詭計
「なん…じゃとぅ?」
目を丸くしたハーディは,しかしすぐ不機嫌になって言葉を繋ぐ。
「ええぃ!何を言っとるのかサッパリじゃっ!魔法男,もったいぶらずにハッキリ言えぃ!」
「簡単に言うとな,連中をグラント達とくっつけようって策なんだよ」
こちらも硬い笑みを浮かべてノエルが言う。
「な…にぃ?」
「え…」
呆気にとられるハーディとエリィ。
「そうです」
にやり,と笑うクーラ。
「どちらもルトリア王家とは相いれない。ならば,敵の敵は味方で手を取り合う余地は残っている」
「ちょ…ま…直接戦っていた敵同士で…」
「お互いの目的を見れば,じゅうぶんに成算はあると思うのです」
言葉を繋ぐクーラ。
「帰還者側の目的は,究極的に見れば安住でしょう。過去の彼らの要求から考えて,ルトリア王家にとってかわる事はそれほど重要ではない。彼らを迫害する危険のある者たちの下で怯えながら暮らすことができないというだけの話で,安心さえできればそれ以上は望まない公算が高い」
「でも…結構帝国の領土を脅かしているんじゃない?」
考え込むようなしぐさのフレイアが言う。
「帝国が…たとえばグラント殿の言う白廉将軍のような存在であれば戦う必要は無かったと考えられます。しかし,妖魔を手放さない限りそれを信用することはできない…おそらくはそんな関係だったのではないでしょうか」
「むむ…」
「で…一方のルトリア側ですが。彼らが帰還者と戦うのは,そもそもは上からそう命じられたからです。で,それを引きずったがために帝国と結ぶことになった。しかし…白廉将軍がとった戦略も大いに関係しているのですが,実は帰還者とルトリアとはほとんど大規模な戦闘を行っていないのですよ」
「確かに…帰還者と主にやりあってたのはバラナシオス側の妖魔らしいな」
ノエルが言う。
「ルトリアが取り返したガーネ=コマも,現実問題としては今回のガイカースのような状態でしてね。彼らが制圧した当初敷いていた圧政も,それほどしないうちに解除されています」
「な…何じゃと?」
目を丸くするハーディ。
「現状では仲間内しか信用できない彼らは,それではじり貧だという事が誰よりも分かっています。だから,極力敵を増やしたくはないのです。闇の眷属を手放さない帝国と…過去が確かかはともかく前例があり,今またその路線を強硬に推し進めようともするルトリア首脳部には屈するわけにはいかないでしょう。が,逆に言えばそれ以外とは積極的に戦う理由が無い,どころか戦えば自らの首を絞めると分かっているのです」
「むぅ…」
「しかし,こいつは…なかなか手の込んだ嫌がらせだな」
「え?」
ごくりと唾を飲みこんで言うノエルに,目を丸くするエリィ。
「人聞きの悪い。給料以上の労働をさせようという方々に,帳尻を合わせていただこうとしているだけですよ」
苦笑するクーラ。
「え?え?…どうして?」
腑に落ちないといった様子のエリィ。
「おいおいお嬢ちゃん…どこをどう見たって嫌がらせだろ?」
「だって…素晴らしいアイディアじゃない」
「…は?」
ぽかんとするノエル。
「だって…上手くいったら,連合は側面を衝かれる事なく正面の帝国に戦力を集中できる。グラントたちにとっては同志ができるじゃない。帰還者には安らぎが手に入る。エリティアは自分で手を出す事はできなくても,しっかりそれに代わる援助をした事になる。みんなが幸せになれる」
「…」
「さすが大尉ですね。気のないふうを装って,しっかり全てに気を配っている」
屈託のない笑みを浮かべるエリィ。
(痛い…)
ちくちくと心を寸鉄でつつかれているかのような痛みがクーラを襲う。全くそれを度外視しているかと言えばそうではない。だが逆に,彼女のようにそれを最優先にしているわけでもないのだ。
「貴女の御心には,添わねばなりますまい?」
言い訳したくなるような微妙な心境で,勿体を付けたような物言いをするクーラ。
「えっ?」
「迫害を受けてきた者たちの境遇に,御心を砕かれていなさったでしょう?」
「え…じゃぁそのためにわざわざ…?」
「…いや,まぁ,その…」
ころころと目まぐるしく変わるエリィの気配に心乱されるクーラ。それが彼女のらしさ,と漆黒将軍が楽し気に言った事を思い出す。
(龍戦士ほどの力量があればこそ余裕を失わずに済むのか…?)
また複雑な思いを抱えるクーラ。
「と,ともかく…それが私の策です。実現の可能性は高いとは言えません。イリウム殿が同行すれば,それに悟られぬように事を運ぶ必要があります。グラント殿も難しい選択を迫られることになるでしょう。ですが…少なくとも降伏勧告よりは現実味があると思います」
「ねぇ,みん…」
「ちょーっと待った!」
口を開きかけたエリィをノエルが制する。
「ノエル…」
「言いたいことは分かるぜ?お嬢ちゃん。俺も”風”としてなら乗りてぇところだがよ」
「じゃ,じゃぁ…」
「だから待てって。今回の作戦,”風”にゃ出番はねぇだろ?」
ちょい,とエリィを指さすノエル。
「う…」
「お嬢ちゃんがその場へ行くって事は,女王様のふりをして,アリシアの看板背負ってくって事だ。つまり,お嬢ちゃんの言動が即アリシアの行動ととられちまう。最高権力者だぜ?ノーブルがクマルー卿のふりをしてやらかすよりはるかに危険なんだ」
「っ…」
エリィの脳裏に,ヴァニティとノーブルのやりとりが蘇る。
「私はやらかしてなどいませ…」
「それに」
不満げなノーブルを制してノエルは続ける。
「何よりまず,それはかなりの危険を伴うんだ。殺されたって文句は言えねぇし,さりとてこっちが殺しに行くわけでもねぇ…そうだよな?」
「う,うん…」
「いいか?そんな死地へお嬢ちゃんを巻き込みたくねぇってとこから大尉の提案はスタートしてるんだ。そこだけは軽く見るなよ?」
「…」
気まずそうにうつむくエリィ。
(…)
こそばゆいというか,面映ゆいというか。表面上は取り繕ってはいても,クーラもやはり気まずい思いを抱える。
「まぁ確かに,竜騎兵団の末裔とはつまり,龍戦士の末裔たちです。その能力がどれほど埋もれずに残っているかは定かではありませんが,甘く見ない方が良いのは間違いありません」
「…何ですって…?」
耳を疑うクーラ。なるほどそれなら,”絶望と死の砂海”カイニを越えてきたという突拍子もない話に説得力が出る。情報によれば圧倒的な物量であったとの妖魔の軍勢を相手に戦い続けてこれた理由も解る。だがそれはつまり,あの帝国黒騎団と同等の実力があるかも知れないという事だ。
ぞくり,と背筋に寒気が走る。
「エリィ殿,やはりそれは…」
「ですから,大尉だけを危険に晒すわけには…」
「私は給料分の働きをしに行くだけです。割に合わないのはエリィ殿で…」
「大尉こそそんな無茶な…」
「現実問題としてよぉ…」
肩をすくめながらノエルが言う。
「アリシア不参加と,別な影武者を立てるのと,お嬢ちゃんが女王のふりをするのとで,どれが一番良い布陣なんだ?」
「えっ?」
「お嬢ちゃんが行きたいって言うのはそれとしてよ,行ったら上手く行くもんも行かなくなるってんなら,行かない方が良いだろ?」
「そ,それはそうだけど…」
「難しい所ですね」
クーラは言う。
「というより,現状では不確定要素が多すぎて,行くことにリスクがあると言った方が良いでしょう」
「というと?」
ノエルは尋ねる。といっても,彼自身も答えはだいたい分かっている。要はそれをクーラに言わせて,クーラを心配するエリィを踏みとどまらせる目的なのだ。
「むこうが何か難しい選択を迫ってきた場合…一番困るのがアリシアへのそれですからね」
「う…」
「なるほどな。斜め上でアリシアへの定住権なんぞ要求されたら,どう答える?って話だよな」
しれっと調子を合わせるノエル。
「おそらく密偵は放っているでしょう。ですから,連合に居るアリシア女王の情報もそれなりに掴んではいると思われます。となると,エリィ殿が居合わせる事自体は交渉を有利に進める材料にはなります。なりますが…実際は偽物で何の権限も無いのです。そこをつつかれれば効果は逆になります」
「てことは,つまり,話をまとめるためにはお嬢ちゃんは行かない方が良い…」
「で,でも…!」
「てかよぅお嬢ちゃん。なんでそこまで拘る?大尉に関しちゃぁ,行くのが良い事とは限らないって分かったろ?」
ひとつ溜息をついてノエルは言う。
「…笑わないでね?」
気まずそうにエリィは言葉を繋ぐ。
「どうしても,この目で見ておきたいの」
「…は?奴らをか?何でまた?」
「はじめてノーブルから聞いた時は胡散臭いって思って,それでノーブルに怒られたりもしたんだけど…今は,他人ごとにしたくないの。龍戦士が迫害される事になった原因とも言える竜騎兵団の悲劇も…彼らが命がけで護ろうとしてできなかったエレーナ様の事も。そして…シャルルの事も」
「何!?」
「シャルルじゃと!?」
「流星君!?」
意外な名前が出て驚く三人。
(なん…だと…!?)
だがそれは例によって表に出さないクーラも同様だ。
「あ,そうじゃないの。たまたま同じ名を名乗っただけで,彼とは別人みたい」
苦笑するエリィ。
(…しかし)
ノーブルは思う。龍戦士を他人事にしたくない理由とは,すなわち”紅き流星”が龍戦士だからではないだろうか。となれば先の漆黒将軍の隠された真意に対する推測も,かなり信憑性を帯びてくる事になる。
「でも…どうしても,自分には関係ないと思えないのよ」
それを裏付けでもするかのような,エリィの言葉。
「あー…そいつぁ,もうどうしようもねぇな…」
ぼりぼりと頭を掻いて,ノエルは言葉を繋ぐ。
「…こいつは確かに笑えねぇ…ノーブルの大失態だ」
(確かに…)
苦々しく思うクーラ。別人とはいえ”流星”の名前が出てしまっては,もはや自分にもどうしようもない。
「で?どう帳尻を合わせてくれるんですか?元凶のノーブルさん?」
肩をすくめて言うノエル。
「こうなれば仕方がありません。アリシアも巻き込んでしまいましょう」
「…は?」
「ああ,まぁ,そういう行き当たりばったりに聞こえる言い方はいけませんね。此処は建設的に,アリシアに一肌脱いで頂きましょう」
仮面を直しながらにやりと笑うノーブル。
「余計に胡散臭く聞こえるようになったんですけど?」
呆れ顔のフレイア。
「それは失礼。…実は古ハイアムの件はアリシアにとっては忘れ得ぬ古傷でしてね。こんなこともあろうと,いくつか申し送り事項があるのですよ」
「申し送り…?」
「ええ。まぁ実際問題としては念のためギルバート殿にも了解を取り付けねばなりませんが…,要はその申し送りの範囲内であれば,姫がユーリエ様のふりをしたまま何を言っても特に問題はないわけです」
「何だよそのご都合主義設定は…」
「というか,毎度毎度よくそんな裏情報知ってるわねノーブル…」
溜息をつくノエルとフレイア。
「凄いのね,アリシアって…」
しかし意外なエリィの言葉。
「姫…?」
「ノーブルもあの時そんな事言ってたじゃない。それって…過去の失敗を絶対に忘れない,同じ過ちは繰り返さない,責任は取る,って…そういう事でしょ?もう数千年くらい前の話なのに,それを確かに伝え続けているって…ちょっと!?」
「うう…姫ぇ…このノーブル…」
「恥ずかしいからやめてってば!」
号泣を始めるノーブルを揺さぶるエリィ。
「なぁ…なんか最近ノーブルの涙腺が緩い気がするんだが…」
「年のせいかしらね。人間ってもともとが寿命短いし…」
ぼそぼそとつぶやきあうノエルとフレイア。
「ま,まぁそういうわけですので。姫がどうしてもと仰るのならば不肖このノーブルも全力を尽くさせて頂きます」
気を取り直して言うノーブル。
「…よろしいのですか?」
面々を見回すクーラ。だがもはや答えは変わるまい。結局この”風”は,皆がエリィを見守っている状態なのだ。もしかしたら彼女を中心に集まった集団で,”風”である事すらさして重要ではないのかも知れない。
「まっ,お嬢ちゃんがそう決めたんならしょうがねぇな」
「異議なーし」
「やむを得んのぅ」
口々に賛意を表明する面々。アラウドは一つ溜息をついただけで無言を貫く。
「では早速,細部を詰めましょう。”地”や”水”にも打診する必要がありましょうし,ギルバート殿にも了解を取り付けねばなりません。イリウム殿を出し抜く算段は特に慎重を期すべきでしょうしね」
「楽しそうねぇノーブル」
肩をすくめるフレイア。
「極限状態での,失敗が許されない駆け引きほどおもしろいものは無いですからね」
「誰か…ノーブルを止めて…」
頭を抱えるエリィ。それににこやかに笑って見せながら,しかしノーブルは心の中で全く別の事を考えていた。
(少々心配ですが…まぁやむを得ませんね)




