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「しっかし…グラントもやってくれたな」

 ノエルが何度目かの溜息をつく。

「よほど納得しかねるようですな,ノエル殿」

 苦笑するクーラ。

 ”地”との会談を終えた”風”は,翌朝ガイカースを後にした。

「そりゃそうだろう。白廉将軍はもともと無条件でガイカースを明け渡すつもりだったってんだからよぅ」

 話がまとまった後,グラントはそれが自分の発案であると言いだしたのだ。

「なーんか,グラントの奴にうまくそそのかされたって気分なんだよな…」

「まぁ…あやつがガーネ=コマを留守にはできんというのもその通りじゃし,信用の置ける者でなければ任せられんと言うのももっともな事じゃがの」

 グラントは会談後,間を置かずにガーネ=コマへと発った。

「まぁな…そこは分かるんだけどよ」

 複雑な表情のノエル。

「白廉将軍の恩義に報いようとしたんでしょうな…」

「そこなんだよな。正直…その白廉将軍とやらがあのグラントにそこまでさせるような男だってのが信じられなくてよ」

「そうねぇ。さすがに意外だったわ。帝国にそんな人が居るなんて…」

 腕組みをして考え込むような仕草をするフレイア。

「確かに。彼の信用を得るのはなかなかに難儀ですからね」

 ノーブルが頷く。

「その白廉将軍が漆黒将軍へ,わざわざ外部のヤツを使って届ける手紙,か…。いったい何が書いてあるんだろうな」

 言いながらノエルは,それが収められたエリィのバックパックを眺める。

「こっそりのぞいたりしないでよ?ノエル」

 溜息をつくエリィ。

「バ…いくら何でもそりゃねぇって。ばれたら信用問題じゃねぇか…」

「ばれなきゃ大丈夫とか思わないでね?」

「おいおい…さすがに物が物だぜ?」

「まぁ盗賊殿がいくら頑張っても無理ですがね」

 そこでしれっとノーブルが言う。

「…ノーブル?」

「先ほど少々調べてみましたが,魔法で封印されています」

「ちょ…」

 エリィの顔から血の気が引く。

「ああ,ご心配なく。別に開けようとしたわけではありませんよ,姫」

 にっこりと笑うノーブル。

「ただ…いくら”四部衆”に依頼したといっても少々不用心ではないかと思いましてね。開けさせて混乱させる前提の偽情報でも入れた,計略の類ではないかと思って確認しただけです」

「お…脅かさないでよノーブル…」

 ふぅ,と安堵の息をつくエリィ。

「とはいえ…」

 しかしそこでノーブルの表情が険しくなる。

「私が本気で挑んでもどうにもならない強度の封印が施されていると分かって,少々凹んでいるのですがね…」

「!?」

 耳を疑う一同。

「お,お主でもどうにもならん魔法じゃと!?」

 ハーディの声が上ずる。

「ちょっと待って…確か白廉将軍は,直接戦闘が本業だったわよね?それでいてノーブルが手を出せない魔法を使うなんて…」

 フレイアがうろたえる。

「よほどの魔法使いが側に居るか…でなければ,かなりのレベルの魔法戦士…それこそ龍戦士クラスと考えるしかないでしょうね」

「!?」

 再び耳を疑う一同。

「ま…待て待て?ちょっと待て?もしそうだとしたら…かなりヤバい事にならねぇか?」

 ノエルが頭を押さえながら言う。

「白廉将軍は,言わば帝国の序列四番目ナンバーフォーだろ?てぇ事は…上の三人は全部龍戦士かも知れねぇってか?」

「その可能性も否定できませんね…」

 神妙な表情で言うノーブル。

(…一人は確実だけどね…)

 心の中で苦笑するエリィ。公にはなっていないがシャルルは龍戦士だった。その彼が確信していたし,何より彼に何もさせなかったという現実が,漆黒将軍が龍戦士であることを示している。

「そんなヤバい橋を渡る事になるとは…なんて言っても始まらねぇが。ともかくここは慎重に行かねぇとな…」

 そこでノエルの言葉がエリィの思考を現実へと引き戻す。

「え…?」

「え…?じゃねぇよ。そんなヤバい奴に直接渡して来なきゃなんねぇんだぞ?」

「で,でも…ただ依頼で,渡すだけよ?」

「おいおい…漆黒将軍は敵なんだぜ?危機感なさすぎだっつぅの」

 肩をすくめるノエル。

「やっぱここは…俺とノーブルで行ってくるしかねぇよな…」

「ですね。それが妥当でしょう」

 相槌を打つノーブル。

「ちょ…ちょっと待ってよ!何それ!?」

「あのな…グラントも言ってただろ?善意なのか計略なのか分かんねぇってよ。となりゃ,利害が対立しちまったルトリア側を,帝国が切るって可能性もあるんだよ」

「えっ…」

「この手紙じたいが謀略の指示書…つまりこれを漆黒将軍のところへ届けようとしたルトリア側の中心人物エースを亡き者にしようとする計略の可能性もあるのです」

 ノーブルが苦笑する。

「そ,そんな…」

「まぁそういうわけでよ。嬢ちゃんたちはマイシャで待っててくれや。俺たちで…」

「ダメよ!」

 言いかけたノエルを,しかしエリィが遮る。

「姫…?」

「引き受けたのは私なんだから。私が行かないわけにはいかないでしょ?」

「あのなぁお嬢ちゃん…一番ヤバいのがお嬢ちゃんって分かってて言ってんのか?」

 溜息をつくノエル。

「…え?」

「すっかり忘れてんのかも知れねぇが,お嬢ちゃんはさんざ帝国に煮え湯を飲ませた”純白の舞姫”なんだぜ?帝国に言わせりゃ,一番の手柄首なんだ。死地に飛び込ませるわけに行かねぇだろうが」

「うむ。言い伝えにあるネギがカモ背負った状態とは,まさにこの事じゃ」

 うんうんと頷くハーディ。

「事は”風”の存続にも関わるからな。ここは…」

「…大丈夫。漆黒将軍は私を殺しはしない」

「…は?」

 ぽかんとするノエル。

「彼は武人よ。そんな卑怯な真似をするはずがない」

(…)

 何となく居心地の悪さを感じるクーラ。

「ちょ,ま…おま…」

「姫…」

 ノエルとノーブルがかけるべき言葉を見つけられずにそれだけを言って絶句する。

「それに…」

「…それに?」

 そこに隠れた何かに一縷の望みをかけてクーラが聞き返す。

「あ,いえ,何でもないわ…」

 だがエリィは苦笑しながらそれを撤回した。

 シャルルを仲間にしたがっていた漆黒将軍は,その鍵を握る自分を殺すことはできない。

 漠然とそんなことを考えていた自分に気がついたのだが,当時と今とでは随分状況が変わっているはずだという事にも気づいたのだ。

「でもとにかく。私は絶対に行く」

 だが,その真意は知っておきたい。強い欲求がエリィを突き動かす。

「…」

 それとない視線が集まり,クーラは溜息をつく。

 こうなってはエリィを思いとどまらせるのは至難の業だ。だからこそ強制力を持つ自分にその役割を期待しているのだ。

 だがそれは実に迷惑な事だ。”風”の信用問題には傷がつかずに済むかもしれないが,つまりそれは自分が全ての責任を負わされる事を意味する。

 しかし。後々の悪影響を考えて強制力を行使するのは避けたいところだが,リスクの大きさも軽視はできない。ここは極力思いとどまらせる方向で行くべきだろう。そう考えてクーラは重い口を開く。

「ですが,やはり貴女が行くのはいかがなものかと思います」

「大尉…」

 エリィの気配が悲しみに沈む。

(…っ)

 それで予想外に気後れしてしまうクーラ。気力を奮い立たせて再び口を開く。

「最大の問題点は防衛システムでしょう。現状で何がどうなっているか分からないのですから,ここは思いとどまって頂かなければ」

「…なら,防衛システム次第って事ね?」

 しかしちょっと考え込むような素振りを見せたエリィは,すぐに顔を上げる。

「…は?」

「様子を見て判断しましょう,って事よ。どうせ,ノーブルが確認するんでしょ?」

「ええ,それなくしては対策の立てようもありませんから…」

 突然話を振られて,ノーブルは正直に答えてしまう。

「もしそれが,誰が行っても危険なものならやめましょう」

「ちょ…おま,それじゃ”風”の信用が…」

「ノエルには悪いけど。私はみんなの安全の方が大事。というか…私の無茶でみんなが命を落とすのは嫌」

 言いかけたノエルを遮って,エリィは言う。

「…」

「この間の話じゃないけど。大人に責任を取ってもらって安穏としていられるほど図太くないのよ」

「つったっておま…届けなかったらその手紙どうすんだよ?グラントはともかくとして白廉将軍に返すのだって一苦労…」

「まぁそれはそうなってから考えるとして」

 エリィはそれを制する。

「要は,誰が行っても安全なら問題ないって事よね?」

「そんなお手軽なものではないのですがね…」

 ノーブルが溜息をつく。

「それも確認しないと分からない。もし人によって効果が違うとか,そういう複雑なものなら…一番適任が行けば良い,そういう事でしょ?」

「まぁ確かにそれはその通りでしょうな」

 クーラも溜息をつく。

「ですが,問題はそれだけではないですよ。仮にシステム相手に貴女が一番適任だとしても,その先…漆黒将軍に一番倒されては困るのも貴女なのです」

「でも多分…彼に一番倒されにくいのも私よね。そして…そこで倒されるようなら,戦場で遭っても倒される」

「だからってわざわざその機会を上げなくても良いじゃない」

 フレイアが言う。しかしエリィはなおも続ける。

「それに…使者を殺すって不名誉な事だと思わない?漆黒将軍の名声に傷がつく事は,この戦争全体で見たらかなり連合側に有利にはたらくと思うの。彼がその程度の事に気が付かないわけがないから…」

 言ってその可能性に気づいたようだ。エリィはハッとして,ぱっと表情をほころばせる。

「大丈夫よ!私が”純白の舞姫”なら,それに価値があるなら,公衆の面前で堂々と打ち倒す以外の選択肢は漆黒将軍にはないわ。となれば…一番安全なのは私だから,私が行くべきよ!」

「…漆黒将軍との間に何かあったのですか?」

 再び溜息をついてクーラは言う。

「え!?」

 どきりとするエリィ。

「何か不自然さを感じるのですよ。逢いたいという思いが先に立っているような…」

「あー…言われて見りゃぁ確かにそんな感じだが…」

 ぼりぼりと頭をかくノエル。

「つっても,お嬢ちゃんとヤツの接点なんて,あの時くらい…だろ?」

 だがそれが”紅き流星”の記憶を呼び起こす事になるのは分かり切っているために,歯切れは悪い。

「う,うん…」

 言うべきか言わざるべきか。逡巡するエリィは曖昧に言葉を返す。

(しまった…)

 藪をつついて蛇を出してしまったらしい。エリィのそんな反応をそう解釈して,クーラは不用意な発言を後悔する。

「なんかぼそぼそ話していたようには見えたけど…何か言われたの?」

 フレイアが問う。

「ちょっとね…」

「ふぅん…」

 ちょっと考え込む仕草を見せたフレイアは,しかしすぐに結論を出した。

「じゃぁしょうがないわね。過去の詮索は無しだから訊かないけど,あなたがどうしてもそうしなければならないほどの何かだったって事よね?」

「…うん…」

 また曖昧に返事をするエリィ。

「やれやれ…そう言われちまったら他に選択肢は無ぇな」

 溜息をつくノエル。

「やむを得ませんね」

 こちらも溜息をつくノーブル。

「ごめんなさい…」

「やむを得ませんな…」

 クーラも溜息をつく。自ら危地に飛び込むなど,作戦遂行上避けるべき,避けさせるべき行動だ。だがそれを止めてしまえば,不安定なエリィの精神状態に深刻な損害を与えかねない。

 となれば甚だ不本意ではあるが,思ったよりも状況が良く推移する事を祈って飛び込むしかない。件のあの時が”紅き流星”の一騎打ちがらみである以上,下手に踏み込むことのリスクも大きい。

(まったく…困ったものだ)

 ますます”紅き流星”が嫌いになっていくのに任せながら,クーラはぶっきらぼうに言葉を継ぐ。

「では…とりあえず臨機応変に対応することにして,そこまでは全員で行くことにしましょうか」

「さすがに雁首を揃えて会うわけにもいかんじゃろうから,直接対面するのは少数になるじゃろうがな」

「でしょうな…まぁ無難な線で考えれば,エリィ殿と参謀役が一人。あとは護衛役の私といったところですかな」

「まぁお目付け役だから大尉は既定路線よね」

 苦笑するフレイア。

「で…彼女はどうするの?マイシャで待ってると思うけ…」

「ダメだ!」

 そこでアラウドの鋭い言葉。ぽかんとする一同。

「ちょ…アラウド!そもそもあなたが…」

 ややあって我に返ったエリィは抗議の声を上げたが,アラウドの鋭い眼光がそれを射すくめる。

「言っても聞かないから言わなかっただけで,本来ならばお前も行くべきではないのだ」

「…っ」

「まぁ,留守番が妥当でしょうな」

 この二人のやりとりを続けさせるのも,つきあうのも不毛だ。そう判断したクーラはすかさず割って入る。

「”風”を止めようがないのは仕方がないとして,連合としてはこれ以上人員を割く事に利点を見出せませんからな」

「大尉…」

不満げなエリィの声。

「しょうがねぇだろ。冒険者がどうこうってレベルを逸脱してるんだから,ごく普通に見りゃアラウドが正しい」

「…だって…」

「当初の案通り俺とノーブルだけで行ってくるってのもアリなんだぜ?お嬢ちゃんさえ思いとどまれば,ぞろぞろお供がついていく必要もねぇんだ。いきおいアラウドが行く必要も無くなるし,マイシャで待ってりゃいいだろ?一緒に」

「…」

 それ以上エリィは何も言う事ができなくなり,それで決まりとなった。

 表面上はそうでないふうを装っているのだろうが,エリィはむくれている。その気配を察してこちらも素知らぬふりをしながら内心で苦笑したクーラは,しかしすぐにさまざまな可能性とそれへの対処をあれこれと思いめぐらせはじめた。

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