月下の戦闘
「!」
一足飛びに瞬時に間合いを詰めてくるレミー。聞こえる風切り音から,クーラはそれが胴を狙った右中段突きと判断する。
拳法使いなのかも知れないが,暗器を忍ばせているかも知れない。左脚を上げて膝下の甲でそれを受けるクーラ。金属同士が衝突する甲高い音が響く。
感触からどうやら拳のようだ,そう判断しながらクーラはそれを押し返し,軸足を入れ替えながらさらに踏み込んで,レミーのみぞおちへ斜めに蹴り上げるような右の膝蹴りを放つ。
少しだけ後ろへ下がってその膝をかわすレミー。だがクーラはそれを見越し,勢いを殺さぬまま膝を伸ばして変化,鞭のようにしならせた右上段でレミーの側頭部を狙う。
「!」
しかしそれを身を沈めてかわすレミー。そして彼女は伸び上がりながら左の拳で弧を描くようにクーラの顔面を狙う。
(ちぃっ…!)
クーラは地を蹴ってレミーの右側面方向へと跳躍,軸足を再び変えながらくるりと左回転し,そのままやや蹴り上げ気味の左中段後ろ回しを放つ。
ひょい,と後ろへ跳んでそれをかわすレミー。
「へぇ…凄い足技じゃない。剣が使えないように密着してみたんだけど,なかなかどうして隙が無いね」
「…なに…?」
それではただ単純に,接近戦を試してみただけという事か?相手が何を得意としているかも判らないというのに,無警戒に間合いに入ってきたと言うのか。
「…」
やはり龍戦士と闘うなど無謀,そういう事なのか。絶望感で軽いめまいを覚えるクーラ。
「体術がそれだけできるんなら,当然剣もそれなりだよね。となると…遠距離かな」
「…?」
クーラの耳はかすかな音を拾う。それはレミーの鎧の両肩が小さく開いた音だが,当然彼にはそれが何を意味しているかは判らない。
「!」
しかし次の瞬間。開口部からのぞいた合計四基の半球体のうちの一基が輝きを放ち,戦慄を感じたクーラが身体をひねると,それまで腹が位置していた場所を何かがかすめていく。
「さすがにこれはかわすか…」
楽しそうなレミー。
(光の精霊か…!)
そこにかすかに残った精霊力からクーラはそう判断する。常識的に考えれば下位古代語を使った精霊魔法。だが龍戦士である以上は上位古代語で精霊を使役しているのかも知れない。
「ちぃっ!」
跳躍して間合いを詰めようとするクーラ。しかしレミーはこちらも跳躍して間合いを保つ。
「見たいのは遠距離の腕前だよ。それとも,打つ手なしかい?」
言うや,今度は二基が光を放つ。
クーラは剣を構えて胸と腹を狙ったそれを受け止め,剣はその力を吸収する。
「へぇ…盾にも使えるんだ,その剣…」
後ろで見ていたエルが目を丸くする。
「ちょっと攻撃が素直過ぎたかな。次は散らすよ?」
今度は四基全てが順番に,連続で光を放つ。
「く…っ!」
クーラは避けられないものだけを剣で防ぎ,他は左右へ小刻みに動いてかわす。
「なかなかやるじゃない。でも…防戦一方じゃいつか疲れるよ?」
攻撃を続けながら,ちょっとがっかりしたように言うレミー。
「それは…どうかな!」
しかしクーラは機をうかがっていたのだ。ちょうどいいタイミングで向かってきた二つの光弾を,剣の一振りでまとめてレミーへと弾き返す。
「なっ?」
虚を衝かれるレミー。しかし彼女は瞬時に攻撃を止め,両の掌でそれらを弾き飛ばした。
「なるほどね…攻め手が無いのかと思ったら,相手の攻撃を弾き返せるのか…」
「すごーい,便利な剣だね」
パチパチと手を叩くエル。
(…ほんとうに,こちらの力を測るつもりなのか…)
エルはまったく戦闘に参加する気配が無い。完全に意識の外へ追い払ってレミーに集中することはもちろん危険であるが,彼女はむしろ自分には注意を払わなくても良い,全身全霊の全力を見せてみろと言わんばかりの姿勢を貫いている。
レミーの攻撃にもまったく殺気が無い。それどころか,こちらの行動からギリギリで対処可能なレベルを推し量って攻撃のレベルを上げているかのようにも見える。先ほどエルが言ったようにこちらを気絶させるのが目的なら,一度に対処不可能と思われるレベルまで上げてしまえば簡単なのだ。
「大尉!」
そこへ,”風”の面々を連れてエリィが戻ってきた。鎧を着こみ,手には槍を持っている。
「あ…おーい,彼女を連れてってよ」
エルがそちらへ向かって言う。
「え…?」
「さすがにのぼせちゃうよ。裸のままってのもかわいそうだし」
にっこり笑うエルのあまりの屈託のなさに,呆気にとられるエリィ。
「ならば儂が」
ハーディが警戒しながらフレイアへと走り寄り,彼女を湯船から引き上げて背負う。
「ごめんね?女王様と間違えちゃって…」
ぺろりと舌を出すエル。
「む?むぅ…」
目を丸くするハーディ。しかし気を取り直して元居た場所へと戻る。
「さて…それじゃぁ次いってみようか。今度はちょっと痛いかもよ?」
にやりと笑うレミー。
(安全を確保した…のか…?)
そう考えて,いや,とクーラはより現実的な方へ思考を修正する。フレイアの安全を確保する目的もないではないが,要はそれだけの余裕を見せた上で完全にこちらを封じ込め,より大きな絶望感を与えるつもりなのかも知れないという事だ。
「…!」
そこでまた,小さな音。だが今度は様子が変わっていた。
クーラの研ぎ澄まされた感覚は,レミーからいくつかの小さな反応が分かれてこちらを包囲するように飛ぶのを知覚した。
(あれは…!)
即座にフレイアの解毒に取り掛かりながら,しかし成り行きを注視していたノーブルは驚く。
今度はレミーの鎧の背中が小さく開き,そこから六個の円盤が射出されたのだ。
「そらっ!」
再び先ほどと同じ連続攻撃。しかし先ほどと違うのはややペースが速い事と,そして,その半分ほどが円盤へ向けられている事。
「!?」
ぞくり。クーラは戦慄を感じる。レミーの方向からではなく,周囲に展開した円盤からだ。
そちらへ向けられた光弾を,円盤が反射したのだ。ちょうど多方面からクーラへ攻撃が集中する格好になる。
「く…!」
横へ跳ぶクーラ。だが戦慄は一定の距離を保ってこちらの周囲を漂い続ける。
「無駄だよ,捕捉してるからね。…さぁ,どんどんスピードを上げるよ」
にやりと笑うレミー。
「ちぃ…っ!」
クーラは空を蹴って立体的に動きながら,かわし,吸収し,レミーへと弾き返し,他のものへ弾いてぶつける。
「な…何じゃいあれは…」
あんぐりと口を開くハーディ。
「お嬢ちゃんの体捌きも踊ってるみてぇだとは思ってたがよ…上下の動きが入ると,蝶か何かがひらひら舞ってるみてぇだな…」
ほぅ,と感嘆の吐息を漏らしてノエルはつぶやく。
「さすがにエースだね,よく持ちこたえている…」
攻撃の手を止めずに,弾き返された光弾をひょいひょいとかわすレミーは,そう言って笑う。
「でも…そろそろ終わりにしようか…」
「それは…こちらの台詞だ!」
クーラは機先を制して剣を構え,空を蹴ってレミーへと跳ぶ。
「なっ…?」
さしものレミーも驚く。変速でもしたかのようにそれまでとは段違いの速さで,およそ詰められる事はないだろうと踏んでいた間合いが一瞬にして無くなる。
「音速の…蹴撃ぉっ!」
直接向かってくる光弾を剣で吸収しながら肉薄したクーラは,そこでくるりと体を回転させて必殺の蹴りを放つ。
「えっ!?」
愕然とするエリィ。
それは現在では基礎中の基礎,のはずだった。しかしクーラの放ったそれはおよそ非常識な疾さで,残像で蹴り脚が十数本にも見える。秒間百発とも伝えられる開祖のそれには及ばないだろうが,逆に当代のどんな達人も到底及ばないだろう。
しかし。レミーはそれらのすべてをかわし,防ぎ,捌き,弾く。
「な…何だそりゃぁ!?」
さしものノエルも唖然とする。
「ちぃ…っ!」
さすがに焦るクーラ。
「はぁぁっ!」
一方のレミーはやはり不敵な笑みを浮かべていたが,不意に表情を一変させると気合もろとも,四基の半球体からクーラに一斉射を浴びせた。
「ぐっ…!」
至近距離で直撃を受け,派手に吹き飛ばされるクーラ。
「大尉!?」
エリィが叫ぶ。クーラは空を蹴ってくるりと後方宙返りし,体勢を立て直して着地した。
「…さすがは龍戦士。直撃を受けたのは随分久しぶりだ…」
「ふん,直撃という割には無傷じゃないか?」
「受動防御が間に合ったのでね」
とはいえギリギリではあったが,とクーラは聞こえないように付け加える。
「限界だと思ったけど…さっきの動きを見る限り,どうやらもう少しいけそうだね」
「なに…?」
ぎくりとするクーラ。
再び戦慄がレミーから放たれる。さらに六基,合計一二基の円盤が,クーラの周囲を不規則に飛び回る。
「…っ」
「いくよっ」
再び光弾が放たれる。
(く…!)
しかし今度はただの反射ではない。十二基の円盤が呼応するかのように動き,かわしたはずの光弾が反射角を調整されて再び襲い掛かってくる。
「ちいいっ…!」
レミーからは続けざまに光弾が発射されている。数が多くなりすぎれば捌けなくなるのは見えているのだ。
「ああ!」
叫ぶエリィ。光弾がクーラに次々と当たっていく。
「大尉…!」
「大丈夫です姫」
ノーブルが言う。
「えっ?」
「よくご覧ください。大尉はわざと受けているのです」
「何…じゃとぅ!?」
目を丸くするハーディ。
「完全にかわすと反射されて逆方向から再び狙われる…そう悟った大尉は,敢えてこちらから当ててやる事で軌道を変えているのです」
「え…!?あ…」
言われて良く見ると,確かにクーラには直撃はない,そのいずれもが角度のついた半端な当たりで,光弾はまったくのあらぬ方向へとその軌道を変えている。
「嬢ちゃんとの決闘を思い出すぜ…相変わらずの詰将棋ヤローってか…」
ごくり,と唾を飲むノエル。
「とはいえ…ヘッ!おっかねぇな…あんなやばそうな攻撃に,わざと当たりに行くような真似をするなんてよ」
「!」
ハッとして,先ほどのクーラの背中を思い出すエリィ。彼のあの無数の傷はこの防御の代償なのかも知れない。
「しかし…」
ノーブルがつぶやく。
「あの敵の攻撃…もっとも可能性が高いのは光の精霊を使った魔法でしょう。普通に考えれば鎧で弾くなどという真似はできませんから,大尉の鎧には特殊な防御魔法がかかっているのでしょうね」
「むぅっ…確かに言われてみれば。当たるたびに小さな水しぶきが立っておるようじゃ…」
「…黄金…騎士…」
水しぶきのような小さな粒子が,霧消するまでの一瞬,月明りを浴びてきらきらと黄金色に輝く。切羽詰まった局面だと言うのに見とれてしまうエリィ。
「だが…まずいぜ。段々苦しくなってきた」
「!」
レミーの攻撃は次第に速く,苛烈なものになっていく。
「あ…!」
そして遂に,余裕のなくなったクーラの体勢が崩れる。剣とは逆の方向から襲い掛かる複数の光弾。
「大尉っ!」
「ちぃ…っ!」
「!」
クーラが置いた左腕の周囲で,それらの光弾が黄金の水しぶきとともに霧消する。
「へぇ…まだそんな切り札を持っていたのかい」
攻撃を止め,にやりと笑うレミー。
「え…なに,何が起こったの…?」
目を丸くするエリィ。
「おそらく…盾でしょうね」
「盾じゃと!?」
「ええ。今まで使わなかったところから見て,とっておきなのでしょう」
「ははっ,こりゃ引き出しが多いどころかびっくり箱だな」
肩をすくめるノエル。
(しかし…とっておきだとすればもう後が無い…)
敵の目的はクーラの戦闘能力を丸裸にする事らしい。先ほどの”音速の蹴撃”が攻めの切り札で,今の盾らしきものが守りの切り札だとすれば,それ以上の何かには為す術も無いという事になる。
「だいたい出揃ったかな?…じゃぁそろそろ終わりにしようか」
「!…それは,おとなしく帰ってくれると理解して良いのかな?」
「ハハッ!面白い冗談だね。こっちの切り札を一枚だけ見せてあげる,って事だよ」
「!」
レミーがそう言い終わるのを合図にしたかのように,クーラは周囲の戦慄が倍増したのを感じ取った。
十二基の円盤と見えたものは,実はそのそれぞれが二枚の組になっていたのだ。それが分かれたことにより,今飛び回っているのは二四基となったのだ。
さらに,レミーの鎧も開口部を増やす。大小さまざま,半球体の数は一二基となる。
(あれは,まさか…)
ノーブルは驚愕する。
そしてその推測は間違っていなかった。
<十二神光雷砲ぁっ!>




