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”地”の男

 ”風”がガイカースに滞在して待つこと十日ほどで,彼はその前に姿を現した。

 アラウドと比べても遜色のない巨躯。鍛え上げられた筋肉が内に潜む並々ならぬ力をうかがわせる。

「久しぶりだな,”風”」

 しかし発せられた言葉は,彼の属する集団を体現したかの如き低さと重さではあるものの,穏やかな響きを持っている。

「お久しぶりですね,グラント」

 にこやかな笑みを浮かべて椅子から立ち上がり,握手を求めるエリィ。

「久しぶり。…随分と大人びて,それに,また美しくなったようだな,エリィ」

 それに微笑を返しながら応じるグラント。

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「いやいや,本心だよ。いくつか噂も聞こえていたしそこそこに心配もしていたが。まずは一安心といったところだ。ノーブルもそろそろお役御免が見えてきたな」

「ええ,嬉しくもあり寂しくもある今日この頃です」

 にっこりと笑うノーブル。

「に,しても…随分と早かったな?戦況はかなり良いのか?」

 ノエルが言う。

「実は別件があってな」

 言いながら”風”の面々をにこやかに見回したグラントは,見慣れない男に目を止めてそれを引き締める。

「…そちらが?」

「お初にお目にかかります,グラント殿。私はガイナット=クーラ。エリティア軍の大尉です」

 椅子から立ち上がり握手を求めるクーラ。

「”地”のグラントだ。よろしく,大尉」

 それに応じるグラント。

 それぞれ腰を下ろし,一息ついたところでクーラが口火を切った。

「では早速本題に入らせて頂きましょう。とはいえだいたいの所はお察し頂けているとは思いますが…」

 ”四部衆”にはそれぞれ性格がある。”火”や”風”がどちらかと言うと攻撃型で,”地”と”水”は防御型だ。的確な判断力が求められるというその性格上,軍師や宰相としての資質に長けている。

「順当にいけば,帰還者に付け入る隙を与えず帝国を押し返す為の算段…という事でよろしいかな?」

「ええ」

 うなずくクーラ。

「だがな…状況はそう単純でもないのだよ」

 表情を曇らせるグラント。

「…と,仰いますと?」

「やむにやまれぬ決断だったとはいえ…我々は,少々帝国に長く関わり過ぎた」

「!?」

 場に緊張が走る。

「ああ,そういう意味ではないよ。我々が帝国側に与するとか,そういう事ではない」

 苦笑しながら補足するグラント。

「より正確に言うなら…上からの物言いとなるが,ルトリアの民草が自我を持ち過ぎた,と言うべきだろう」

「…ヘッ,当然だな」

 その意図するところを察して意地の悪い笑みを浮かべるノエル。

「あの…?それってどういう…?」

 エリィが尋ねる。

「連合は,確か四王家の総決起を掲げていたな?」

「え?ええ。そうですが…」

「となればルトリア王家を僭称しているのはヒュームだろう?連合へ巨額の資金供与を行っている…」

「仰る通りです」

 肩をすくめてから,クーラは首肯する。

「だろうな…」

 グラントは目を丸くしているエリィへ苦笑してみせながら言葉を繋ぐ。

「ルトリアの民草にとってそれは,連合へ与するのを躊躇わせるのに十分な状況なのだよ,エリィ」

「で…でも…」

「お嬢ちゃん,それがもともと俺らの世界だったろ?」

 そこでノエルが割り込む。

「俺らは例のマイシャ防衛の依頼を請けてからこっち,随分と上の世界に首と足を突っ込んで来た。だから邪神だの予言だのいろんなものが見えちまって,いつの間にか大局で物を見るようになっちまってる」

 だがよ,と肩をすくめるノエル。

「庶民にゃそんなもんは関係ねぇんだ。遠いお空の向こうの話,って言った方が良いかも知れねぇが,邪神だの予言だの言われたところで実感も湧かねぇし,どうにもなんねぇ」

「ノエル…」

「せいぜい見えてるのは,目の前で拳を振り上げてる敵。昔さんざ虐められた敵。そんなもんさ」

「上からの物言いになるが,な…」

 苦笑するグラント。

「ルトリアの民草が,サナリアほどでないにせよ圧政に苦しみながら,それでも何とか続いていたのは,ルトリアによって一応の平和が保障されていたと思えばこそだ。ところが…国力差だけを見れば負ける要素が無いはずの帝国に敗北して,それは失われた」

「はい」

「で…本来ならば民草は,悪逆非道という触れ込みの帝国から平和を取り戻すための苦しい抵抗を水面下で続ける,はずだった」 

「…はずだった…?」

「ああ。帝国が噂どおりならそういう図式になっていた。だが実際の所…帝国はルトリアよりもかなり良心的に民草に接したのだ」

「え…」

 目を丸くするエリィ。

「例えばここガイカースには妖魔は居ない。”水”が帝国と共闘しているフーコもそうだ。妖魔は全てバラナシオスの,しかも郊外に集められていたし,今はガウォークァを取り返したことで完全に姿を消している。これらはすべて,帝国側からの提案によるものだ」

「!?」

「だからここにせよフーコにせよ秩序も保たれているし,今こうしているようにかなり自由もある。つまり民草にとっては,むしろルトリア時代よりも状況が良いのだよ,エリィ」

「ま…そんな快適な状況をかなぐり捨てて元の圧政に戻すための抵抗運動なんざ…勘弁してくださいだよな?」

 肩をすくめるノエル。

「ノエル!?知ってたの?」

「てか,ここへ来てからこっちの様子を見てりゃ丸わかりだろ?どいつもこいつものびのびしてるじゃねぇか」

「あ…言われてみれば…」

「ま…ルトリアの奴らがお察しだってだけで,帝国を持ち上げる気なんかこれっぽっちもねぇけどな」

 ノエルは皮肉めいた笑みを浮かべる。

「それに…帰還者への対応も明暗を分けた」

 溜息をつくグラント。

「貴族どもは,それと共闘して帝国を追い出そうとした。ところが…こちらで仕入れた情報によると,どうも帰還者たちは竜騎兵団の末裔たちらしいのだ」

「なん…ですって…!?」

 愕然とするノーブル。

「そ,それではルトリアと共闘などするわけが…!」

「そういう事だな」

 また溜息をつくグラント。

「何じゃい何じゃい,また自分達だけで納得しおって…」

 むすっとするハーディ。

魔操兵戦争ゴーレムウォーの時代の話なのよ,ハーディ」

 苦笑しながら説明するエリィ。

「竜騎兵団は,その時アリシアと戦ったハイアム王国のエース部隊なの。その圧倒的な強さを恐れられて,迫害されるようになって…追放されたっていう…」

「知っていたのか,エリィ?」

 そこでグラントが意外そうな声を上げる。

「え?ええ…以前ノーブルから聞いたんだけど…」

 あの時はシャルルが伝説の龍戦士に間違われそうになったっけ,と思い出して苦笑するエリィ。

「ノーブル…」

 ちらりとノーブルを見るグラント。

「ざっと,ですよ」

 それに苦笑を返してノーブルは言う。

(…?)

 そこに独特な空気を感じるクーラ。

 この二人の間には,エリティアの諜報部が探り切れなかった何かがあるらしい。

「え?何…?」

「いや…知らぬ間に随分と多くの事を学んだようだと驚いたのさ。これはもういよいよ,一人前の淑女として扱わなければならないようだな」

 肩をすくめるグラント。

「も,もう!蒸し返すのやめてよ…」

「だから言っただろ?今のうちに子供を楽しんどけってよ。ほっといたって大人はやって来るんだよ」

 ノエルがニヤニヤしながら口を挟む。

「…」

 何ともきまり悪い表情を浮かべて黙るエリィ。

「まぁ脱線を戻そう」

 それに微笑して,グラントはすぐに表情を引き締める。

「帰還者の素性はエリィが言った通りで,彼らは自分達を迫害し追放した者たちを恨んでいる。厳密に繋がりがあるのかどうかは分からないが,少なくともその可能性のあるルトリア貴族と共闘などするはずがない」

「確かにそうじゃな。そう簡単に過去の怨讐は拭えぬ」

「ところがそこに気づかず安易に彼らに接近したルトリア貴族は,都合よく利用され都市群を奪われてしまった。民草からは…自分達により好意的な帝国を追い出そうとしてより危険な敵に自分達を売ったように見えたわけだ」

「あ,あー…」

「これだけでも,民草がルトリア王家の復権を快く思わない理由は分かるだろう?」

「そうですね…」

 うなずくエリィ。

「加えて…ルトリアの民草はもう虐げられるだけの弱者では無いのだ。確かに最近まで状況は苦しかったが…それでも帝国は紳士的で,判断をこちらに委ねてくれていた。それで…自分たちの身を自分で護る,自分たちの生き方を自分で決める,という意識が民草に根付いた」

「あ…」

「庶民の意識がエリティアに近くなった,って言ってもいいだろうな」

 再びノエルが口を挟む。

「たとえば姫さんみたいな,先頭に立って戦う奴が上に立つならともかく。ルトリアや…サナリアみたいな,偉そうにふんぞり返るだけの奴が上に立つことをハイそうですかと見過ごすほど無力で従順じゃなくなった,って事なのさ」

「そういう事だ。上の目線で見て,帝国のやりようが善意と策略のどちらからきているのかは判断が分かれるところだが…少なくとも民草の評価としては,ヒュームが上に立つくらいならば帝国の方がはるかに良い,で一致している」

「で,でもそれは,あくまでここまでの事でしょう?劣勢に回った帝国がなりふり構わない行動に出れば…」

「そのあたりについては後でまた話すとして」

 そう言ってエリィを制し,グラントは言葉を繋ぐ。

「こちらがまず確認しておきたいのは,戦後処理の話だ。連合が勝った場合,ルトリアの王座にヒュームが座るのは決定的と見て間違いないのだな?」

「…でしょうな。四王家総決起を謳っておいて立たないとなれば,そちらのほうがより不自然でしょう」

 溜息交じりにクーラは答える。

「だろうな。では次だ。我々が連合側へ参画しないという選択肢は認められ得るか?」

「何じゃと!?」

 目を丸くするハーディ。

「…厳しいでしょうな。少なくとも出資者ヒューム殿は,自分が立って兵が集まらなければメンツが丸つぶれになるでしょうから。どんな八つ当たりが待っているか分かりません」

「だろうな」

 苦虫をかみつぶしたような表情でグラントは溜息をつくが,気を取り直して再び口を開く。

「では…これは我々が連合へ参画,帰還者と帝国を駆逐してこの戦いに勝利し,ヒュームがルトリア王となった場合の話だが…他国へ干渉しないアリシアはさして問題ないとして,貴国エリティアは…」

 そこでちょっと言いよどむグラントだったが,意を決して言葉を継ぐ。

「抵抗運動が起こった際には最低限これを黙過,あるいは援助してくれるか?」

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