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「エリィ殿…!」

 辺りは既に暗くなっていたが,元々視力が無く,舞神流を修めたクーラにとっては大した問題ではない。気配を頼る術にも長けた彼は,さしたる苦労もなくエリィを見つける事ができた。

 しかし見つかったエリィの方が問題だった。彼女は地に倒れ伏している。同じく舞神流を修めた彼女がそのような状態になるなど普通はあり得ない事だが,裏を返せばそれでもそうなってしまうだけのものがあるという事だ。打ちひしがれて我を忘れ,木にぶつかり根に足を取られしてこうなったと容易に想像がつく。

「エリィ殿…」

「来ないで!」

 近寄りかけたクーラだが,エリィが叫ぶ。

「…」

 クーラは無言で後ずさり,そこでじっと立ち尽くす。

「うっ…うぅ…」

 嗚咽が漏れる。

 そのまましばらくクーラは待った。だが,じりじり焼かれるような痛みが彼の心を責め苛み,ほどなく全ての忍耐力を削り取られた彼はぽつりとつぶやく。

「…すみません」

「…!」

 びくり,とエリィの背中が震え,ややあって彼女もまたぽつりとつぶやく。

「大尉は悪くありません…」

「いえ…私の責任です」

「違います!」

 突っ伏したまま叫ぶエリィ。

「私が!私が彼の事を忘れてしまった!それが辛かっただけなんです!」

「エリィ殿…」

「自分の節操の無さに…無責任さに呆れているだけなんです…。彼は…彼がどんな思いで旅立ったか,それを一番分かっているはずの自分が…」

「…そう仕向けたのは私です」

 そう言って,クーラはエリィへ歩み寄る。

「そうしなければ貴女が潰れてしまうから…という理屈を隠れ蓑にして私は。貴女を…たぶらかした」

「えっ…」

「”紅き流星”にだけ向けられていた貴女の心を…強引に,あるいは手管で,他へと向けさせたのです」

「…」

「ですから悪いのは私です。貴女が気に病む必要はありません」

 エリィの側に屈みこんで,クーラは言う。

「…ずるい」

 しかしエリィがぽつりと言う。

「ずるい…?」

「もし大尉が本当に悪いのなら,それは,優しくしてくれるからです…」

「…っ」

 言葉に詰まるクーラ。

「それは,手管なんですか?策略なんですか?」

「…それは…」

「仕事なんですか…?演技なんですか…?」

「…」

 がしがしと頭をかいてクーラは意を決する。

「今は…違います」

「!?」

 うつ伏せのままだったエリィは,上体を起こす。

「貴女に出逢うまで…少なくとも伝説の龍戦士をる事になった時まではそうでした。ですが今は…少なくとも今は,違います」

「大尉…」

「私は。貴女を支えたい。貴女の幸せを,守りたい…」

「わ,私は…」

「良いのです」

 困ったように口を開くエリィを,しかしクーラは遮る。

「今のは,単なる私の気持ちに過ぎません」

「え…」

「別に貴女を困らせよう,苦しめようというつもりは無いのです。ですから,お気になさらず…」

「…」

 エリィは起き上がり,ちょうど正座の足が両側に広がったような格好でぺたりと座る。

「私は全力で貴女を守ります。それがいつまでになるかは分かりません。ですが,全てをかけて貴女を守ります…もっとも」

 実力的にはかなり不足ですがね,と言ってクーラは苦笑する。

「そ,そんな事…」

「私は龍戦士でもありませんし…どうやら代々それとも全く関係は無いようです」

「…」

 それが先日のあの覚醒を指しているとエリィは瞬時に悟る。

「ですから,龍戦士が相手ではせいぜい貴女を逃がすための時間稼ぎくらいしかできません」

「だ,ダメです!」

 しかしそこでエリィが叫ぶ。

「…エリィ殿?」

「そんな,自分を犠牲にするようなのはダメです!命を粗末にするような事はしないで下さい!」

「無論…命は惜しいですよ?ですが…」

「無茶しないようにしますから…なるべく。考えなしに突っ込まないようにしますから…たぶん。ですから…その…」

 語尾の辺りをむにゃむにゃさせるエリィ。

「やはり…そうなりますかね」

 苦笑するクーラ。

「え…?」

「先日の舞神闘…私は確かに貴女に勝ちました。ですがそれは…貴女を挑発し,選択しうる戦術の幅を狭めていく…つまりは貴女を縛り制限をかけていく格好です。先ほど貴女が言ったのもそれと一緒で…要は私の器では,貴女を縛り制限していく事しかできないわけです」

「…」

「…”紅き流星”は,龍戦士なのでしょう?」

「!?」

 突然話の矛先が変わり,驚愕するエリィ。

「そ…れは…」

「先日ノーブル殿にも聞きましてね。彼は,貴女に好き放題させた上でそれに勝利したと…貴女相手にそんな事ができるなど,龍戦士でもなければ無理でしょう」

「いえ…あの…それは…」

 シャルルが龍戦士であることは秘密だ。言葉を濁すエリィ。

「彼なり漆黒将軍なり…貴女を丸ごと包み込むには彼ら並みの器が要るようだ」

「う…」

 しかしそこでハッと我に返るエリィ。

「漆黒将軍は私をからかって面白がっているだけです!」

「まぁ…脇道なので深くは踏み込みませんが。たとえそうにせよ,彼が貴女の好きにさせていたところだけは間違いないでしょう」

「…っ」

「唯一貴女を明確に止めようとしたのが白廉将軍との直接対決で…私がそれ以上の龍戦士でもない限りは避けろ,でしたか」

 ふぅ,と苦笑交じりに溜息をつくクーラ。

「それが厳然たる現実なので…そこはやむを得ないですね」

「大尉…」

「ですがそれはそれとして。最善は尽くします。貴女になるべく好き勝手していただけるように,ね」

「う…それじゃ私が痛い子みたいに聞こえる…」

 ぷぅと頬をふくらますエリィ。

「はは…すみません。そんなつもりは無いのです」

 今度は微笑して,クーラは続ける。

「まぁ…大筋の流れとしてはこれまでと変わらないのかも知れません」

「えっ?」

「私はエリティア軍大尉ガイナット=クーラ。伝説の龍戦士です。アリシア女王ユーリエ様を命に代えても守ります」

「…いけません。貴方を失ったら私も生きてはいません」

 しかしそこで,エリィがすかさず口を挟む。

「な…!?」

 予想外の答えに今度はクーラが驚愕する。

「…きっとユーリエ様ならそう言うでしょう?ですから,くれぐれも命を大切にしてくださいね」

 にっこりと笑うエリィ。

「これは,一本取られましたな」

 苦笑するクーラ。

「ですが,本意というか,落ちはその先にありましてね」

「えっ?」

「本物の龍戦士が現れるまではそれが私の役目という事ですよ。無事に引き継ぐまでが任務で,失敗して二階級特進など不名誉の極み」

「ああ…そういう…」

 こちらも苦笑するエリィ。

「役柄ではない素のエリィ殿なら…それはさしづめ”流星”が戻って来るまでとなるでしょうか…」

「!」

 しかし彼女は次のクーラの言葉にハッとする。

「そ,それは…」 

「ですが,これも以前言った通りでね」

 にやり,と不敵に笑うクーラ。

「戻ってきた”流星”があまりにも不甲斐ないようなら…私はそれを許さない。修正の一発…いや,その座を明け渡して頂きましょう」

「!?」

「…というくらいの意気込みでやらせて頂きますので,今後ともよろしく」

 その笑みを優しいそれに変えてクーラは言う。

「あ,は,はい…」

 何と答えて良いか分からず曖昧な言葉を発するエリィ。

「さて,では戻りましょうか。きっとみんな,心配していますよ」

 そう言ってクーラは手を差し伸べた。

「お,戻ってきたか」

 連れだって戻ってきた二人に気づいたノエルが言う。

 それなりの時間が過ぎていたようで,すでに野営の準備は整い,火にかけられたスープが良い匂いを放っていた。

「ごめんなさい…」

「気にすんなって。さ,食おう」

 二人は輪の中に入って腰を下ろす。

「一応念のために言っておくけどよ。お大尽様はさっさとお一人でお召し上がりになりやがって,とっととお休みになりやがりましたぜ」

「…かなりお疲れのようでしたからね」

 苦笑しながら自分の分を受け取るクーラ。

「それじゃぁ,いただきます」

 食事が行き渡るのを待ってフレイアが号令をかけ,和やかな雰囲気で遅い夕食がはじまった。 

「…」

 他愛もない雑談をしながら,しかしちらり,とフレイアに目配せするノエル。

「…」

 分かっている,といったふうでそれに目で頷くフレイア。隣に座っているエリィの様子がどことなくぎこちないのがその原因だ。

「ちょっとエリィ」

 その耳元に口をよせてぼそぼそと囁くフレイア。

「…かなり仲を深めたの?」

「!」

 食物を口に入れたままだったエリィは危うくそれを吹き出しかけて何とか踏みとどまり,大急ぎでそれを飲み込む。

「な,何でそうなるのよ!?」

 ぼそぼそと抗議するエリィ。

「だってぇ…彼の事を横目でおっかけながらぼんやりするなんて…まるっきり恋する乙女じゃないのよ」

「ち,ち,ちがっ…」

(ふぅん…まんざらでもない雰囲気ね…)

 エリィをからかいながら,しかしフレイアは内心で目を丸くする。

 本来なら触れてはいけない話題だ。危険を承知で彼女が落ち込んでしまっても無理のない話題を振ってみたのだ。だがそれにも関わらず,彼女はごく普通に会話を続けている。

 最低限で考えてもよほど巧みな誘導をしたのだろう。ごく普通に考えれば,二人の距離が縮まったのだろう。

(ひょっとして…こっそり正体を明かしちゃったのかしら…)

 そんな考えが頭をよぎり,フレイアは囁く。

「二人の間に秘密ができちゃった,とか~?」

「!?そ,そ,そんなんじゃないわよ…」

 うろたえるエリィ。

「おやおやぁ?…怪しいわねぇ」

「も,もぅ…違うったら…」

(あっ…やば…)

 フレイアはそこで,エリィの気配が沈み込みそうになるのを感じる。

「っと,失礼…」

 そこでクーラの肩がエリィの身体に触れる。フレイアと反対側に座っていたクーラが,彼女の前にある調味料に手を伸ばそうとしたのだ。

「あっ,いえ,どうぞ」

 エリィはそれを手に取ってクーラへ渡す。

(さすがに気づいているわよね…それとも,気を遣っていたのかな)

 くすっと小さく笑うフレイア。あくまで不慮の事故を装ってエリィの気を逸らしたクーラが,余計な手間を増やさないで欲しいとこちらへ遠回しに抗議しているように感じる。

 さっきの今ではさすがに性急すぎるか。彼女は反省し,数日は自粛しようと決めた。

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