第88話 再戦
控えの通路へ戻ってからも、耳の奥には歓声が残っていた。
うるさい。
外から聞こえてくる声じゃない。
頭の中で、まだ試合が続いてるみたいだった。
「……疲れた」
壁に背中を預け、そのままずるずると座り込む。
全身が重い。
魔力を使い切ったわけじゃないけど、七属性をあれだけ立て続けに使った反動なのか、身体の芯が妙にだるかった。
「朝陽」
「ん?」
「水」
顔を上げると、セレーネが水の入った器を差し出していた。
「ありがと」
受け取って、一気に半分ほど飲む。
冷たい。
それだけで少し生き返った気がした。
「……お前、元気だな」
「疲れてる」
「全然そう見えないんだけど」
「朝陽よりは」
「それはそうだろうな……」
魔法の腕では、まだ明確に負けていた。
最後に勝てたのだって、セレーネより強い魔法を使えたからじゃない。
七つの属性を組み合わせて、どうにか先を取っただけだ。
それでも勝ちは勝ち。
俺は決勝へ進んだ。
問題は――
「次、どっちだろうな」
「ゴクウとジン」
「それは知ってる」
「じゃあ、なに」
「どっちが勝つと思うって話」
セレーネは少し考えた。
「分からない」
「お前でも?」
「うん」
意外だった。
俺の中では、ジンの方が分かりやすく強い。
コタロウとの試合を見れば嫌でも分かる。
速い。
重い。
頑丈。
それに、近づかれた時の圧が尋常じゃない。
対してゴクウは――強いのは間違いない。
シウンに勝った。
しかも、力で押し切ったわけじゃない。
まともにぶつかったら勝てない相手を動かして、誘って、最後は場外へ落とした。
「……嫌な相手なんだよなあ」
「ゴクウ?」
「うん」
「朝陽と少し似てる」
「俺、あんなに性格悪そう?」
「そこじゃない」
「分かってるよ」
さすがに。
ゴクウは、自分より強い相手と戦うのが上手い。
それはシウン戦で嫌というほど見せられた。
そしてジンは。
たぶん。
正面から戦うなら、今大会でも相当上にいる。
その二人が戦う。
「見に行くか」
「うん」
立ち上がる。
足に少し力が入りづらい。
「……決勝までに戻るかな、これ」
「休んだ方がいい」
「試合は見たい」
「じゃあ見る」
「止めないんだな」
「朝陽だから」
「どういう意味?」
「言っても行く」
「……よく分かってるじゃん」
セレーネと並んで通路を進む。
観客席へ戻る途中。
向こうから、シウンが歩いてきた。
「朝陽!」
「おう」
「見事だったな!」
こっちは分かりやすい。
嬉しそうに笑いながら、俺の肩を叩いてくる。
「痛っ!」
「む?」
「試合終わったばっかなんだから加減してくれよ!」
「すまん。だが、あれほどの戦いをした後でも立っているではないか」
「立ってるのと元気なのは違うんだよ……」
「そういうものか」
「そういうもの」
シウンは俺とセレーネを交互に見る。
「しかし、驚いたぞ。まさか二人とも七属性とはな」
「……俺も驚いた」
「わたしも」
「お前もか?」
シウンがセレーネを見る。
「朝陽が七つ使えるのは知らなかった」
「五つは前の試合で知ったんだろ?」
「うん」
「残り二つは?」
「さっき」
「……なるほど」
シウンが俺を見る。
なんだ、その目。
「なんだよ」
「いや。お主は本当に妙な男だと思ってな」
「褒めてる?」
「褒めている」
「ならいいけど」
「オイラは褒めませんぜ」
横から声が入った。
見る。
ミニムス。
なんか。
顔が死んでる。
「……どうした?」
「どうしたじゃありませんぜ、旦那」
「何が」
「旦那が勝っちまったんでさぁ」
「おい」
「へ?」
「お前、俺が負ける方に賭けてたの?」
「まさか!」
即答。
じゃあなんだ。
「旦那が勝ったせいで払い戻しが大変なんですぜ!」
「知らねえよ!」
「七属性なんぞ見せやがったせいで試合後も客が騒ぎっぱなし! 次の試合の賭けまで滅茶苦茶ですわ!」
「もっと知らねえよ!」
そもそも。
「お前、何しに大会来てんだよ」
「商売」
「即答すんな」
「祭り前は稼ぎ時ですぜ?」
「清々しいな……」
頭が痛くなってきた。
魔力の使いすぎじゃない気がする。
「それより」
ミニムスが試合場の方を見る。
「始まりますぜ」
歓声が変わった。
俺たちも観客席へ向かう。
試合場は。
酷いことになっていた。
「……これ、俺たちのせい?」
「ほとんど」
「だよな」
割れた地面。
焦げた跡。
水溜まり。
あちこちから伸びた根。
さすがにそのまま使うわけにはいかなかったらしく、係員たちが大急ぎで整備していた。
それでも完全には戻っていない。
大きな亀裂こそ埋められているけど、所々に戦った跡が残っている。
『さあァァァッ! とんでもねえ試合の直後だが! まだ準決勝は終わっちゃいねえッ!』
実況の声が響く。
観客席が再び沸いた。
『続く第二試合! 昨年の決勝戦と同じ顔合わせだァァァッ!』
「昨年の……?」
俺は試合場を見る。
先に入ってきたのは。
ジン。
大きな身体。
武器は持っていない。
拳を一度握り、首を左右へ倒す。
それだけで。
空気が変わった気がした。
『昨年度準優勝! 今年こそ頂点へ届くか! トラガミ・ジィィィンッ!』
大歓声。
ジンは片手を上げる。
でも。
視線はもう反対側。
そこから。
棒を肩に担いだ男が歩いてきた。
『そしてェッ! 迎え撃つは昨年度王者! 連覇を狙うこの男! サルトビ・ゴクウゥゥゥッ!』
さらに大きな歓声。
ゴクウは。
片手を耳に当てた。
「もっと聞こえねえぞー!」
『うおおおおおおおッ!』
「調子乗ってんなあ……」
「ゴクウだからな」
シウンが腕を組む。
負けた相手だからなのか。
いつもより少し真剣な顔をしている。
試合場の中央。
ゴクウとジンが向かい合った。
「またお前か」
ジンが笑う。
「またオレだな」
「去年はしてやられた」
「今年もしてやるよ」
「言うじゃねえか」
「去年も言ったぞ?」
「だったか?」
「忘れんなよ」
ゴクウが肩から棒を下ろす。
くるりと一回転。
先端が地面を軽く叩いた。
「ま、今年も遊ぼうぜ」
「遊びで済むと思うなよ」
「それも去年聞いた」
「……やっぱお前、気に食わねえな」
そう言いながら。
ジンは笑っていた。
審判が二人の間へ入る。
観客席が静かになる。
俺も。
自然と前のめりになった。
去年。
ゴクウが勝った。
だったら。
ジンは知ってる。
ゴクウがどう戦うのか。
ゴクウも。
ジンのことを知っている。
初対面だったシウンとは違う。
互いに。
一度戦っている。
「……これ、面白そうだな」
「うん」
審判の腕が上がる。
「始め!」
瞬間。
ジンが消えた。
「――速っ」
いや。
消えてない。
一歩。
踏み込んだだけ。
なのに。
距離が一気に消えた。
「おらァッ!」
拳。
ゴクウの顔。
直撃――
「っと」
しない。
棒。
ゴクウが棒を地面へ突き立て、そのまま身体を浮かせた。
拳が下を通る。
棒を軸に一回転。
踵。
ジンの側頭部。
「ふん!」
腕で受けた。
鈍い音。
ゴクウが反動で離れる。
「硬ぇな」
「知ってんだろ」
「一応確認」
「舐めやがって」
ジンが追う。
速い。
ゴクウが棒を振る。
横薙ぎ。
ジン。
避けない。
「え?」
腕。
受けた。
金属の棒が。
獣人の腕に。
まともに当たった。
それなのに。
「軽い!」
掴んだ。
「マジ?」
棒ごと。
ゴクウを引き寄せる。
拳。
「うおっ!」
ゴクウが棒を離した。
直撃寸前。
身体を沈める。
拳が髪を掠める。
そのままジンの懐へ。
掌。
顎。
「ほっ!」
突き上げる。
ジンの頭が僅かに上がる。
でも。
「効かん!」
「だよな!」
ゴクウが笑う。
その時には。
もう後ろへ飛んでいた。
ジンの反撃が空を切る。
棒は。
ジンの手に残っている。
「……武器取られたぞ」
「わざとだ」
シウンが言った。
「え?」
「あやつが、あれほど簡単に武器を手放すはずがない」
試合場。
ゴクウが両手を上げる。
「返してくんね?」
「自分で取りに来い」
「ケチ」
「試合中だぞ」
「知ってるよ」
ジンが棒を放る。
場外へ。
「うわっ!?」
ゴクウが走った。
棒を追う。
「いやいやいや! 捨てるなよ!」
「取りに行けばいいだろ」
「落ちるわ!」
棒が境界へ。
ゴクウが滑り込む。
手を伸ばす。
掴んだ。
ギリギリ。
「危ね――」
背後。
ジン。
「だろうな」
「!」
拳。
逃げ場がない。
前は場外。
後ろはジン。
「まず――」
直撃。
しない。
煙。
「っ!」
白煙が弾けた。
ジンの拳が煙を突き抜ける。
ゴクウが消えた。
「どこだ」
ジンが振り返る。
「上」
声。
棒。
頭上。
「ぬっ!」
ジンが腕を交差する。
金属音。
ゴクウは棒を振り下ろした反動を利用して再び跳ぶ。
そのまま着地。
「惜しい」
「何がだ」
「今ので落ちてくれたら楽だったのに」
「誰が落ちるか」
ジンが一歩前へ出る。
ゴクウは。
下がる。
一歩。
ジン。
前。
ゴクウ。
下がる。
「……」
なんだ。
妙だ。
「ゴクウ、攻めなくなったな」
「うむ」
シウンも見ている。
ジンが踏み込む。
ゴクウが横へ。
追う。
避ける。
棒を一度振る。
ジンが弾く。
また下がる。
「逃げてる?」
「違う」
セレーネが言った。
「……何かしてる」
「何か?」
見る。
ゴクウ。
足。
棒。
地面。
「……あ」
何か。
落ちてる。
小さい。
さっきの煙?
違う。
何だ。
「おい!」
ジンが叫ぶ。
「いつまで逃げる!」
「逃げてねえって」
「なら来い!」
「行ってるじゃん」
「どこがだ!」
「今から」
ゴクウが止まった。
ジンが笑う。
「そうこなくちゃな!」
突進。
真正面。
ゴクウも。
前へ。
「え?」
なんで。
シウン相手には。
最後までまともにぶつからなかった。
なのに。
ジンには。
「馬鹿か!」
ジンの拳。
ゴクウの棒。
ぶつかる。
棒がしなる。
ゴクウの身体が後ろへ飛ぶ。
「ぐっ!」
やっぱり。
力じゃ。
勝てない。
着地。
ジンが追う。
ゴクウが棒を構える。
また。
正面。
「何してんだ……?」
拳。
棒。
二度目。
ゴクウが押される。
三度目。
さらに。
境界へ近づく。
「去年と同じ手は食わんぞ!」
ジンが吠える。
「お前が逃げる場所くらい分かってる!」
「お」
ゴクウが笑う。
「ちゃんと覚えてんじゃん」
「当たり前だ!」
「なら」
ゴクウが。
棒を引いた。
「こっちも変えねえとな」
ジンが踏み込む。
その足。
地面。
小さな音。
「……?」
ジンの顔が変わった。
足元から。
煙。
さっきゴクウが落としていたもの。
一つじゃない。
次々。
弾ける。
「なっ――」
白煙が一気に広がった。
試合場の一角。
全部。
見えなくなる。
「また煙か!」
ジンの声。
その直後。
金属音。
「ぐっ!」
当たった。
どこかは見えない。
もう一度。
別の方向。
「ちっ!」
ジンの拳が振られる。
空振り。
棒。
反対。
足。
背中。
肩。
速い。
でも。
それだけじゃない。
「……位置が分からないのか」
ジンは。
ゴクウを追えてない。
煙の中。
音だけ。
右。
左。
上。
全部違う。
「小細工を!」
「褒め言葉な!」
声。
背後。
ジンが振り返る。
いない。
「こっち」
横。
拳。
空。
足元。
棒。
「ぬおっ!?」
ジンの身体が初めて大きく崩れた。
そこへ。
「ほい!」
蹴り。
背中。
ジンが煙の外へ飛び出す。
転がる。
でも。
すぐ立った。
「……効かねえなあ」
ゴクウも煙から出てくる。
「当たり前だ」
ジンが口元を拭う。
「だが」
笑っている。
「去年より鬱陶しくなったな」
「そりゃどうも」
「褒めてねえ」
「知ってる」
ジンが腰を落とす。
さっきより。
低い。
「……来る」
シウンが呟いた。
俺にも分かった。
空気。
違う。
ジンの脚。
力が溜まってる。
「もう追わん」
「へえ」
「逃げるなら――」
地面が。
砕けた。
「逃げる場所ごと潰す!」
速い。
「っ!?」
さっきまでより。
明らかに。
ゴクウが横へ飛ぶ。
でも。
ジンが追う。
曲がった。
「マジかよ!」
拳。
ゴクウが棒で受ける。
吹き飛ぶ。
着地できない。
二発目。
「ぐっ!」
脇腹。
入った。
ゴクウの身体が地面を跳ねる。
「ゴクウ!」
思わず声が出た。
転がる。
止まる。
「……いってぇ」
立った。
でも。
顔から笑いが消えてる。
「今のは痛いわ」
「やっと当たったか」
「去年より速くなってね?」
「お前に言われたくねえ」
「そりゃそうか」
口ではいつも通り。
でも。
ゴクウが脇腹を庇ってる。
効いてる。
かなり。
「どうする……?」
正面からは無理。
煙も。
一度見せた。
ジンはもう同じ場所へ簡単には入らない。
ゴクウが棒を肩へ乗せる。
「参ったな」
「降参するか?」
「しねえよ」
「なら来い」
「急かすなって」
ジンが構える。
ゴクウは。
動かない。
「……」
見てる。
ジンを。
足。
肩。
腰。
目。
何かを。
探してる。
「朝陽」
「ん?」
「あやつは、あれをする」
シウン。
「あれ?」
「わたしの時と同じだ」
試合場。
ゴクウの目が。
変わった。
「見つけた」
小さく。
そう言った。
ジンが眉を動かす。
「何をだ」
「癖」
「……あ?」
ゴクウが棒を構える。
今度は。
低く。
「お前、右で殴る時」
「……」
「ほんのちょっとだけ、左足が外向くな」
ジンが。
自分の足を見た。
「――なんてな」
「!」
ゴクウが飛び込む。
「てめ――!」
ジンの右拳。
左足。
外。
「……本当だ」
ほんの少し。
でも。
ゴクウは。
そこにいた。
拳の内側。
「ほっ!」
棒。
脇腹。
「ぐっ!」
当たる。
でも。
ジンの左拳。
ゴクウは屈む。
避ける。
棒を地面へ。
支点。
身体を回す。
両足。
胸。
「おらっ!」
蹴る。
ジンが下がる。
一歩。
ゴクウが追う。
棒。
顔。
防がれる。
でも。
次。
足。
払う。
ジンが踏ん張る。
その瞬間。
ゴクウが離れた。
「……なんだ?」
ジンが追う。
右。
拳。
左足。
また。
ほんの少し外。
ゴクウが内側へ。
棒。
「ぐっ!」
同じ場所。
「てめえ!」
左。
ゴクウ。
避ける。
下がる。
「……すげえ」
分かっていても。
俺には。
できる気がしない。
一つの癖。
それだけで。
さっきまで届かなかった相手の懐へ。
何度も。
入る。
でも。
「それだけじゃない」
セレーネ。
「え?」
「ジンも見てる」
次。
ゴクウが入る。
右拳。
左足。
外。
内側。
同じ。
棒。
その瞬間。
ジンが。
笑った。
「捕まえた」
「!」
拳を。
止めた。
途中で。
ゴクウの身体が。
拳の内側へ入ったところ。
左腕。
掴む。
「やべ」
「三度もやりゃ分かる!」
持ち上げる。
「うおっ!?」
投げた。
地面。
「がっ!」
叩きつけられる。
さらに。
拳。
ゴクウが転がる。
地面が砕ける。
「危なっ!」
立つ。
でも。
遅い。
ジンが前。
「終わりだ!」
拳。
ゴクウの胸。
棒。
間に入れる。
受ける。
でも。
勢いは消えない。
ゴクウが。
吹き飛んだ。
場外へ。
「……!」
誰もが。
そう思った。
俺も。
でも。
ゴクウの手。
棒。
伸ばす。
先端が。
試合場の縁に引っかかった。
「うおおおおおっ!」
身体が。
宙で止まる。
「嘘だろ!?」
棒を引く。
反動。
戻る。
空中。
ジンの頭上。
「まだだ!」
ジンが拳を振り上げる。
ゴクウは。
棒を離した。
「なっ」
身体が落ちる。
拳が上を通る。
ゴクウ。
ジンの肩。
手。
乗せる。
そのまま。
背後へ。
着地。
「――っ!」
ジンが振り返る。
ゴクウは。
いない。
「下だよ」
足元。
しゃがんでいる。
手。
地面。
何かを引いた。
「……?」
細い。
糸。
いつから?
ジンの足。
絡んでる。
「去年はさ」
ゴクウが言った。
「お前、オレばっか見てたろ」
「……!」
「今年もだな」
引く。
ジンの足が。
崩れる。
「ぐっ!」
倒れない。
踏ん張る。
でも。
ゴクウは。
もう走っていた。
正面。
棒はない。
拳。
「そんなもん――!」
ジンが腕を振る。
ゴクウが避ける。
懐。
肩。
手を置く。
押す。
「効くか!」
「効かねえよ」
ゴクウが笑った。
「だから押してねえ」
「……?」
足。
ゴクウの足が。
ジンの引っかかっている脚を。
払った。
「なっ――」
初めて。
ジンの身体が。
完全に浮いた。
ゴクウは。
押さない。
殴らない。
そのまま。
ジンの勢いを。
横へ。
流す。
「おおおおおっ!」
ジンが手を伸ばす。
地面。
指。
届く。
掴む。
「まだだ!」
止まった。
身体の半分。
場外。
でも。
落ちてない。
「マジかよ」
ゴクウが目を丸くする。
「落ちるかァ!」
腕一本。
ジンが身体を引き戻す。
「化け物か!」
「知ってんだろ!」
戻る。
その瞬間。
ゴクウの顔。
笑った。
「知ってるよ」
「――!」
煙。
ジンの掴んでいた場所。
小さな煙玉。
弾ける。
「また――!」
視界。
消える。
その中。
音。
足音。
右。
ジンが振る。
空。
左。
違う。
「どこだ!」
「ここ」
真後ろ。
ジンが振り向く。
ゴクウ。
棒を持ってる。
「いつ拾っ――」
「さっき」
振る。
でも。
ジンへじゃない。
地面。
棒の先。
引っかかる。
糸。
もう一本。
「……!」
ジンの反対の足。
絡む。
「お前――!」
「去年より強くなったな」
ゴクウが。
棒を引く。
「だから去年と同じじゃ落ちねえと思ってた」
両足。
崩れる。
ジンの身体が前へ。
それでも。
腕。
地面を掴もうとする。
ゴクウは。
そこに。
棒を差し込んだ。
掴めない。
「っ!」
「悪いな」
ゴクウが。
ジンの背中へ足を当てる。
「今年もオレだ」
押す。
ほんの少し。
それだけ。
ジンの身体が。
境界を越えた。
地面へ落ちる。
静寂。
審判が。
確認する。
そして。
腕を上げた。
「場外! 勝者――サルトビ・ゴクウ!」
大歓声。
『決まったァァァァァッ!! 昨年王者! 今年もトラガミ・ジンを撃破ァァァァァッ! サルトビ・ゴクウ、二年連続の決勝進出ゥゥゥゥッ!!』
「……」
俺は。
声が出なかった。
強い。
でも。
何が強い?
速い。
それもある。
棒の扱い。
体術。
煙。
罠。
全部。
でも。
たぶん。
一番は。
「……戦うのが上手い」
隣で。
シウンが言った。
前にも。
同じことを言っていた。
「うん」
今なら。
よく分かる。
ゴクウは。
相手より強くなろうとしてない。
ジンより力がない。
分かってる。
だから力で勝たない。
シウンより頑丈じゃない。
分かってる。
だから正面から倒そうとしない。
相手が何をするか。
何を見るか。
どこへ動くか。
何を警戒するか。
全部。
使う。
自分の弱さまで。
利用する。
「……次、あいつか」
「うん」
セレーネ。
俺を見る。
「勝てる?」
「……」
試合場。
ゴクウが。
こっちを見た。
目が合う。
ニッ。
笑った。
手。
指。
こっちへ。
来い。
そう言ってる。
「……性格悪そう」
「そこ?」
「だってあの顔見ろよ」
ゴクウがさらに大きく笑う。
俺も。
笑った。
「勝てるかは分かんない」
身体は重い。
魔力も。
完全には戻ってない。
しかも相手は。
シウンを倒して。
ジンまで倒した。
去年の王者。
今年も。
決勝まで来た。
強い。
間違いなく。
それでも。
「やるよ」
ここまで来たんだ。
あと一つ。
ゴクウが試合場から出ていく。
入れ替わるように。
ジンが戻ってきた。
負けたのに。
笑っている。
「またやられた!」
大声。
「楽しそうだな……」
「楽しかったからな!」
「負けたんだぞ?」
「だからなんだ!」
豪快だな。
ジンは俺を見る。
「次はお前か」
「はい」
「気をつけろ」
「ゴクウに?」
「ああ」
ジンが。
少しだけ。
笑いを薄くした。
「あいつは、強ぇ奴ほど嵌めるのが上手い」
「……」
「自分から勝ちに行くな」
「え?」
「勝とうとした時が、一番危ねえ」
それだけ言って。
ジンは歩いていく。
「……どういう意味だ?」
分からない。
でも。
たぶん。
大事なことを言われた。
試合場を見る。
係員たちが。
また整備を始めている。
次。
決勝。
俺と。
ゴクウ。
ここまで。
剣を覚えた。
魔法を覚えた。
戦い方も。
少しずつ。
変わった。
それでも。
あいつには。
まだ。
俺の知らない何かがある。
試合場の向こう。
通路へ消える直前。
ゴクウが一度だけ振り返った。
今度は。
笑っていなかった。
ほんの一瞬。
真っ直ぐ。
俺を見た。
そして。
消える。
「……よし」
俺も。
立ち上がった。
次が。
最後だ。




