誘引者
防衛システムが無力化されていたことを知った”風”は,得体の知れなさを感じつつも歩みを進め,アリシア王都クチューラまでやってきた。
「ここがアリシア王都,クチューラ…」
つぶやくエリィ。
「ええ。悠久王国アリシアの千代王城…帝国の手に陥ちてはしまいましたが,見たところ破壊も略奪も行われてはいないようです…」
それとなく辺りを見回しながらノーブルが言う。
「女王様が身体を張って護っているって話だもんね」
「ああ。実際,二年近くもよく持ちこたえてるもんだよ」
しかし…とノエルは言葉を繋ぐ。
「にしたって,不用心は不用心だよな。アリシアが健在だった頃だって,城門にゃ見張りは居た。ところが…」
「そうですね。正直,ここまで隙だらけだとかえって不安になります」
「女王の居る城館さえ確保できていれば問題ない,という事なのでしょうかね」
クーラが言う。
「そうですね。防衛システムの布陣を探ってみた限りでは,どうもそういう事になっているようです」
「ちょ,ノーブル…あなたさっき,レベルを下げざるを得ない何かって…!」
フレイアが抗議する。
「ええ。ですが城館のそれは周囲とは別ですから。そこだけは何をどうしても,下げられるわけがないのです」
もちろん破壊でもしてしまわない限りは完全に切る事もできませんしね,と付け加えて苦笑するノーブル。
「なぁノーブル…現実問題として,帝国はそのシステムをどこまで手なずけてんだ?それ次第で随分変わってくると思うんだが…」
「…先ほどの盗賊殿ではありませんが…確証めいたものはほとんど得られませんね。そもそも絶対に手なずけられる事などあり得ないというのが,多少なりともシステムの中身を知っている者の共通認識だったもので…」
「…大丈夫なのでしょうな?」
クーラが不信感もあらわに尋ねる。
「ええ。そこが唯一と言っても過言ではない確証ですから」
しれっと答えるノーブル。
「…」
「まぁ,もうここまで来ちまったんだ。今更それを言っても始まんねぇけどな」
苦笑するノエル。
「ともかく。まずは宿に落ち着く事にしよう。帝国兵らしき奴が見当たんねぇんじゃ,取り次ぎを頼むこともできねぇからな」
「ですね。さすがに帝国も,城館の機能を完全にマヒさせるわけにはいかないでしょうから…出仕している者に頼むという手もありますね」
「それが無難ですな。無闇に辺りをうろついて不審がられるのもまずいでしょう」
しかし,その時。
「き,貴様はっ!?」
唐突に,野太い驚きの叫び。
「!?」
声のした方を向く一同。そこには驚愕の表情を浮かべるドワーフが一人。
「ややっ,お主はっ!?」
反射的に叫ぶハーディ。
「え?ハーディ,知り合いな…ってちょっと!?」
「ぬおおおおおお!」
「うおおおおおお!」
エリィの言葉の途中で,ハーディはそのドワーフへ向けて突進。そのドワーフもまたハーディへ向けて突進する。
「!?」
鈍い音とともに,お互いの左頬へお互いの右拳がめり込む。
「ちょ…」
そのまま,しばしの静寂。だが,唐突に二人は固い抱擁を交わすと豪快に笑い出した。
「ぬははははは…」
「ふははははは…」
「え…?な…何…?」
展開に全くついていけないエリィはぽかんとする。
ガンガンとお互いの背中を叩きあって二人は離れる。
「元気そうだなハーディ!どこぞで野垂れ死んでいるかとも思ったが」
「それはこちらの台詞じゃいトーベ!そもそもお主,なんでこんなところにおるんじゃ」
「依頼主がこっちに腰を落ち着けた関係でな。少し前に請われてこっちに移り住んだのだ」
「ほぅ?それでは専属になったということか?ヘンクツなお主にそこまでさせるとは…」
「ふふん,今の俺は,お前が見たら悔しがるような仕事をしているぞ?」
「何じゃと?…ふん,儂の仕事を見て腰を抜かすでないぞ」
一言一言,拳を交えながら語る二人。
「…どうやら,お知り合いのようですな。しかもかなりの仲の…」
ふぅ,と息を吐いてクーラは言う。
「彼はトーベ。ハーディとは数十年来の腐れ縁で,鍛冶屋としても好敵手の関係にあるのよ」
「ご存じなのですか?フレイア殿?」
「ええ,まぁ…」
(…?)
なぜかフレイアの気配が頼りなげに揺れるのを感じ取るクーラ。
「むっ…」
そこで,一段落したと思われるそのトーベが,こちらを見て態度を硬化させる。
「お前,フレイア…」
「…お久しぶりね,トーベ…」
気まずそうなフレイア。
「ハーディ…」
「何も言うな,トーベ。それに,儂には可愛い娘もできてな。フレイアには母親役を頼んでもいる」
「なにぃ…?」
ちらりと視線を走らせるトーベのそれが,エリィで止まる。
「…お前か?」
「あ…その…エリィです。初めまして」
「…」
エリィとハーディを交互に見るトーベ。
「不憫な…」
しかしややあって溜息をつき,トーベは言う。
「元来仇敵どうしと言って差し支えないエルフとドワーフが両親だと?一体何の酔狂…」
「そんな事ありませんっ!」
反射的に言い返すエリィ。
「なにぃ…?」
「ハーディもフレイアも,私をここまで大事に育ててくれました!私が立派かどうかは…その,自信がないけれども…でも!私は幸せですっ!」
「嬢ちゃん…」
「エリィ…」
「え!?あ!?ちょ…二人ともっ!?」
号泣し始める二人にうろたえるエリィ。
「うう…お二人を信じて託した私も報われる気持ちです…」
「ちょ…ノーブルまで!?」
「…何やら複雑な事情がありそうだが…」
溜息をつくトーベ。しかし彼はふんっと一つ鼻で笑って言葉を継ぐ。
「幸せならば何も言うまい」
「あ,ど,どうも…」
「ふん…」
何か気恥ずかしくなったのか,こちらは不満そうに鼻を鳴らすハーディ。
「そういうお主はどうなんじゃ。いい加減身を固める気は無いのか?」
「…余計な世話だ。が,まぁ実は俺も先日子供を拾ってな」
しれっとトーベは言ってのける。
「何と!?」
「半分嫁に出したようなもんだが,まぁそれなりに楽しくやってる」
「ふむぅ…というか何じゃい散々こちらばかりを…」
「まぁそれは良いとしてだ。今日はどうしたのだ?アリシアにしばらく滞在するのか?」
不満げなハーディの言葉を遮り,がらりと調子を変えてトーベが言う。
「む…うむ。実は依頼を請けておってな。展開次第じゃが,そうなるかも知れん」
そこでまたむっとするが,気を取り直して言うハーディ。
「ほぅ…?このご時世に,ここへ,依頼で…」
興味津々と言った様子のトーベ。
(あまり余計な事を詮索されたくはないが…)
クーラは何食わぬ顔でそんな事を心配する。
「あてはあるのか?無いなら,俺が適当な宿を紹介してやるが…」
(…)
「お主…」
きらり,とハーディの目が光る。
「ノロケるつもりじゃな?おおかた,その娘の嫁ぎ先がその宿なのじゃろう!」
「…」
言葉に詰まるトーベ。
「じゃが良いのか?うちの嬢ちゃんと比べたら,いろいろとガッカリするのではないのか?ん?」
「なにぃ…?」
「何せうちの嬢ちゃんは,あのじ…」
(!)
「おーっと待った!」
だが次の瞬間には,ノエルがその口をふさぐ。
(…)
この辺りが付き合いの長さなのだろう。クーラはほっと胸をなでおろす。たとえばあの女王ユーリエ様の役を演じている,などと親バカで自慢されては作戦が根本から台無しであるし,またたとえばあの”純白の舞姫”だ,などと言い出した日にはかなり危険度が上がる。
「むぐぐ…」
「だめだろぉお父さん?女王様にだって負けねぇなんてドヤ顔で叫んだ日にゃ,この国から生きて帰れねぇよ」
声を落として言うノエル。
「親バカめ…」
肩をすくめて溜息をつくトーベ。
「ただでさえのっけの殴り合いで人目を集めてんだからよ,そういうのはもっと場所を選んでくんねぇとな」
しかしすかさずノエルは,そんなトーベにニヤリと笑って見せながら言う。
「むぐっ…」
言葉につまるトーベ。
「あの…なんかいろいろごめんなさい…」
気まずそうに言うエリィ。
「こやつの親バカは今に始まった事ではないわい。あんたが気にすることは…」
言いかけたトーベは,そこでまじまじとエリィを見る。
「あの…何か…?」
「いや…あんた,誰かに似ているような…」
(まずい…)
再び緊張するクーラ。”純白の舞姫”は有名だ。噂で聞いた程度ならともかく,傭兵でもやっていれば顔を知っていても不思議はない。
「ふんっ,今更ご機嫌を取ろうとしても無駄じゃい!おおかたどこぞで評判の美人に似ておるとか何とか適当に話を作るつもりじゃろう」
そこでノエルを振りほどいたハーディが鼻息も荒く割り込む。
「なにぃ…?」
「言うに事欠いて女王様に似ておるなどと言っても遅…」
「はいはいそこまでそこまで」
パンパンッと手を叩いてノエルが言う。
「困ったオジサンが二人往来でやり合ってちゃ迷惑だ。しょうがねぇからその宿に落ち着いて,そこでゆっくりやってもらう事にしようぜ?」
「致し方ありませんね。積もる話もおありでしょうし…」
ノーブルが溜息をつく。
「…やむを得ませんな」
肩をすくめるクーラ。もちろん旧交を温めさせるのが第一目的ではない。万が一に備えて,必要ならば事が済むまでそこへ足止めをするなり口止めをしなければならない。
「ふん…大口の上客を失望させるでないぞ?」
「ちょっとハーディ…」
困り顔のエリィ。
「ふふん,来て驚け」
トーベは意味深な笑みを浮かべた。
◇
城館を正面に臨む大通り。それをトーベの先導で右に折れる。
「あれだ」
ややあって,アリシアの歴史を支えているかのような,古めかしい造りのちんまりした宿が現れる。
「…ここ,ですか…?」
怪訝そうな声を上げるノーブル。
「ノーブル殿…何か不審な点でも?」
気取られぬように,しかし警戒を強めながら尋ねるクーラ。
「この宿は,知る人ぞ知る老舗でしてね。一説によると数十代前の王族が市井に降りて開業したらしく,嘘か真かたまに王族がお忍びでお泊りになるという…」
「ほんっと,良く知ってるわねぇノーブル…」
フレイアが感心する。
「ですが…記憶に間違いが無ければ,ここの跡取りはまだ十にも満たないはず…」
「えっ…?」
場に緊張が走る。
「あのな…」
しかしそこで,呆れたようにトーベが口を開く。
「俺は娘の嫁ぎ先がここだと言った覚えはないぞ」
「あー…」
「そこの唐変木が勝手に思い込んだだけで。仕事上の事も含めて懇意にしているというだけの話だ」
「むむっ」
「なるほど,こちらの早合点という事ですか」
苦笑するノーブル。
(しかし…)
では何を驚けというのだ?釈然としない思いを抱えるクーラ。
しかしその思いは,中へ踏み込んだ途端に思いもよらぬ方向で確信へと変わった。
(!?)
ぞくり,と戦慄が走る。得体の知れない重圧。
(…この感覚は…)
これまでまったく感じた事のないそれは,自分にはまったくどうする事もできない脅威がそこにあるような恐怖。喩えるならば,と言っても実際にそんな状況に置かれた事など無いが,猛獣の群れの中に…いや,竜の巣の中に放り込まれたとさえ言っても良いような圧迫感だ。
先ほどから感じていたあの実にささやかな戦慄とは比べ物にならない。
「あの…大尉?どうかしましたか?」
エリィが怪訝そうに訊いてくる。そしてそれが,この得体の知れなさを裏付ける。
自分以外の者には何ら変化が見られない。つまりこの重圧も感じているのは自分だけなのだ。
「…何か,感じませんか?」
念のために尋ねる。
「え?何を?」
「…いえ」
表面上は何事も無いように振る舞いながら,しかしクーラは一刻も早くこの場から離れたいという思いを苦労して抑え込む。
それが例えば,自分に向けられた殺気ならばまだ相手の特定もできようし対処のしようもある。しかし今感じているのはそんな直接的で具体的なものではない。
(いったい,何だというのだ…)
あれこれと思いを巡らせるクーラだが,結局それにはっきりとした答えを与える事はできなかった。




