危険な来訪者
(…)
今度は会話に没頭しすぎたか,とクーラは反省する。またしても警戒範囲のかなり内側だ。
「あ…こんばんはぁ」
無邪気そうな少女の声。
「あ,はい,こんばんは」
こちらは気づいていなかったらしい。エリィが驚いてそちらを振り返る。そこには二人の少女。双子なのだろうか,外見はかなり似ている。
「一緒してもいいですか?」
とはいうものの,すでに彼女たちは裸だ。
「え,あの…」
言いよどむエリィ。当然だ。自分たちだけならともかくここにはクーラがいる。
「そっちが良ければこっちは構わないよ。そこの彼,目が見えないんだろ?」
もう一人が,しかしこちらは随分とぶっきらぼうな口調で言う。
「え…?ええ…まぁ…」
「それじゃ失礼しまーす。あ,私はエル。こっちはレミー」
それを了解と取ったのか,エルと名乗った無邪気な方がさっさと湯に入ってくる。
(!)
そこで始めて二人が裸だったと理解したクーラの心に,違和感と警戒感が芽生える。服を脱ぐにはそれなりに近い場所でそれなりの時間を費やすはずだ。それなのに自分がそれに気づかなかったというのは不自然だ。裸のままかなりの距離を歩いてきたと言うのなら話は別だが,無論それこそあり得ない。
「強引だなおい…」
やれやれと肩をすくめながらレミーも後に続き,二人が二人とも裸であったと知ってますます膨らむ違和感。
「ふいー…極楽極楽」
「親父かよ」
「…」
あれよあれよの急展開についていけず呆気にとられるエリィ。
「おねぇさんたちは,旅行中?」
エルが尋ねる。
「え,ええ…。あなたたちは?」
そこではじめて違和感を感じるエリィ。二人ともかなり年若い印象を受ける。少なくとも十代前半。それが二人だけでこんな場所に居る事自体おかしい。
「私らはここの常連でね」
レミーが言う。
「結構さびれた温泉で穴場だから,暇を見つけては抜け出…でかけてくるのさ。私ら以外の客に遭ったのは随分と久しぶりかな」
「へぇ…この辺の人?」
「もともとここの生まれってわけじゃないけどね。ここ一年ほどは近くに居る」
「それにしても…」
ほぅ,と溜息をついてエルが言葉を繋ぐ。
「そちらのおねぇさま,とってもおきれいですね。まるで美術品が抜け出てきたみたい…」
「あら…」
言われたフレイアが,とっさに,作る。
「お上手ですね,お嬢さん。でもお嬢さんもなかなか可愛らしいですよ?」
(まだ酔いは醒めていないのか…)
これだけ時が経ったのにまだ醒めていないとはよほどの深酒だったのだろう。やれやれと心の中で溜息をつくクーラ。
ところが。
「あぁんもう!おねぇさま,素敵です」
身悶えしながらそう言ったかと思うと,エルがフレイアに抱き付く。
「え,ちょ…」
目を丸くするエリィ。
「あらあら,可愛いですわね。お持ち帰りしてしまいたいくらい」
すっかり上流階級のお嬢様でも演じているような様子で,気取っているフレイア。
(…!?)
しかしそちらに気を取られていたクーラは,レミーの気配がいつの間にか,自分の死角となる位置にある事に気付いた。距離もかなり詰められている。
「…やれやれ」
そう言って,表向きは苦笑してあさっての方向を向くように装いながら,その実決して気づいたことを気取られぬように,ごく自然な動作で体の向きを変えるクーラ。
瞬時に神経を研ぎ澄ませた彼の耳に飛び込んできたのは,小さな舌打ちらしき音。つづけて小さなつぶやきが聞こえる。
「男相手は色仕掛けみたいで嫌なんだが…しょうがないか」
(なに…?)
何かを狙っているのか?警戒レベルが跳ね上がる。
「おにぃさんも良く見るとなかなか素敵だね…」
言いながらレミーがさらに距離を詰める。
「折角だからいい思いさせてあげる。ちょっとだけ痛いけど気にしない…」
(!)
ぞくり。クーラの背筋に戦慄が走る。
(この感覚は…!)
反射的に後方へと飛び退り,湯から出て縁の岩へと着地する。
「えっ…?」
それに驚くエリィ。
「離れて!」
油断なく身構えながら言うクーラ。
「あっ…」
わけが分からないまま指示に従ったエリィだが,フレイアを見て短く驚きの声を上げる。
彼女はいつの間にかエルにもたれかかるようにして意識を失っている。
「もー,何よレミー…しくじっちゃダメじゃない」
そちらを振り返って抗議の声を上げると,フレイアを湯船の縁へともたせかけるエル。
「うるさいなぁ…」
言いながらもどこか愉快そうに,それこそ面白そうな相手との出会いを喜ぶ戦闘狂のような不敵な笑みを浮かべるレミー。
「!」
エリィはその手に,小さな針のような暗器が握られているのを見た。おそらくフレイアはエルのそれにやられたのだろう。
「こいつの感覚の鋭さを褒めてやるべきだろ?…さすがはシャルル」
「えっ!?」
「…どうやら帰還者側の刺客のようです…しかも,龍戦士らしい…」
「!?」
「へぇ…よく気づいたね。結構上手く隠してたつもりだったのに」
レミーが感心したように言う。
(そんな事が可能なのか…)
余裕があるように見せるべく不敵な笑みを返しながら,しかし内心でクーラは愕然とする。
あれだけ近寄られるまで気づかなかった事を,彼はその力自体の小ささのゆえと推測していた。自然体だったはずの漆黒将軍にはあれだけの圧を感じたのだから,この少女はそれほどの脅威ではないと思ったのだ。
しかし隠していたとなれば話はまるで違う。少なくともそれだけの実力があるという事で,漆黒将軍にもできない事ができるのかも知れない。
「我々をどうするつもりだ…」
慎重に様子をうかがうクーラ。どうやらフレイアは気を失っているだけらしい。殺されてもおかしくないほどの致命的な隙を見せてしまった事は猛省すべきだが,最悪の局面は避けられたようだ。
「上からは,伝説の龍戦士と女王を丁重にお連れしろと言われていてね」
言いながらエルに合図を送るレミー。
「抵抗をやめてくれないかな?」
それを受けて,フレイアを人質にしようとするエル。
(なるほど…)
どうやら彼女は,フレイアを女王だと誤認したらしい。ならば,と口を開くクーラ。
「…だ,そうですよ?ここはいったん退いて下さい,ユーリエ様」
つとめて余裕のあるふうを装いつつ,敢えて女王の名を呼ぶ。これで無防備なフレイアは人質としての価値を失い,結果として蚊帳の外に置かれて安全も確保できるはずだ。
「え!?」
愕然とするエル。
「…そっちが女王様…?」
「おいおい,お前の方こそひどいやらかしだな」
呆れ顔のレミー。
「だいたい,人間の耳がそんな長いわけないだろう」
「し,しょうがないじゃない!魔法王国アリシアの元首って聞いてたんだから。魔力のありそうなほうがそうだと思うでしょ!?耳だって長くなるわよきっと!」
「…なんか,ごめんなさい…」
気まずそうに言うエリィ。
「あ,ごめんねおねぇちゃん…そういうつもりじゃないんだけど…」
困ったような笑みを浮かべるエルは,しかしさり気なくエリィとの距離を詰める。
「そういうわけだからおとなしく眠ってくれないかなぁ…?痛いのはちょっとだけで,いい夢見られるよ?」
「遠慮するわ…」
クーラと同じように後方へと飛び退り,湯から出て着地するエリィ。
「しょうがない。作戦案Bに変更するよ」
肩をすくめてそう言うと,レミーはクーラと距離を離すように飛び退る。頷いてやはり湯から飛び出すエル。
「プランB…?」
「ああ。噂のシャルルがどれだけのものか確かめさせてもらう」
「いけそうなら気絶させてお持ち帰りする予定でーす」
「え…!?」
目を疑うエリィ。二人の身体の上に服と鎧とが実体化していく。それはさながら,今まで透明だったそれらが徐々に色を取り戻していくかのようだ。
「どうしました,ユーリエ様!」
「ふ,二人が…二人の身体に服が…鎧が!」
生まれて初めて見るような奇妙な現象を目の見えないクーラにどう説明すれば理解してもらえるのか。エリィは軽い絶望を覚える。
「なるほど…道理で」
「え…」
しかしそれだけでクーラは状況を把握する。目を丸くするエリィ。
服を脱ぐ気配も無しにいきなり裸で現れたのもおそらくはそれだ。要は魔法を使って鎧や衣服の着脱を瞬時に行っているという事だ。
(さすがは…龍戦士)
ノーブルに投擲弾をひょいと真似された時に似た感覚を覚える。いや,それ以上と言うべきか。きっと龍戦士たちは当たり前でできる出鱈目の程度が桁外れなのだろう。
「さて,丸裸の男がどれだけやれるのか確かめさせてもらおうか」
前傾姿勢になるレミー。
「別に変な趣味とかじゃないからね?」
こちらは頭の後ろで手を組んで,まずは静観するつもりらしいエル。
「ユーリエ様…一度お退き下さい!丸腰では不利です!」
「で,でも大尉だって…」
「私ならば…大丈夫です」
そこだけは,と心の中で付け加えながらクーラはつぶやく。
<アドム・カトバⅩLⅡ>
「え…?え…!?」
再び驚愕するエリィ。月明りを浴びてきらきらと黄金色に輝く細かな粒子がどこからともなくクーラの身体に降り注ぎ,それらが集まって一瞬大きく輝いたかと思うと,それが消えた後には武装した彼の姿があった。
だからさっきのお粗末な説明でも通じたのか,と彼女は納得する。自分も同じことができるからこそ,理解が容易だったというわけだ。
「へぇ…さすがは”紅き流星”だね。その程度はできるか…」
「間違えないでもらおう。私はガイナット=クーラ。”紅き流星”とは無関係だ」
「それは闘れば判るさ」
不敵に笑うレミー。相変わらず圧らしきものをまるで感じないが,それが逆に得体の知れない恐怖となってクーラの背中を冷たく濡らす。
「ユーリエ様!早く!」
ともかくエリィの安全だけは確保しなければならない。
「は,はい…!」
エリィはじりじりと後退る。
「別に後ろから襲ったりはしないから安心して」
屈託の無い笑みを浮かべてエルが言う。
「さすがに裸のままにしておくのも悪いし」
「…」
それでもエリィは警戒を解かずに後退を続けて脱いだ服のところへたどり着くと,それを抱えて走り出した。
そしてそれが戦闘開始の合図となった。




