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猫と男と恋人と

 棍どうしがぶつかり合うカンカンという乾いた音があたりに響く。

 と言っても音を出している当人同士,エリィとクローディアにとっては,それは棍ではなく刃先のついていない槍である。

「はっ」

 掛け声もろともエリィがクローディアの槍を弾き飛ばし,今回の組手はそこで終了となった。

「ふぅ,ふぅ…さすがね,エリィさん…」

 肩で息をしながら,エリィにだけ聞こえるように言うクローディア。

「あはは…半分は反則みたいなものですけど…」

 そう言って曖昧な笑みを浮かべるエリィは,四肢に重量ウエイトをつけているにも関わらずまったく息を乱していない。

 露天風呂での襲撃から数日。フーコ砦を経由して一行は連合へと帰還を果たし,そのまま非武装状態となったワ=ダオラへと入城した。

 帰還者との会談で何の成果も挙げられなかった事は,連合での立場を確固たるものにしたいヒュームの機嫌をいたく損ねた。彼はイリウムの随分と偏った報告を受けてすべての元凶がクーラにあるとし,その濡れ衣を晴らすべく彼はいま査問会議へと出頭している。

 とはいえ彼が”紅き流星”の名を騙るわけにいかなかった事,そもそも帰還者が”流星”に不必要に拘っているだけで彼にはどうしようも無かった事は明白であるから,問題はまさにヒュームの機嫌をどうとるかという事に絞られていた。

 それで,今日はエリィが姉妹流派である鈷朔流のクローディアに稽古をつける格好になっていたのだ。

「ほんと…あの唐変木ときたら,何を血迷って護衛なんて…」

 槍を拾いながら,ぶつぶつとつぶやくクローディア。そのアラウドは先日と同様,席を外している。

「あー…クローディアさん,お気持ちは分かるのですが,あまり彼を責めないで下さい」

 先日来の誤解を解いておきたい,そんな事を思ったエリィは控えめに口火を切る。

 険しい表情を向けるクローディア。

「でも…二年!二年よ?何の連絡も寄越さないまま…」

「あう…すみません」

 剣幕に押されるエリィ。当然ながらこの手の修羅場は初の体験だ。

「だから,貴女が謝る事では…!」

「信じられないでしょうが…私はつい最近までほとんど生ける屍だったんです」

「え…?」

 胡乱げな目を向けるクローディア。

「その…お恥ずかしい話なんですが,ちょっと精神的に落ち込んでしまっていて…大尉が荒療治でそれを治すまでは,主に彼が付き添っていてくれたんです」

「…」

「あ,あの,でも誤解はなさらないで下さいね?少なくとも私は…約束を果たしているだけだと彼の口から聞いた事があるんです」

 慌てて弁明するエリィ。

「…約束,ですって?誰と?」

「秘密にして頂きたいのですが…今はいない”紅き流星”です。いつの間に彼らがそれだけの間柄になっていたのか意外だったのですが,彼が戻るまで責任を持って面倒を見ると…そう約束したのだとだけ教えてくれたのです」

「何の為に…」

「”流星かれ”が戻ってきたら,そこも問い詰めないといけないと思っているんです。そんな約束を…それこそ,クローディアさんがこれだけ苦しんでいるのに何でアラウドにここまでさせるのかを」

「…ぷっ」

 思わず吹き出すクローディア。

「それでは”流星”殿が気の毒よ,エリィさん。そもそもあの唐変木が私の事を話していない可能性の方が高いのに…」

「だ,だって…でも…」

 気まずそうにうろたえるエリィ。

「それにしても…」

 溜息をつくクローディア。

「あの唐変木,何の宗旨替えかしら…」

「えっ?」

「あ,いえね…あの頃の唐変木アラウドはもっとこう…豪放磊落と言うか自由奔放と言うか,美人と見たら声をかけないのは失礼みたいなどうしようもない奴で」

「…」

「あの図体にあのいかつい顔でしょ?連敗街道驀進中というかはなから相手にされないというか…でもそんなの気にしないっていつも豪快に笑っててね」

 肩をすくめてクローディアは言葉を繋ぐ。

「そ,そう言われてみれば…」

 記憶の糸を手繰り寄せるエリィ。確かに当時のアラウドはよくノエルとつるんでいた。今思えば,よくノエルが姿を消していたのは成果らしきものを上げたからなのだろう。しかし彼はひとり戻ってきて,楽しそうに笑っていた。

「私は,たまたま彼が大惨敗を喫したところに居合わせてね…これもたまたま気の毒だな,って心配して声をかけちゃったら口説かれた,ってところから彼との関係は始まったの」

「…」

「あ,ごめんなさいね?こんなのろけ話みたいな事」

「い,いえ…勉強になります」

 フレイアが聞いたら茶化されそうな事を真顔で言うエリィ。

「私と付き合ってる頃も全然変わらなかったし,相変わらず連敗続きだったけど。彼にとっては社交辞令みたいなもので,心はいつも私のところにあると…そう思ってた」

「…」

「だからね?この間のあれも…私は唐変木がいつもの調子で豪快に笑ってくれるんだと思ってた。それで,許そうと思ってた」

「え…?」

「…え?」

 呆気に取られるエリィに,こちらも驚くクローディア。

「どうしたの?」

「クローディアさんって…できた女性ひとなんですね…」

「え?…ぷっ」

 それで目を丸くしたクローディアは,また吹き出してしまう。

「笑い事じゃないですよ!二年!二年ですよ!?」

 彼女を”風”で預かると言った時の怒りをも思い出し,むきになるエリィ。しかしクローディアはふふふ,と笑って言う。

「それを言ったら,先日の貴女だってそうじゃない」

「え?…あ!そ,それは,あの,その…私は…」

「惚れちゃった方の負け…なのかもね」

「う…」

 複雑な表情をするエリィ。それで結局人違いをしてクーラに抱き付いてしまったのだ。

「まぁ別にいいのよ。向こうも惚れていたんだからおあいこで」

 苦笑するクローディア。

「!…べ,勉強になります」

「なんだけど…ああでしょ?それでいて貴女の側を離れようともしない。何より,あの軽さが無い。何から何までおかしかったのよ。いったい何があったのか…」

「あの…何かと言われれば」

 控えめに口を挟むエリィ。

「アラウドは…ちょうどこのワ=ダオラを奪還しようとした戦いで,私たちを安全に逃がそうとして瀕死の重傷を負い…しばらく離脱していたんです」

「え…?」

「すっかりそっちに慣れていたので忘れていましたが…戻ってきた当初はまだ完調でないからおとなしいんだと思っていました」

「…死んだって,そういう事なのね」

 アラウドが姿を消した方角を見やるクローディア。

「あ,で,でも!彼は今こうして生きているんだから…」

「それはそうよ」

 ぷっ,とまた吹き出すクローディア。

「でもほんと,おかしいのよね。私の知ってる唐変木なら,きっとあそこからこっそりこっちの様子を窺うくらいはしているはずなのに…」

「あ…きっとまた…」

 そこでふふっと笑うエリィ。

「?」

「ちょっと覗いてみませんか?」

 そう言ってエリィは,気配を消してついてくるように促す。

「…一体何が…?」

 言われたとおりにしながらも首を捻るクローディア。

「あ…やっぱり」

 先に覗いたエリィがにっこりと笑う。先日と同様,アラウドはどっかと腰を下ろし,そこに複数の猫が戯れていたのだ。

「…!?」

 しかし。エリィに倣ってそれを目の当たりにしたクローディアは硬直する。

「え…そんな…まさか…」

「…?どうしたんです?」

「あれは…誰…?」

「!?」

 目を丸くするエリィ。

「ど…どういう事です?」

「アラウドは…昔から小動物系が嫌いで…特に猫は天敵とも言えるほど毛嫌いしていた。猫の方でもそれが判るのか,アラウドとみると威嚇して…いつも険悪な雰囲気になっていたのに…」

「え…」

 その時。

「どうしたのです?」

 突然二人の背後から声がした。

「ひゃあっ!?」

「ひぃっ!?」

 驚愕した二人の悲鳴が空気を切り裂く。

「!」

 弾かれたように振り向くアラウド。

「っと…」

 反射的に繰り出されたエリィの蹴りとクローディアの棍を受け止めるクーラ。

「た,大尉…」

「脅かさないで下さい…」

 口々に抗議する二人。

「これはすみません。二人とも気配を消している割には無防備だったので,何事かと思いまして」

 苦笑するクーラ。

「あ…」

 ハッとして振り向くクローディア。その視線が,状況を把握してやれやれと警戒を解いたアラウドの,どこか悲し気な,しかしやはりどこか呆れ気味のそれとぶつかる。

「…失礼します!」

 言うや,走り去るクローディア。

「…どうか,したのですか?」

「ええまぁ…ちょっと内緒のいろいろがありまして…あ!」

 溜息をついたエリィは,しかしハッと重要事項を思い出す。

「大尉!査問会議は…」

「ああ,特に問題はありませんでした」

 涼し気に言うクーラ。

「結局のところ,帰還者むこうはルトリアは相手にせず,アリシアは女王の名で拒絶。エリティアは私が”流星”でなければダメで,初めから最後まで取り付く島もありませんでしたからね」

「私が偽物だったから…」

「えっ?」

「…本物のユーリエ様だったら,そのあたりの事を知っていたかも知れない」

 気まずそうに言うエリィ。

「しかし,逆にエリィ殿だったからあそこまで心を動かされたのかも知れません」

「え…?」

「最後に台本に無い言葉が出て,形としてはそれで地雷を踏んでしまったのでしょうが…そこまでの感触はそれほど悪くなかった。私はそう思っています。本物のユーリエ様にあそこまでの情熱があるかどうかは…」

「た,大尉…おだてないで下さい」

 赤面するエリィ。

「あれでもしあそこに私ではなく”流星”が居て…,それが彼女を納得させられるだけのりゅ…」

「あー!」

「!?」

 慌てて大声を上げるエリィに驚くクーラ。

「あの,その,大尉…その先は無しって事で…」

「ああ,そういう事ですか…解りました」

 またふっと笑うクーラ。確かにそれで,立ち上がって近づいてきたアラウドに対しては秘密にはなるだろう。だが一方では,彼が龍戦士であるとのこちらの推測に間違いがないと暴露しているようなものだ。

「悪い結果にはならなかったようだな」

 すぐそばまで来たアラウドが肩をすくめて言う。

「ええ。査問会議自体は予定通りですね」

「…何か予定外が?」

「ええ…といっても,我々にとっては明るい材料かと思われますが」

「明るい…?この状況で?」

 目を丸くするエリィ。

 クーラは頷き,言った。

「ええ。…どうも帝国内に内乱らしきものが起き,白廉将軍が更迭されたようなのです」 

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