Episode 05 『エンゲージ』
Episode 05 『エンゲージ』
■ 爆炎の中で
爆発によって吹き飛ばされた凛は、アスファルトへ叩き付けられた。
勢いのまま何度も転がり、どうにか受け身を取って止まる。全身に走る痛みを堪えながら顔を上げると、コンビニは既に、元の姿を失っていた。
崩れた外壁から黒煙が立ち上り、砕けたガラスが炎を映している。暮れた街に、火の爆ぜる音と悲鳴が響いていた。
「っ……!」
凛は片膝をつき、息を吸おうとした。だが、喉の奥に熱が引っ掛かり、咳き込んでしまう。
白銀の魔導光を纏う黒いバトルスーツは、ところどころ焼け焦げていた。防御を抜けてきた衝撃が、身体の芯にまで残っている。
それでも、真っ先に頭をよぎったのは、自分の傷ではなかった。
結は無事なのか。
少女を助けに入っていた友達まで、巻き込んでしまったのではないか。
凛が周囲へ目を向けた時、炎の向こうで瓦礫の崩れる音がした。
店内から、一人の男がゆっくりと姿を現す。
その目は濁っていた。凛を見ているようでいて、どこか焦点が合っていない。口元だけが、不自然な笑みを浮かべていた。
「お前……邪魔しやがって……」
凛は痛む身体を起こし、グランキャリバーを握り直した。
「な、何であんたみたいなライセンス持ちの魔導師が、こんな事してるのよっ!」
少し離れた場所で、少女を抱えた結が目を見開く。
「ええっ!? この人、ライセンス持ちなの!?」
その声が聞こえ、凛は僅かに安堵した。結も、救出した少女も、無事に外へ出ていた。
だが、男から目を離す事は出来なかった。
「ライセンス持ちだってな……暴れたい時があるんだよ……」
男は乾いた笑い声を漏らした。
「俺は真実を知ってしまった……この世界の秘密ってヤツをなぁ!!」
「何、訳の分かんない事言ってるのよっ!!」
凛が叫んでも、男は答えなかった。
代わりに、ゆっくりと結へ顔を向ける。腕の中の少女を庇うように抱き締める、その姿を見た途端、濁った目に狂気が宿った。
「お前も……燃えてみるか?」
結の身体が強張った。
男の掌に赤黒い魔力が集まり、巨大な火球を形作っていく。周囲の空気が高熱に歪んだ。
「爆炎術式」
火球が、結へ向けて放たれた。
「っ!! 高速移動術式!」
凛は地面を蹴った。
結の目の前を、白銀の光が横切る。次の瞬間には、凛が二人を背にして立っていた。
「はぁぁぁぁ!」
踏み込みと共に、グランキャリバーを振り抜く。
白銀の軌跡が火球を真っ二つに断ち、左右へ裂けた炎が轟音と共に弾け飛んだ。吹き荒れる熱風の中、凛は剣を構え直した。
「はぁ……はぁ……」
息が切れる。腕も、脚も痛む。
それでも、ここを退く訳にはいかなかった。
凛の脳裏に、三坂峠で目にした剣士の背中が蘇った。
魔導スマホの不調に加え、体調まで崩していた志保。その彼女や凛を守る為、魔導獣の群れへ立ち向かったのが、“蒼き氷結剣士”だった。
『俺の背中に居る人達は何人たりとも傷つけさせない!』
ソードフォームXを纏い、そう言い放った背中は、今も凛の目に焼き付いている。自分もあんな剣士になりたいと、ずっと思っていた。
凛はグランキャリバーを握り締めた。
今、その背にいるのは、ようやく出来た大切な友達だった。
「……あたしの……あたしの友達は、絶対にやらせない!!」
「り、凛ちゃん!!」
結はその背中を見つめた。
焼け焦げたスーツも、苦しそうな呼吸も、すぐ目の前にある。それなのに凛は、自分達を庇って立ち続けていた。
⸻
■ 禁断の薬
男は不気味に笑った。
「お前……なかなかやるな……」
懐から取り出したのは、針のないガンタイプの注射器だった。容器の中で、赤黒い液体が揺れている。
凛の表情が変わった。
「まさか……!」
止めようと踏み出すより早く、男はそれを首元へ押し当てた。
短い噴射音がして、液体が体内へ注入される。
「なっ!? ドーピング!?」
直後、男の身体が大きく跳ねた。
「ぐっ!! ガッ……ガッガッガッガッーーーー!!」
喉を掻きむしるように身を捩り、苦悶の声を上げる。その身体から、先程とは比較にならない魔力が噴き出し始めた。
凛は思わず足を止めた。
肌を押すような魔力の圧力が、瞬く間に強くなっていく。
「な、何!? 魔力量が増大してる!?」
男の肉体が膨れ上がった。
骨の軋む音に続き、皮膚が裂け、その隙間から赤黒い光が漏れる。腕が、肩が、胴が、不自然に形を変えていった。
結は少女を路面へ下ろし、自分の背後へ庇った。震える小さな手が、制服の裾を掴んでいる。
目の前に立っていた男は、もはや人の姿をしていなかった。
熊ほどの巨体を持つ異形が、赤黒い魔導光を纏って身を起こす。
「グォォォォォォォォ!!」
咆哮が通りに響き渡った。
「な、ななな! 何なの、あれ!!」
結の声が震えた。
凛は息を呑み、グランキャリバーを握る手に力を込める。
「魔導獣!! まさか、こんな所に!?」
A級魔導師を相手にしていた時でさえ、これほどの圧迫感はなかった。目の前にいるだけで、足が竦みそうになる。
今の自分との力量差を、凛は嫌でも理解した。
「こんなの……S級でもなければ倒せない……」
背中を冷たい汗が流れた。
それでも、剣を下ろす事は出来なかった。
後ろには結がいる。救い出した少女もいる。二人を置いて、自分だけ逃げる訳にはいかない。
凛は震える脚を踏み締め、前へ出た。
「……結だけは、絶対に守るから!!」
「り、凛ちゃん、駄目!! 逃げようよ!!」
「駄目」
凛は魔導獣を見据えたまま、首を振った。
「二人同時……ううん、その子も抱えて逃げるなんて無理」
結の手を引いて逃げても、少女を抱えて走っても、あの魔導獣が見逃してくれるとは思えなかった。
誰かが、ここで引き付けなければならない。
「凛ちゃん……」
結の瞳に涙が滲んだ。
凛も、泣きそうだった。怖かった。勝てないと分かっている相手へ向かう勇気など、自分にあるとは思えなかった。
それでも、結へ言った。
「……あたしが合図するから、その隙に、その子と逃げてね」
振り返り、笑おうとした。
だが、頬が引き攣り、上手くいかなかった。
「結のガッツならさ……絶対に良い魔導師になれるから、頑張りなね」
「やだよ……そんなの……」
ようやく友達になれたばかりだった。
ホットケーキを分け合い、手を繋いで、色々な話をした。その続きを諦めるような言葉を、聞きたくはなかった。
凛の頬を、涙が伝った。
それを拭う事もせず、彼女は魔導獣へ向き直る。
「結、あたしと友達になってくれて、本当にありがと!」
凛が地面を蹴った。
結は、その背中へ手を伸ばした。
「駄目ぇぇーーーーーーー!!」
⸻
■ brave
その瞬間、世界が止まった。
燃え上がる炎が、不自然な形のまま揺らがなくなった。立ち上る黒煙も、魔導獣の動きも、剣を手に駆け出した凛さえも、結の目には静止して見えた。
「……え?」
結は伸ばした自分の手を見た。
指は動く。顔を向ける事も、声を出す事も出来る。
周囲を見回した時、手にしていた魔導スマホが青白く発光した。
光の中から浮かび上がったのは、青いフクロウ型のホログラムAIだった。
「やあ! ボクの名前はbrave! 将来、キミのパートナーになるホログラムAIさ!」
「ぶ、ブレイブさん!?」
結はフクロウと周囲の光景を交互に見た。
「い、今、私どうなってるの!?」
「今はそうだね。時間が止まっているというより、君以外の時間が、ゆっくり流れている状態かな」
「そ、そうなの!? な、何で!?」
「いきなりで混乱するのも分かるけどさ、まずはボクの話を聞いてくれないかな?」
結は凛を見た。
今にも魔導獣へ飛び込もうとしている。その姿が動かない事を確かめてから、どうにか頷いた。
「は、はい」
braveは、ゆっくりと羽を広げた。
「君は、これから選ばなくてはいけない。普通の魔導師見習いに戻るか――もしくは、S級魔導師を目指すかをね!」
「私が……S級?」
あまりに思いがけない言葉だった。
結にとってS級とは、先程出会った志保のような存在だ。銀行強盗の炎弾を防ぐだけで精一杯だった自分とは、何もかも違う。
「そんなの無理だよ」
「君には“大海”の血が流れている。資質はあるんだよ」
「……そうなの?」
「後は、君の選択次第」
braveは、真っ直ぐ結を見つめた。
「だけどね。S級になるには、それなりの苦難が待っている。その覚悟が君にあるのなら、先渡しで、その力を使う事を許可しよう」
結はもう一度、凛へ目を向けた。
頬に涙を残したまま、剣を握っている。怖くても、傷付いていても、自分達を守ろうとしてくれている。
このまま時間が流れれば、凛はあの魔導獣へ向かっていく。
それだけは、嫌だった。
差し出した手を、結は強く握り締めた。
「……覚悟ならある!!」
braveへ向き直り、はっきりと言った。
「私、凛ちゃんを助けたい!!」
「その覚悟、受け取った!」
braveは明るく答え、羽を広げ直した。
「今から言う術式を唱えて。それが、彼女の助けになるから」
結が頷くと、braveはふと思い出したように付け加えた。
「そうそう。今、この時の君の記憶は、消えるようになっているから」
「え……?」
「今は、知るべきじゃないんだ」
結は、目の前に浮かぶ小さなフクロウを見つめた。
突然現れて、信じられないような話をするAI。それでも、凛を助ける方法を教えてくれる、その存在を忘れてしまうのは寂しかった。
「そうなの? それは残念。もっとお話したかったな」
「君が本当の覚醒をすれば、いつでも話せるから。その時を楽しみに待っているね」
その言葉に、結は小さく微笑んだ。
いつになるのかは分からない。けれど、また会えるのなら、その時に話せば良い。
今は、凛を助けなければ。
「それじゃあ、術式を言うよ――――――」
⸻
■ エンゲージ
世界が、再び動き出した。
結の身体から、蒼い魔力が噴き上がる。
背後で起きた変化に、凛は踏み込みかけた足を止め、振り返った。
「結……?」
そこには、蒼く輝く瞳で凛を見つめる結がいた。
先程までとは、まるで違っていた。小さな身体から溢れる魔力は、目の前の魔導獣にも引けを取らない。海のように深く、巨大な奔流となって周囲へ広がっていく。
結は少女を背後へ庇い、両足を踏み締めて魔導スマホを構えた。
「魔力共有術式!!」
巨大な蒼い魔法陣が展開する。
その中心で、結は叫んだ。
「エンゲージ!!」
蒼い魔力が、凛へ流れ込んだ。
グランキャリバーが即座に反応し、電子音声を響かせる。
《Magical power transfer, full path connection completed via Engage, form change.》
《魔力を譲渡。エンゲージによるフルパス接続完了。フォームチェンジ》
凛の身体を光が包んだ。
黒かったバトルスーツが白へと変わり、白銀の魔導ラインには、青白い輝きが満ちていく。
「な、何なの……!?」
凛は自分の手を見た。
先程まで剣を握り続けるだけでも辛かった腕に、力が漲っている。尽きかけていた魔力が満たされ、更にその先へと押し広げられていくようだった。
「力が……力が溢れてくる!!」
魔導獣が咆哮し、襲いかかった。
凛は顔を上げた。
あれほど恐ろしかった巨体の動きが、今ははっきりと見える。踏み出す脚も、振り上げられる腕も、遅いとさえ感じられた。
凛はグランキャリバーを掲げた。
「グランキャリバー、最大出力!!」
青白い魔導光が刀身へ集束し、巨大な刃となって伸びる。
結から届く魔力を、その一撃へ込めた。
「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
振り下ろされた光刃が、夜の街に蒼白い軌跡を刻んだ。
魔導獣の巨体が、真っ二つに裂ける。
断末魔が響き、赤黒い魔導光が乱れた。巨体が地面へ崩れ落ちるのを見届けたところで、凛はその場へへたり込んだ。
「か、勝ったぁぁぁぁぁぁぁ!」
剣を握ったまま、大きく息を吐く。
生きている。魔導獣を倒した。
その安堵に包まれかけた時、凛ははっと顔を上げた。
「そ、そうだ!? 結は!?」
振り返った先で、結が地面に倒れていた。
蒼い光は消え、その傍らでは、助け出された少女が泣きながら声をかけている。
「どうしたの、お姉ちゃん!! 起きて!!」
凛はフォームチェンジを解除し、慌てて立ち上がった。
「ゆ、結ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
もつれそうになる足で、友達の元へ駆け寄った。
⸻
■ 紫電
その頃、現場から遥か上空に、一人の男が浮かんでいた。
Vフォー・ヴェンデッタを思わせる仮面の奥から、地上を見下ろしている。
「面白い……」
男は低く笑った。
「実に面白い! あの娘のあの魔力……もしや、あれの依り代に使えるやも」
その瞬間、紫電が夜空を裂いた。
「おっと」
男が身を躱す。その脇を紫の光が駆け抜け、続いて一台の魔導バイクが姿を現した。
Type-WS。
その機体を操る水野志保は、男の進路を塞ぐように停止した。
「私の攻撃を躱すなんて、なかなかやるじゃない」
「“紫電”か。思いのほか、戻るのが早かったですねぇ」
男の声には、まだ余裕があった。
志保は仮面の奥を探るように、目を細めた。
「私の事を知るなんて……まあ、見た目から真っ当だとは思えないけれど」
地上の魔導獣と、それを見下ろしていた男。中央で聞かされた薬の話が、志保の中で繋がりかけていた。
「多分、『アクセルトリッパー』の黒幕は貴方ね。目的は何?」
「おっと、もうそこまで知っていましたか。さすがはS級ですね」
男は答えをはぐらかし、身を翻した。
「ですが……今、S級を相手にするのは分が悪い。また会いましょう、紫電殿」
「私が見逃すと思う?」
志保の身体に紫の光が走った。
「高速移動術式」
一瞬で間合いを詰める。
だが、男はその動きに反応した。志保が捉える寸前で身を逸らし、難なく攻撃を躱してみせる。
「なっ!?」
志保の目が見開かれた。
「焦らなくても、機が熟せばまた会えます。それでは」
男の姿が、空間から掻き消えた。
志保は直ぐに周囲を見渡した。だが、どこにも姿はない。高速移動で離れた時のような気配さえ、残っていなかった。
「転移術式ですって!?」
夜空を見つめる志保の表情が険しくなる。
「失われた魔法を、何故あの男が……!?」
追う手掛かりはなかった。
志保は地上へ目を向けた。倒れた結の傍らに凛が膝をつき、必死に呼びかけている。
二人の魔力を確かめ、ようやく詰めていた息を吐いた。
「結さんの魔力も安定している……凛さんも、大丈夫なようね」
胸に溜まっていた不安が、少しだけ緩んだ。
「良かった……」
現場へ急ぐ途中、遠視術式で、戦いの様子は見えていた。
凛は傷付きながらも結を守り、結はその凛を助ける為に力を使った。自分の到着を待つ間、あの子達は互いを支え、脅威を退けたのだ。
二人が生きている事への安堵と共に、誇らしさが込み上げた。
だが、分からない事も残っていた。
「結さんが使った術式……見た事がないわ」
あの魔法陣と、凛へ流れ込んだ膨大な魔力。結があのような術式を使えるとは、思ってもいなかった。
「でも、あの魔力は間違いなく“大海”そのもの……」
夜風が黒煙を流し、地上で燃え残る炎を揺らした。
魔導師を異形へ変えた薬。それを見下ろしていた仮面の男。そして、失われた筈の転移術式。
志保は男が消えた空間へ、もう一度だけ視線を向けた。
「この件……どうやら、一筋縄ではいかないようね」
そう呟き、結と凛の元へ向かって機体を降下させた。
To be Continued…




