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妥協案

「え…!?」

 驚きの声を上げるエリィ。

「て,抵抗運動って…」

「こりゃまた…大胆な条件提示だな」

 苦笑するノエル。

「…正確な所は上次第ですが,個人的な推測で構いませんか?」

「ああ,まずはそれで良い」

「出資者殿は,すでにエリティアに対して大きな貸しを作っています。それゆえ,こちらは彼がルトリアの王座に座る事を後押しせざるを得ません」

 クーラは感情を押し殺して言う。

「問題はそれで,こちらがツケを全て返済したことになるかどうかです。こんな言い方をすると軍法会議にかけられてしまいそうですが…彼は商売人,この優位性がもたらす利益についても熟知しているでしょう。となればあれこれと理屈をつけて,最大限の効果を引き出そうとするはずです」

「…そうだろうな」

 溜息をつくグラント。

「とすれば。初期の段階こそメンツにかけて自力で何とかしようとするでしょうが,いよいよ後がなくなってくれば逆に使わない手は無いと考えられます」

「やはり,そうなるか…では黙過は無いとして…」

「抵抗運動への援助はなおさら厳しいでしょうな」

 こちらも溜息をついてクーラは言う。

「そもそもこちらは彼に弱みを握られています。しかし,たとえそれがいくら釈然としなくとも,信義に悖るような真似はエリティアには無理でしょう」

「札束で横っ面を張られてるからな…エリティアは」

 また意地の悪い笑みを浮かべるノエル。

「…そうですね。極論…彼の一族が代々ルトリアに対して行ってきたように。彼が大佐を妃に迎えて将来的にエリティアを乗っ取る種を蒔こうと画策したとしても,エリティアには拒む術がないかも知れません」

 そんなノエルを正面から見据えるようにしてクーラは言い放つ。

 だが仮にそんな事にでもなれば,乗っ取りは将来の事などではない。すぐにでも実現してしまうのだ。

「…ちっ」

 不機嫌な顔で舌打ちするノエル。これが”風”の中から出た話ならば軽い冗談と無責任に流せたかも知れないが,エリティア軍人の口から出た言葉であるという重苦しい現実はそれを許さなかった。

「逃げちまえよ,そんなもん…」

 小さくつぶやくノエル。だがクーラの耳はそれも聞き逃さない。

「それができる方ではない事くらい,良くご存じでしょう?ノエル殿?」

「…ちっ」

 また一つ舌打ちして,顔を背けるノエル。いつもなら面白半分に乗ってきて結果的に逃げ道を提供してしまうハーディとフレイアも,クーラの静かな気迫に圧されて沈黙する。

「連合も,苦しいのだな…」

 また溜息をつくグラント。

「…失礼しました。脱線を戻しますと,現状エリティアには出資者の意向に逆らう事はできません」

「だが…民草の感情もどうにもならん。少なくともさっきエリィが言ったように,帝国がルトリア以上の酷い仕打ちでもしない限りはな。それほどに…ここまでの帝国は良心的だった」

「あの…」

 そこでエリィが控え目に口を挟む。

「聞いていると,思っていたのと随分違うんですが…」

「帝国の印象が,か?」

「はい…邪神の復活を目論み世界の崩壊を目指す者たちへの評価とはとても…」

「そうなのだ」

 頷くグラント。

「およそ,連合側で我々が聞いてきた帝国の評とはかけ離れている」

「しかし…彼らが邪神の封印を解きにかかっているのは事実でしょうし,妖魔をはじめ闇の眷属を従えているのも事実でしょう?」

 クーラが異を唱える。

「そうなのだ。だが…少なくとも目の前に居る彼らが公正で良心的なのも事実なのだよ。ある噂に信憑性を感じてしまうほどに,な」

「…噂?どんな?」

 エリィが尋ねる。

「帝国が,背に腹が代えられないがゆえにやむを得ず妖魔に頼っているという噂だよ,エリィ」

「え!?」

 目を丸くするエリィ。

「生き残り自体が少ない事と箝口令が敷かれた事でほとんど知られてはいないのだが…どうもルトリア国境の戦いで,ラズール自身がそう言ったらしいのだ」

(バカな…)

 決して表に出ないよう注意を払いながら,クーラは心の中で毒づく。

 やむを得ないと言うなら。そんな事を言うような殊勝な者たちなら。少なくともルトリアを制圧し軍事バランスが逆転したあたりで,あるいはマイシャを押さえてからここまでの二年の間に,対話のテーブルを用意すれば良かっただけの話だ。

 しかし。感情的な収まらなさは別として理性はその可能性を検討し始め,そして比較的すぐにそれが決して低くないと結論を出してしまう。無能が上に立っていさえすれば,和平の提案を一笑に付して蹴り飛ばす程度の事は容易に起こり得るのだ。そしてそれはクリミアが札束で頬を叩かれヒュームの風下に立っている今の連合を見ても明らかだ。

(…)

 これも表に出ないよう注意を払いながら,クーラは溜息をつく。

「…どうした?エリィ?」

(…ん?)

 そんなグラントの言葉が,クーラの思考を現実に引き戻す。

「あ…いえ…その…ちょっと気になる事があって…」

 グラントはエリィが何事か考えているような様子を見せた事にひっかかったようだった。

「で,でも…大した事じゃないです」

 エリィは曖昧な笑みを浮かべる。

 そうか,と言ってグラントはその話題を切り上げ,視線を戻すと言葉を続ける。

「ともかくそれが…ラズールの言葉が本心なのか何らかの計算によるものかは人によって判断の分かれるところだ。だがそれはどのみち上の目線で。民草の目線で見れば,帝国は…少なくともあの男は信用に足るという事なのだ」

「あの男?」

白廉はくれん将軍バナドルス。漆黒将軍と対をなす帝国の双璧にして,”深慮の白虎”の異名をとる男だ」

「ヘッ…苦し紛れの宣伝要員だろ?魔大帝ラズールの両腕は,漆黒将軍ヴァニティと大魔道ルマールだったはずだぜ?」

 そっぽを向いたままで,しかし黙って聞いているのが我慢しきれなくなったのかノエルが口を挟む。

「肩書としてはそうだ。だが,彼が目に見える現実として我々の前に居たのは紛れもない事実だ」

「…」

 ぼりぼりと頭をかくノエル。

「では…連合には加担できないと…?」

「そこまでは言ってない。だが彼と刃を交えたいと思う者はここには居ない。ヒュームを王座に座らせるためだというならなおさらだ。そういう事だよ」

「…」

 困ったことになった,とクーラはまた心の中で溜息をつく。出資者の意向に添う以外の選択肢を選べないこちらと,それだけは断るという相手。どこまで行っても平行線だ。

 帝国が追い詰められて圧政を敷けば状況は変わる。が,その為には少なくともワ=ダオラあたりまで帝国を押し込む必要がある。完全に順番が逆だ。

 しかし,彼らの気持ちが帝国側にあるまま連合がここへ進軍してきても,戦いは厳しいものになる。それどころか,出資者の出方次第では連合が空中分解してしまう危険すらある。

「そこで…ひとつ提案があるのだが」

 すると,グラントがおもむろに口を開いた。

「…提案,ですか…?」

「ここを…ガーネ=コマを空けるわけに行かない我々に代わって,”風”に頼みたい事がある。それ次第では,帝国がここを明け渡す事も不可能ではない」

「えっ!?」

 エリィが驚きの声を上げる。

「どういうこった?」

 思わずノエルもグラントのほうへと振り返る。

「わけあって詳細は明かせない。受けるか受けないか,まずそれを決めてくれ」

「ったってよぅ…帝国が戦略上重要なはずのここを明け渡す事と引き換えにするような案件だろ?かなりの無理難題なんじゃねぇのか?」

「…」

 探りを入れるノエルだが,グラントは目を瞑り,口を真一文字に結んで沈黙する。

「…どうする?」

 ちらりと視線を仲間たちへ移して問いかけるノエル。

「…やるわ」

 しかしエリィは即座に答える。

「お,おい…?」

「どのみち,他に方法なさそうだし」

 ノエルに向かって苦笑するエリィ。

「連合としてはそうですが…だからといって”風”がその尻拭いをする必要はありませんよ,エリィ殿」

 やれやれ,といった表情でクーラは言う。

「アンタがそれ言って良いのか?ってのはともかく…大尉の言う通りだぜ?お嬢ちゃん」

「違うわ」

 しかし首を横に振るエリィ。

「連合どうこうよりも…ここの人たちにとって無益な戦闘を避けるのが最も良い方法なんでしょう?」

「ちょ…」 

 ぽかんとするノエル。

「ちょっと待て!そりゃもっとオカシイだろが!じゃあ何か?ここの連中の為にタダ働き(ボランティア)しようってのか!?」

「そこはほら,利害の一致した連合が妥当な対価を払ってくれれば良いじゃない」

「おま…」

「みんな幸せになれる手なんだから,それで良いじゃない」

(…)

 頭を押さえるクーラ。

「しかしだなぁ…」

「大丈夫よ,要は代役なんだし。それに”地”が私たちの実力を見誤るわけないし…もししくじったら斡旋した”地”の信用だってガタ落ちしちゃうしね」

「…」

 絶句するノエル。

「…ぷっ」

 そこで遂にこらえきれなくなったグラントが吹き出してしまう。

「なかなか面白いプレッシャーをかけてくれるな,エリィ。受けられないような依頼をするわけがない,か」

「私の知っているグラントは,無理難題を吹っ掛けるような人では無かったですから」

 にっこりと笑うエリィ。

「殺し文句だな…では受ける,という事で良いんだな?」

「みんなは,どう?」

 面々を見回すエリィ。

「反対意見は…ないようね。じゃあ決まり。…やります」

「まるで電撃作戦だが…まあ良い。では…これだ」

 グラントは言いながら,懐から一通の書状を取り出す。

「手紙…?え?もしかして…それを届けるんですか?」

 きょとんとするエリィ。

「そうだ。これを俺たちに代わって届けて欲しい」

「なぁんだ…脅かさないで下さいよ。ノエルじゃないけど,もっと凄い何かかと思っちゃったじゃないですか」

 苦笑するエリィ。

「良いのか?そんな事を言って?」

 意味深な笑みを浮かべるグラント。

「えっ?」

「姫…帝国がここを明け渡す対価ですよ?ただの書状であるわけがありません」

「ノーブルのように考えるのが妥当だろうな。この書状の差出人は,白廉将軍バナドルス。そして,宛先は…」

「まさか…」

 ハッとするエリィ。

 グラントは頷いて,言葉を繋いだ。

「アリシアに居る…漆黒将軍だ」

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