プライドは陳腐に蠢いて
「…あ?」
おそらくは“風”の全員の気持ちを代弁して,胡散臭げにノエルが言う。
前回…エリィをアリシア女王ユーリエの影武者に仕立てようとした時と同様の空気が辺りを包む。
だがその時と異なるのは,表面上何の反応も見せないように気を遣いながらもクーラが立場的に”風”と同じ側に回っているという事だ。
「何か文句でもあるのかね?そこのお前」
尊大な口調で言った男は,名をイリウム=イダードという。ルトリア王族を僭称するヒュームの参謀役だ。
エリィの鍛錬,あるいは休息に午前中いっぱいを使い,昼食を摂ってしばし休憩を挟んだ”風”とクーラは,その間に決まった新たな作戦の説明を受けていた。
しかし前回を上回るその無茶さかげんが,ノエルの口をついて出てきたのだ。
「何かって…はじめから最後まで無茶だろうがよ!?」
「無茶は承知の上だ。というより,もともと連合に選択肢など無い」
仏頂面で言うイリウム。
「つったってお前ぇ…帰還者どもと停戦なんぞ出来る訳ねぇだろ!和睦に応じるような奴らでも状況でも…」
「理解が足らぬようだな。誰が和睦などと言った」
「…あ?」
「奴らを少なくとも無力化しろ,戦力として使えるならばなお良いと言ったのだ」
最低限で無条件の降伏勧告,欲を言えば従属させて戦わせろという意味だ,これだから冒険者は,とイリウムは言って溜息をつく。
「ダメだこいつ…」
頭をおさえながら聞こえないようにつぶやくノエル。
「ですがイリウム殿?降伏勧告ならば,わざわざアリシア女王が出向く必要などないのでは?」
クーラが口を開く。
和睦ならば解る。礼節を尽くすために敢えて危険を冒し,最高責任者が出向く手もないわけではない。だが相手を怒らせる危険の高い場にわざわざ大将が行く必要は無い。
「ふん?噂ほどでもないなクーラ大尉,これでは先が思いやられるが…」
肩をすくめてイリウムは言葉をつなぐ。
「そうすることで余裕を見せつけるのだよ」
「余裕…?」
「そうとも。普通ならばあり得ない者が出向くことによって,絶対的な余裕を見せつける。交渉を有利に進めるための手だよ」
だからこそアリシア女王と,伝説の龍戦士が直に乗り込む事に意義がある,とイリウムは付け加える。
「おい…念のために確認するけどよ。交渉が決裂,相手が実力行使に出てきたらどうするんだ?」
いらだちを隠そうともせずにノエルが言う。
「決まりきったことを。実力で排除すればよかろう?何なら,向こうの大将を討ち取ってしまえばいい。そのために”純白の舞姫”と伝説の龍戦士なのだからな」
(ダメだ,これは…)
頭痛に耐えるクーラ。完全にルトリア勢を連合へ組み込む,つまるところヒュームのプライドを満足させる事が第一条件となっている。もはや突っ込みどころしか見当たらないわけだが,それを言ったところで覆るはずもあるまい。
(しかし…)
罪悪感を感じる。エリィをこんな無茶な流れにひきずり込んでしまったのは自分だと言っても過言ではない。
「おま…」
「いくつか,よろしいでしょうか?イリウム殿…」
結論が変わらないのは間違いないだろうが,はいそうですかと唯々諾々するわけにもいかない。
堪忍袋の尾が切れそうになったノエルを制してクーラは口を開く。
「何かな?クーラ大尉」
「帰還者を降伏させるのはアリシア,という図式でよろしいのでしょうか?」
アリシア女王と伝説の龍戦士,それに加えてクマルー卿まで出向くという格好なら,功績はすべてアリシアのものになる。となれば連合の主導権はアリシアに移り,対帝国戦でも前線に出るわけのないヒュームがそれを自分へ取り返すのは無理だ。本人が何を主張したところで,周りはそう見ない。
「馬鹿を言え。あくまでそれは連合の功績。もっと言うなら発案したのはヒューム様だ」
「しかし?出向くのはアリシア女王,クマルー卿と伝説の龍戦士でしょう?」
「大尉,君はエリティアの軍人だろう?しかも今は特務大尉の扱いで,実質的な権限は中佐のそれだ。エリティアの序列二番目なのだから,立派にクリミア殿の名代が務まる」
「!?」
目を丸くするエリィ。
(やはりな…)
要はクリミアからも厄介な案件を丸投げされているという事だ。彼女自身どうしようもなくなっているのも間違いはないだろうが,それはそれだ。クーラは心の中で溜息をつく。
「ほぅ…?では,直接交渉にあたるのは誰の役割なのですか?」
しかしわざと知らぬふりをして尋ねる。
「大尉に決まっているだろう!アリシア女王にせよクマルー卿にせよ単なる演技なのだ!中身はただの冒険者ふぜいなのだぞ!」
いらだつイリウム。
「では,今回の作戦の中身はすべて私に任せる,という事でよろしいのですね?」
「くどい!」
(やれやれ…)
暗い気持ちになるクーラ。確かに無傷の帝国軍にルトリア勢なしで挑むのは分が悪いし,挑んでいる最中は帰還者にとっては侵攻のまたとないチャンスで,横腹を衝かれればひとたまりもない。だから帰還者を無害化する事に関しては理がある。だがこれはもはや作戦と呼べるものですらない。
しかもこれでは,土台無理な作戦だというのに失敗の責任を取らされる危険が高い。それが誰かと言えばクリミア以外にはあり得ない。
「いまひとつ…功績は我らエリティアのもの,と考えてよろしいのですか?」
挫けそうになる気持ちを奮い立たせてクーラは続ける。
「物分かりが悪いぞ大尉!何度言えば解るのだ!?それは連合の…」
「いえ,残念ですがそうはならないでしょう」
「なにぃ…?」
途中で遮られ,不満も露わに言うイリウム。
「よくお考え下さい。アリシア王家だけが出向けば形としてはアリシアの功績。エリティアの私が名代として出向くことでそれを連合のものとするお考えのようですが,肝心な点が抜けていますよ」
「あー…まぁ,そりゃそうだわな」
ノエルが意地の悪い笑みを浮かべる。
「どういう事だ!」
黙れ下郎,とでも言わんばかりにそんなノエルをにらみつけ,しかしそれが何か分からないイリウムはいらいらと吐き捨てる。
「なぜ,アリシアとエリティアがいるのにルトリアが不参加なのかという事ですよ,イリウム殿」
「うっ…」
おそらくは恐怖が,無意識にそこから目を背けさせていたのだろう。札束でクリミアの横面を張り,ギルバートは格落ちと相手にしなかったからこそ,首脳部の協議ではそこに触れられずに済んだのだろう。
「せめて名代くらいでも出向いておかねば,連合の功績とはなりますまい。当人が後で何をどう主張しようと,周りの評価はそこで決まってしまいます」
イリウムに言い返す隙を与えず,クーラはたたみかける。
「仮に失敗でも,敵中まで出向いたか安全な後方に留まったかの差は大きいでしょう。成功したらなおさらです」
「ぐぐ…」
「対帝国戦でよほどの功を上げない限り,これは覆りませんな。…無論,ルトリア勢なしでの話ですよ?成否にかかわらず,不参加では彼らは合流しますまい」
そこで肩をすくめてみせるクーラ。
「なんだとっ!?」
「当然でしょう。先頭に立たないのなら,リスクを冒さないのなら,決起の本気度を疑われます」
「貴様…」
ぎりっ,と歯噛みしてクーラをにらむイリウム。
「別に上層部を批判するとか,そういう次元の話では無いのです。現実問題として彼らならばそう思うでしょう?という話ですよ」
それに苦笑して見せるクーラ。
「むっ…ぐ!」
確かに無知蒙昧の輩ならば大義ではなく目先の感情で動く。そう考えたイリウムは,それが実情とどの程度乖離しているかはともかくとして一応納得する。
「もしルトリア首脳部の危険を避ける事を第一とするなら,ルトリア勢の合流は当てにしない方が良いでしょう。逆に合流を第一とするなら…」
「ある程度の危険は覚悟せねばならぬ,か…」
「でしょうね」
言いながら自分に苦笑するクーラ。作戦の成否だけで考えれば,たとえもとから無理押しで誤差の範囲にしかならないかも知れないにせよ,イリウムが行く事でまとまるものもまとまらなくなる可能性がある。なのに彼を前線へ引っ張り出そうとしているのは,結局彼に責任を取らせようとしているからなのだ。
「むむむ…しかし…」
「仮に誰かが行くとなれば,イリウム殿…貴方がもっとも有力な候補と考えてよろしいのですか?」
「!く…それは…」
「なるほど」
歯切れの悪いイリウムにまた苦笑して見せるクーラ。
「なるべく早く作戦行動に移った方が良いかと思いますが,いかがいたします?」
「ぐぬ…」
言葉に窮するイリウム。
(…)
即答できるわけがない,と素知らぬふりで成り行きを見守るノーブルは思う。
かなり危険な任務,いや,任務と呼べるようなものですらなく単なる挑発としか思えないような無理押しを,何とかしろとねじ込んできているだけなのだ。
成功すればおいしいところをかすめ取り,失敗しても自分の損失にはならないように立ち回りたいわけだから,同行などもってのほかだ。
しかし,クーラはそのあたりをつついて何を目指そうとしているのだろう。この作戦そのものをご破算にといっても,連合には他に効果的な代案があるわけではない。
「ええい!分かった」
と,そこでイリウムが吐き捨てる。
「この件は私の一存では決められぬ!ヒューム様にお伺いを立ててくるからそれまで待っていろ!」
「ハッ!」
わざとらしく敬礼をするクーラなどまったく無視して,イリウムは部屋を出て行った。
「…ぷっ,くくく…」
ややあって笑いだすノエル。
「はははは!見たかよあの狼狽ぶりをよ!笑うしかねぇぜ!」
急速に場の空気が弛緩する。
「だいたい!あんなだから志願がねぇって気づけってのよ。そこだけ見りゃあ確かにルトリア王族とその一味だ」
「でもさーノエル,笑い事じゃないわよ?」
フレイアが肩をすくめて苦笑しながら言葉を繋ぐ。
「作戦そのものが没にならない限り…あの人が同行しようがしまいが,私らが死地に放り込まれる事に変わりはない」
「そこは…大尉に何か秘策があるんだろ?」
ニヤリと笑いながらノエルは言う。
「大尉さんに?…ああそう言えばノエルが暴れそうになったのを止めたわね」
「何かうまい手があるのか?黒メガネの?」
ひげをしごきながらハーディが言う。
「イリウム殿の出方次第,というところはあるのですが…」
溜息をついて,クーラは言葉を繋ぐ。
「契約を解除するのが良いのではないでしょうか?」




