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本題を超えたついで・中編

「!?」

 およそありえないその言葉に驚愕するクーラ。

 たしかにそのほうがありがたいとはいえ,まだ降伏を迫れる戦況ではない。ではないのに向こうがそれを言い出すなど,常識的に見れば寝返り志願だ。およそ漆黒将軍の言葉とは思えない。

「なん…ですって?」

 エリィはともかく,さすがにノーブルにもそれは予想外だったらしい。その口元から笑みが消える。

「その条件…伺っても?」

 もはや駆け引きも忘れて問うノーブル。だがそれは無理もない事だ。常識的に見れば何か途方もない条件が提示されるのかもしれないが,ここまでの発言から見て,さらに予想外の何かが飛び出すかもしれない。

「…良いのか?これ以上この話に踏み込むとは,推測が推測でないと認める…すなわちこちらの女王が本物であると認める事になるのだぞ?」

 淡々と言うヴァニティ。もはや主導権は完全に彼に握られている。

「…っ」

 ノーブルの口元に今度は苦悶の歪みが現れる。

「…まぁ,良いさ」

 苦笑したヴァニティは,その笑みを消して言葉を繋ぐ。

「…その条件とは。同志となって私に手を貸す事だ」

「な…!?」

 呆気にとられるエリィ。

「真意を…測りかねますが?」

 動揺してはいけない。慎重に状況を見極めねば。そんな思いがノーブルの口調に見え隠れする。

「…当然だ。誰彼構わず明かせるような話ではない」

「く…正論ですね。確かに事が大きいのは認めざるを得ません。ですが…」

 ノーブルは言葉を継ぐ。

「一つだけ…それは,ルトリア国境での戦いで皇帝陛下が仰った事にも通じるのですか?」

「…さすがアリシアの関係者だな。良く知っている。…今は多くを語れぬが…」

 苦笑したヴァニティは,そう言ってクーラをちらりと窺う。

「…それが我々の出発点だ」

 それでノーブルはヴァニティの意図を何となく察する。

 クーラを気にするとは,突き詰めればエリティアの横面を札束で張って言う事を聞かせているルトリアを気にしている,という事だ。

 仮にグラントの言葉が正しいとすれば。少なくとも帝国は皇帝と白廉将軍,そして眼前の漆黒将軍の三人はその理念に従って動いている。とすれば,ルトリアさえ冷静で良識ある対応をしていれば此処まで戦禍を拡大する事も無かったのではないか。

 そのあたり,アリシアの予言は明確には触れていない。必然か故意かはともかく,漠然とした記述なのだ。極論と批判されるかも知れないが,伝説の龍戦士が阻止するはずの邪神の復活が帝国の野望だという理解も,厳密には受け手側の解釈に過ぎないのだ。

「…」

 とすれば…とその先を考えそうになって,しかしノーブルは自制する。その先を仮定する事は,ましてそれを視野に入れて行動するのはあまりに危険すぎる。少なくともじゅうぶんな時間をかけて考察すべき問題であり,今勢いに任せて動いてしまうのは下策だ。

「邪神の封印を二つも解いた帝国に与する事はできないと,私は言った」

 その間隙をつくような格好で,エリィが口を挟む。

(何ですって…?)

 耳を疑うノーブル。だとすれば,漆黒将軍は自分の知らないうちに,エリィも同志に引き込もうとしていた事になる。

 真っ先に思いつくその機会は,あの対峙の前後だ。

 先日のあの感覚は三つ目の封印が解かれてしまった可能性を示しているから,それ以降ではありえない。そしてそれ以前のエリィは長く生ける屍と化していた。まともに話ができて状況が切迫していなかったのはそこしか考えられない。

 だとすれば,今は居ない”紅き流星”にも同様の働きかけをしていたのではないかという件はともかくとして,エリィがこの会談への出席を頑として譲らなかった理由も腑に落ちる。そしてまたヴァニティが一対一を提案したのも,ルトリアの思惑とは切り離したいがゆえという事になる。辻褄が合う。

「…そうだな。確かにそう聞いた」

(…)

 エリィの言葉だけで片が付いていたのならこの場へ彼女が来る意味が無い。やはりその先がある,こちらから積極的に踏み込むのは危険と言わざるを得ないが,この場でもなお明言を避けなければならない何かが確かにある,とノーブルは察する。

「それは今も変わらない。でも…」

「…でも?」

「もうこれ以上封印を解く気が無いのなら…同志になっても構わないと私は思う」

 しかしそこで,エリィの突き抜けた言葉。

「ひ,姫!?」

 呆気にとられるノーブル。それは努めて平静を装っているクーラも同様だ。

「…ほぅ?」

 意外そうに,しかしどこか嬉しそうにヴァニティは言う。

「正直な所,まだ私はあなたを測り兼ねている。どこをどう見ても訳が分からないもの」

「…」

「でも…あなたが統治していたアリシアがこの二年ほど平和だった事だけは疑いようの無い現実だわ」

「…これはまた,随分と買い被られたものだ。悪逆非道の漆黒将軍から体を張ってアリシアを守る女王…そう耳にしなかったのか?」

連合こっちの公式見解では,女王様が初期の段階で脱出してるのよ?」

「!?」

 さしものヴァニティもこれには驚いたようだ。

「姫…」

 いくら冒険者で,いくら肉体労働を生業にしていると言ってもこれはあまりに情けない。後ろでクーラが小さく溜息をついているのを聞きながら,ノーブルは悲痛な声を上げる。

「…それはそちらの作戦がいい加減なだけだろう」

 溜息をついて苦笑するヴァニティ。先ほどまでの緊張が嘘のように,場の空気が急速に弛緩していく。

「そ…そうかも知れないけど!」

 ちょっと頬を染めながらエリィが言う。

(…)

 今更だが,作戦が台無しだ。クーラはまた小さく溜息をつく。

「今のままじゃ渡せない…あなたはそう言ったのよね?」

「!」

 少しだけ意外そうな表情を見せるヴァニティ。

(渡せない…?)

 その言葉に引っかかるノーブル。言葉の雰囲気からして,直接エリィに向けられたものではない。ならば誰に向かって?誰を渡せないのだ?誰に渡せないのだ?

(…まさか!?)

 アリシア女王を”紅き流星”に!?

 それでは彼は伝説の龍戦士か?漆黒将軍はそれを知っていて,女王を渡そうとしているのか?同志に引き込めば,帝国の滅亡を回避しながら伝説の成就が可能だと踏んでいるのか?

(…危険すぎる…)

 この男ともっと話してみたい。しかしノーブルはその強い欲求を苦労して抑え込む。

 封印はすでに,残り一つとなっている可能性が高いのだ。周到に用意された罠だとすれば,後が無い状況でそれに乗るのはあまりに危険だ。

「からかわれたんだと思ったけど…今もワケ分からないけど…少なくとも悪逆非道は嘘じゃないかと思う。それが何かは分からないけれど,あなたには一貫した何かがあると思う。」

「…今度は褒め殺しか。だが…当代を代表するエース,”純白の舞姫”にそこまで言われれば悪い気はしないな」

 苦笑してヴァニティは言う。

「別に褒めてないわよ」

 ムッとしたように言うエリィ。

「私は真実を知りたいだけ」

「…そうか。だが…知ってしまえば後戻りはできなくなるぞ?」

「う…」

 困ったような表情を浮かべるエリィ。それを見て,またヴァニティが微笑む。

(”風”の流儀まで知っているのか…?)

 しかもそれに配慮しているようですらあり,いよいよ得体が知れない。クーラはいっそうの居心地の悪さを感じる。

「だ,だから確約が欲しいんじゃない!あなたが封印をこれ以上解かないと言うなら…」

「…そもそも封印は女王が持っているのだろう?で…女王は連合そちらが確保しているのだろう?」

 また苦笑して,ヴァニティが言う。

「うぐ…」

 言葉に詰まるエリィ。

(…ちっ…)

 圧に晒されている緊張と居心地の悪さ,そしてそれらとその物言いとの落差がクーラを苛立たせる。

 そうやって紳士的に振る舞ってみたところで,アリシアの女王を帝国が確保しているのは動かない。エリィの態度を見て気づかない方がおかしいのだ。言わばヴァニティの行動は余裕に裏打ちされたもので,要するにこちらをからかっているのだろう。

 ただの悪ふざけならばそれでいい。無傷で帰れるのならば,少なくともこちらの戦意高揚には何ら問題は無い。初めから時間との勝負でアリシアの封印を奪還するのは後回しにしていたわけだから,ここで向こうの提案に乗る必要は全く無い。

 いやむしろ,向こうは何らかの策なり罠なりを仕掛けている可能性がある。劣勢に転じようとする戦況を再びひっくり返すための策。先ほどノーブルが言った洗脳などにも警戒しておくべきだろう。

(…ともかくここは,早々に切り上げて引き上げるのが上策)

 瞬時にそう結論するクーラ。

「…だが,まぁ…」

 しばしの静寂のあと,ヴァニティが再び口を開く。

「…そちらの見解に敢えて付き合い,無責任な口約束をしても良いと言うのならばそれでも構わない…」

「信用できませんな」

 クーラはそこで意を決して割り込んだ。

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