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「クーラ大尉。少々よろしいでしょうか?」

 エ=ツォーナへ向かう道中のある晩。

 それなりに離れたところで,木の根元に腰を下ろし月光に身を晒しながらひとり思索にふけるクーラのところへ,ノーブルが近づいてきた。

「何でしょう?ノーブル殿?」

 ちょうどこの近くには温泉が湧いている。エリィ,フレイア,クローディアの三人はそちらへ向かい,視力が無いとはいえさすがにそこまでついていく事を遠慮した護衛はすることもなくここにいたのだ。

「是非に,お尋ねしたいことがありましてね」

「尋ねたい…?それは?」

「大尉は…わが姫を,どうなさるおつもりです?」

 単刀直入に核心へと入るノーブル。エリィたちが戻るまでそう時間があるわけでもなければ,この男に下手な小細工は通用しないとふんでの事だ。

「…どうなさる?私が,エリィ殿を?」

 驚いたようにクーラは言う。

「大尉はその権限をお持ちでしょう?」

「…ああ,そんなのもありましたね」

 ノーブルが言っているのは例の舞神闘の事だ。クーラは苦笑する。

「御心配には及びません。すでにその資格は失われています」

「失われている?」

「ええ。もともとエリィ殿に心配がなくなりさえすれば反故にするつもりだったのはともかく…先日のあれ…エリィ殿が覚醒したという話になったあの時に,私は一本取られています。あれで勝者の権利は消滅しましたよ」

「しかし?正式にそれと決めて戦ったわけではないでしょう?」

「ははは…」

 きまり悪そうに笑うクーラ。

「同じことです。エリィ殿の心身は完全に,いや…より以上に壮健となりました。これ以上いくらやったところで私が勝てるはずもありません。私が惨めになるだけです。不測の事態に備えて残しておくつもりではありますが,ほとんど気休め程度でしょうな」

「そうですか…すっかり遅れてしまいましたが,その節は何とお礼を申し上げて良いやら」

 言って,ノーブルは深々と首を垂れる。

「お気になさらず。私は連合の利益の為に仕事をしただけです。むしろこのところの便利使いを心苦しく思っておりますので,あまり傷を抉らないで頂きたい」

「ではあらためて…大尉は…わが姫を,どうなさるおつもりです?」

「…ノーブル殿?」

 クーラの声に警戒の響きが混じる。

「大尉ならばみなまで言わずとも解るでしょう。姫の状態は決して盤石ではない…」

「…」

 黙るクーラ。

 それはその通りだ。結局,今なお彼女はシャルルへの思いにふたをしているだけの状態に過ぎない。いつそれが取り払われ奈落の底へと落ちるかは分からないのだ。

「ご存知の事と思いますが,私は極論,姫の幸せのためだけに生きています」

 おもむろに口を開くノーブル。

「たとえ親バカと言われようと,呆れられようと,それが私の存在価値なのです」

「随分な思い入れですな…しかし,それならばいっそ親ではなく…」

「いえ」

 クーラの言葉を遮るノーブル。

「私では姫を幸せにすることはできないのです。そう予言されています」

「予言…ですって?」

 意外な言葉に目を丸くするクーラ。

「ええ。これはなんの縛りもしがらみもない私の独り言ですが…姫をドワーフ殿とエルフ殿に託したのはこの私です」

「…そのようですね。これは私の独り言ですが…エリティアの諜報部からそう聞いています」

「ですが,実はその決定も占いによるものでしてね」

 苦笑するノーブル。

「親バカと言っていただいて結構ですが,つまりは姫と出会った直後に,さまざまの事について占ったのですよ」

「…その結果,エリィ殿の相手には別に相応しい者が居ると出た,と…?」

 慎重に言葉を選ぶクーラ。普通ならば一笑に付す程度のものではあるが,何せ相手は数千年の歴史を持つ魔道王国アリシアの事情に精通した男だ。どこにどんな秘術が尽くされているか知れたものではない。

「そういう事です」

 しかし何の変哲もない調子でひょいとそう言ってのけるノーブル。

「…で,それと,私への問いと,どう関係が?」

「言葉通りですよ。クーラ大尉…貴殿には,姫の運命を変える資格がある」

「…仰っている意味が,解りかねますが?」

「簡単に言うとですね,姫の運命の相手は,直接戦闘において姫を一度でも負かした者なのだそうです」

 にやり,とノーブルは笑う。

「…それはまた,素敵な占いですね」

 思わず率直な感想を言ってしまうクーラ。

 それを確かめるすべなどない。本当にそうかも知れないが,こちらを利用しようという計略の可能性もある。

「つまりあの舞神闘でエリィ殿を負かした私は,彼女の運命の相手の可能性がある,と…」

「そういう事です」

「しかし…私が彼女に勝てたのは…」

 どん底と言っても差し支えない心身の損耗,さらには戦術の幅を狭める挑発,それらお世辞にも正々堂々とは言えない諸々の産物でしかない。

「そこは問題ではありませんね。勝ちは勝ちです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 またひょいと言ってのけるノーブル。

「まぁ,いろいろと親バカはありました。姫の相手に相応しいのは世界をも敵に回せる男,その辺の有象無象とのケンカのレベルではだめだと舞神流を習わせてみたら,恐ろしいほどの天稟があってああなった,とか」

「…それこそ,龍戦士クラスでもなければ彼女を打ち負かすのは至難の業ですね」

「ええ。だからこそ,大尉と出会うまではかなり心配もしておりました」

「心配を…?」

 またしても飛び出した意外な言葉にひっかかるクーラ。

「ええ。何せあの心身の損耗です。卑怯な真似をされて形の上だけで勝たれても勝ちは勝ちですから」

「…耳が痛いですな」

 苦笑するクーラ。しかしノーブルはいいえ,とそれを否定する。

「逆ですよ,大尉。貴方は敢えて姫を挑発し,ほぼベストと言って差し支えない気力を呼び覚ました上でこれを打ち破った」

「…」

「無論,そうしない事には姫を従わせることに十分な効果が得られないという戦略上の必要性はあります。そこには当然策略と打算とが入りましょう。そこから考えればだまし討ちのように見えるかも知れません。ところが…こと姫の相手に相応かどうかだけでみれば,その力を,意地も含めてすべてを出させたうえでこれに勝利したという,好ましい現実がそこにあるだけなのです」

 だからじゅうぶんに貴方にはその資格があるのですよ,と結んでノーブルは穏やかに笑う。

「物は言いようですね…」

「動かしようのない事実ですよ」

「…それで,私に何を期待するおつもりですか?」

 苦笑するクーラ。

「いえいえ,ですから先ほどからお尋ねしているのですよ。私をこれだけ期待させて,どうなさるおつもりですか?とね」

 涼やかに答えるノーブル。

「…やれやれ」

 溜息をついて,クーラは言葉を繋ぐ。

「いくつか,確認してよろしいでしょうか?」

「ええ,私に分かることであれば」 

「まず…ノーブル殿の物言いから考えて,現時点で候補者と呼べるのは三人。かなりの格落ちと言える私の他は,先の漆黒将軍と,そして…”紅き流星”がそれにあたるわけですね?」

「ご推察の通りです。ただし少々補足がありまして」

「…なるほど。漆黒将軍は直接エリィ殿と拳を交えたわけではないが,”紅き流星”を完封したその実績と,戦えば勝ち目は無いとエリィ殿に思わせた事をもって勝ちとみなしていると…」

「そういう事です」

 頷いたノーブルはしかし,いざ漆黒将軍がその気になったら組手でも何でもして頂くつもりですが,と付け加える。

「次に…本命の”紅き流星”は戻ってこない可能性があると,ノーブル殿は見ているわけですね?」

「ええ…残念ながら」

「…そこが分かりませんな」

 肩をすくめるクーラ。

「分からない?」

「ええ。まぁそれはとりあえず措くとして,先に最後の質問ですが…ノーブル殿をはじめ”風”の面々が恐れているのは,たとえ一時的にせよ,エリィ殿の支えが無くなってしまう事というわけですね?」

「そういう事になります」

「…やれやれ」

 また溜息をつくクーラ。

「つまりノーブル殿は,私を”紅き流星”の代役にしようと目論んでいるわけですね?」

「違いますよ?」

 即座に否定するノーブル。

「…違う?しかし?」

「ですから。先ほどから繰り返しているとおり,むしろ大尉の心づもりの方をこそ,私は気にしているのです。大尉が代役を演じているだけだというなら,むしろ大尉にこれ以上姫を預けるわけにはまいりません」

「それは…また随分と…」

 要は迫真の演技に過ぎないのか,演技を超えたものがあるのかを知りたいという事か。クーラは二の句を継ぐ事ができずに溜息をつく。

 しばし流れる静寂。だがそれを破ったのは,やはり居心地の悪さを感じるクーラだった。

「仮に…仕事以外のものがそこにあったとしたら…」

「ええ。その場合は,貴方が代役ではなく主役になったとしても何ら異を唱えるつもりがないという事です」

 にっこりと笑うノーブル。

「…買い被られるのはあまり気持ちの良いものではありませんな…」

「買い被る?ご謙遜を。大尉にはじゅうぶんにその資格がありますよ。自らが有象無象でないことを証明したうえで,有象無象が紛れ込む隙までも潰してくださった…感謝しています」

「比較の話ですよ。正直なところ,私では漆黒将軍の足下にも及びません。それに…おそらくは”紅き流星”も龍戦士なのでしょう?でもなければ,あれだけ漆黒将軍が意識しているわけがない」

「まぁ,そうみるのが妥当でしょうね。現実問題として,常識的なレベルで姫に勝つには大尉のやり方…言わば戦いの幅を狭めていく方法が王道。シャルル殿は…姫に好き放題させた上でこれをねじ伏せましたから」

 ねじ伏せたというか抱きすくめたというか。そんな結末だったのを思い出してノーブルはふふふと小さく笑う。

(…)

 ふとそこで,ノーブルは舞神闘の結末も思い出した。あれは,抱きかかえたと言うべきか,あるいは抱きとめたというべきか。奇妙に”紅き流星”と重なる。

 直接対決したことのない漆黒将軍はともかくとして,そこに運命的な何かがあるのか?そんな思いにとらわれるノーブル。

「…やれやれ」

 また溜息をつくクーラ。

「買い被りどころか,劣っていると分かった上で私を道化にしようというのですか。正直,あまり良い趣味とは言えませんな…」

「いえ?そんなつもりは毛頭ございませんよ?」

 きょとんとするノーブル。

「…ノーブル殿はよりエリィ殿に相応しい相手をと望んでおられる。だというのに,実力的に劣っている私に主役でも構わないと仰る。矛盾していますよ」

「これはこれは…さすがの大尉も少々平静を欠いていらっしゃるようですな」

「…?」

 胡散臭そうな表情をするクーラ。

「矛盾などいたしません。なぜなら,最後に誰を選ぶかの決断をするのは姫ですから」

「!」

「私はただ単に,最低限度の条件を満たした大尉がそこへ立候補しようとするのかどうかを確かめたいだけですよ。その気が無いのなら初めから外しておきたいと…換言すればそういう事です」

「…無理難題を。さすがに龍戦士相手に勝負できるとうぬぼれられるほど,私はおめでたくはありませんよ」

「そうとも…限りませんよ?」

 そこでちょっと調子を変えるノーブル。

「…それは?」

「先ほどの大尉の分からないに結び付くかどうかは分かりませんが。実は龍戦士には総じて,決定的な弱点があるのです」

「!?」

 予想外の言葉。

「…興味深い話ですね。して,その弱点とは?」

 それを尋ねてどうする,張り合うつもりか。そう自虐しながらしかしクーラはその言葉を止められなかった。

「別世界から飛ばされてきた龍戦士は,その性格上,自らの存在感の希薄さを宿命として常につきつけられているのです。まぁ早い話が,その不安定さのゆえにいつまた別の世界へ飛ばされるか知れたものではないという現実ですね」

「なるほど…だからあのように言ったわけですか」

 本人がいくら戻ってこようと思っていても,別世界へ飛ばされてしまえばそれは物理的に不可能となる。先ほどはシャルルが今もって現れぬ事を不実と憤る部分もあったわけだが,もしそうなら,たとえば既にどこぞへ飛ばされてしまっていたりすれば,話は随分とその趣きを異にする。

 奇しくもあの日。エリィに対して語った自分の推測はまったく間違っていなかったという事だ。

「加えて…その宿命を熟知していればいるほど,ここでしがらみを作ってしまう事に抵抗を感じてしまう龍戦士も決して少なくはないのですよ。龍戦士だという確証はありませんでしたが,シャルル殿にもどことなくそのような雰囲気はありました」

「…」

「確かに純粋な戦闘力としては,龍戦士の方が圧倒的に上でしょう。それは間違いありません。ですがそれは下手をすると…そうですね,先ほど大尉に対して心配をしたごとく,一定期間だけの間に合わせになってしまう危険もはらんでいるのです」

 ノーブルはクーラの反応を,それを表に出すまいとしている相手のほんのわずかな兆候をも見逃すまいと注視しながら言葉を繋ぐ。

「繰り返しになりますが,決めるのは姫です。立候補が報われると確約することはできません。ですが…その場しのぎにはならないという覚悟をもって立っていただけるのならば,それは龍戦士相手でもじゅうぶんに勝負になると…つまりはそういう事です」

「逆にその場しのぎ程度の意識なら,逆立ちしても勝てないからこれ以上エリィ殿の心を無駄に惑わす前に舞台を降りろと,そういう事ですか…」

「ええ。まったくの三流ならばそんな心配は無用なのですが…大尉には姫の心を惑わせられるだけの器量がある,事実惑わせていると,そう思うからこそのこの話です」

「…」

 と,そこで気配を感じる。

「どうやら,姫たちが戻ってきたようですね。この話,今日はここまでという事で…」

「…続けるつもりですか」

 涼やかに言うノーブルに苦笑するクーラ。

「当然ですとも。期限は厳然としてそこにあるのです。打てる手は先に打って,選択の幅は常に広く保っておきませんと…」

「なるほど,正論ですね」

 肩をすくめるクーラ。

「近いうちにまたお尋ねしたいと思います。その時は…いい返事を聞きたいものですね」

 そう言ってノーブルは戻っていった。

「…」

 クーラは無言で溜息をついた。


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