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報酬に見合った働き

 夢にも思わなかったその言葉に,その場の誰もが一瞬思考停止に陥った。

「…え?」

 ややあってエリィが頓狂な声を上げる。

 それがたとえばノエルの言葉だというなら解る。割に合わない作戦で便利使いされるわけにはいかないと,きっとそう言うだろう。”風”の立場としてはそうだ。敵の標的である女王に化けたまま死地へほぼ単身に等しい状態で飛び込むなどという状況は想定されていない。

 ところがクーラは連合側の人間だ。普通ならどんな手を使っても作戦に従事させようとするはずなのだ。

「あ,あの…大尉?」

 おずおずとエリィが様子を窺い,そこでやっと一同の思考に再起動がかかる。

「黒メガネのっ!どういう事じゃい!?」

「まぁ,言葉通りです」

 苦笑しながらクーラは答える。

「さすがに危険が大きすぎでしょう。割に合わないという事ですよ」

「…なるほど,そういう事ですか」

 苦笑するノーブル。

「な,何じゃい魔法男,また自分だけ分かったような…」

「大尉が思ったより良い人だと言っているのですよ」

「ほ?」

 目を丸くするハーディ。

「つまりですね…今回連合と我々の間に結ばれた契約は,姫に危険リスクのある計画だが,連合としては最大限の支援をする…つまりここでは大尉という腕利きをつける事でそれを減らすから,何とか引き受けてくれ,という趣旨でした」

「それで?」

 フレイアが聞き返す。

「確かに大尉は,姫が女王を演じる事で損失してしまう分の戦闘力をカバーしてお釣りがくるほどの存在ではあります。それに,ユーリエ様が武道に手を染めた格好にした事でその損失分じたいもかなり軽減され,通常の任務を行う限りにおいてはほとんど問題が無いと言って差し支えのない状態となりました」

 ノーブルはちょいちょいと指を振りながら説明を続ける。

「ところが,こと,相手が龍戦士である場合にはその程度の余裕など容易に根底から覆ってしまう事が判明しました」

「あ…」

 ハッとするエリィ。

「ええ。例の,漆黒将軍との会見です」

 頷いてノーブルは言葉を繋ぐ。

「あれはあくまで”風”の依頼の話ですから,極論”風”が自分たちの責任においてどうなろうと大尉には関係ない。ですが,それがたとえば白廉将軍との戦いとなれば話は別です」

「ちょ…おい待て,それじゃぁ何か?やっぱり漆黒将軍も白廉将軍も龍戦士って事なのかよ!?」

 うろたえるノエル。

「…彼はそう言ってた」

 苦笑しながらうなずくエリィ。

「!?…って,おま…よく無事だったな」

「まぁ,姫は人気者ですから。なぜか彼にも相当気に入られていたようです」

「!?」

 エリィとノーブルを見比べるノエル。

「まぁ脱線を戻しますと。姫をそんな死地へ送り込むのは気が引ける,という事でしょう?大尉」

「ほ…」

 また目を丸くするハーディ。

「…それはどちらかというと,クリミア大佐のお考えだと思っていただきたい」

 苦笑するクーラ。

「この作戦に賛同したのはあくまで横面を札束で殴られての事,決して本意ではない事は…」

「そいつぁ,分かってるよ」

 溜息をつきながらノエルが言う。

「まぁそれを言うならギルバート殿もでしょうがね…しかし,では大尉はどのような意図でそれを?」

「私はもっと現実的ですよ。自分が買いかぶられるのも遠慮願いたいし,能力と待遇を逸脱した労働も御免こうむりたいだけです」

 肩をすくめ,自嘲気味の笑みを口元に浮かべてクーラは言う。

「何となく帳尻を合わせる事ができた格好のアリシア女王なりクマルー卿と違って,伝説の龍戦士は明らかに実力不足なのです。何とかしのげているうちは良いでしょうが,そうすればするほど逆に要求水準はどんどん高くなっていきます」

「それが,今回のこの無茶ぶりに繋がっておるという事かの?」

 ひげをしごきながらハーディが言う。

「ええ。ヒューム殿がもともと無茶なお方だというのも間違いはありませんが,少なくとも判断材料にはなっているでしょう」

 頷いてクーラは続ける。

「大義名分としては,光の側の者として闇の眷属を率いる帝国との戦いから逃げるわけにはいかない,それはその通りです。しかし…先ほどのイリウム殿の仰っておられた言葉で言うなら,それこそ一介の冒険者ふぜいが背負わされる荷物としては重過ぎる」

「ふむ…」

「で…私に求められているのはつまり,不足分の帳尻を全て合わせろという事でしょう?そんな事は本物の伝説の龍戦士でもなければ不可能なのであって,一介の軍人ふぜいにはどだい無理ですよ」

「まぁ,それはそうかもねぇ…」

 フレイアが苦笑する。

「それこそ…先ほど言いましたように,全てをアリシアの…”風”の手柄とでもして頂かなければ釣り合いが取れません。例えばアリシアの支配権を全てエリィ殿に渡す事と同程度の報酬は必要でしょう?」

「え,ちょ…」

 慌てるエリィ。

「確かに彼らは商売人だ,と思わせるのは…彼らはそれら全てを,私の月給の中で済ませてしまおうとしているわけです」

「!」

「おぉ!なるほどそれなら,確かに果てしなく安上がりじゃ!」

 ぽん,と膝を打つハーディ。

「まぁこれも確かに,彼らの言い分は彼らの中では筋が通っているのです。何せ札束で我々の横面を叩いているわけですから…」

 苦笑するクーラ。

「ちっ…」

 舌打ちするノエル。

「というわけで。”風”にとっては割に合わない仕事なのは間違いありませんし,その帳尻を合わせますからご心配なくなどとは私には到底言えるわけもない。”風”が名誉の為に無茶な依頼をそれでも遂行するかどうかはともかく…条件が折り合わなくなったから契約を解除するとしたところで,非難されるいわれはないはずです」

「正論ですね」

 ノーブルが言う。しかし,だからといってクーラがエリィの身を案じていないかと言えばそうではないだろう。出発点がそこで理屈が後付けされたとみることもできると,ノーブルは心の中で思う。

「で,でも…」

「つったってよ」

 言いかけたエリィを制するような格好で,ノエルが口を挟む。

「じゃぁどうすんだ?俺らが降りちまったら,そっちのがいろいろと厄介じゃねぇのか?」

「まぁそのあたりは…給料分だけは働かせていただきますよ」

 また苦笑するクーラ。

「そ,そんな事を言っても!」

 そこでエリィが割り込む。

「作戦自体が変わらないのなら,大尉は敵地へ赴かなければならない。仮に別の影武者を立てたところで,大尉にとってはより危険な作戦になるじゃないですか!」

「…」

 目を丸くする一同。

「え?な,何…?私,何か変な事言った?」

「あのなお嬢ちゃん…?」

 うろたえるエリィに,ニヤニヤしながらノエルが言う。

「今お嬢ちゃんが言った事ってのはな?つまりその先まで考えると,『大尉が心配だから私も行きます』って事なんだぜ?」

「え!?」

 今度はエリィの目が丸くなる。

「ちょ,ま…だって,ノエルと同じことを言っただけでしょ!?」

「違ぇよ。『”こっち”は”風”の損得で動け』ってえ大尉に,俺は『それじゃそっちはどうすんだ?』って聞いたんだ。で,大尉は『こっちはこっちの損得で動く』って答えた。ここで完結してるんだよ。俺はそれ以上どうこうは無い」

 肩をすくめながらノエルは言葉を繋ぐ。

「ところがお嬢ちゃんが言ったのは,『大尉が損をしそうなのは見ていられない』だろ?」

「…!!」

「そいつぁ,『他ならぬ大尉の安全の為に”風”はこのムチャな作戦を続けます』って話につながるんじゃねぇのか?」

 目が点になるエリィ。その頬が見る間に染まる。

「ひゅーひゅー」

 ことさらにわざとらしくはやし立てるフレイア。

「むむむ…」

 許さんぞ!と言える状況ではないと熟知しているハーディは反応に困る。

「わ,私は…」

「私ごときにそれほど御心を砕いて頂き,感謝いたします…ユーリエ様」

 そこですかさずクーラが割り込む。

「え…?」

 意識をそちらにとられるエリィ。

(ナイスタイミングですね…)

 自分も割り込もうとしていたノーブルは,素直にそれを称賛する。

 エリィがクーラに好意を持ち始めているのは確かだろう。そしてエリィにとってそれは,彼女の心に占めるシャルルの比率が下がっている事をも意味する。

 しかしその好意は,まだ線引きが曖昧だ。さらにそれが罪悪感に結びついてしまっては元も子もない。

 だからクーラは,敢えてその線を明確にした。その好意がお互いの演じる役柄がもたらす副次的なものでしかない事を示すことで,罪悪感につながる直接的なルートを塞いだのだ。

 好意そのものを否定せずに罪悪感に結び付けない方法としては最善だろう。

「ですが,よろしいのです。ここではその役柄ではなく,一介の冒険者の立場で考えて頂ければ」

 苦笑しながら言うクーラ。

(…)

 だがクーラのそれは,自身にも向けられた言葉のようにも見える。職責を放棄するような真似をしてまでエリィに契約解除を奨めるとは,裏を返せばつまりそれが彼女への好意によるものと自身も理解しているからこその事なのではないか。

(たらればですね…)

 せめてあの会談の前に分かっていれば,と考えてノーブルはそれをやめる。あの会談を経たからこうなったとみるほうが妥当なのだ。

「まぁそもそもだな…」

 ひょい,と流れを変えるノエル。

「俺が気になってんのは純粋に,大尉の策なんだよ。給料分でどの程度働くつもりなのか,こっちが判断する上でも,まずそれを知りたいんだ」

「たしかにのぅ。策によっては,我らが居ない方が良いという事もあり得る」

「あ,そ,…そうね」

 ハーディの言葉に納得するエリィ。その言葉にどことなく寂しそうな響きを感じてしまう自分に呆れながらクーラは言う。

「まず間違いなく,降伏勧告は無理です。イリウム殿が同行し,主導権を握るというのならば,そちらに全てお任せして私は護衛の任務に専念します。アリシア女王の同行のいかんに関わらず責任も手柄もすべてルトリアのもの,とすれば納得はして頂けるでしょう」

「ふむ」

「で…主導権が私にある場合。これはイリウム殿に同行されると難易度が上がってしまいますが…ルトリアとの共闘,ないし同盟を提案してみるのも良いかと思っています」

「で,でも…彼らはもともと竜騎兵団の末裔で…」

 異を唱えるエリィ。

「…なるほど,そうきましたか…」

 そこでノーブルがこわばった笑みを浮かべて言う。

「な,何じゃい魔法男,また自分だけ分かったような…」

 ムッとするハーディ。

 ノーブルは表情を崩さぬまま,静かに口を開いた。

「大尉が言っているのはですね,つまり…ルトリア王家ではない,ルトリアとの同盟を提案するということなのですよ」

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