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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第4章 大獣技場

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87/89

第87話 七色の向こう側

 七つの色が、大獣技場を呑み込んだ。


 赤。


 青。


 緑。


 風に巻き上げられた砂塵。


 白。


 黒。


 そして、足元を震わせる大地。


 どれか一つじゃない。


 全部だ。


 俺とセレーネの間にあった試合場が、一瞬で別の場所へ変わった。


「《ナイトフォール》」


 最初に世界を塗り潰したのは、闇だった。


「――っ!」


 明るかったはずの大獣技場から、光が消える。


 夜になったわけじゃない。


 目を閉じたわけでもない。


 目の前にあったセレーネの姿も、観客席も、足元の地面さえ見えなくなった。


 それだけじゃない。


 魔力の気配まで曖昧になる。


 右。


 左。


 どこだ。


「《セイクリッド》!」


 考えるより先に光を放った。


 白い光が俺を中心に広がり、まとわりついていた闇を押し退ける。


 一瞬。


 視界が戻った。


 その向こう。


 セレーネの姿が見える。


「見つけ――」


「《テンペスト》」


「うおっ!?」


 暴風が真正面から叩きつけられた。


 身体が浮く。


 足が地面から離れ、そのまま後方へ持っていかれる。


「《グランドルート》!」


 咄嗟に地面から根を伸ばす。


 一本を掴んだ。


 腕が抜けそうになる。


 それでも離さない。


 風に煽られた身体が宙で揺れ、ようやく足が地面についた。


 次の瞬間。


 地面が揺れた。


「……マジか」


「《クエイク》」


 立っていられない。


 地面そのものが波打った。


 さっき俺が掴んだ根ごと持ち上がり、足元に亀裂が走る。


 手を離す。


 跳ぶ。


 着地しようとした場所が崩れる。


「くっ……!」


 風を足元へ。


 身体を横へずらす。


 別の場所へ着地。


 そこも揺れている。


 セレーネの魔法が止まらない。


 闇で視界を奪う。


 光を使わせる。


 戻った瞬間に風。


 踏ん張ろうとすれば土。


 一つずつなら知っている。


 でも。


 繋がると、まるで別物だ。


「《インフェルノ》」


「まだ来るのかよ!」


 炎。


 揺れる地面の上で逃げ道を探す。


 ない。


 だったら消す。


「《メイルストローム》!」


 大量の水を展開する。


 渦。


 回せ。


 さっきより大きく。


 炎と水が激突した。


 轟音。


 白い蒸気が吹き上がる。


 炎が消える。


 同時に俺の水も一気に蒸発していく。


 でも。


 今度は止まらない。


 蒸気で見えなくなる前に、俺は地面へ魔力を流した。


「《グランドルート》!」


 根が走る。


 一本。


 二本。


 三本。


 地面を突き破り、蒸気の中へ飛び込んだ。


「《テンペスト》」


 また風。


 蒸気が消し飛ぶ。


 根が軋む。


 一本が折れた。


 二本目も。


 でも。


 三本目。


 残った。


「行け!」


 風に押されながら伸びた根が、セレーネの足元へ迫る。


 セレーネが一歩下がった。


 初めて。


 俺の魔法で。


 あいつが動いた。


「……」


「今、避けたな」


「避けた」


「よし」


「それだけ?」


「それだけでも進歩なんだよ!」


 言いながら走る。


 セレーネが手を上げた。


 黒。


「《ダークランス》」


 闇の槍。


 身体を捻る。


 一本目。


 避ける。


 二本目。


 屈む。


 三本目。


「《ホーリーランス》!」


 光の槍をぶつける。


 白と黒が弾けた。


 その光の向こうで。


 セレーネが少しだけ目を細める。


 俺も。


 同じことを考えた。


 光と闇。


 逆の属性。


 ぶつければ消える。


 単純だ。


 でも。


 それだけじゃない。


 俺は左手へ闇。


 右手へ光。


 同時に魔力を流す。


 難しい。


 片方へ意識を寄せると、もう片方が薄くなる。


 セレーネは。


 さっき普通にやっていた。


「……どうやってんだよ」


「なにが」


「これ!」


 右手。


「《ホーリーランス》!」


 左手。


「《ダークランス》!」


 二本を同時に放つ。


 軌道がずれた。


 光はセレーネへ。


 闇は大きく横へ逸れる。


「あっ」


「下手」


「うるさい!」


 光の槍をセレーネが横へ避ける。


 外れた闇が地面へ突き刺さった。


 同時は無理か。


 いや。


 無理じゃない。


 さっきのセレーネはできてた。


 なら、やり方がある。


 考える。


 でも。


 その時間をセレーネがくれるはずもない。


「《グランドルート》」


 地面。


「っ!」


 横へ。


 根。


 前。


 跳ぶ。


「《テンペスト》」


 空中で風。


「うわっ!」


 吹き飛ばされる。


 着地。


「《クエイク》」


「だから地面も駄目なのかよ!」


 足元が崩れる。


 転がる。


 起きる。


 その目の前に炎。


「《インフェルノ》」


「《メイルストローム》!」


 水。


 炎。


 ぶつかる。


 押される。


「くっ……!」


 同じB級。


 同じ魔法。


 なのに。


 俺の方が弱い。


 さっきより形はいい。


 渦も大きい。


 それでも、セレーネの炎を完全には消せない。


 魔力量?


 それもある。


 でも、それだけじゃない。


 無駄がない。


 セレーネの魔法は。


 必要な場所へ。


 必要な量だけ。


 魔力が流れている。


 俺は違う。


 形を保つだけで余計に使ってる。


 だから同じB級でも薄い。


「……くそ」


 水へさらに魔力を流す。


 炎が消えた。


 代わりに俺の息が大きく乱れる。


「はぁ……っ」


「……朝陽」


「なんだよ」


「使いすぎ」


「分かってる」


「分かってない」


「今それ言う?」


「言う」


 セレーネはほとんど息を乱していない。


 腹立つな。


 純粋に魔法だけで比べたら。


 勝てない。


 たぶん。


 今の俺じゃ。


 同じ七属性。


 だから同じじゃない。


 むしろ同じものを使っているからこそ、差がよく分かる。


 魔力の扱い。


 構築。


 切り替え。


 精度。


 全部。


 セレーネの方が上だ。


 だったら。


 どうする。


 正面から同じ魔法をぶつけ続けたら、先に俺が潰れる。


 剣へ戻るか。


 いや。


 それじゃ駄目だ。


 この試合で。


 俺はまだ、欲しいものを全部取ってない。


 火。


 水。


 木。


 三つ。


 B級の形は掴んだ。


 残り。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 目の前に全部ある。


 これ以上の相手なんていない。


「……よし」


「?」


「もうちょっと付き合ってくれ」


「試合中」


「知ってるよ」


 セレーネが手を向ける。


「だから、勝手に覚える」


「……そう」


 風が動いた。


「《テンペスト》」


 来た。


 今度は避けない。


 見る。


 感じる。


 空気そのものは見えない。


 でも魔力は分かる。


 セレーネから広がった魔力。


 前へ一直線じゃない。


 何本も。


 流れがある。


 外側。


 内側。


 回る。


 ぶつかる。


 押す。


 だから単純な突風より強い。


「……そういうことか」


 俺も魔力を広げる。


 右。


 左。


 上。


 別々に考えるな。


 一つの流れ。


 大きな渦。


 暴風が迫る。


 まだ。


 形が崩れる。


 もう一度。


「朝陽」


「今忙しい!」


「来る」


「見れば分かる!」


 暴風が目の前。


「《テンペスト》!」


 風が爆発した。


 俺の前から。


 セレーネの風と正面からぶつかる。


「ぐっ……!」


 音が消えた。


 いや。


 大きすぎる。


 耳が追いつかない。


 二つの暴風がぶつかり、上へ逃げた風が巨大な柱みたいに空へ昇る。


 砂。


 水。


 木片。


 全部が巻き上げられた。


 押される。


 俺の足が地面を滑る。


 でも。


 消えない。


「まだ……!」


 流れを変える。


 正面だけじゃない。


 外へ逃げる風を内側へ戻す。


 セレーネがやっていた。


 見た。


 俺の風が少し強くなる。


「っ……!」


 止まった。


 押されなくなった。


 互角。


 ほんの一瞬。


 それでいい。


 俺は魔法を切った。


 横へ走る。


 直後、セレーネのテンペストが俺のいた場所を通過した。


 試合場の端まで暴風が駆け抜け、結界が大きく揺れる。


『お、おいおいおいおいッ! なんだこの試合はァッ!?』


 実況の声が遠くから聞こえる。


『B級だ! またB級! しかも今度は風! 真白朝陽、さっきまで使えてなかったはずだぞ!? 試合の最中に何個覚えるつもりだァァァッ!』


 何個って。


「全部だよ……!」


 聞こえてないだろうけど。


 そうするつもりだ。


 残り三つ。


 土。


 光。


 闇。


 セレーネを見る。


 ちょうど地面へ手を向けたところだった。


 来る。


「《クエイク》」


 揺れ。


 今度は逃げない。


 俺も地面へ魔力を流す。


 地震を起こす。


 ……どうやって?


 グランドスパイクなら簡単だ。


 下から上。


 魔力を集めた場所の地面を突き上げる。


 クエイクは違う。


 広い。


 しかも。


 地面を作るんじゃない。


 動かす。


 セレーネの魔力。


 下。


 深い。


 表面じゃない。


「っ……!」


 揺れで膝が落ちる。


 手をつく。


 その瞬間。


 分かった。


 地面から。


 直接。


 セレーネの魔力が伝わってくる。


「ここか……!」


 俺も流す。


 浅い。


 もっと下。


 広く。


 一点を押すな。


 ずらす。


 地面の中で魔力を横へ。


 セレーネの揺れとは逆。


「《クエイク》!」


 地面が跳ねた。


「うわっ!?」


 自分でやっておいて転びそうになった。


 でも。


 揺れた。


 俺を中心に。


 地面が。


 セレーネの地震とぶつかる。


 揺れが重なる。


 地面の亀裂が別方向へ伸びた。


 セレーネが初めて大きく足を開いて踏ん張る。


「……できた」


「うん」


「できたよな!?」


「できた」


「もうちょい驚けよ!」


「さっきから驚いてる」


「だから分かりにくいんだって!」


 でも。


 見えた。


 ほんの少し。


 セレーネの口元。


 笑ってる。


 まただ。


「お前、やっぱ楽しんでるだろ」


「……朝陽も」


「まあな」


 否定できない。


 苦しい。


 魔力もかなり減った。


 身体中痛い。


 さっきから何回吹き飛ばされたか分からない。


 それでも。


 楽しい。


 できなかったことが。


 できる。


 見えなかったものが。


 見える。


 魔法って。


 こんなに自由だったのか。


 セレーネが右手を上げる。


 白。


 光。


「《セイクリッド》」


 柔らかい光が広がった。


 攻撃?


 違う。


 俺の周囲に残っていた闇属性の魔力が薄れていく。


 同時に。


 セレーネの腕にあった小さな傷が、ほんの少し塞がった。


「……治せるのか」


「少し」


 そうか。


 光。


 攻撃だけじゃない。


 浄化。


 治癒。


 闇を弱める。


 なら。


 俺も。


「《セイクリッド》」


 白い光。


 出た。


 でも。


「……弱っ」


 自分で言ってしまった。


 セレーネの光と比べると、範囲が半分もない。


 腕の擦り傷へ意識を向ける。


 治れ。


「……」


 少し。


 痛みが引いた?


 気がする。


「できてる?」


「一応」


「一応かよ」


「一応」


 まあいい。


 成立はしてる。


 あと。


 一つ。


 闇。


 俺が顔を上げた瞬間。


 セレーネの周囲から光が消えた。


 代わりに。


 黒。


 今度は分かる。


 ナイトフォール。


「……来るか」


「うん」


 闇が広がった。


「《ナイトフォール》」


 世界が落ちる。


 さっきより。


 深い。


 何も見えない。


 セレーネの気配も薄い。


 魔力を探そうとする。


 分からない。


 右か。


 左か。


 前?


 違う。


 考えるな。


 今。


 俺も同じものを作る。


 暗くする。


 だけじゃない。


 ナイトフォールは。


 視界と感知を落とす。


 つまり。


 闇そのものを作るんじゃない。


 相手と世界の間に。


 自分の魔力を挟む。


 俺は魔力を広げた。


 暗闇の中。


 自分の周囲へ。


 黒。


 闇。


 セレーネの魔力と重なる。


「《ナイトフォール》」


 変化が。


 分からない。


 元から真っ暗だから。


「……できたのか?」


 返事はない。


 当然か。


 セレーネまで聞くな。


 でも。


 その時。


 妙な感覚があった。


 見えない。


 なのに。


 分かる。


 俺の闇と。


 セレーネの闇。


 二つが重なっている。


 自分の魔力の中に。


 別の魔力がある。


 だったら。


 そこ。


 俺は横へ飛んだ。


 直後。


 闇の槍が元いた場所を通った。


「……!」


 見えた。


 いや。


 見えてない。


 感じた。


 自分のナイトフォールの中に入ったものを。


 セレーネが作った魔力を。


「そこだ!」


「《ホーリーランス》!」


 光。


 白い槍が闇を切り裂く。


 一瞬だけ。


 セレーネの姿が照らされた。


 目を見開いている。


 避ける。


 光の槍が頬の横を抜けた。


 セレーネの銀髪が数本、宙を舞う。


 闇が消えた。


 光が戻る。


 俺たちは。


 互いに離れた場所で立っていた。


「……今の」


「分かった」


「……そう」


「俺の闇の中なら、お前が魔法を使った場所が分かる」


 セレーネは答えない。


 でも。


 たぶん合ってる。


 闇で見えなくなる。


 感知も鈍る。


 普通なら不利。


 でも。


 自分が作った闇なら。


 その中に入った異物が分かる。


 少なくとも。


 俺はそう使える。


 同じ魔法でも。


 使い方は一つじゃない。


 そのことを。


 目の前のこいつに教えられた。


 俺は息を吐く。


 火。


 水。


 木。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 全部。


 まだセレーネには届かない。


 威力も。


 範囲も。


 精度も。


 それでも。


 全部。


 B級まで。


 使えた。


「……七つ」


 自分で言う。


 なんだか。


 変な感じだった。


 図書館で本を読んで。


 一人で試して。


 失敗して。


 まだ無理だと思っていたものが。


 今。


 全部。


 使える。


 セレーネが俺を見る。


「……できたね」


「お」


「なに」


「褒めた」


「別に」


「今のは褒めただろ」


「事実を言っただけ」


「はいはい」


 でも。


 嬉しい。


 少しだけ。


 ほんの少し。


 セレーネに近づけた気がする。


 ただ。


 同時に分かった。


 追いついたわけじゃない。


 むしろ。


 同じ場所に立ったからこそ。


 差が分かる。


「セレーネ」


「なに」


「やっぱお前、魔法めちゃくちゃ上手いな」


「知ってる」


「四回目」


「数えてたの?」


「なんとなく」


 セレーネが首を傾げる。


 俺は笑った。


 そして。


 構える。


 ここからだ。


 覚える時間は終わり。


 今度は。


 勝つ。


 セレーネも分かったらしい。


 空気が変わる。


 さっきまで。


 あいつは俺に魔法を見せていた。


 手加減していたわけじゃない。


 攻撃も本気だった。


 でも。


 俺が何をしているのか。


 見ていた。


 待っていた。


 試していた。


 それが。


 終わった。


「……来るぞ」


 俺は呟く。


 セレーネの周囲へ七属性の魔力が広がった。


 さっきまでより。


 明らかに速い。


「《ナイトフォール》」


 闇。


 でも。


 もう慌てない。


「《ナイトフォール》!」


 俺も重ねる。


 互いの闇がぶつかる。


 黒の中。


 魔力が動く。


 右。


「《テンペスト》!」


「《テンペスト》!」


 風と風。


 闇の中で激突する。


 暗闇が吹き飛ぶ。


 戻った光の中で。


 地面が割れた。


「《グランドルート》!」


「《グランドルート》!」


 根と根。


 絡む。


 押し合う。


 砕ける。


 その隙間から炎。


「《インフェルノ》!」


「《メイルストローム》!」


 水が炎を呑む。


 蒸気。


「《クエイク》!」


 足元。


「《クエイク》!」


 ぶつける。


 揺れが相殺しきれない。


 身体が傾く。


 その向こうから光。


「《ホーリーランス》!」


 一本。


 二本。


 三本。


 俺は闇を作る。


「《ダークランス》!」


 相殺。


 もう一本。


 光。


 闇。


 弾ける。


 白と黒が視界を埋める。


 その間から水。


 避ける。


 風。


 相殺。


 根。


 焼く。


 土。


 跳ぶ。


 炎。


 水。


 闇。


 光。


 風。


 木。


 土。


 次々と。


 止まらない。


 魔法が。


 大獣技場の中を飛び交う。


 もう実況の声も聞こえない。


 観客が何を言っているのかも分からない。


 ただ。


 轟音。


 熱。


 風。


 水。


 光。


 暗闇。


 地面が揺れ。


 根が伸び。


 炎が走る。


 試合場の景色が数秒ごとに変わっていく。


 赤く染まったと思えば。


 次には水に覆われる。


 水が風に巻き上げられ。


 地面が割れ。


 その亀裂から根が伸びる。


 闇が全部を隠し。


 直後に光が切り裂く。


 七属性。


 対。


 七属性。


 でも。


「ぐっ……!」


 俺が押されている。


 同じものを使ってるのに。


 分かる。


 一発ごと。


 ほんの少し。


 セレーネの方が強い。


 俺のインフェルノより、あいつの方が広い。


 俺のメイルストロームより、あいつの方が速い。


 俺のグランドルートより、太い。


 テンペストは流れが綺麗。


 クエイクは深い。


 セイクリッドは濃い。


 ナイトフォールは。


 あいつの方がずっと静かだ。


 同じ七つ。


 同じB級。


 それでも。


 全部。


 少しずつ負けている。


 その少しが。


 積み重なる。


「はぁっ……はぁ……!」


 息が。


 苦しい。


 魔力が減る。


 身体も重い。


 対して。


 セレーネも。


 さすがに少し息が上がってきている。


 でも。


 俺ほどじゃない。


 このままじゃ。


 負ける。


 分かってる。


 だったら。


 同じことをやめろ。


 セレーネと同じ魔法を。


 同じようにぶつけるから負ける。


 俺は。


 あいつじゃない。


 アルベルトの時もそうだった。


 あの人の槍を真似して。


 そのまま勝てたわけじゃない。


 見て。


 考えて。


 俺にできる形へ変えた。


 今も。


 同じだ。


「……」


 俺は攻撃を止めた。


 セレーネの目が細くなる。


「《インフェルノ》」


 炎。


 水で消す?


 違う。


「《テンペスト》!」


 風。


 炎へ。


 ただし正面からじゃない。


 横。


 セレーネの炎の流れを曲げる。


「……!」


 炎が逸れた。


 俺の横を通り過ぎる。


 熱い。


 でも。


 当たってない。


「そういうことか……」


 勝つ必要はない。


 魔法に。


 真正面から。


 セレーネの魔法より強いものを作る必要なんてない。


 俺が避けられるだけ。


 届くだけ。


 それでいい。


 次。


 根。


「《グランドルート》」


 正面から俺も根を出さない。


「《クエイク》!」


 根が伸びている地面。


 そこだけを揺らす。


 軌道が変わる。


 俺の横へ。


 次。


 水。


「《メイルストローム》!」


 渦をぶつけない。


 セレーネの水へ横から流れを入れる。


 二つの水が混ざる。


 巨大な流れが俺から逸れる。


「……朝陽」


「やっと分かった」


 セレーネを見る。


「お前より強い魔法、出さなくていいんだ」


「……」


「勝てないし」


「……そう」


「そこ否定してくれてもいいだろ」


「事実」


「五回目」


 セレーネの口元が。


 ほんの少し。


 上がった。


 でも。


 次の瞬間。


 消える。


 光。


「《セイクリッド》」


 広がる。


 闇が使えない。


 なら。


 土。


「《クエイク》!」


 セレーネの足元。


 揺らす。


 動く。


 そこへ。


「《テンペスト》!」


 風。


 追う。


 セレーネが水で受け流す。


 なら。


「《グランドルート》!」


 水で濡れた地面から根。


 セレーネが跳ぶ。


 空中。


「《ダークランス》!」


 闇。


 光で消される。


 分かってる。


 その光。


 そこ。


「《インフェルノ》!」


 炎。


 セレーネの目が。


 初めて。


 大きく見開かれた。


 水。


「《メイルストローム》!」


 間に合う。


 俺の炎が渦に呑まれる。


 でも。


 セレーネが着地する場所は。


 もう決まった。


 俺は走る。


 剣は抜かない。


 魔法だけで。


 ここまで来た。


 最後まで。


 魔法で行く。


「《ナイトフォール》!」


 闇。


 セレーネの周囲。


 視界を奪う。


「《セイクリッド》」


 光。


 分かってる。


 消される。


 白い光が闇を破る。


 その瞬間。


 セレーネの視界が戻る。


 俺はいない。


「……?」


 正面じゃない。


 右でも。


 左でも。


 俺は。


 セレーネの後ろ。


 ナイトフォールを使った瞬間。


 風を足元へ。


 自分の闇の中で。


 セレーネの魔力を感じながら。


 回り込んだ。


「《クエイク》!」


「っ!」


 セレーネの足元だけが揺れる。


 ほんの一瞬。


 体勢が崩れた。


 それで十分。


「《グランドルート》!」


 地面から根。


 セレーネの右。


 左。


 背後。


 三方向。


 正面だけ開ける。


 逃げ道。


 作った。


 セレーネが前へ出る。


 そこへ。


「《テンペスト》!」


 真正面からじゃない。


 上。


 風を叩き下ろす。


「……っ!」


 セレーネの身体が地面へ押される。


 動きが止まる。


 でも。


 まだ。


 あいつなら返せる。


 分かってる。


 だから。


 次。


「《ナイトフォール》!」


 もう一度。


 闇。


「《セイクリッド》!」


 すぐ光。


 分かってる。


 それも。


 待ってた。


 セレーネが光へ魔力を使った瞬間。


 俺は。


 水。


「《メイルストローム》!」


 地面を這わせる。


 渦を作るんじゃない。


 足元。


 セレーネの踏ん張りを奪う。


 根。


 風。


 闇。


 土。


 水。


 一個ずつなら。


 全部。


 セレーネの方が上。


 だから。


 一個ずつ戦わない。


「……っ」


 セレーネの身体が傾いた。


 右手が動く。


 炎。


 来る。


「《インフェルノ》」


「《テンペスト》!」


 風で逸らす。


 完全には無理。


 炎が肩を掠めた。


「熱っ……!」


 痛い。


 でも。


 止まらない。


 距離。


 五メートル。


 セレーネが水。


 俺は土。


 地面を隆起させる。


 水が割れる。


 三メートル。


 光。


 眩しい。


 目を閉じる。


 でも。


 場所は分かってる。


 俺の闇を。


 薄く。


 周囲に残してある。


 二メートル。


 セレーネの魔力が動く。


 左。


 俺は右へ。


 外れた。


 初めて。


 完全に。


 読めた。


「……!」


 セレーネの目の前。


 俺は右手を向けた。


 炎じゃない。


 水でもない。


 風でも。


 土でも。


 木でも。


 光でも。


 闇でもない。


 いや。


 違う。


 何も出さない。


 セレーネの目が。


 俺の右手へ向く。


 反応した。


 その一瞬。


 左手を地面へ。


「《グランドルート》!」


 根が。


 セレーネの背後から伸びた。


「っ!」


 振り返る。


 避ける。


 その先。


 もう置いてある。


「《クエイク》!」


 地面が崩れる。


 足が止まる。


 セレーネの手が俺へ向く。


 速い。


 まだ撃てる。


 でも。


 その手の先に。


 俺はいない。


 風。


 足元。


 横へ。


 そして。


 今度こそ。


 俺の右手が。


 セレーネの目の前へ向いた。


 距離。


 ほとんどない。


 指先に。


 小さな火。


「《イグニス》」


 ぽっ。


 情けないくらい小さな炎が灯った。


「……」


「……」


 セレーネが止まった。


 俺も止まる。


 炎は。


 あいつの額の少し手前。


 触れない距離。


 たったそれだけ。


 F級。


 俺がこの世界で。


 初めて覚えた魔法。


 今日。


 七属性全部のB級まで使えるようになって。


 最後に出したのは。


 最初の一個だった。


「……これ以上やったら、火傷するぞ」


「……その程度じゃしない」


「雰囲気だよ!」


「そう」


「そこは乗ってくれよ……」


 セレーネの右手は。


 俺の脇腹へ向いている。


 魔力が集まっている。


 撃とうと思えば。


 撃てる。


 俺だって。


 この距離なら。


 イグニスじゃなくて別の魔法を撃てる。


 でも。


 どっちも。


 動かなかった。


 数秒。


 長く感じた。


 観客席も。


 静かだった。


 セレーネが俺を見る。


 俺も見る。


 銀色の髪が。


 さっきまでの風で乱れている。


 頬に土。


 服にも泥。


 息も。


 少し上がってる。


 初めて。


 ここまで。


 追い込んだ。


 でも。


 勝った気はしない。


 魔法なら。


 やっぱり。


 こいつの方が上だ。


 それは。


 戦った俺が一番分かる。


「……セレーネ」


「なに」


「まだやる?」


 セレーネは答えなかった。


 俺の指先。


 小さな炎を見る。


 自分の右手を見る。


 そして。


 周囲を見る。


 背後には根。


 足元は崩れている。


 水が薄く流れている。


 風はまだ俺の周囲を回っている。


 闇の魔力も残っている。


 ここから無理に撃ち合えば。


 どっちも当たる。


 たぶん。


 セレーネなら。


 それでも俺より強い魔法を撃てる。


 でも。


 大会だ。


 殺し合いじゃない。


 セレーネが小さく息を吐いた。


 右手を下ろす。


 集まっていた魔力が。


 消えた。


「……降参」


「……え」


 一瞬。


 分からなかった。


「降参」


「いや、聞こえたけど」


「じゃあ、なに」


「……ほんとに?」


「言った」


「いや、だって」


 俺は周囲を見る。


「お前、まだ魔法使えるだろ」


「使える」


「だよな?」


「でも」


 セレーネが俺を見る。


「朝陽の方が、先だった」


「……」


「だから、わたしの負け」


 あっさり。


 それだけだった。


 悔しそうでもない。


 怒ってもいない。


 ただ。


 事実を言うみたいに。


「……そっか」


「うん」


 指先の火を消す。


 急に。


 全身から力が抜けた。


「……疲れたぁ」


 その場に座り込みそうになる。


 でも。


 まだ試合中。


 いや。


 終わったのか。


 審判を見る。


 固まっていた。


「……あの」


「……」


「終わり、ですよね?」


「――はっ!」


 審判が我に返った。


 セレーネを見る。


「降参で間違いないか?」


「うん」


 審判が息を吸う。


 そして。


 腕を上げた。


「勝者――真白朝陽!」


 一瞬。


 静寂。


 その後。


 大獣技場が。


 爆発した。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 音が。


 身体にぶつかる。


「うわっ……!」


 思わず耳を塞いだ。


『決着ゥゥゥゥゥゥッ!! なんだこの試合はァァァァッ!! 七属性! 七属性対七属性! 火! 水! 木! 風! 土! 光! 闇! 全部だ! 全部使いやがったァァァァァッ!!』


 実況が壊れてる。


『しかも真白朝陽! 試合の途中で! B級魔法を! 一つ、二つじゃねえ! 七属性すべてで使いやがったァァァァッ!!』


 歓声。


 拍手。


 叫び声。


 全部混ざって。


 何が何だか分からない。


 俺は。


 ただ。


 目の前のセレーネを見る。


「……なあ」


「なに」


「俺、勝った?」


「勝った」


「……マジか」


「うん」


 実感がない。


 アルベルトに勝った時もそうだった。


 でも。


 今回は。


 もっと。


 変な感じだ。


 だって。


 強かった。


 めちゃくちゃ。


 途中から何回。


 無理だと思ったか分からない。


 同じ七属性。


 だから。


 勝負になると思った。


 違った。


 同じものを使えることと。


 同じように使えることは。


 全然違う。


 俺は。


 まだ。


 セレーネほど魔法を使えない。


 それでも。


 勝てた。


 俺なりに。


 考えて。


 繋いで。


 あいつより強い魔法を出すんじゃなく。


 あいつを動かして。


 逃げ道を作って。


 そこへ追い込んだ。


「……」


 自分の手を見る。


 さっきまで。


 七つの属性を。


 ここから出していた。


 火。


 水。


 木。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 全部。


 B級。


 ほんの少し前まで。


 できなかったのに。


「朝陽」


「ん?」


「嬉しそう」


「……まあな」


「そう」


「お前は悔しくないの?」


「少し」


「少しなんだ」


「うん」


 セレーネが俺の横を通り過ぎる。


 数歩。


 そこで止まった。


「でも」


 振り返らない。


「面白かった」


「……」


 それだけ言って。


 また歩き出した。


「……そっか」


 俺も。


 同じだ。


 めちゃくちゃ疲れた。


 身体中痛い。


 魔力もほとんど残ってない。


 試合場なんて。


 もう原形が分からない。


 焼けて。


 濡れて。


 割れて。


 根が生えて。


 あちこち抉れている。


 これ。


 本当に怒られないよな?


 観客席を見る。


 全員立ってる。


 まだ騒いでる。


 まあ。


 大丈夫か。


 たぶん。


「朝陽ー!」


 聞き覚えのある声。


 シウンだ。


 観客席の一角で大きく手を振っている。


「勝ったな!」


 見れば分かるだろ。


 でも。


 俺も手を上げる。


 小さく。


 その横。


 ミニムスが。


 頭を抱えていた。


「……」


 なんで?


 あ。


 賭けか。


「……知らね」


 今は。


 どうでもいい。


 準決勝。


 一つ目。


 勝った。


 つまり。


 次は。


 決勝。


 ゴクウか。


 ジン。


 そのどちらか。


 試合場を出る前。


 俺は一度だけ振り返った。


 七属性がぶつかり合った跡。


 ほんの少し前まで。


 俺は。


 五属性を見せただけで。


 やりすぎたと思っていた。


 それが今じゃ。


 全部。


 見せた。


「……後で絶対面倒なことになるよな」


「なると思う」


「聞こえてたのかよ」


 少し先を歩いていたセレーネが答える。


「……どうしよう」


「知らない」


「お前もだろ!」


「わたしは気にしない」


「ずるくない?」


「別に」


 そのまま歩いていく。


「待てよ」


 俺も後を追った。


 七つの属性。


 俺だけじゃなかった。


 それを知った。


 そして。


 同じ七つを使える相手と戦って。


 初めて分かった。


 使えることと。


 使いこなすことは違う。


 俺はまだ。


 入り口に立っただけだ。


 それでも。


 昨日まで届かなかった場所には。


 もう。


 手が届いている。


 火から始まった。


 小さな。


 指先ほどの炎から。


 気づけば。


 七色。


 その全部が。


 俺の中にある。


 でも。


 きっと。


 ここが終わりじゃない。


 七色の。


 その向こう側。


 そこに何があるのか。


 今の俺には。


 まだ分からない。

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