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閣下の突撃

「だ…大丈夫ですか?ヒューム殿…」

 心配そうに尋ねるクリミア。

「ぐぬ…」

 腰を抜かしたままのヒュームは,クーラとエリィに両側を支えられて戻ってきた。

 彼の私兵へ彼を引き渡し,二人は再び馬上の人となる。

「姫…素晴らしい演説でしたよ。不肖このノ…クマルーめもこれでやっと肩の荷が下りました」

「…」

 そっと涙を拭うノーブルに対してどう答えて良いか分からず,エリィは複雑な表情で彼を見る。

「まぁ上出来だな。連合こっちの士気は上がり,帝国むこうのは下がった。馬鹿対決さえなけりゃもっと大きく差が出たとは思うが…」

 私兵に支えられたヒュームが後方へと下がったので,大っぴらにノエルが言う。

「じゃのぅ…それだけで内紛が起こっても良かったと思うわい」

「まぁまぁ」

 苦笑するクーラ。

「ともかくこのまま押して行ければ,まずまず上出来でしょうから」

「ですね。見たところ帝国側に新しい切り札はなさそうです」

 前方を見やりながらノーブルが言う。

 正面のアリシア重装甲騎士団は例によってじりじりと帝国軍を押し込んでいく。帝国の白軍は普通ならばそれにも押し負けないほどの装備と練度を持っているはずなのだが,絶大なる信頼を誇った上官が更迭された上に後釜が閣下あれでは当然の事として士気も上がらず,精彩を欠いているようだ。

「…」

 それを複雑な思いで眺めるエリィ。彼女の演説は言わば彼らに対して向けられたものだ。

「あんまり思いつめるんじゃねぇぞ…」

 明後日の方向を向いたまま,独り言のように偽装してノエルが言う。

「え…」

「何度でも言ってやるが,そいつぁ王家に生まれついた者…いや…人の上に立つことを決めた者が考える事だ」

 肩をすくめるノエル。

「国でも建てよう,王になろうってんならともかく…割に合わねぇぞ」

「…」

「まぁそのへん,解ってる参謀が居りゃあ随分と楽になるんだろうがな…」

「だ,そうですよ?クリミア殿…。どうです?この際正式に招聘してしまっては…」

 自分の教育方針にケチをつけられた格好となり反撃の機を窺っていたノーブルが,ノエルがクリミアに気を遣ったところですかさず混ぜ返す。

「だーっ!てめぇ!ノ…」

「てめぇ?ノ…何です?」

「うっ…」

「とまぁこの男…少々口は悪いようですが決して頭は悪くない。度胸の良さはむしろ買いです。掘り出し物かと…」

 涼し気に言うノーブル。

「ヤロ…」

「そうですね。今度諮ってみます」

 苦笑するクリミア。 

「皆さん…いくら閣下が相手でも,それは少々気を緩めすぎですよ」

 溜息をつくクーラ。

「う…すまん,大尉」

 途端に軍人の,しかし気まずそうな表情になるクリミア。

 とはいえ戦局は優勢だ。正面ではアリシア騎士団が押し込み,両翼はビルとローダー率いるエリティア軍が巨人オーガー獣人ライカンスロープを含む妖魔たちをうまく抑え込んでいる。上空の飛行兵に対しては第三軍が鉄壁の防空網を構築して迎撃に当たっている。先日のあの魔獣が出てくればともかく,このままいけばほどなくレヤーネンは撤退するはずと,誰もがそう思っていた。

 ところが。

「え?え?…ええ?」

 呆気にとられるエリィ。

「どうしました?ユーリエ様?」

「レ…レヤーネン殿が…突撃して来ます」

「何ですって?」

「ヤロウ…ついに振り切れちまったかよ」

 やれやれと肩をすくめるノエル。

「しかし…様子が変だ」

 クリミアが言う。

「あの閣下が…士気上がるアリシアの重装兵を片端から薙ぎ払っている…」

「!?」

「先頭に立って中央突破じゃと?あの閣下が…?」

 呆気にとられるハーディ。

「く…伝令!閣下やつを倒せばこの戦いは終わる!押し包んで討ち取れ!」

 クリミアが指示を出す。左右から挟み込むようにして押し込もうとする連合。

「ふはっ,ふはははは!見える!私にも敵が止まって見えるぞ!」

 しかし妙な事を口走りながらレヤーネンは次々と繰り出されるその攻撃をかわす。

「何だアイツ…妙なクスリでもキマってんのか?」

「無いとは言えませんね。あるいは魔法で反応速度を上げているのではないでしょうか」

(大佐の前で妙な事は言ってくれるなよ…?)

 心の中でつぶやくクーラ。彼自身も先の露天風呂の戦いでは速度を三倍まで上げているし,当然それはちょっと考えればすぐに気づく事だ。

「どう思います?大尉?」

「…あり得ないですね」

「ほぅ?これは意外…」

 ちょっと驚いた様子のノーブル。

「ええ,まったく…あのレヤーネン閣下が,まさか自身を囮に使うとは…」

 しれっと言葉を重ねて別方向へと誘導するクーラ。

「な!?」

 驚愕するクリミア。

「…!」

 その言葉の意味を探ろうと戦況を見回したエリィが,上空に現れたそれに気づく。

「魔獣…!」

「一体どんな心境の変化でしょう…」

「やつらの狙いはここでしょう。私が止めます」

 しれっと話を合わせるノーブルには構わず,クーラは馬につけてあった十文字槍を掴む。

「あ…」

 そう言えば先の戦闘で,彼の剣には亀裂が入っていた。今さらながらにそれを思い出し,心配そうな声を上げるエリィ。

「御心配には及びません。奴ら如きに後れはとりませんよ,ユーリエ様」

 それに笑って見せ,クーラはつぶやく。

<アドム・カトバⅩLⅣ>

 突破されそうな騎士団を援護せんとギルバートが号令をかけ,そちらへ対応しようとした分だけ,第三軍の防空網は手薄になっていた。

 見えない足場を蹴って空へと駆け上がり,クーラはそれを突破した三体の魔獣へと向かう。

(…慣れていくものだな。自分でも判る…)

 初めて対峙した時にはそれなりに緊張もあった。だが漆黒将軍やミリアの圧に触れ,またエルとレミーの襲撃を受けて龍戦士との戦闘もこなした今は,まるで脅威を感じない。

「ほんと…常識外れだよな大尉アイツも…」

 目を凝らして中空を見ながらノエルがつぶやく。

「確か覇王流ってのは,剣に貴賎なしが謳い文句だろ?」

「ええ。両手大剣グレート併用長剣バスタード片手長剣ロング小剣ショート短剣ダガー…直刃の剣ならなんでもござれの流派です」

「だよなぁ…そこへきて,舞神流は蹴りだけじゃなく槍ならなんでもござれだろ?よく短期間であそこまで上達するよな…」

 クーラは既に先頭の魔獣の羽を切断し,遠くへ蹴り飛ばしていた。

「槍の中では,今大尉が使っている十文字槍が一番難易度が高いんです。それをあそこまで使いこなすなんて…いったいどれほどの修練を積んだのか…」

 クローディアが言う。

「本物の龍戦士って言っても誰も疑わねぇだろうな」

「ええ。本物と戦わない限りはじゅうぶん誤魔化せるレベルだと思います」

「まぁ正直なところそんな強くなんのは無理だろって思ってたんだがよ…」

 ぼりぼりと頭をかいてノエルが溜息をつく。

「あの閣下の有様を見せられると納得するしかねぇよな…」

「じゃのう…あの閣下ですら,しかもこんな短期間にこれだけ強くなっとるところを見ると,信じざるを得ぬ」

(随分と中身は違いますがね…)

 心の中でつぶやくノーブル。

 レヤーネンの動きを見る限り,それは間違いなく素人のそれだ。エリィに舞神流を習う前のシャルルがちょうどあのような動きだった。

 しかし龍戦士の可能性が高い”流星”ならばともかく,レヤーネンは間違いなく凡庸なただの人だ。となればおそらくは何者かが,魔法でレヤーネンの動体視力や反応速度,処理速度を高速化しているのだろう。

 対してクーラのそれは,あくまで武道家の動きだ。だから修練したのは間違いない。しかし非常識なレベルという点においては何ら変わりがない。

 おそらくこちらは,常人なら長年に渡るであろう積み重ねを圧縮するために短期間で果てしない繰り返しが行われたのだろう。疲労回復を魔法で促進したと言っていたから睡眠時間そのものも随分と削ったのだろうが,もしかすると寝ている間も脳は模擬戦闘シミュレーションをしていたのかも知れない。俗な言い方をすれば,夢の中でも鍛錬をしていたという事だ。

 もちろん狙ってそんな事をするためには,そういう魔法を創る必要がある。

(彼は一体何者で…何が彼をそこまで駆り立てるのか…)  

 クーラは三体目の魔獣を沈黙させると,それをレヤーネンの後方,妖魔側のほど近い位置へ蹴り落とした。もちろんこれは,彼の意識をそちらへ逸らすための布石だ。間髪入れず,レヤーネン目がけて槍を投げるクーラ。

「!?」

 ズシン,という地響きが後ろで起こり,それに潰された妖魔の断末魔が響く。気持ちよく自分の世界で戦っていたレヤーネンは予想外の出来事に驚き,そちらを振り返る。

「な…に?これは…おほっ?」

 格好をつけたのもつかの間,レヤーネンの口から間の抜けた声が漏れる。

「こ…れ…?」

 呆気にとられながら,自分の腹から僅かにのぞいた槍の穂先を眺めるレヤーネン。クーラの投げた槍は背骨の脇,肋骨の隙間へと突き刺さり,彼の身体を貫いたのだ。

「ば…か…な…がふっ!ふぐっ!ごはっ!」

 その隙を見逃すアリシア兵ではなかった。彼らはレヤーネンの脚へ,腹へ,腕へ,次々と斬りつけた。

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