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いわくを知る者

 迎賓館へと案内され,そこでしばらく待たされた一行は,謁見の間へと通された。

「!」

 入った瞬間,ぞくり,とクーラの背筋に戦慄が走る。

 中央に敷かれた緋色の絨毯,その両脇に整然と居並ぶ者たちがその戦慄の主だ。先の宿屋での感覚と共通している事から考えれば,彼らは竜騎兵団の末裔かどうかはともかくそのルーツに龍戦士を持つ者たちなのだろう。

「どうですか,大尉…?」

 さりげなく尋ねてくるノーブル。

「どうやら当たりのようですね」

「そうですか…」

 そう言ってノーブルはふぅ,と小さく溜息をつく。

(とはいえ…)

 女王以外は膝を折って待つようにとの指示に従いながら,クーラは値踏みを続ける。

 宿に居た黒軍から受けた圧に比べれば,少なく見積もって三割ほど落ちる。それに加えて随分と,角がとれて丸くなったような,穏やかな印象を受ける。

 おそらくこれは,何代にもわたって血の中にその力を馴染ませてきた事によるものだろう。ぼんやりとではあるが,最近のエリィにもそれらしき感覚が生じている。

 これなら何とかなるかもしれない,とクーラは思う。無論それは打ち負かす事を意味してはいない。専守防衛に徹し,色気を出さず逃げることに専念しさえすれば,エリィだけは生還できそうだという次元の話だ。

 しかし,と彼は気持ちを引き締めなおす。ごく普通に考えれば主力がこのような近侍の真似事をするわけがないのだ。ここに居並ぶ者たちの実力が集団の中でどのくらいの位置づけなのか,それが分からない以上は油断をするわけにはいかない。 

「不自然な点はないのぅ…よくぞここまで,頑なに様式を守り続けてきたもんじゃ」

 ハーディが感心する。

「それだけ…他から隔絶されていたって事よね」

 誰に聞かせるともなく,小さくぽつりとエリィがつぶやく。

「だから過去に縋るしかなかった…」

 その時。奥の入り口に動きが現れた。

「総統ミリア様,御出座!」

 先に入ってきた兵がそう言うと,一糸乱れぬ所作で居並ぶ近侍たちが敬礼する。

「さぁてお出ましだな…」

 ノエルが言い終えるより早く,入ってくる一人の女性。

「!?」

 圧倒的な戦慄がクーラを襲う。しかし彼を驚かせたのはそれだけではなかった。

(馬鹿な…この感覚は!?)

 その感覚には覚えがある。アリシアの宿屋で対峙した,漆黒将軍のそれだ。

 もちろんその気配から,本人でない事は判る。だがややもすればそちらを疑ってしまうほど,彼女から感じる圧は漆黒将軍に酷似していた。

(どういう事だ…漆黒将軍と接点があるのか…?)

 しかしそれに明確な答えを与えるには,あまりに材料が不足していた。比較的すぐにそれが不可能と判断したクーラはとりあえずそれを放置することにした。

 ミリアと呼ばれたその女は,ごく自然な動作で椅子に腰を下ろすと軽く合図を送った。それを受けて元の姿勢に戻る近侍たち。

「ようこそ諸君。私が総帥のミリア=ネルヴァだ。…もう立ってもらって結構だ」

 不敵な笑みを浮かべながら言うミリア。

「諸君らは四王家の代表だそうだが…」

「その通りだ。私はイリウム=イダード。ヒューム王の名代として来た」

 真っ先にイリウムが口を開く。

「王…?」

 にやり,と笑うミリア。

「何がおかしいか!」

「…ではまず,そのルトリア王の言上を聞こうか。アリシアとエリティアの書簡は読ませてもらったが,ルトリアだけは直接言いたいようだし,な…」

(…)

 感触は良くないようだ。クーラは苦々しく思う。

 ルトリアが何を言おうとも,それが全てと思わないで欲しい。二つの書簡に共通して書かれているのはそれだ。それぞれがそれぞれの立場で和平へ向けて前向きに考えたい,決してルトリアと同じ立場ではないと明記されたそれは,連合の足並みが決して揃っていないという弱みを敢えて晒してまでも平和的解決を望んでいる,という趣旨だ。

 だから,それに賛同するならルトリアは適当にあしらっておくのが上策なのだ。だというのに彼女はいきなり挑発めいた物言いをしている。これではイリウムの方もこちらに下駄を預ける事ができない。引っ込みもつかないだろう。

「ルトリアは。貴様らの今までの数々の蛮行を水に流しても良いと考えている」

「ほぅ?では我らの自治を認めるという事か?」

「馬鹿を言え。貴様らが無条件降伏するなら身の安全だけは保証しようという事だ」

「!」

 居並ぶ近侍たちが色めき立つ。こめかみを押さえるクーラ。

「ほぅ…無条件降伏をな。…で?身の安全を保証してそれからどうするつもりだ?一生養ってくれるというわけでもあるまい?」

 そんな近侍たちを手で制して,ミリアは笑みを浮かべながら言う。

「当たり前だ。貴様らが身を粉にして働くというのなら対帝国戦の末席に加えてやっても良いが,そうでなければ速やかにルトリア国外へ退去してもらう」

「ふむ…なるほど。確かにルトリアの言い分,承った」

 ざわつく近侍たちをまた制してミリアはそう言うと,ふっと軽く笑って言葉を繋ぐ。

「では次に,アリシアの言い分を聞こうか。…貴君が,アリシアの女王なのだな?」

「あ…はい。お初にお目にかかりますミリア殿。私がアリシア女王…ユーリエです」

「!?」

 その瞬間,近侍たちの間に動揺が走る。皆一様に目を見開き,エリィを凝視する。

(まずい…)

 ノーブルは悪い予想が当たってしまった事を直感した。

「あ,あの…?」

 予想外の反応にうろたえるエリィ。

「そうか。貴君はユーリエというのか。良い名だな…」

 またも近侍たちを制し,ミリアはにやりと笑って言う。

「さて,では…。そちらの言い分は書簡で見せてもらったが,尋ねても良いだろうか?」

「ええ,何なりと」

「なかなか興味ある,魅力的な提案だ。こちらとしてもそれはじゅうぶんに検討の余地がある。だが…果たして今の貴君らに,それを確約する事ができるのかな?」

「それは…」

 困ったような返答をするエリィだが,これは台本通りだ。

「貴国アリシアは,現在帝国の占領下だろう?つまり,帝国を打倒し国権を回復せねばそちらの提案は画餅に帰す。帝国の打倒に手を貸せなどというのは本末転倒も甚だしい」

「いいえ。それこそが,お互いに手を携えるために必要なのです」

 棒読みにならぬよう必死にエリィは言葉を紡ぐ。それが真摯な訴えと映る事までも計算に入れたノーブルの策だ。

「なに?」

「闇の眷属である妖魔を従えた帝国を倒すのは,我々の共通の目的のはず。それを共に成し遂げることによって,過去の恩讐を水に流す下地ができるのです」

「ふむ…」

 ちょっと考え込むようなしぐさを見せたミリアは,しかし苦笑して言葉を継ぐ。

「しかしな。貴君も知っておろうが,我らは幾度も裏切られてきたのだ。今またそちらの口約束に乗せられて,貧乏くじをひくわけにはいかぬよ」

「それは…た,確かにそうかも知れません。ですが!」

(姫…)

 ハッとするノーブル。どうやらエリィは演技を超えて気持ちが入ってしまっているらしい。だがここで自分が割り込むのは不自然だ,危険ではあるが任せるしかない,と判断して開きかけた口を閉じる。

 しかしそれが後悔に変わるのに,それほどの時間はかからなかった。

「今は信じてもらうしかないのです!だからこそ敢えて書簡にも記したのです!アリシアは,アリシアの名誉にかけて約を違えません!…私が!お約束します!」

(!)

 最後に,台本に無い言葉アドリブが入ってしまった。しかもそれで,地雷を踏んでしまったのだ。

「ふふ…貴君が約束するのか」

 嘲るような響きがミリアの言葉に混じる。

「しかし…貴君は,どうやら肝心な事が分かっていないようだな。そして,そんな肝心な事を落としたままのアリシアも,やはり信用はできない」

 その言葉に呼応するように,周囲からも嘲笑が沸き起こる。

「え?…それは,どういう…」

「知らぬのならば教えてやろう。古ハイアムを卑劣な罠に嵌め,今に至るまで我らがいわれなき迫害を受けるきっかけをつくったアリシア。その女王の名こそ,他ならぬそのユーリエなのだ」

(やはり…)

 最悪の予想が的中し歯噛みするノーブル。ハイアムの故事は,エレーナが埋伏の毒だとして彼女を監禁したハイアム側の横暴に怒ったアリシアが宣戦することで始まった。それがアリシアの認識だ。極端に言えば仕組んだ者が誰かという事はほとんど関心の外で,それを安直にエレーナの仕業としたハイアムが諸悪の根源というところへ落ち着く。エレーナのもとへ落ちてきた竜騎兵団最後の団長シャルルも,ハイアム側からは最終的に敵とみなされたであろうことは想像に難くない。

 だがそれはアリシア側の帰結でしかない。竜騎兵団の中ではエレーナと献身的忠節を尽くした団長シャルルが被害者側,彼女たちを信じなかったハイアムが加害者側になっているのは既定路線だが,戦端を開いたアリシアが加害者側と認識されていておかしくないのだ。しかもミリアの言葉を聞く限りは,アリシアがエレーナを切り捨て本人も知らぬうちに罠として利用した,という認識らしい。

「!?」

「我らにとって忘れ得ぬ名…まさかここで聞くとは思わなかったよ」

 驚愕するエリィに,くっくっとことさらに嫌味に笑って見せてミリアは続ける。

「アリシアの名誉だと?貴君が約束するだと?よくも恥ずかしげもなく言えたものだ。どうせほとぼりが冷めれば,都合の悪いことなどすべて忘れてしまうのだろう?」

「そ…んな…」

 やっとのことでそれだけを絞り出し,あとは絶句するエリィ。 

「そういうわけでな。貴国も,貴君も,信用はできぬ。当然,伝説の龍戦士などという予言も信用はできぬ」

 それきり興味を失ったとばかりに,ミリアは矛先を変える。

「さて…最後にエリティアの言い分を聞こうか。貴君がその代表で…さらには伝説の龍戦士なのか。見たところそれほど強そうでもないどころか,かなり怪しい雰囲気を醸し出しているが…」

「お初にお目にかかります,ミリア殿」

 この劣勢を挽回するのは至難の業だ。内心でそう思いながら,しかしクーラは飄々と言う。

「伝説の龍戦士などという御大層な称号の方はともかく。エリティア軍大尉,ガイナット=クーラです。以後お見知りおきを」

 しかしそう言ったとき,それまで常に余裕を感じさせていたミリアの様子が一変した。

「何…!?ガイナ…クーラ…だと!?」

「ええ。それが…何か?」

「…」

 なぜそのような反応なのか彼分からないらしく,近侍たちもお互いの顔を見合わせる。しかしそれに構わずまじまじとクーラを見るミリア。

 やがてその口元に皮肉っぽい笑みが浮かぶ。

「ふ…なるほどな。運命とはなかなかに気まぐれだ」

「…ミリア殿?」

「まぁ良い。…ではクーラ大尉。書簡に書いてあったこと,しかと相違ないか?」

「ええ。間違いありません」

 答えるクーラ。だがエリティアからの書簡には,そもそも大した事は書いていない。アリシアほどの好条件など提示できるわけが無いのだ。そこにはただ,友好に向けて最大限の努力をするという程度の文言が並んでいるだけだ。

「そうだな…よし」

 考えを巡らせるような素振りを見せたミリアは,ややあってにやりと笑う。

「条件次第ではそちらの提案に乗っても良い」

「!?」

 その言葉はまったくの予想外だった。ここまでの流れを完全に無視していると言って良い。近侍たちのざわめきが大きくなる。

「して…その条件とは?」

 油断なく身構えながらクーラは尋ねる。ごく普通に考えて,その不自然をひっくり返すだけの何かとてつもない条件が提示されると見るべきだ。

「なに,簡単な事だ。貴君が我々の同志となってくれれば良い」

「!?」

 再び予想外の言葉。場の雰囲気もますます混迷を深める。

(…)

 それはクーラも同様だった。いくら漆黒将軍と同じ感覚だからと言って,まさか同じ事を言い出すとは。いや,同類だからこそ言う事も同様なのか?得体の知れない不安が襲う。

「過分なお言葉ですな…」

「ほぅ?」

「先ほど仰ったではありませんか。伝説の龍戦士など信用ならぬと。私など,その肩書を外せば一介の大尉に過ぎませぬよ?その私が同志となったところで」

「ふふ…」

 そこで笑い出すミリア。

 そして彼女は三度,予想外の言葉を発した。

「謙遜はいいよ。貴君は掛け値なしに伝説の龍戦士だ。…そうだろう?”紅き流星”シャルル=ナズル」

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