本題を超えたついで・後編
エリィとヴァニティとの会話に割り込んだクーラは,間をあけずに言葉を繋ぐ。
「エリィ殿…貴女とこの男の間に何があったのかは知りませんが,この男は帝国にその人ありと言われた漆黒将軍です。一筋縄ではいかない相手である以上,迂闊にその言葉に乗ってしまうのは避けるべきです」
「ちょ…」
目を丸くするエリィ。
「…褒め言葉として受け取っておくよ,大尉」
ヴァニティが苦笑するが,それを無視してクーラはエリィへ言葉を続ける。
「そもそもアリシアの予言からいけば,帝国は明確に邪神の復活を目論んでいるのでしょう?そしてここまで,いくつかの封印が解かれたのも事実。有能な職業軍人であればあるほど,職務に忠実であればあるほど,その最終目的はそこにあると見るべきです」
「…だが…そちらの言い分が正しければ,残る封印を持っているのはそちらだ。その安全さえ確保していれば問題はあるまい?」
「先ほどの将軍のお手並みを拝見した限り…皮肉に聞こえますな。…斬ろうと思えばいつでも斬れるのでしょう?」
淡々と言葉を返し,肩をすくめて冷笑するクーラ。
「…これは手厳しいな。…だが…」
ちょっとだけ困ったような表情を見せたヴァニティは,しかしすぐにがらりと話題を変える。
「…私の言動をありえない不可解さと言う割には…君自身の行動もかなり不可解ではないのかな?大尉」
「え…?」
エリィが目を丸くする。
「私は有能でも職務に忠実でもありませんからな。将軍と一緒にされては困ります」
苦笑するクーラはしかし,そんな事は言われるまでもないと心の中で毒づく。
「…謙遜はいいよ,大尉。君が演っているのだろう?伝説の龍戦士を」
しかしそんな内心など全く分からないヴァニティは,声のトーンを落としてさらに突っ込んで来る。
「…」
謙遜ではない。そう反論したいクーラではあったが,静かに増した圧がそれを許さなかった。
「…女王やクマルー卿の役とは違い,ある意味真似ればそれらしく見せられる原型も無く,その分余計に出鱈目な強さを演出して見せねばならない大役を…先のマイシャで見事に演じた事は知っている」
さらにヴァニティが言葉を重ねる。
じりっじりっと水底へ引きずり込まれていくかのような感覚が,ただでさえ無いクーラの余裕をさらに削り取っていく。
「…その大尉が,何故ここまで来た?常識的に考えれば,それを決断させる何かがあったという事だろう?」
「それは…」
気まずそうなエリィが思わず口を開いてしまう。彼女からしてみれば,ややもすると自分と話をしているように錯覚されてしまうのだろう。
「…常識的に考えれば,それは女王役の警護の為である可能性が高い」
「あ…」
ハッとするエリィ。
「…」
言うべき言葉を見つけられないクーラ。
「逆に…もし君が君の言うように職務に忠実でないとするなら,いよいよ此処へ来るのは不可解だろう。なぜ自分とは無関係の”風”のやる事に首を突っ込む?なぜ連合の作戦を台無しにする?さらにはなぜ,自分の身を顧みずにやって来る?」
そこで反応を確認するようにちょっと間を置いて,ヴァニティは言葉を継ぐ。
「…まさか君は…世界よりもこのエリィが大事だとでもいうのか?」
予想外の言葉。
「!?」
目が点になるエリィ。
(な…に…?)
平静を装いながら,しかしクーラも驚く。この状況で,なぜそっちへ話が飛ぶ?可能性としてあり得ないとまでは言わない。言わないが,なぜ真っ先にそこなのだ?この男は得体が知れないと言うより,どこかズレているのか?
(…そう…なのか?)
しかし自分もそこへ引っかかってしまうクーラ。エリィが居たからそうなのか漆黒将軍がズレているからそうなのか,ともかくどこか酷く深刻でありながらどこか妙に弛緩したこの場の妙な雰囲気が,自分の思考力を悉く歪めているような感覚。
「…」
こんな事は初めてだ。少なくとも自分はこの妙な空気にどう対処していいか分からない。相変わらず平静を装いながら,しかし困惑するクーラ。
「ちょ,ちょっと!?いい加減にしてよっ!」
そこでエリィが,ある意味では最も効果的な反応を見せた。どこかホッとするクーラ。
「そうやって私をからかっているんでしょう!?あの時といい今といい…」
(あの時…?)
その言葉に引っかかるノーブル。その時にも同じ事を言ったのか?とすれば,”流星”に世界とエリィの二択を迫ったという事になる。確かにエリィを仲間に引き込もうという画策の文脈ならばあり得なくはないが,女王を渡すという話をしながらそんな事も言うのは別の意味で洒落にならない。
(恐ろしい…)
この男はいったい,何をどのように理解して,何をどう考えているというのだ。ぞくり,とノーブルの背中を寒気が走る。
「あなたは何でそう私を狼狽えさせて…」
「…では聞くが」
溜息をつき苦笑しながら,ヴァニティがそれを遮る。
「…他に何か,納得のいく説明ができるのか?エリィ?」
「え?」
「…私の推測を一蹴するだけの明確な根拠を提示できるのか?と聞いている」
「そ…それは…その…」
口ごもるエリィ。
「…そもそも。お前を困らせていったい私に何の得があると言うのだ」
やれやれと溜息をつかんばかりのヴァニティ。それにカッとなるエリィ。
「お…面白がってるじゃない!」
「…それはお前が面白いだけで,私が悪いわけでは無い」
(なに…?)
エリィを弄って反応を楽しむかのようなその言葉に,耳を疑うクーラ。およそ噂に聞いていた漆黒将軍の印象とはかけ離れている。
「!?」
目が点になるエリィ。
「…ああ,いや…言い方が悪かったな。すまない」
ヴァニティは苦笑しながらそう言って謝る。
(…)
いよいよ混乱するクーラ。何なのだこの奇妙な空気は。およそ帝国の重鎮と一介の冒険者の会話とは思えない。
「…つまり,それがお前のらしさだという事だよ,エリィ。お前には周囲を惹きつけてやまない魅力がある。それこそ…お前の為なら世界を敵に回しても良いとさえ思わせるほどの,な…」
「な,な,な…」
目を点にしたままのエリィの頬が朱に染まっていく。
「…そうだろう?」
「!」
しかし次のヴァニティの言葉で,エリィはハッとする。少なくとも一人はそう宣言した男がいるのだ。
(…)
以前自分も全く同じことを言ったのを思い出すクーラ。
「…で,そこに居る大尉にも聞いてみたわけだ。君はどうなのか?とな」
そこでヴァニティは視線をクーラへと戻し,言う。
(く…)
狙いすましたように不意を衝かれた格好で増した圧に,居心地の悪さを感じるクーラ。
ここまでついてきた理由を問われれば,それは表向きは職務だ。”風”を,”純白の舞姫”を全面的に支援するのが任務なのだからそうするのが当然なのだ。しかしそれは,はからずも自分で職務に忠実ではないと否定してしまった。
それに,効率の面から考えれば自分は来ない方が良かったのかも知れない。伝説の龍戦士役をしている事が知れてしまった自分が来る事の意味は,ヴァニティのように考えるのが妥当なのだ。その危険を差し引いても自分が護衛につくほうが彼女の生存率を高める,という判断でここまで来たわけだが,その見立ては明らかに間違いだった。
ここはヴァニティの言葉に,この妙な雰囲気に乗っておくべきか?単なる身の程知らずのふりをして話を合わせる方が危険を回避できるか?混乱した頭で必死に考えをまとめようとするクーラ。
「…」
しかし結局,それを否定するクーラ。
これだけ妙なこの二人の空気には,しかしなぜかどこかに余人を寄せ付けない所があるような気がする。もっと客観的に考えれば,漆黒将軍が罠を張っている可能性もある。
だが最大の理由は,純粋な駆け引きのためにエリィを利用して,あとで落胆されてしまう事を想像して何となく気が引けてしまったからだった。
「…どうやら,気分を害させてしまったようだな」
ひとつ溜息をついて,ヴァニティは言う。見方によっては,違うのだな?という念押し。
「お気になさらず」
完全否定するのも何となく気が引けて,クーラは曖昧に返答する。
「…しかし,これでいよいよ分からなくなったな」
「え?な…何が?」
訝しむエリィ。
「…大尉の目的が,さ。職務でもない,エリィへの個人的な思いでもないとなれば,いよいよ危険を冒してここへ来る意味が無い」
「そ,それは…」
気まずそうな表情で言うエリィだが,構わずヴァニティは続ける。
「…あるいは。演じるふりをしているだけで,実は正真正銘の,伝説の龍戦士なのかな…?」
その瞬間,空気が張り詰める。
「!?」
ハッとするエリィ。
(しまった…)
何とか平静を装い続けながら,しかし焦るクーラ。こちらを呆れさせて油断を誘い,逃げ道を塞いでいたのか。無論自分が龍戦士のわけなど無いのだが,しかしその証は立てられない。向こうがそれを一番警戒するのも当たり前で,自分にはその警戒を解く手段が無い。
これなら本人には後で謝る事にして適当に誤魔化していたほうが良かった。
「…表向きは忠実でないとうそぶきつつ職務を果たしているように見せかけ。その気もなさそうでいて密かにエリィを守ろうとしているかのように装い…」
そこで腰に帯びた曲刀の鞘を握るヴァニティ。
「…その実,こちらを油断させて女王なり騎士の剣なりを取り戻そうと画策する伝説の龍戦士…」
さらに上体を心持ち前傾させる。それはすなわちこちらを斬ろうとする予備動作だ。
「…っ」
一段と増した圧に耐えきれなくなり,顔をしかめるクーラ。間にある机は何ら障害にならない。この身を盾にしてエリィの前に出なければ守れないどころか,今この位置の自分すら何もできずに斬られてしまうだろう。
「…そういう理解で良いのかな?クーラ大尉…」
一段と強まる圧。もはやそれは僅かでも動けば斬られるという殺気だ。
「う…っ」
直接それを向けられていないエリィが,それでも気圧されてうめく。
(!?)
そこでクーラに訪れた異変。喩えるならばそれは,胃の内容物が悉くせりあがって来るかのような不快感。
(ぐぅ…っ)
いや,そんな生易しいものではなかった。それはさながら生き物のように蠢きながら這い上がって来る。
何とか嚥下しようとするクーラだが,それはじりっじりっと着実に近づいて来る。
(!)
抑えきれない。そう思った瞬間,しかしその威圧は何の前触れもなく消え去る。
「く!…はぁっ,はぁっ…」
そこでがっくりと膝をつき,肩で息をするクーラ。
「た,大尉!?」
異変に気付き,振り返って叫ぶエリィ。
「…どうやら違うようだな」
自然体にもどり,なぜか落胆気味にヴァニティは言う。
「…となるといよいよ,貴官が此処に居るのは不自然という事になるのだが…」
「わざわざ口に出す必要もないところですが,敢えて言わせて頂けば…」
立ち上がって椅子を差し出そうとするエリィを制し,よろよろと立ち上がりながらクーラは言う。
いつの間にか指がむくんでいたらしい。指輪が食い込むらしくその指がズキズキと痛んでいるが,逆にそのおかげで,飛んでしまいそうになる意識は現実に縛り付けられていた。
「自分でも…測り兼ねていましてね」
「…ほぅ?」
「正直ついでに言えば…将軍の実力は少々…どころか,致命的に測り損ねていました」
「…」
無言で苦笑するヴァニティ。
(!?)
そこでクーラは身の危険を感じた。ふらふらと室内を動き回っていた小さな威圧感が,目的を持ったような動きで真っ直ぐこちらに近づき,何か仕掛けてきたかのような戦慄を感じたのだ。
ひょい,と上体をのけぞらせてその戦慄をかわすクーラ。続けて感じる戦慄を,今度は身体を沈めてやり過ごす。
「大尉…?」
目を丸くして不審がるエリィ。
「…どうしたのだ?」
ちょっと驚いたようなヴァニティの言葉。
「いえ…」
二,三歩退きながら立ち上がり,クーラは素知らぬふうで口を開く。先ほどの不意の出現から見て,同じ理屈で潜んでいる者がまだ居ると見るべきだ。駆け引きなしで話しているように見せかけ,やはり漆黒将軍はいろいろと隠している。
「どうも小さな蚊トンボが飛び回っているような気配でして…」
あるいは自分で手を下すまでもないと判断して,潜んでいる部下に命令したのかも知れない。こちらが予想外にかわしたので,その威圧感はこちらを窺うかのようにその場に留まっている。
「…なに?」
「お目汚しになるのも気が引けるので,あまり五月蠅いようなら早めに叩き落としてしまいたいのですが…」
向こうはおそらく,位置を正確に把握されていないと思っているだろう。五分でやれば勝てない相手だが,気づいてないふりをして,言葉の通り蚊トンボを気にする素振りを見せて油断させ,不意打ちで渾身の一撃を加えれば何とかなるかも知れない。
「…それはすまないな。主催側として,環境保全に落ち度があった事申し訳なく思う」
また落胆したかのようなヴァニティの言葉。
(…)
その小さな威圧感が,それを合図にしたかのように離れていく。
「…ちょうど頃合いだな。ついつい長話をしてしまったが,そろそろ疲れただろう。この場はこれまでとしよう」
一つ息をついて,ヴァニティは言った。




