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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第4章 大獣技場

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88/89

第88話 再戦

 控えの通路へ戻ってからも、耳の奥には歓声が残っていた。


 うるさい。


 外から聞こえてくる声じゃない。


 頭の中で、まだ試合が続いてるみたいだった。


「……疲れた」


 壁に背中を預け、そのままずるずると座り込む。


 全身が重い。


 魔力を使い切ったわけじゃないけど、七属性をあれだけ立て続けに使った反動なのか、身体の芯が妙にだるかった。


「朝陽」


「ん?」


「水」


 顔を上げると、セレーネが水の入った器を差し出していた。


「ありがと」


 受け取って、一気に半分ほど飲む。


 冷たい。


 それだけで少し生き返った気がした。


「……お前、元気だな」


「疲れてる」


「全然そう見えないんだけど」


「朝陽よりは」


「それはそうだろうな……」


 魔法の腕では、まだ明確に負けていた。


 最後に勝てたのだって、セレーネより強い魔法を使えたからじゃない。


 七つの属性を組み合わせて、どうにか先を取っただけだ。


 それでも勝ちは勝ち。


 俺は決勝へ進んだ。


 問題は――


「次、どっちだろうな」


「ゴクウとジン」


「それは知ってる」


「じゃあ、なに」


「どっちが勝つと思うって話」


 セレーネは少し考えた。


「分からない」


「お前でも?」


「うん」


 意外だった。


 俺の中では、ジンの方が分かりやすく強い。


 コタロウとの試合を見れば嫌でも分かる。


 速い。


 重い。


 頑丈。


 それに、近づかれた時の圧が尋常じゃない。


 対してゴクウは――強いのは間違いない。


 シウンに勝った。


 しかも、力で押し切ったわけじゃない。


 まともにぶつかったら勝てない相手を動かして、誘って、最後は場外へ落とした。


「……嫌な相手なんだよなあ」


「ゴクウ?」


「うん」


「朝陽と少し似てる」


「俺、あんなに性格悪そう?」


「そこじゃない」


「分かってるよ」


 さすがに。


 ゴクウは、自分より強い相手と戦うのが上手い。


 それはシウン戦で嫌というほど見せられた。


 そしてジンは。


 たぶん。


 正面から戦うなら、今大会でも相当上にいる。


 その二人が戦う。


「見に行くか」


「うん」


 立ち上がる。


 足に少し力が入りづらい。


「……決勝までに戻るかな、これ」


「休んだ方がいい」


「試合は見たい」


「じゃあ見る」


「止めないんだな」


「朝陽だから」


「どういう意味?」


「言っても行く」


「……よく分かってるじゃん」


 セレーネと並んで通路を進む。


 観客席へ戻る途中。


 向こうから、シウンが歩いてきた。


「朝陽!」


「おう」


「見事だったな!」


 こっちは分かりやすい。


 嬉しそうに笑いながら、俺の肩を叩いてくる。


「痛っ!」


「む?」


「試合終わったばっかなんだから加減してくれよ!」


「すまん。だが、あれほどの戦いをした後でも立っているではないか」


「立ってるのと元気なのは違うんだよ……」


「そういうものか」


「そういうもの」


 シウンは俺とセレーネを交互に見る。


「しかし、驚いたぞ。まさか二人とも七属性とはな」


「……俺も驚いた」


「わたしも」


「お前もか?」


 シウンがセレーネを見る。


「朝陽が七つ使えるのは知らなかった」


「五つは前の試合で知ったんだろ?」


「うん」


「残り二つは?」


「さっき」


「……なるほど」


 シウンが俺を見る。


 なんだ、その目。


「なんだよ」


「いや。お主は本当に妙な男だと思ってな」


「褒めてる?」


「褒めている」


「ならいいけど」


「オイラは褒めませんぜ」


 横から声が入った。


 見る。


 ミニムス。


 なんか。


 顔が死んでる。


「……どうした?」


「どうしたじゃありませんぜ、旦那」


「何が」


「旦那が勝っちまったんでさぁ」


「おい」


「へ?」


「お前、俺が負ける方に賭けてたの?」


「まさか!」


 即答。


 じゃあなんだ。


「旦那が勝ったせいで払い戻しが大変なんですぜ!」


「知らねえよ!」


「七属性なんぞ見せやがったせいで試合後も客が騒ぎっぱなし! 次の試合の賭けまで滅茶苦茶ですわ!」


「もっと知らねえよ!」


 そもそも。


「お前、何しに大会来てんだよ」


「商売」


「即答すんな」


「祭り前は稼ぎ時ですぜ?」


「清々しいな……」


 頭が痛くなってきた。


 魔力の使いすぎじゃない気がする。


「それより」


 ミニムスが試合場の方を見る。


「始まりますぜ」


 歓声が変わった。


 俺たちも観客席へ向かう。


 試合場は。


 酷いことになっていた。


「……これ、俺たちのせい?」


「ほとんど」


「だよな」


 割れた地面。


 焦げた跡。


 水溜まり。


 あちこちから伸びた根。


 さすがにそのまま使うわけにはいかなかったらしく、係員たちが大急ぎで整備していた。


 それでも完全には戻っていない。


 大きな亀裂こそ埋められているけど、所々に戦った跡が残っている。


『さあァァァッ! とんでもねえ試合の直後だが! まだ準決勝は終わっちゃいねえッ!』


 実況の声が響く。


 観客席が再び沸いた。


『続く第二試合! 昨年の決勝戦と同じ顔合わせだァァァッ!』


「昨年の……?」


 俺は試合場を見る。


 先に入ってきたのは。


 ジン。


 大きな身体。


 武器は持っていない。


 拳を一度握り、首を左右へ倒す。


 それだけで。


 空気が変わった気がした。


『昨年度準優勝! 今年こそ頂点へ届くか! トラガミ・ジィィィンッ!』


 大歓声。


 ジンは片手を上げる。


 でも。


 視線はもう反対側。


 そこから。


 棒を肩に担いだ男が歩いてきた。


『そしてェッ! 迎え撃つは昨年度王者! 連覇を狙うこの男! サルトビ・ゴクウゥゥゥッ!』


 さらに大きな歓声。


 ゴクウは。


 片手を耳に当てた。


「もっと聞こえねえぞー!」


『うおおおおおおおッ!』


「調子乗ってんなあ……」


「ゴクウだからな」


 シウンが腕を組む。


 負けた相手だからなのか。


 いつもより少し真剣な顔をしている。


 試合場の中央。


 ゴクウとジンが向かい合った。


「またお前か」


 ジンが笑う。


「またオレだな」


「去年はしてやられた」


「今年もしてやるよ」


「言うじゃねえか」


「去年も言ったぞ?」


「だったか?」


「忘れんなよ」


 ゴクウが肩から棒を下ろす。


 くるりと一回転。


 先端が地面を軽く叩いた。


「ま、今年も遊ぼうぜ」


「遊びで済むと思うなよ」


「それも去年聞いた」


「……やっぱお前、気に食わねえな」


 そう言いながら。


 ジンは笑っていた。


 審判が二人の間へ入る。


 観客席が静かになる。


 俺も。


 自然と前のめりになった。


 去年。


 ゴクウが勝った。


 だったら。


 ジンは知ってる。


 ゴクウがどう戦うのか。


 ゴクウも。


 ジンのことを知っている。


 初対面だったシウンとは違う。


 互いに。


 一度戦っている。


「……これ、面白そうだな」


「うん」


 審判の腕が上がる。


「始め!」


 瞬間。


 ジンが消えた。


「――速っ」


 いや。


 消えてない。


 一歩。


 踏み込んだだけ。


 なのに。


 距離が一気に消えた。


「おらァッ!」


 拳。


 ゴクウの顔。


 直撃――


「っと」


 しない。


 棒。


 ゴクウが棒を地面へ突き立て、そのまま身体を浮かせた。


 拳が下を通る。


 棒を軸に一回転。


 踵。


 ジンの側頭部。


「ふん!」


 腕で受けた。


 鈍い音。


 ゴクウが反動で離れる。


「硬ぇな」


「知ってんだろ」


「一応確認」


「舐めやがって」


 ジンが追う。


 速い。


 ゴクウが棒を振る。


 横薙ぎ。


 ジン。


 避けない。


「え?」


 腕。


 受けた。


 金属の棒が。


 獣人の腕に。


 まともに当たった。


 それなのに。


「軽い!」


 掴んだ。


「マジ?」


 棒ごと。


 ゴクウを引き寄せる。


 拳。


「うおっ!」


 ゴクウが棒を離した。


 直撃寸前。


 身体を沈める。


 拳が髪を掠める。


 そのままジンの懐へ。


 掌。


 顎。


「ほっ!」


 突き上げる。


 ジンの頭が僅かに上がる。


 でも。


「効かん!」


「だよな!」


 ゴクウが笑う。


 その時には。


 もう後ろへ飛んでいた。


 ジンの反撃が空を切る。


 棒は。


 ジンの手に残っている。


「……武器取られたぞ」


「わざとだ」


 シウンが言った。


「え?」


「あやつが、あれほど簡単に武器を手放すはずがない」


 試合場。


 ゴクウが両手を上げる。


「返してくんね?」


「自分で取りに来い」


「ケチ」


「試合中だぞ」


「知ってるよ」


 ジンが棒を放る。


 場外へ。


「うわっ!?」


 ゴクウが走った。


 棒を追う。


「いやいやいや! 捨てるなよ!」


「取りに行けばいいだろ」


「落ちるわ!」


 棒が境界へ。


 ゴクウが滑り込む。


 手を伸ばす。


 掴んだ。


 ギリギリ。


「危ね――」


 背後。


 ジン。


「だろうな」


「!」


 拳。


 逃げ場がない。


 前は場外。


 後ろはジン。


「まず――」


 直撃。


 しない。


 煙。


「っ!」


 白煙が弾けた。


 ジンの拳が煙を突き抜ける。


 ゴクウが消えた。


「どこだ」


 ジンが振り返る。


「上」


 声。


 棒。


 頭上。


「ぬっ!」


 ジンが腕を交差する。


 金属音。


 ゴクウは棒を振り下ろした反動を利用して再び跳ぶ。


 そのまま着地。


「惜しい」


「何がだ」


「今ので落ちてくれたら楽だったのに」


「誰が落ちるか」


 ジンが一歩前へ出る。


 ゴクウは。


 下がる。


 一歩。


 ジン。


 前。


 ゴクウ。


 下がる。


「……」


 なんだ。


 妙だ。


「ゴクウ、攻めなくなったな」


「うむ」


 シウンも見ている。


 ジンが踏み込む。


 ゴクウが横へ。


 追う。


 避ける。


 棒を一度振る。


 ジンが弾く。


 また下がる。


「逃げてる?」


「違う」


 セレーネが言った。


「……何かしてる」


「何か?」


 見る。


 ゴクウ。


 足。


 棒。


 地面。


「……あ」


 何か。


 落ちてる。


 小さい。


 さっきの煙?


 違う。


 何だ。


「おい!」


 ジンが叫ぶ。


「いつまで逃げる!」


「逃げてねえって」


「なら来い!」


「行ってるじゃん」


「どこがだ!」


「今から」


 ゴクウが止まった。


 ジンが笑う。


「そうこなくちゃな!」


 突進。


 真正面。


 ゴクウも。


 前へ。


「え?」


 なんで。


 シウン相手には。


 最後までまともにぶつからなかった。


 なのに。


 ジンには。


「馬鹿か!」


 ジンの拳。


 ゴクウの棒。


 ぶつかる。


 棒がしなる。


 ゴクウの身体が後ろへ飛ぶ。


「ぐっ!」


 やっぱり。


 力じゃ。


 勝てない。


 着地。


 ジンが追う。


 ゴクウが棒を構える。


 また。


 正面。


「何してんだ……?」


 拳。


 棒。


 二度目。


 ゴクウが押される。


 三度目。


 さらに。


 境界へ近づく。


「去年と同じ手は食わんぞ!」


 ジンが吠える。


「お前が逃げる場所くらい分かってる!」


「お」


 ゴクウが笑う。


「ちゃんと覚えてんじゃん」


「当たり前だ!」


「なら」


 ゴクウが。


 棒を引いた。


「こっちも変えねえとな」


 ジンが踏み込む。


 その足。


 地面。


 小さな音。


「……?」


 ジンの顔が変わった。


 足元から。


 煙。


 さっきゴクウが落としていたもの。


 一つじゃない。


 次々。


 弾ける。


「なっ――」


 白煙が一気に広がった。


 試合場の一角。


 全部。


 見えなくなる。


「また煙か!」


 ジンの声。


 その直後。


 金属音。


「ぐっ!」


 当たった。


 どこかは見えない。


 もう一度。


 別の方向。


「ちっ!」


 ジンの拳が振られる。


 空振り。


 棒。


 反対。


 足。


 背中。


 肩。


 速い。


 でも。


 それだけじゃない。


「……位置が分からないのか」


 ジンは。


 ゴクウを追えてない。


 煙の中。


 音だけ。


 右。


 左。


 上。


 全部違う。


「小細工を!」


「褒め言葉な!」


 声。


 背後。


 ジンが振り返る。


 いない。


「こっち」


 横。


 拳。


 空。


 足元。


 棒。


「ぬおっ!?」


 ジンの身体が初めて大きく崩れた。


 そこへ。


「ほい!」


 蹴り。


 背中。


 ジンが煙の外へ飛び出す。


 転がる。


 でも。


 すぐ立った。


「……効かねえなあ」


 ゴクウも煙から出てくる。


「当たり前だ」


 ジンが口元を拭う。


「だが」


 笑っている。


「去年より鬱陶しくなったな」


「そりゃどうも」


「褒めてねえ」


「知ってる」


 ジンが腰を落とす。


 さっきより。


 低い。


「……来る」


 シウンが呟いた。


 俺にも分かった。


 空気。


 違う。


 ジンの脚。


 力が溜まってる。


「もう追わん」


「へえ」


「逃げるなら――」


 地面が。


 砕けた。


「逃げる場所ごと潰す!」


 速い。


「っ!?」


 さっきまでより。


 明らかに。


 ゴクウが横へ飛ぶ。


 でも。


 ジンが追う。


 曲がった。


「マジかよ!」


 拳。


 ゴクウが棒で受ける。


 吹き飛ぶ。


 着地できない。


 二発目。


「ぐっ!」


 脇腹。


 入った。


 ゴクウの身体が地面を跳ねる。


「ゴクウ!」


 思わず声が出た。


 転がる。


 止まる。


「……いってぇ」


 立った。


 でも。


 顔から笑いが消えてる。


「今のは痛いわ」


「やっと当たったか」


「去年より速くなってね?」


「お前に言われたくねえ」


「そりゃそうか」


 口ではいつも通り。


 でも。


 ゴクウが脇腹を庇ってる。


 効いてる。


 かなり。


「どうする……?」


 正面からは無理。


 煙も。


 一度見せた。


 ジンはもう同じ場所へ簡単には入らない。


 ゴクウが棒を肩へ乗せる。


「参ったな」


「降参するか?」


「しねえよ」


「なら来い」


「急かすなって」


 ジンが構える。


 ゴクウは。


 動かない。


「……」


 見てる。


 ジンを。


 足。


 肩。


 腰。


 目。


 何かを。


 探してる。


「朝陽」


「ん?」


「あやつは、あれをする」


 シウン。


「あれ?」


「わたしの時と同じだ」


 試合場。


 ゴクウの目が。


 変わった。


「見つけた」


 小さく。


 そう言った。


 ジンが眉を動かす。


「何をだ」


「癖」


「……あ?」


 ゴクウが棒を構える。


 今度は。


 低く。


「お前、右で殴る時」


「……」


「ほんのちょっとだけ、左足が外向くな」


 ジンが。


 自分の足を見た。


「――なんてな」


「!」


 ゴクウが飛び込む。


「てめ――!」


 ジンの右拳。


 左足。


 外。


「……本当だ」


 ほんの少し。


 でも。


 ゴクウは。


 そこにいた。


 拳の内側。


「ほっ!」


 棒。


 脇腹。


「ぐっ!」


 当たる。


 でも。


 ジンの左拳。


 ゴクウは屈む。


 避ける。


 棒を地面へ。


 支点。


 身体を回す。


 両足。


 胸。


「おらっ!」


 蹴る。


 ジンが下がる。


 一歩。


 ゴクウが追う。


 棒。


 顔。


 防がれる。


 でも。


 次。


 足。


 払う。


 ジンが踏ん張る。


 その瞬間。


 ゴクウが離れた。


「……なんだ?」


 ジンが追う。


 右。


 拳。


 左足。


 また。


 ほんの少し外。


 ゴクウが内側へ。


 棒。


「ぐっ!」


 同じ場所。


「てめえ!」


 左。


 ゴクウ。


 避ける。


 下がる。


「……すげえ」


 分かっていても。


 俺には。


 できる気がしない。


 一つの癖。


 それだけで。


 さっきまで届かなかった相手の懐へ。


 何度も。


 入る。


 でも。


「それだけじゃない」


 セレーネ。


「え?」


「ジンも見てる」


 次。


 ゴクウが入る。


 右拳。


 左足。


 外。


 内側。


 同じ。


 棒。


 その瞬間。


 ジンが。


 笑った。


「捕まえた」


「!」


 拳を。


 止めた。


 途中で。


 ゴクウの身体が。


 拳の内側へ入ったところ。


 左腕。


 掴む。


「やべ」


「三度もやりゃ分かる!」


 持ち上げる。


「うおっ!?」


 投げた。


 地面。


「がっ!」


 叩きつけられる。


 さらに。


 拳。


 ゴクウが転がる。


 地面が砕ける。


「危なっ!」


 立つ。


 でも。


 遅い。


 ジンが前。


「終わりだ!」


 拳。


 ゴクウの胸。


 棒。


 間に入れる。


 受ける。


 でも。


 勢いは消えない。


 ゴクウが。


 吹き飛んだ。


 場外へ。


「……!」


 誰もが。


 そう思った。


 俺も。


 でも。


 ゴクウの手。


 棒。


 伸ばす。


 先端が。


 試合場の縁に引っかかった。


「うおおおおおっ!」


 身体が。


 宙で止まる。


「嘘だろ!?」


 棒を引く。


 反動。


 戻る。


 空中。


 ジンの頭上。


「まだだ!」


 ジンが拳を振り上げる。


 ゴクウは。


 棒を離した。


「なっ」


 身体が落ちる。


 拳が上を通る。


 ゴクウ。


 ジンの肩。


 手。


 乗せる。


 そのまま。


 背後へ。


 着地。


「――っ!」


 ジンが振り返る。


 ゴクウは。


 いない。


「下だよ」


 足元。


 しゃがんでいる。


 手。


 地面。


 何かを引いた。


「……?」


 細い。


 糸。


 いつから?


 ジンの足。


 絡んでる。


「去年はさ」


 ゴクウが言った。


「お前、オレばっか見てたろ」


「……!」


「今年もだな」


 引く。


 ジンの足が。


 崩れる。


「ぐっ!」


 倒れない。


 踏ん張る。


 でも。


 ゴクウは。


 もう走っていた。


 正面。


 棒はない。


 拳。


「そんなもん――!」


 ジンが腕を振る。


 ゴクウが避ける。


 懐。


 肩。


 手を置く。


 押す。


「効くか!」


「効かねえよ」


 ゴクウが笑った。


「だから押してねえ」


「……?」


 足。


 ゴクウの足が。


 ジンの引っかかっている脚を。


 払った。


「なっ――」


 初めて。


 ジンの身体が。


 完全に浮いた。


 ゴクウは。


 押さない。


 殴らない。


 そのまま。


 ジンの勢いを。


 横へ。


 流す。


「おおおおおっ!」


 ジンが手を伸ばす。


 地面。


 指。


 届く。


 掴む。


「まだだ!」


 止まった。


 身体の半分。


 場外。


 でも。


 落ちてない。


「マジかよ」


 ゴクウが目を丸くする。


「落ちるかァ!」


 腕一本。


 ジンが身体を引き戻す。


「化け物か!」


「知ってんだろ!」


 戻る。


 その瞬間。


 ゴクウの顔。


 笑った。


「知ってるよ」


「――!」


 煙。


 ジンの掴んでいた場所。


 小さな煙玉。


 弾ける。


「また――!」


 視界。


 消える。


 その中。


 音。


 足音。


 右。


 ジンが振る。


 空。


 左。


 違う。


「どこだ!」


「ここ」


 真後ろ。


 ジンが振り向く。


 ゴクウ。


 棒を持ってる。


「いつ拾っ――」


「さっき」


 振る。


 でも。


 ジンへじゃない。


 地面。


 棒の先。


 引っかかる。


 糸。


 もう一本。


「……!」


 ジンの反対の足。


 絡む。


「お前――!」


「去年より強くなったな」


 ゴクウが。


 棒を引く。


「だから去年と同じじゃ落ちねえと思ってた」


 両足。


 崩れる。


 ジンの身体が前へ。


 それでも。


 腕。


 地面を掴もうとする。


 ゴクウは。


 そこに。


 棒を差し込んだ。


 掴めない。


「っ!」


「悪いな」


 ゴクウが。


 ジンの背中へ足を当てる。


「今年もオレだ」


 押す。


 ほんの少し。


 それだけ。


 ジンの身体が。


 境界を越えた。


 地面へ落ちる。


 静寂。


 審判が。


 確認する。


 そして。


 腕を上げた。


「場外! 勝者――サルトビ・ゴクウ!」


 大歓声。


『決まったァァァァァッ!! 昨年王者! 今年もトラガミ・ジンを撃破ァァァァァッ! サルトビ・ゴクウ、二年連続の決勝進出ゥゥゥゥッ!!』


「……」


 俺は。


 声が出なかった。


 強い。


 でも。


 何が強い?


 速い。


 それもある。


 棒の扱い。


 体術。


 煙。


 罠。


 全部。


 でも。


 たぶん。


 一番は。


「……戦うのが上手い」


 隣で。


 シウンが言った。


 前にも。


 同じことを言っていた。


「うん」


 今なら。


 よく分かる。


 ゴクウは。


 相手より強くなろうとしてない。


 ジンより力がない。


 分かってる。


 だから力で勝たない。


 シウンより頑丈じゃない。


 分かってる。


 だから正面から倒そうとしない。


 相手が何をするか。


 何を見るか。


 どこへ動くか。


 何を警戒するか。


 全部。


 使う。


 自分の弱さまで。


 利用する。


「……次、あいつか」


「うん」


 セレーネ。


 俺を見る。


「勝てる?」


「……」


 試合場。


 ゴクウが。


 こっちを見た。


 目が合う。


 ニッ。


 笑った。


 手。


 指。


 こっちへ。


 来い。


 そう言ってる。


「……性格悪そう」


「そこ?」


「だってあの顔見ろよ」


 ゴクウがさらに大きく笑う。


 俺も。


 笑った。


「勝てるかは分かんない」


 身体は重い。


 魔力も。


 完全には戻ってない。


 しかも相手は。


 シウンを倒して。


 ジンまで倒した。


 去年の王者。


 今年も。


 決勝まで来た。


 強い。


 間違いなく。


 それでも。


「やるよ」


 ここまで来たんだ。


 あと一つ。


 ゴクウが試合場から出ていく。


 入れ替わるように。


 ジンが戻ってきた。


 負けたのに。


 笑っている。


「またやられた!」


 大声。


「楽しそうだな……」


「楽しかったからな!」


「負けたんだぞ?」


「だからなんだ!」


 豪快だな。


 ジンは俺を見る。


「次はお前か」


「はい」


「気をつけろ」


「ゴクウに?」


「ああ」


 ジンが。


 少しだけ。


 笑いを薄くした。


「あいつは、強ぇ奴ほど嵌めるのが上手い」


「……」


「自分から勝ちに行くな」


「え?」


「勝とうとした時が、一番危ねえ」


 それだけ言って。


 ジンは歩いていく。


「……どういう意味だ?」


 分からない。


 でも。


 たぶん。


 大事なことを言われた。


 試合場を見る。


 係員たちが。


 また整備を始めている。


 次。


 決勝。


 俺と。


 ゴクウ。


 ここまで。


 剣を覚えた。


 魔法を覚えた。


 戦い方も。


 少しずつ。


 変わった。


 それでも。


 あいつには。


 まだ。


 俺の知らない何かがある。


 試合場の向こう。


 通路へ消える直前。


 ゴクウが一度だけ振り返った。


 今度は。


 笑っていなかった。


 ほんの一瞬。


 真っ直ぐ。


 俺を見た。


 そして。


 消える。


「……よし」


 俺も。


 立ち上がった。


 次が。


 最後だ。

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