞踏会に,来賓として姫を招きたいと…」

「…は?」

 途端に不機嫌な顔になるエリィ。

「ほら見なさい!やっぱりアイツは,社交場に私を引きずり出して笑い者にしようと…!」

「待て待てお嬢ちゃん,それツッコミ所満載だろ」

「何でよ!?」

「そもそも…お嬢ちゃんは舞神流の皆伝だろ?舞踏会なんかお手の物じゃねぇか…」

「え…?あれ…?」

(確かに…)

 苦笑するクーラ。

 舞神流はこの世界のあらゆる舞踊を取り込んだとも,また逆にあらゆる舞踊の原型であるとも言われる流派だ。その皆伝であるエリィが,およそ舞踊とそれに類するもので他に後れを取るわけがない。

「う…き,きっと技術とかじゃなくて,品位とかそっちの方で…」

「おや?」

 せっかく気分転換になっているのだから少し乗っておくか,そう判断したクーラは驚いたふりをして言う。

「確か漆黒将軍はノーブル殿の言葉を…,エリィ殿がアリシア女王にも引けをとらないという言葉を追認していらしたような…」

「なんだって?そいつは…気に入られてるって事じゃねぇのか?」

 こちらも掛け合いに乗って驚いたふりをしながら,しかし内心ではやはりそうなのかと思うノエル。先日のノーブルの言葉を疑うわけではないが,どこか信じきれなかったのも事実だ。しかしそれがクーラの口からも出たというならば,いよいよ疑う余地は無い。

「き,きっと呼び出して古代語を読ませるつもりなのよ!」

「いやそれ舞踏会に関係ねぇだろ…」

「皆さん,本題に戻して良いでしょうか…」

 呆れ顔でノーブルが言う。

「え…?あれ…?」

 それがあまりに意外で,それがまた深刻さを匂わせる事になって,余計にうろたえるエリィ。

「問題はその舞踏会が,何の目的で行われるかです」

「だからそれは…」

「いえ…文面だけ見れば,姫にはむしろ華を添えて欲しいと期待しての要請のようです」

「え…?」

「ほれみろ,好かれてるんじゃねぇか…ってのはともかくよ…」

 抗議しかけたエリィを真顔で制しながら,ノエルが言葉を繋ぐ。

「何に添えるのかが問題…って事だよな?」

「ええ…どうやらその舞踏会は,ユーリエ様の生誕記念式典…ちょうど今回は成人の儀となりますが,その一環として開催されるようです」


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