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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第4章 大獣技場

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第85話 虎と子犬

 シバ・コタロウとトラガミ・ジン。


 二人が舞台の中央で向かい合う。


 こうして並ぶと、体格差は嫌でも目についた。


 コタロウは腰の刀へ手を置き、正面に立つジンを睨み上げている。


 対するジンは素手だった。


 拳を握っているわけでもない。肩から余計な力を抜き、ただ自然に立っている。


 それなのに。


 どちらが強者なのかと聞かれれば、戦いが始まる前から答えが分かってしまいそうなほど、その立ち姿には差があった。


「……でけえな」


 思わず呟く。


 予選でも見ていたはずなのに、こうして舞台の中央でコタロウと向かい合うと余計にそう見える。


「大きいだけではないぞ」


 隣でシウンが言った。


「分かる?」


「うむ。隙がない」


 さっきまでゴクウと戦っていたせいか、シウンの目はまだ戦う者のそれだった。


「おそらく、かなり強い」


「だよな……」


 昨年の準優勝者。


 相手は、あのゴクウだった。


 弱いはずがない。


 舞台の上では、コタロウも同じことを感じているはずだった。


 それでも。


「おい」


「あ?」


「武器は?」


 コタロウが聞いた。


「ねえよ」


「……は?」


「俺は素手だ」


 ジンが両手を軽く広げる。


「見りゃ分かんだろ」


「そういう意味じゃねえよ。俺は刀持ってんだぞ」


「だから?」


「だから……」


 一瞬、コタロウが言葉に詰まる。


「何か持てよ!」


「なんでだよ」


「なんか卑怯みてえになるだろ!」


 観客席から笑いが起きた。


「コタロウ!」


 離れた席からスズの声が飛んでくる。


「相手がいいって言ってんだから気にすんな!」


「分かってる!」


「分かってねえだろ!」


「うるせえ!」


「前見ろ!」


 コタロウが慌ててジンへ向き直る。


 ジンは何もしていなかった。


「……攻撃しねえのかよ」


「まだ始まってねえだろ」


「…………」


「お前、面白えな」


「うるせえ!」


 また笑いが起きる。


 でも。


 審判が二人の間へ入った瞬間。


 コタロウの表情が変わった。


 刀を抜く。


 腰を落とす。


 両手で柄を握り、切っ先をジンへ向けた。


「……」


 さっきまでとは別人みたいだった。


 ジンもそれを見ている。


 少しだけ。


 目が細くなった。


「両者、準備はいいか!」


「おう!」


「ああ」


 審判が腕を上げる。


 大獣技場が静まる。


「始め!」


 先に動いたのはコタロウだった。


「おらぁ!」


 一気に距離を詰める。


 速い。


 ギルドで俺に喧嘩を売ってきた時よりも、ずっと動きが鋭く見えた。


 真正面。


 そう思った瞬間、ジンの間合いへ入る直前に右へ踏む。


 横薙ぎ。


 ジンが半歩下がった。


 刃が胸元を通過する。


 コタロウは振り切った刀をそのまま返した。


 逆袈裟。


 ジンが身体を反らす。


 空振り。


「まだだ!」


 さらに踏み込む。


 突き。


 腹を狙う。


 そこで初めて。


 ジンの右手が動いた。


 刀の腹へ掌を添える。


 強く叩いたわけじゃない。


 僅かに押しただけ。


 それだけで。


「なっ」


 切っ先が逸れた。


 コタロウの身体が前へ流れる。


 次の瞬間。


 ジンの拳が腹へ入った。


「ぐっ!」


 鈍い音。


 コタロウの身体が浮く。


 石床へ落ち、そのまま転がった。


「コタロウ!」


 ゴウの声が飛ぶ。


 けれどコタロウは、転がりながら刀を石床へ突き立てた。


 止まる。


 すぐに立ち上がる。


「……っ」


 腹を押さえた。


 顔が歪んでいる。


 一発。


 たった一発なのに。


「重っ……」


 ジンは追わない。


「立てるか?」


「……その言い方」


「あ?」


「ムカつくんだよ!」


 再び地面を蹴る。


 刀を振るう。


 ジンが避ける。


 二撃目。


 避ける。


 三撃目。


 コタロウが途中で止めた。


「……」


 今度は行かない。


 一度距離を取る。


 そのままジンの周囲を回り始めた。


「あ」


 俺は小さく声を漏らした。


「変えた」


 セレーネが言う。


「うん」


 正面から突っ込んでも駄目だと分かった。


 一度殴られただけで。


 コタロウは戦い方を変えた。


 右へ。


 左へ。


 一定の速度では動かない。


 止まる。


 走る。


 また止まる。


 ジンも無理には追わず、身体の向きだけを変えている。


 コタロウが踏み込んだ。


 右。


 刀。


 ジンが避ける。


 すぐ離れる。


 今度は左。


 同じ。


 刀だけを届かせ、自分は拳の間合いへ残らない。


「へえ」


 ジンが笑った。


「ちゃんと考えられんじゃねえか」


「馬鹿にすんな!」


「褒めてんだよ」


「そう聞こえねえ!」


 また踏み込む。


 刀。


 避けられる。


 退く。


 追わせない。


 もう一度。


 今度は途中で踏み込みを止める。


 ジンの拳が動かないことを確認してから、別の角度へ回る。


「……あいつ」


 俺は舞台を見ながら呟いた。


 最初に会った時。


 コタロウたちは三人で俺へ飛びかかってきた。


 勢いはあった。


 でも、それだけだった。


 相手を見るより先に自分たちが動く。


 攻撃が通らなければ、もっと強く攻撃する。


 だから。


 全部分かりやすかった。


 でも今は違う。


 自分より強い相手を前にして。


 どうすれば届くのかを考えている。


「成長してるな」


 自然に言葉が出た。


「嬉しそうだな」


 シウンが言う。


「え?」


「顔」


 触る。


 確かに。


 少し笑っていた。


「……別に俺が教えたわけじゃないけど」


「お主に負けたのがきっかけなのであろう?」


「たぶん」


「ならば、少しくらい喜べばよい」


「そういうもんかな」


「そういうものだ」


 舞台。


 コタロウが動く。


 右。


 刀。


 避けられる。


 離れる。


 左。


 また刀。


 今度は。


 途中で身体を沈めた。


「っ!」


 ジンの拳が頭上を通る。


 コタロウが懐へ潜る。


 下から刀を振り上げた。


「お」


 ジンが初めて大きく身体を引く。


 刃が服を掠めた。


 コタロウは追わない。


 すぐに離れる。


「……惜しい!」


 俺まで声が出た。


「今のはよかったな」


 シウンも頷く。


 コタロウが笑う。


「どうした!」


 刀を構える。


「さっきから避けてばっかじゃねえか!」


「お前」


 ジンも笑った。


「一発掠ったくらいで調子乗れんの、すげえな」


「掠らせたんだよ!」


「はいはい」


「その言い方やめろ!」


 でも。


 ジンの立ち方が変わった。


 ほんの少し。


 腰が落ちた。


「……来る」


 俺が気づいた時には。


 もう遅かった。


 ジンが踏み込む。


「え?」


 コタロウの目が見開かれる。


 速い。


 ゴクウみたいに複雑じゃない。


 右も左もない。


 ただ前へ出ただけ。


 なのに。


 一瞬で距離が消えた。


「っ!」


 コタロウが刀を横へ構える。


 拳。


 刀の腹へ。


 轟音。


「ぐあっ!」


 刀ごとコタロウが吹き飛ぶ。


 数メートル。


 着地。


 できない。


 足が滑る。


 片膝をつく。


「……っ」


 両腕が震えている。


「嘘だろ……」


 思わず呟いた。


 さっきのシウンほど派手じゃない。


 石床が砕けたわけでもない。


 でも。


 真正面から刀で受けたコタロウが、あそこまで飛ばされた。


「すごいな」


 シウンが楽しそうに言う。


「戦いたかったか?」


「少し」


「だと思った」


 コタロウが立つ。


 刀を握り直す。


 腕の震えは止まっていない。


「どうした」


 ジンが言う。


「終わりか?」


「……誰が」


「なら来い」


「言われなくても!」


 コタロウが走る。


 でも。


 今度は真正面からじゃない。


 途中で右へ切り返す。


 ジンが向く。


 さらに左。


 小柄な身体を活かして、懐へ潜る。


 刀。


 ジンが避ける。


 コタロウはそのまま背後へ抜けた。


「もらった!」


 振り返りざま。


 横薙ぎ。


 ジンも振り返る。


 僅かに遅い。


 刃が肩を掠めた。


 血が飛ぶ。


「……!」


 歓声。


「入った!」


 俺も身を乗り出す。


 浅い。


 ほとんど傷にはなっていない。


 それでも。


 当たった。


「っしゃあ!」


「喜ぶの早い!」


 スズの声が飛ぶ。


「分かってる!」


 コタロウがすぐ離れる。


 ジンは追わなかった。


 自分の肩を見る。


 薄く血が滲んでいる。


「……へえ」


 指で触れる。


 その指についた血を見る。


 そして。


 コタロウへ視線を戻した。


「名前」


「は?」


「お前、名前なんつった」


 コタロウの眉が吊り上がる。


「シバ・コタロウだ!」


「そうか」


「試合前に聞いただろ!」


「聞いてたっけ?」


「てめえ……!」


「悪い悪い」


 ジンが笑う。


「今覚えた」


「ぶっ飛ばす!」


「やってみろ」


 さっきまでと。


 少し違う。


 ジンの目。


 ようやく。


 コタロウそのものを見ている。


「……認めたのか」


 俺が呟く。


「たぶん」


 セレーネが答えた。


 コタロウも。


 気づいたのかもしれない。


 怒っているくせに。


 口元が少し上がっている。


「来い、コタロウ」


「上等だ!」


 二人が同時に動いた。


 中央。


 刀と拳。


 コタロウが斬る。


 ジンが避ける。


 拳。


 コタロウが身体を沈める。


 頭上を抜ける。


 刀を返す。


 ジンの腕。


 浅く切れる。


 血。


 でも止まらない。


 ジンの膝。


「っ!」


 コタロウが刀の柄で受ける。


 衝撃。


 身体が浮く。


 それでも着地。


 すぐに斬る。


「おらぁ!」


「いいぞ!」


 ジンが笑う。


 刀。


 拳。


 蹴り。


 刃。


 今までとは違う。


 ジンが待たなくなった。


 コタロウに合わせていた男が。


 自分から前へ出ている。


 だから。


 コタロウは一気に苦しくなった。


「ぐっ!」


 拳が肩へ入る。


 身体が傾く。


 刀を振る。


 避けられる。


 蹴り。


 脇腹。


「がっ!」


 吹き飛ぶ。


 転がる。


 それでも立つ。


「まだだ!」


 走る。


 刀。


 ジンの頬を掠める。


 細い傷。


「はっ!」


 ジンが笑う。


「そうだ! 来い!」


「言われなくても行ってんだよ!」


 また。


 拳。


 コタロウが避ける。


 完全には避けきれない。


 肩を掠める。


 体勢が崩れる。


 そこへ蹴り。


 刀で受ける。


 押される。


 歯を食いしばる。


「うおおおっ!」


 押し返す。


 ジンの身体が僅かに下がる。


「……すげえ」


 どちらを見て言ったのか。


 自分でも分からない。


 ジンは明らかに強い。


 俺がアルベルトさんに感じたものとは、また違う。


 技術が洗練されているというより。


 身体の使い方そのものに迷いがない。


 殴る。


 蹴る。


 踏み込む。


 単純な動き。


 なのに、一つ一つが重い。


 速い。


 無駄がない。


 対するコタロウは。


 何度も殴られている。


 何度も吹き飛ばされている。


 それでも。


 まだ前へ行く。


「……怖くないのかな」


 思わず口から出た。


「怖いだろう」


 セレーネが言う。


「え?」


「怖くないんじゃない」


 舞台。


 ジンの拳。


 コタロウが刀で受ける。


 腕が沈む。


 それでも。


 踏ん張る。


「怖くても、行ってる」


「……」


 その言葉が。


 妙に残った。


 怖くないから前へ行けるんじゃない。


 怖くても。


 勝ちたいから。


 前へ行く。


「くそっ!」


 コタロウが刀を振る。


 ジンが避ける。


「まだ!」


 もう一度。


 避けられる。


「まだだ!」


 踏み込む。


 刀。


 拳。


 衝突。


 コタロウが押し負ける。


 足が滑る。


 でも倒れない。


「お前」


 ジンが言った。


「しつけえな」


「犬だからな!」


「関係あんのか?」


「知らねえ!」


「知らねえのかよ!」


 観客席から笑いが起こる。


 コタロウも笑っている。


 口元から血が出ているのに。


 それでも。


「まだ終わってねえぞ!」


「分かってる」


 ジンが拳を握る。


「だから来い」


「おらぁ!」


 コタロウが走る。


 今度は低い。


 刀。


 ジンの脚。


 ジンが足を上げる。


 避ける。


 コタロウが刀から片手を離した。


 地面へ手をつく。


 身体を回す。


 蹴り。


「おっ」


 ジンの腹へ入る。


 ほとんど効いていない。


 でも。


 その反動でコタロウ自身が距離を取る。


 着地。


 すぐに刀を構え直す。


「そんなこともできんのか」


「俺を誰だと思ってんだ!」


「知らねえ」


「さっき名前覚えたって言っただろ!」


「ああ、そうだった」


「てめえ絶対わざとだろ!」


 怒鳴りながら。


 また走る。


 ジンの拳。


 コタロウが身体を捻る。


 避ける。


 懐。


 入った。


「もらった!」


 刀を振り上げる。


 ジンの胸。


 その瞬間。


 左手。


 ジンがコタロウの手首を掴んだ。


「なっ」


 止まった。


 両手で振り上げようとしていた刀が。


 完全に。


「……嘘だろ」


 コタロウが腕へ力を込める。


 動かない。


「悪くなかった」


 ジンが言う。


「でも」


 右拳を引く。


「真っ直ぐすぎる」


「っ!」


 コタロウが。


 刀を離した。


「え?」


 俺が声を漏らす。


 自分から武器を捨てた。


 身体を沈める。


 ジンの拳が頭上を抜けた。


「おっ」


 懐。


 完全に入った。


 コタロウが拳を握る。


「おらぁ!」


 腹。


 殴る。


 鈍い音。


「……」


「……」


 コタロウの拳が止まっている。


 ジンの腹で。


「硬っ……」


「お前な」


 ジンが呆れたように笑った。


「俺相手に素手で来んのかよ」


「うるせえ!」


 もう一発。


 顔。


 ジンが避ける。


「だったら!」


 コタロウが飛びついた。


「は?」


 ジンの腕。


 そのまま。


 噛みつく。


「いってぇな!」


 一瞬。


 大獣技場が静まった。


「お前、噛むのかよ!」


「犬だからな!」


「だから何なんだよ!」


「離せコラ!」


「嫌だ!」


 観客席が爆笑する。


「何してんのあいつ!」


 スズが頭を抱えた。


「いけコタロウ!」


 ゴウだけは拳を握っている。


「噛み切れ!」


「何を!?」


 俺まで声が出た。


「はははっ!」


 シウンは腹を抱えて笑っている。


「よいではないか! 実にしぶとい!」


「褒めるとこそこ?」


 舞台では。


「離せ!」


「嫌だ!」


「このクソガキ!」


 ジンが腕を振る。


 コタロウの身体が浮く。


 それでも離さない。


「んんんっ!」


「意地でも離さねえ気か!」


「おう!」


「喋れんのかよ!」


 もう一度。


 大きく腕を振る。


「いい加減にしろ!」


 とうとうコタロウの身体が宙へ飛んだ。


「うわっ!」


 石床へ落ちる。


 背中。


「ぐえっ!」


「……」


 ジンが腕を見る。


 くっきり歯形が残っていた。


「マジで噛みやがった……」


「へっ」


 コタロウが起き上がる。


「ざまあみろ」


「何がだよ」


「一発入れた」


「噛んだだけだろ」


「一緒だ!」


「一緒じゃねえ!」


 また笑いが起きる。


 でも。


 その笑いが少しずつ消えていった。


 コタロウの脚。


 震えている。


 刀を拾おうとして。


 一度。


 手が空を切った。


「……」


 ジンも見ている。


 コタロウはもう一度手を伸ばした。


 柄を握る。


 立つ。


 ゆっくり。


「コタロウ」


「あ?」


「もういい」


 ジンの声から。


 さっきまでの笑いが消えた。


「十分だ」


「……何が」


「ここまで来た時点で、お前は大したもんだ」


「……」


「まだ若い。無理して壊れる必要はねえ」


 コタロウが黙る。


「降参しろ」


 大獣技場が静かになる。


 ゴウも。


 スズも。


 何も言わない。


 コタロウは。


 俯いていた。


「……やだね」


「そうか」


「俺は」


 刀を握り直す。


「俺らは冒険者だ」


 その言葉。


 覚えている。


 ギルドで。


 俺が子供扱いした時。


『俺らだって冒険者だ! 子供じゃねえ!』


 あの時。


 俺は。


 仕方なく刀から手を離した。


 子供相手に武器なんて使えないと思ったから。


 でも。


 コタロウたちにとっては。


 そんなことは関係なかった。


 弱くても。


 未熟でも。


 冒険者として見てほしかった。


「負けるって決まるまで」


 コタロウが刀を構える。


「勝つつもりでやんだよ」


「……」


 ジンが黙った。


 少し。


 長い沈黙。


 やがて。


「そうか」


 ジンが腰を落とす。


 今までで一番。


 深く。


 拳を構えた。


「なら来い」


 コタロウが笑う。


「最初からそうしろよ」


 走った。


 速くない。


 最初の踏み込みとは比べものにならない。


 脚が震えている。


 呼吸も荒い。


 刀も下がっている。


 それでも。


 前へ。


 ジンも動く。


 真っ直ぐ。


 二人の距離が縮まる。


 コタロウが刀を振り上げた。


「おらあああっ!」


 最後の一撃。


 振り下ろす。


 ジンは。


 避けなかった。


 左腕を上げる。


 刃が入る。


 血が飛ぶ。


「っ!」


 コタロウの目が見開かれた。


 届いた。


 その瞬間。


 ジンの右拳が。


 コタロウの腹へ。


 入った。


 音は。


 思っていたより小さかった。


「――っ」


 コタロウの身体から力が抜ける。


 刀が落ちた。


 膝が折れる。


 地面へ倒れる前に。


 ジンがその身体を受け止めた。


「……」


 静かだった。


 コタロウはもう動かない。


 審判が近づく。


 顔を見る。


 呼吸を確認する。


 そして。


「そこまで!」


 腕が上がった。


「勝者――トラガミ・ジン!」


 大歓声。


 でも。


 その中に。


 大きな拍手が混ざっていた。


 ジンだけじゃない。


 負けたコタロウにも。


「コタロウ!」


「コタロウ!」


 ゴウとスズが叫んでいる。


 ジンは係員へコタロウを預けた。


「大丈夫だ」


 言う。


「最後は抜いた」


「……ほんとかよ!」


 ゴウが声を飛ばす。


「こんなガキ相手に本気で殴るかよ」


「ガキじゃねえ!」


 スズが即座に怒鳴った。


「お前らそこは本人いなくても怒るんだな」


 ジンが笑う。


 それから。


 運ばれていくコタロウを見る。


「……次は」


 小さく。


「もっと強くなって来い」


 返事はない。


 でも。


 たぶん。


 聞こえていたら。


 あいつなら。


『言われなくても!』


 くらいは言うんだろう。


     ◇


「……負けたな」


 俺は呟いた。


「うむ」


 シウンが答える。


「だが、よい戦いだった」


「そうだな」


 最初に会った時は。


 ただ生意気な奴だと思っていた。


 口が悪くて。


 すぐ喧嘩を売って。


 三人まとめて俺に負けた。


 でも。


 あいつはあいつなりに。


 前へ進んでいる。


 負けたから終わりじゃない。


 むしろ。


 負けたところから。


「……俺も人のこと言えないか」


「なにが?」


 セレーネが聞く。


「いや」


 アルベルトさんとの戦いを思い出した。


 見て。


 真似して。


 失敗して。


 それでも最後には。


 少しだけ。


 前よりできることが増えた。


「なんでもない」


 舞台では。


 ジンが退場しようとしている。


 その先。


 壁へ寄りかかっていた男が手を上げた。


「お疲れ」


 ゴクウ。


「見てたのか」


 ジンが言う。


「そりゃ見るだろ」


「暇人だな」


「次、お前とオレなんだけど」


「ああ」


 ジンが笑う。


「今度は勝つ」


「去年も聞いたぞ、それ」


「今年は違う」


「去年もそんなこと言ってなかった?」


「うるせえ」


 すれ違う。


 それだけ。


 なのに。


 周囲の観客がざわつき始める。


「来るぞ」


「去年の決勝だ」


「今年は準決勝か」


 昨年の優勝者。


 サルトビ・ゴクウ。


 昨年の準優勝者。


 トラガミ・ジン。


 今年は。


 決勝へ行く前に。


 どちらかが消える。


「……あれも見たいな」


 思わず呟く。


「朝陽」


「ん?」


 セレーネが俺を見ていた。


「その前」


「その前?」


 一瞬。


 何を言っているのか分からなかった。


 準々決勝。


 四試合。


 全部終わった。


 勝ち残ったのは。


 俺。


 セレーネ。


 ゴクウ。


 ジン。


「あ」


 準決勝。


 第一試合。


「……俺たちか」


「うん」


 セレーネが立ち上がる。


 俺も少し遅れて立った。


 アルベルトさんとの戦いで。


 俺は新しい戦い方を知った。


 剣へ魔力を流す。


 属性を纏わせる。


 まだ覚えたばかり。


 まともに使えるとは言えない。


 それでも。


 前よりは。


 確実に強くなった。


 でも。


 次の相手は。


「セレーネ」


「なに?」


「一応聞くけど」


「うん」


「手加減してくれたりは?」


「しない」


 即答だった。


「ですよね」


「朝陽は?」


「え?」


「するの?」


「……」


 少し考える。


 必要もなかった。


「しない」


「そう」


 それだけ言って。


 セレーネは舞台へ続く通路へ向かった。


 俺もその背中を追う。


 何度も一緒に戦った。


 魔物とも。


 人とも。


 危ない場所にも行った。


 セレーネが強いことは。


 知っている。


 でも。


 考えてみれば。


 俺はまだ。


 セレーネがどれほど強いのか。


 本当の意味では。


 何も知らない。


 大獣技場に。


 次の試合を告げる声が響き始めた。

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