Episode 04 『グランキャリバー(後編)』
■ 中央魔導局本部――秘匿された転移ゲート
凛たちが今治市内でコンビニ強盗事件に遭遇していた頃、水野志保は東京の中央魔導局本部へ向かっていた。
今治から東京までは、通常なら数時間を要する。だが、S級魔導師である彼女には、その距離を一瞬で越える手段が用意されていた。
厳重に管理された地下施設に、白銀の円環がそびえている。
医療用CTスキャナーを極限まで巨大化したような設備には、幾重もの魔導回路が刻まれていた。量子演算式によって制御された回路が青白く脈動し、円環の内側で空間がゆっくりと歪んでいく。
――次元間接続ゲート。
特定の座標同士を直接繋ぎ、遠く離れた土地への移動を可能にする、中央魔導局の最新鋭技術だった。
その存在を知る者は、ごく一部に限られている。正式な使用権限を与えられた魔導師も、世界に七人しかいないS級のみだった。
志保は慣れた足取りで、光を湛えた円環へ踏み込んだ。
視界が白く染まったのは、一瞬の事だった。
次の一歩が床を踏む頃には、彼女は既に、東京本部の地下区画へ到着していた。
⸻
■ 中央管理センター司令室
巨大な自動扉が開くと、半円状に並ぶ無数のモニターが志保を迎えた。
中央魔導局管理センター司令室。立体投影された日本地図には、各地の魔力反応を示す光点が浮かび、その周囲で局員達が絶えず情報を処理している。
その中心に置かれた黒い司令席から、一人の男が志保へ視線を向けた。
三浦慎一郎。
中央魔導局総司令にして、現代魔導管理システムの頂点に立つ男である。
志保は彼の前まで進み、軽くスカートを摘んで一礼した。
「義兄様、じゃなかった、総司令殿……今月の戦闘データを提出に来ました」
慎一郎の口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「いつもはるばるご苦労、紫電殿」
「いえ、移動はゲートを使うだけで良いので楽なのですけれど。戦闘データの提出くらい、魔導ネットを使っても良いのでは? いくら何でも、毎月手渡しで提出って、今時面倒だと思いませんこと?」
志保は持参したデータを差し出しながら、率直に不満を口にした。
慎一郎はそれを受け取り、静かに答える。
「S級の戦闘データと言えば、国家にとっては高度な軍事機密だ。通常の電子ネットより安全性の高い魔導ネットとはいえ、そこに流せばどうなるか、容易に想像は付く筈だが?」
「……別に、私ごときの戦闘データに、そんな価値があるとは思えませんが?」
「フフ、それこそ過小評価が過ぎるというものよ」
慎一郎は椅子の背もたれへ身を預けた。
志保は小さく肩を竦めた。それ以上言い募ったところで、この提出方法が変わる事はなさそうだった。
⸻
■ 違法魔導薬
「ところで紫電殿。最近、巷……特に今治で、こういうものが流行しつつあるのをご存じだろうか?」
慎一郎が机の上へ置いたのは、小型の注射器だった。
一般的な医療器具とは形状が異なり、針に当たるものが見当たらない。その表面には魔導回路を思わせる紋様が刻まれ、淡い光を帯びている。
志保はそれを見下ろし、僅かに眉をひそめた。
「注射器ですわね……まさか、違法ドラッグ!?」
「魔導合成麻薬、アクセルトリッパー。使用者の魔力を増幅させ、強力な魔法を放つ事を可能にする。更には、使用者の悪意をも増幅させる副作用が認められている」
志保は注射器から目を上げた。
「つまりは……善良な魔導師が、犯罪に手を染める可能性があると?」
「基本的に、魔導師は中央の方で徹底的に管理されている。通常、ライセンスを持つ魔導師が犯罪に手を染める事は考えにくい。だが、アクセルトリッパーを使用しているなら、話は別だ」
魔力だけなら、強化された分を見込んで対処する事も出来る。だが、その力を振るう者の判断まで変わってしまうとなれば、危険性はそれだけに留まらない。
志保の表情を見ながら、慎一郎は更に続けた。
「そして厄介なのは、魔力のない普通の人間も、魔法を使えるようになるという事だな」
「……それって!?」
「ああ。ノーライセンス魔導師が、続々と量産される事を意味する」
慎一郎は深く息を吐いた。
「誰が、どれだけの魔法を使えるのかも把握出来ない。管理出来ない魔法というのは、とても危険だ。その意味は、紫電殿なら重々承知の筈だが?」
志保の脳裏に、先程の銀行強盗達が浮かんだ。
彼らと薬の関係は、まだ分からない。だが、あのように街中で魔法を振るう者が更に増えるとしたら、被害を受けるのは、そこに暮らす人々だった。
「……思った以上に、事態は深刻みたいですわね」
「何故こんなものが、今治のような地方都市で流行しているのかは不明だ。しまなみ海道のある、あの地域の特殊性も関係しているのかもしれないが、現時点で断定は出来ない」
慎一郎の声は慎重だった。分かっている事と、まだ分からない事。その境を確かめるように、一度言葉を切る。
「幸いにも、現在の今治には紫電殿がいる。なればこそ、お主には、その調査に協力して貰う」
志保は改めて、机の上の注射器を見た。
見慣れた街で、知らないところから危険が広がりつつある。そう聞かされて、放っておくつもりはなかった。
「……中央の人使いが荒いのは重々承知しておりますが、今治市民の皆さんを守る為にも、この一件、進んで協力させて頂きますわ」
⸻
■ 緊急要請
その時、司令室に鋭い電子音が響いた。
オペレーター席の局員が画面を確認し、即座に振り返る。
「司令、嘱託B級魔導師、橘凛から緊急要請です! 今治市内で、ノーライセンス魔導師によるコンビニ強盗事件が発生。切迫した状況の為、直ちに対処を開始するとの事です!」
志保の表情が引き締まった。
つい先程、結を送り届けるよう頼んだばかりだった。凛からの要請なら、その傍には結もいる可能性が高い。
慎一郎も笑みを消し、志保を見た。
「……紫電殿の弟子か。先の違法ドラッグも関係しているかもしれない。直ぐに戻った方が良いだろう」
「分かりましたわ!」
志保は即座に踵を返した。
その背へ、慎一郎が声をかける。
「そうだ、紫電殿。もうすぐ私の息子が陰陽道を修めるそうだ。多分、お主の元に弟子入りすると思うから、その時は宜しく頼む」
志保は扉の前で、僅かに足を止めた。
「……急ぐので失礼します」
軽く会釈だけを返し、司令室を後にする。
長い黒髪を翻して進むその足取りには、もう、ここへ来た時のような余裕はなかった。
⸻
■ コンビニ前――フォームチェンジ
一方、今治市内のコンビニ前では、凛がグランキャリバーを構えていた。
結にライセンスを示したスマホをしまい、改めて店内へ目を向ける。黒銀の剣身には、起動した魔力回路に沿って白銀の光が走っていた。
凛がデバイスを操作すると、電子音声が響いた。
《voice code》
その声に応じ、凛は真っ直ぐ前を見据えた。
「フォームチェンジ!」
《Authentication: Rin Tachibana - Form Change》
凛の身体を、青白い光が包み込んだ。
制服の輪郭が光へとほどけ、全身に幾何学模様の魔導陣が展開する。その光に重なるように漆黒の装甲が形を取り、白銀の魔導ラインが次々と灯っていった。
現れたのは、機動性を重視した近接戦闘型のバトルスーツだった。
甲冑を思わせる装甲に、腰部の高機動ブースター。腕部には術式展開を補助する回路が組み込まれ、握るグランキャリバーも強化されている。
結はその変化を、目を輝かせて見つめていた。
「ふぉぉぉぉぉぉ! 変身した!! カッコイイ!! まるでアニメの魔法少女みたい!!」
「魔法少女て……まあ良いけど。結は安全な場所まで離れて、見ててね」
凛に言われ、結ははっと我に返った。
変身に見入っていたが、店内には強盗だけでなく、客や店員もいるのだ。
「わ、私も何か手伝うよ!」
「馬鹿っ!!……って言いたいけど、応援が来るまで人手が足りないからね」
凛は結の顔を見てから、コンビニへ視線を戻した。
「何とか客や店員をヤツらから離すから、結は避難誘導をお願い出来るかな?」
「うん! 分かった! でも、どうするの? 店内にいるお客さんの位置関係まで、ここからじゃ把握出来ないよね」
商品棚に遮られ、外からでは見えない場所も多い。結が店内を窺う隣で、凛は口元に笑みを浮かべた。
「こうするのよ!」
⸻
■ 高速移動術式
凛が足元へ魔力を集中させる。
濡れたアスファルトに白銀の魔導陣が浮かび上がった。
「高速移動術式」
次の瞬間、凛の姿が消えた。
「えっ――!?」
巻き起こった風に、結の髪が揺れる。
慌てて店内へ目を向けると、凛は既に、入口付近にいた男の背後へ回り込んでいた。
「遅いっ!」
振り向こうとした男の鳩尾へ、グランキャリバーの柄が叩き込まれる。
「がはっ!?」
男が身体を折った時には、凛は次の相手へ向かっていた。
店内に踏み込んだ事で、棚の向こうにいる客達の位置も見えた。凛はその間へ割って入り、魔導具を構えようとした腕を蹴り上げる。狙いを外された男が怯んだところへ、再び柄を打ち込んだ。
白銀の軌跡が通路を駆け抜ける。
客へ向けられた魔導具を逸らし、組み上がりかけた術式を妨害する。凛は一か所に留まらず、敵が態勢を立て直す前に次の場所へ移っていた。
「す、凄い……って、感心してる場合じゃないや」
結は我に返り、入口へ駆け寄った。
凛が男達を引き離した隙に、客達が動き始めている。
「皆さん!! 今の内に、早くこっちへ!!」
怯えて足を止めた人へ声をかけ、出口を示す。店外へ出てきた人達には、そのまま入口から離れるよう促した。
頭を低くして駆けてくる客に続き、店員も出てきた。結は一人ずつ外へ逃がしながら、店内に人が残っていないか目を凝らした。
その時、奥の棚の陰に、小さな人影が見えた。
少女が一人、身を伏せたまま動けずにいる。
(いけない! あの子、逃げ遅れて……!)
「凛ちゃん! 逃げ遅れた子が!!」
⸻
■ A級ライセンス魔導師
結が声を上げた頃、凛は店内の奥で、一人の男と対峙していた。
他の男達とは、様子が違った。
仲間が次々と倒されても慌てる気配はなく、短剣を手に、凛の動きを目で追っている。
その口元が、低い笑みを形作った。
「高速移動術式」
男の姿が消えた。
凛は咄嗟にグランキャリバーを引き戻した。直後、短剣が刀身へ激突し、鋭い金属音が店内に響く。
「!?」
受け止めた腕に、重い衝撃が伝わった。
凛は床を蹴り、男の側面へ回ろうとした。だが、相手もまた加速し、その動きに食らい付いてくる。
再び刃がぶつかった。
凛が距離を取れば、男が追う。反撃に転じようとすれば、短剣が先に間合いへ入り込んでくる。ぶつかった身体に棚が倒れ、踏み込んだ足元で床が裂けた。
「くっ……こいつ、手強い!!」
凛の額に汗が滲んだ。
先程までの相手のように、一撃を入れて動きを止める余裕がない。短剣を受け流しながら、客達が逃げる入口へ男を近付けないよう、立ち位置を変えるので精一杯だった。
「凛ちゃん! 逃げ遅れた子が!!」
結の声が届いた。
だが、そちらへ顔を向けかけただけで、男の短剣が迫る。凛は踏みとどまり、グランキャリバーでその一撃を弾いた。
凛が動けないのを見て、結は店内へ飛び込んだ。
奥の棚の陰で、少女が震えながら身を伏せている。結は傍へ屈み込み、その小さな身体を抱き寄せた。
「もう大丈夫だからね!」
少女は顔を上げたものの、立ち上がれそうになかった。結はその身体を抱え上げ、出口へ向き直る。
背後で、また剣のぶつかる音がした。
振り返りたい気持ちを堪え、結は走った。少女を抱く腕に力を込め、倒れた商品を避けながら入口を目指す。
自動ドアを抜け、ようやく外へ飛び出した、その瞬間だった。
店内で、グランキャリバーが警告音を発した。
《|Certified as an A-class licensed mage.《A級ライセンス魔導師と認定》》
「なっ!? こいつ、ライセンス持ち!? しかもA級!!」
凛は目を見開いた。
ノーライセンス魔導師による強盗事件。その認識が、足元から覆された。
なぜ、正規のライセンスを持つ者が、こんな犯罪に加わっているのか。それも、自分より上位のA級魔導師が。
その疑問に意識を奪われた、一瞬だった。
男が嗤い、術式を展開した。
「爆炎術式」
灼熱の魔法陣が、凛の視界を埋めた。
轟音と共に、コンビニの内部が爆炎に呑まれる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
凛の身体が吹き飛んだ。
ガラスが一斉に砕け散り、噴き出した熱風が通りを襲う。結は少女を庇うように背を向け、身を低くした。
腕の中で、少女が悲鳴を上げている。
結は顔を上げ、炎に包まれた店内を見た。
つい先程まで、そこに凛がいた。自分を頼るように言ってくれた友達が、まだ中にいる。
「り、凛ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
暮れかけた空へ、炎と黒煙が噴き上がる。
結の悲鳴に、返事はなかった。
燃え上がるコンビニの奥では、揺らめく炎に照らされ、敵魔導師の不気味な笑みだけが浮かんでいた。
To be Continued…




