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追憶の地

「まもなくエ=ツォーナですね」

 地図を眺めながらノーブルが言う。

 ルトリアの代表として参加したイリウムを加え,一行は帰還者の本拠地へと続く街道上に居た。

「いよいよ敵の懐か…さすがに締めてかからねぇとな…」

「そうねぇ…ちょっと反応が薄いのも気になるし」

 軽口を叩き合いながらも周囲に気を配るノエルとフレイア。

「え?反応が薄い?」

「ユーリエ殿にはもう少し世の中を知っていただかなければならんようですな」

 ついつい砕けた口調で言うエリィに,溜息をつきながらイリウムが答える。

「と,おっしゃいますと?」

 慌てて慇懃な物言いをするエリィ。

「アリシア女王である貴女様をはじめ,各国の首脳級が揃った使節の一行なのです。一介の冒険者風情がちょっとした使者をやるのとは根本からして違うのです。普通ならば迎えをよこして護衛を務めるところです」

 お芝居とはいえ一介の冒険者風情に敬語を使わねばならない不快感が,隠しきれずに言葉や表情の端々に出るイリウム。

「あ,そ…そうなのですか。すみません,世情に疎くて…」

「まぁまぁイリウム殿。ユーリエ様はお生まれになった時からずっと,唯一無二の王位継承権保持者として在ったのです。ですからこのように外を出歩く事など,本来的には考えられない事なのです。今必死に学ばれている最中なれば,そのあたりは何卒ご容赦を」

 にこやかに笑いながらノーブルが言う。

「…」

 曖昧な笑みを浮かべるエリィ。彼女はアリシア女王を演じる事になってから,役作りの一環として言葉遣いをノーブルから学んでいた。

「まぁ…慣れぬ武道に手を染めたりご苦労なさっているのは解りますが。かといって身も心も,言葉遣いさえも下賤のそれに慣れてしまうのはいかがなものかと思いますぞ」

「すみません…」

 申し訳なさそうにイリウムの方を見たエリィは,一瞬驚いて,それから目を伏せて口元を抑える。

「?どうなさいました?ユーリエ殿?」

「い,いえ…」

 きょとんとするイリウム。エリィから見てちょうどその背後に位置するノエルが,イリウムが見ていないのを良い事にこれ見よがしに侮蔑とも挑発ともとれるしぐさをしていたのだ。

「ふん…」

 ぷるぷると小さく震えるエリィを見,それが小娘にありがちな泣き落としの類だと誤解したイリウムは呆れたように溜息をつく。

「す,すみません…」

 これ以上そちらを見ていては耐えられない。やっとのことでそれだけ言って,エリィは反対側へと顔を背ける。

「…大尉?」

 そこでエリィは,クーラの様子がおかしい事に気付いた。このところのクーラは何か上の空のような,考え事をしているかのような,心ここにあらずといった状態が散見されていたのだ。

「どうなさったのです,大尉?」

「…ああ,いや…ちょっとした違和感がありまして…」

「違和感?」

 一行の間に緊張が走る。

「といっても,ひどくぼんやりした感覚なのです。殺気とかそういった類のものではありません」

「ふん,おどかすな」

 ひとたび事が起これば一番危ないのは自分,その自覚のあるイリウムが吐き捨てる。

「私には何も感じられませんが…」

 それには構わずエリィが尋ねる。

「正直私も,こんな感覚は初めてなのです。アリシアの時とも違う,こちらの動きにのみ従って徐々に強くなっていくような…」

「大尉…?それは,どのあたりから感じるのですか?」

 クーラの言葉を聞きとがめ,ノーブルが言う。

「そうですね…あちらの方角でしょうか」

「!」

 クーラが指し示す方向に反応するノーブル。

「解るの…ですか?卿?」

 言葉遣いが戻りそうになって慌てて修正するエリィ。

「…心当たりはあります。以前お話ししたでしょう?エ=ツォーナはかつて,当時最大の規模と威容とを誇り,天界の末尾(ヘヴンテイル)の異名でも呼ばれた古ハイアムの首都,セヴンテイルの最外縁に位置していたと…」

「え…それでは,もしかして…」

「ええ…。偶然の一致に過ぎないのかも知れませんが,大尉が指し示した方向には現在死の大地が広がっています」

「!?」

「黒メガネの…お主,何者じゃ?」

 ハーディが言う。しかしそれはあまりにも予想外でクーラにも説明がつかない。

「何者だと言われましても…卿,その死の大地には,何か特殊な力場が形成されていたりするのですか?」

「…少なくともアリシアにはそのような記録はありません。が…」

「が,何じゃい?」

「かの大災厄から数千年にもわたってずっと,草木もろくに生えない大地なのです。何もないわけはないでしょう」

「…確かにね。そりゃそうだわ」

 苦笑するフレイア。

「仮に大尉が死の大地の何かを感じ取っていると言うのなら…是非その何かを明らかにしたいものですね」

「なーんか,おっかなく聞こえるわね」

「同感ですな,フレイア殿」

 苦笑するフレイアとクーラ。

「ふふ…」

 それに微笑を返しながら,しかしノーブルは密かに,新たに仕入れた情報を検討する。

 仮にクーラが死の大地の何かを感じているとすれば,その何かは,彼が漆黒将軍から感じた何かと同質のものである可能性が高い。そしてその何かとは,この大地にまつわる縁起を思い返せば明らかなのだ。

(龍戦士の力に関わる何かを感じ取っている…のか…?)

 確かに考えてみれば,龍戦士どうしが惹かれあう原理も不明のままだ。必要を感じた者が居なかったのか実験材料サンプルが少なかったのか,アリシアの長い歴史でもそのあたりを調査した記録は無い。

 しかし目の前の男がそれを感じているというのなら,そこには確かに何か裏がある。

 この男もまた龍戦士なりそれに連なる者だとすれば話は簡単だ。だがクーラの言はともかくとして先の漆黒将軍の反応から見ても,また先の覚醒でエリィとの実力差が開いたという事実から考えても,その可能性は低い。

(いったい何があるというのだ…)

「呑気なものだな…」

 そんなノーブルの内心など露知らず,呆れたように溜息をつくイリウム。彼にしてみれば,そんなものに気を取られている暇があったらこれから行われる交渉の事でも考えておけといったところだろう。

「見えてきましたね」

 偶然にも自分の思考に苦言を呈された格好となり,苦笑しながらノーブルは言う。大きく弧を描く街道の視界を塞いでいた森が切れ,前方に城塞が見えてきた。

「む…っ」

 唸ったきりそれを凝視するハーディ。

「どうしたの…です?ハーディ殿?」

 尋ねるエリィ。いよいよここからは言葉遣いに注意しなければならない。

「これは…本物かも知れんのぅ…」

「本物って,何がだよ?」

 きょとんとするノエル。

「あの城塞…随分と趣きが違うと思わんか?」

「趣き…?…言われてみりゃ,何となく違うな。こう…古めかしいっていうか」

「儂もお目にかかれるとは思っておらなんだが…,あれはハイアム様式じゃ」

 ふんふんと鼻を鳴らしながらあちこち眺めていたハーディがそう結論を下す。

「!…それじゃ…」

「うむ。間違いなく帰還者どもは,古ハイアムの流れを組む…」

「本物かどうかはまだ分かりませんがね」

 苦笑しながら割り込むノーブル。

「魔法男…?」

「たとえばの話ですがね?盗賊殿が,四王家のいずれかの生き残りを僭称したとします」

「むっ…」

「おい…」

 途端に不機嫌な顔になるイリウムとノエル。

「まぁまぁ,たとえですから。そこで仮にサナリアのそれだと主張しているのに,あれこれがアリシアの伝統様式だったりしたらどうなりますか?」

「ハハッ…そりゃそうだ」

 肩をすくめて皮肉っぽく言うノエル。 

「え?」

「怪しさ大爆発,信憑性に乏しくなるってこった。秘話的マニアックな何かでもない限りは,主張するところのものを踏襲するのが王道だよ」

「ああ…そういう事なの…ですね」

「王家でなけりゃ開けられねぇ扉とか,そんな曰くのあるものを用意できりゃぁ手っ取り早いんだけどよ。そんなんそうほいほいあるわけもねぇだろ?となりゃ,分かりやすいところで見せるしかねぇ。示威アピールにゃ中身の真贋は関係ねぇってこった」

「ぐぬ…」

 怒りの目をノエルに向けるイリウムだが,それを見越したノエルははじめからそっぽを向いている。

「まぁ…絶対の自信がありゃぁそんなん気にも留めねぇだろうがよ。胡散臭くなりゃなるほど気になるし,気にするわな」

 ノエルはそのまましれっと追い打ちをかける。

「まぁまぁ。そろそろ不穏な話は切り上げておくべきでしょう。迎えが来ないと言っても,見張られている可能性は十分にありますから」

 しかしイリウムが激高しようかというところでノーブルが矛先を変えてその勢いを挫く。

「おっと…そりゃそうだな。さすがに視認もできるとこまで来たんだ。そろそろお出迎えがねぇと不自然だ」

 すかさずそちらに同調するノエル。

「ドワーフ殿。もし何か不自然な点があれば教えてください。交渉の成否に影響を与える何かが隠れているかもしれません」

「うむ」

 頷くハーディ。

「罠の類は任せておけ」

「魔法は私が担当するね。卿は交渉に集中して頂戴」 

 口々に役割を再確認する”風”の面々。

「ちっ…生意気な口に見合った働きはしてもらうぞ」

「…善処いたします」

 ぶつぶつとつぶやくイリウムにそう答えて,クーラは溜息をついた。


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