第85話 虎と子犬
シバ・コタロウとトラガミ・ジン。
二人が舞台の中央で向かい合う。
こうして並ぶと、体格差は嫌でも目についた。
コタロウは腰の刀へ手を置き、正面に立つジンを睨み上げている。
対するジンは素手だった。
拳を握っているわけでもない。肩から余計な力を抜き、ただ自然に立っている。
それなのに。
どちらが強者なのかと聞かれれば、戦いが始まる前から答えが分かってしまいそうなほど、その立ち姿には差があった。
「……でけえな」
思わず呟く。
予選でも見ていたはずなのに、こうして舞台の中央でコタロウと向かい合うと余計にそう見える。
「大きいだけではないぞ」
隣でシウンが言った。
「分かる?」
「うむ。隙がない」
さっきまでゴクウと戦っていたせいか、シウンの目はまだ戦う者のそれだった。
「おそらく、かなり強い」
「だよな……」
昨年の準優勝者。
相手は、あのゴクウだった。
弱いはずがない。
舞台の上では、コタロウも同じことを感じているはずだった。
それでも。
「おい」
「あ?」
「武器は?」
コタロウが聞いた。
「ねえよ」
「……は?」
「俺は素手だ」
ジンが両手を軽く広げる。
「見りゃ分かんだろ」
「そういう意味じゃねえよ。俺は刀持ってんだぞ」
「だから?」
「だから……」
一瞬、コタロウが言葉に詰まる。
「何か持てよ!」
「なんでだよ」
「なんか卑怯みてえになるだろ!」
観客席から笑いが起きた。
「コタロウ!」
離れた席からスズの声が飛んでくる。
「相手がいいって言ってんだから気にすんな!」
「分かってる!」
「分かってねえだろ!」
「うるせえ!」
「前見ろ!」
コタロウが慌ててジンへ向き直る。
ジンは何もしていなかった。
「……攻撃しねえのかよ」
「まだ始まってねえだろ」
「…………」
「お前、面白えな」
「うるせえ!」
また笑いが起きる。
でも。
審判が二人の間へ入った瞬間。
コタロウの表情が変わった。
刀を抜く。
腰を落とす。
両手で柄を握り、切っ先をジンへ向けた。
「……」
さっきまでとは別人みたいだった。
ジンもそれを見ている。
少しだけ。
目が細くなった。
「両者、準備はいいか!」
「おう!」
「ああ」
審判が腕を上げる。
大獣技場が静まる。
「始め!」
先に動いたのはコタロウだった。
「おらぁ!」
一気に距離を詰める。
速い。
ギルドで俺に喧嘩を売ってきた時よりも、ずっと動きが鋭く見えた。
真正面。
そう思った瞬間、ジンの間合いへ入る直前に右へ踏む。
横薙ぎ。
ジンが半歩下がった。
刃が胸元を通過する。
コタロウは振り切った刀をそのまま返した。
逆袈裟。
ジンが身体を反らす。
空振り。
「まだだ!」
さらに踏み込む。
突き。
腹を狙う。
そこで初めて。
ジンの右手が動いた。
刀の腹へ掌を添える。
強く叩いたわけじゃない。
僅かに押しただけ。
それだけで。
「なっ」
切っ先が逸れた。
コタロウの身体が前へ流れる。
次の瞬間。
ジンの拳が腹へ入った。
「ぐっ!」
鈍い音。
コタロウの身体が浮く。
石床へ落ち、そのまま転がった。
「コタロウ!」
ゴウの声が飛ぶ。
けれどコタロウは、転がりながら刀を石床へ突き立てた。
止まる。
すぐに立ち上がる。
「……っ」
腹を押さえた。
顔が歪んでいる。
一発。
たった一発なのに。
「重っ……」
ジンは追わない。
「立てるか?」
「……その言い方」
「あ?」
「ムカつくんだよ!」
再び地面を蹴る。
刀を振るう。
ジンが避ける。
二撃目。
避ける。
三撃目。
コタロウが途中で止めた。
「……」
今度は行かない。
一度距離を取る。
そのままジンの周囲を回り始めた。
「あ」
俺は小さく声を漏らした。
「変えた」
セレーネが言う。
「うん」
正面から突っ込んでも駄目だと分かった。
一度殴られただけで。
コタロウは戦い方を変えた。
右へ。
左へ。
一定の速度では動かない。
止まる。
走る。
また止まる。
ジンも無理には追わず、身体の向きだけを変えている。
コタロウが踏み込んだ。
右。
刀。
ジンが避ける。
すぐ離れる。
今度は左。
同じ。
刀だけを届かせ、自分は拳の間合いへ残らない。
「へえ」
ジンが笑った。
「ちゃんと考えられんじゃねえか」
「馬鹿にすんな!」
「褒めてんだよ」
「そう聞こえねえ!」
また踏み込む。
刀。
避けられる。
退く。
追わせない。
もう一度。
今度は途中で踏み込みを止める。
ジンの拳が動かないことを確認してから、別の角度へ回る。
「……あいつ」
俺は舞台を見ながら呟いた。
最初に会った時。
コタロウたちは三人で俺へ飛びかかってきた。
勢いはあった。
でも、それだけだった。
相手を見るより先に自分たちが動く。
攻撃が通らなければ、もっと強く攻撃する。
だから。
全部分かりやすかった。
でも今は違う。
自分より強い相手を前にして。
どうすれば届くのかを考えている。
「成長してるな」
自然に言葉が出た。
「嬉しそうだな」
シウンが言う。
「え?」
「顔」
触る。
確かに。
少し笑っていた。
「……別に俺が教えたわけじゃないけど」
「お主に負けたのがきっかけなのであろう?」
「たぶん」
「ならば、少しくらい喜べばよい」
「そういうもんかな」
「そういうものだ」
舞台。
コタロウが動く。
右。
刀。
避けられる。
離れる。
左。
また刀。
今度は。
途中で身体を沈めた。
「っ!」
ジンの拳が頭上を通る。
コタロウが懐へ潜る。
下から刀を振り上げた。
「お」
ジンが初めて大きく身体を引く。
刃が服を掠めた。
コタロウは追わない。
すぐに離れる。
「……惜しい!」
俺まで声が出た。
「今のはよかったな」
シウンも頷く。
コタロウが笑う。
「どうした!」
刀を構える。
「さっきから避けてばっかじゃねえか!」
「お前」
ジンも笑った。
「一発掠ったくらいで調子乗れんの、すげえな」
「掠らせたんだよ!」
「はいはい」
「その言い方やめろ!」
でも。
ジンの立ち方が変わった。
ほんの少し。
腰が落ちた。
「……来る」
俺が気づいた時には。
もう遅かった。
ジンが踏み込む。
「え?」
コタロウの目が見開かれる。
速い。
ゴクウみたいに複雑じゃない。
右も左もない。
ただ前へ出ただけ。
なのに。
一瞬で距離が消えた。
「っ!」
コタロウが刀を横へ構える。
拳。
刀の腹へ。
轟音。
「ぐあっ!」
刀ごとコタロウが吹き飛ぶ。
数メートル。
着地。
できない。
足が滑る。
片膝をつく。
「……っ」
両腕が震えている。
「嘘だろ……」
思わず呟いた。
さっきのシウンほど派手じゃない。
石床が砕けたわけでもない。
でも。
真正面から刀で受けたコタロウが、あそこまで飛ばされた。
「すごいな」
シウンが楽しそうに言う。
「戦いたかったか?」
「少し」
「だと思った」
コタロウが立つ。
刀を握り直す。
腕の震えは止まっていない。
「どうした」
ジンが言う。
「終わりか?」
「……誰が」
「なら来い」
「言われなくても!」
コタロウが走る。
でも。
今度は真正面からじゃない。
途中で右へ切り返す。
ジンが向く。
さらに左。
小柄な身体を活かして、懐へ潜る。
刀。
ジンが避ける。
コタロウはそのまま背後へ抜けた。
「もらった!」
振り返りざま。
横薙ぎ。
ジンも振り返る。
僅かに遅い。
刃が肩を掠めた。
血が飛ぶ。
「……!」
歓声。
「入った!」
俺も身を乗り出す。
浅い。
ほとんど傷にはなっていない。
それでも。
当たった。
「っしゃあ!」
「喜ぶの早い!」
スズの声が飛ぶ。
「分かってる!」
コタロウがすぐ離れる。
ジンは追わなかった。
自分の肩を見る。
薄く血が滲んでいる。
「……へえ」
指で触れる。
その指についた血を見る。
そして。
コタロウへ視線を戻した。
「名前」
「は?」
「お前、名前なんつった」
コタロウの眉が吊り上がる。
「シバ・コタロウだ!」
「そうか」
「試合前に聞いただろ!」
「聞いてたっけ?」
「てめえ……!」
「悪い悪い」
ジンが笑う。
「今覚えた」
「ぶっ飛ばす!」
「やってみろ」
さっきまでと。
少し違う。
ジンの目。
ようやく。
コタロウそのものを見ている。
「……認めたのか」
俺が呟く。
「たぶん」
セレーネが答えた。
コタロウも。
気づいたのかもしれない。
怒っているくせに。
口元が少し上がっている。
「来い、コタロウ」
「上等だ!」
二人が同時に動いた。
中央。
刀と拳。
コタロウが斬る。
ジンが避ける。
拳。
コタロウが身体を沈める。
頭上を抜ける。
刀を返す。
ジンの腕。
浅く切れる。
血。
でも止まらない。
ジンの膝。
「っ!」
コタロウが刀の柄で受ける。
衝撃。
身体が浮く。
それでも着地。
すぐに斬る。
「おらぁ!」
「いいぞ!」
ジンが笑う。
刀。
拳。
蹴り。
刃。
今までとは違う。
ジンが待たなくなった。
コタロウに合わせていた男が。
自分から前へ出ている。
だから。
コタロウは一気に苦しくなった。
「ぐっ!」
拳が肩へ入る。
身体が傾く。
刀を振る。
避けられる。
蹴り。
脇腹。
「がっ!」
吹き飛ぶ。
転がる。
それでも立つ。
「まだだ!」
走る。
刀。
ジンの頬を掠める。
細い傷。
「はっ!」
ジンが笑う。
「そうだ! 来い!」
「言われなくても行ってんだよ!」
また。
拳。
コタロウが避ける。
完全には避けきれない。
肩を掠める。
体勢が崩れる。
そこへ蹴り。
刀で受ける。
押される。
歯を食いしばる。
「うおおおっ!」
押し返す。
ジンの身体が僅かに下がる。
「……すげえ」
どちらを見て言ったのか。
自分でも分からない。
ジンは明らかに強い。
俺がアルベルトさんに感じたものとは、また違う。
技術が洗練されているというより。
身体の使い方そのものに迷いがない。
殴る。
蹴る。
踏み込む。
単純な動き。
なのに、一つ一つが重い。
速い。
無駄がない。
対するコタロウは。
何度も殴られている。
何度も吹き飛ばされている。
それでも。
まだ前へ行く。
「……怖くないのかな」
思わず口から出た。
「怖いだろう」
セレーネが言う。
「え?」
「怖くないんじゃない」
舞台。
ジンの拳。
コタロウが刀で受ける。
腕が沈む。
それでも。
踏ん張る。
「怖くても、行ってる」
「……」
その言葉が。
妙に残った。
怖くないから前へ行けるんじゃない。
怖くても。
勝ちたいから。
前へ行く。
「くそっ!」
コタロウが刀を振る。
ジンが避ける。
「まだ!」
もう一度。
避けられる。
「まだだ!」
踏み込む。
刀。
拳。
衝突。
コタロウが押し負ける。
足が滑る。
でも倒れない。
「お前」
ジンが言った。
「しつけえな」
「犬だからな!」
「関係あんのか?」
「知らねえ!」
「知らねえのかよ!」
観客席から笑いが起こる。
コタロウも笑っている。
口元から血が出ているのに。
それでも。
「まだ終わってねえぞ!」
「分かってる」
ジンが拳を握る。
「だから来い」
「おらぁ!」
コタロウが走る。
今度は低い。
刀。
ジンの脚。
ジンが足を上げる。
避ける。
コタロウが刀から片手を離した。
地面へ手をつく。
身体を回す。
蹴り。
「おっ」
ジンの腹へ入る。
ほとんど効いていない。
でも。
その反動でコタロウ自身が距離を取る。
着地。
すぐに刀を構え直す。
「そんなこともできんのか」
「俺を誰だと思ってんだ!」
「知らねえ」
「さっき名前覚えたって言っただろ!」
「ああ、そうだった」
「てめえ絶対わざとだろ!」
怒鳴りながら。
また走る。
ジンの拳。
コタロウが身体を捻る。
避ける。
懐。
入った。
「もらった!」
刀を振り上げる。
ジンの胸。
その瞬間。
左手。
ジンがコタロウの手首を掴んだ。
「なっ」
止まった。
両手で振り上げようとしていた刀が。
完全に。
「……嘘だろ」
コタロウが腕へ力を込める。
動かない。
「悪くなかった」
ジンが言う。
「でも」
右拳を引く。
「真っ直ぐすぎる」
「っ!」
コタロウが。
刀を離した。
「え?」
俺が声を漏らす。
自分から武器を捨てた。
身体を沈める。
ジンの拳が頭上を抜けた。
「おっ」
懐。
完全に入った。
コタロウが拳を握る。
「おらぁ!」
腹。
殴る。
鈍い音。
「……」
「……」
コタロウの拳が止まっている。
ジンの腹で。
「硬っ……」
「お前な」
ジンが呆れたように笑った。
「俺相手に素手で来んのかよ」
「うるせえ!」
もう一発。
顔。
ジンが避ける。
「だったら!」
コタロウが飛びついた。
「は?」
ジンの腕。
そのまま。
噛みつく。
「いってぇな!」
一瞬。
大獣技場が静まった。
「お前、噛むのかよ!」
「犬だからな!」
「だから何なんだよ!」
「離せコラ!」
「嫌だ!」
観客席が爆笑する。
「何してんのあいつ!」
スズが頭を抱えた。
「いけコタロウ!」
ゴウだけは拳を握っている。
「噛み切れ!」
「何を!?」
俺まで声が出た。
「はははっ!」
シウンは腹を抱えて笑っている。
「よいではないか! 実にしぶとい!」
「褒めるとこそこ?」
舞台では。
「離せ!」
「嫌だ!」
「このクソガキ!」
ジンが腕を振る。
コタロウの身体が浮く。
それでも離さない。
「んんんっ!」
「意地でも離さねえ気か!」
「おう!」
「喋れんのかよ!」
もう一度。
大きく腕を振る。
「いい加減にしろ!」
とうとうコタロウの身体が宙へ飛んだ。
「うわっ!」
石床へ落ちる。
背中。
「ぐえっ!」
「……」
ジンが腕を見る。
くっきり歯形が残っていた。
「マジで噛みやがった……」
「へっ」
コタロウが起き上がる。
「ざまあみろ」
「何がだよ」
「一発入れた」
「噛んだだけだろ」
「一緒だ!」
「一緒じゃねえ!」
また笑いが起きる。
でも。
その笑いが少しずつ消えていった。
コタロウの脚。
震えている。
刀を拾おうとして。
一度。
手が空を切った。
「……」
ジンも見ている。
コタロウはもう一度手を伸ばした。
柄を握る。
立つ。
ゆっくり。
「コタロウ」
「あ?」
「もういい」
ジンの声から。
さっきまでの笑いが消えた。
「十分だ」
「……何が」
「ここまで来た時点で、お前は大したもんだ」
「……」
「まだ若い。無理して壊れる必要はねえ」
コタロウが黙る。
「降参しろ」
大獣技場が静かになる。
ゴウも。
スズも。
何も言わない。
コタロウは。
俯いていた。
「……やだね」
「そうか」
「俺は」
刀を握り直す。
「俺らは冒険者だ」
その言葉。
覚えている。
ギルドで。
俺が子供扱いした時。
『俺らだって冒険者だ! 子供じゃねえ!』
あの時。
俺は。
仕方なく刀から手を離した。
子供相手に武器なんて使えないと思ったから。
でも。
コタロウたちにとっては。
そんなことは関係なかった。
弱くても。
未熟でも。
冒険者として見てほしかった。
「負けるって決まるまで」
コタロウが刀を構える。
「勝つつもりでやんだよ」
「……」
ジンが黙った。
少し。
長い沈黙。
やがて。
「そうか」
ジンが腰を落とす。
今までで一番。
深く。
拳を構えた。
「なら来い」
コタロウが笑う。
「最初からそうしろよ」
走った。
速くない。
最初の踏み込みとは比べものにならない。
脚が震えている。
呼吸も荒い。
刀も下がっている。
それでも。
前へ。
ジンも動く。
真っ直ぐ。
二人の距離が縮まる。
コタロウが刀を振り上げた。
「おらあああっ!」
最後の一撃。
振り下ろす。
ジンは。
避けなかった。
左腕を上げる。
刃が入る。
血が飛ぶ。
「っ!」
コタロウの目が見開かれた。
届いた。
その瞬間。
ジンの右拳が。
コタロウの腹へ。
入った。
音は。
思っていたより小さかった。
「――っ」
コタロウの身体から力が抜ける。
刀が落ちた。
膝が折れる。
地面へ倒れる前に。
ジンがその身体を受け止めた。
「……」
静かだった。
コタロウはもう動かない。
審判が近づく。
顔を見る。
呼吸を確認する。
そして。
「そこまで!」
腕が上がった。
「勝者――トラガミ・ジン!」
大歓声。
でも。
その中に。
大きな拍手が混ざっていた。
ジンだけじゃない。
負けたコタロウにも。
「コタロウ!」
「コタロウ!」
ゴウとスズが叫んでいる。
ジンは係員へコタロウを預けた。
「大丈夫だ」
言う。
「最後は抜いた」
「……ほんとかよ!」
ゴウが声を飛ばす。
「こんなガキ相手に本気で殴るかよ」
「ガキじゃねえ!」
スズが即座に怒鳴った。
「お前らそこは本人いなくても怒るんだな」
ジンが笑う。
それから。
運ばれていくコタロウを見る。
「……次は」
小さく。
「もっと強くなって来い」
返事はない。
でも。
たぶん。
聞こえていたら。
あいつなら。
『言われなくても!』
くらいは言うんだろう。
◇
「……負けたな」
俺は呟いた。
「うむ」
シウンが答える。
「だが、よい戦いだった」
「そうだな」
最初に会った時は。
ただ生意気な奴だと思っていた。
口が悪くて。
すぐ喧嘩を売って。
三人まとめて俺に負けた。
でも。
あいつはあいつなりに。
前へ進んでいる。
負けたから終わりじゃない。
むしろ。
負けたところから。
「……俺も人のこと言えないか」
「なにが?」
セレーネが聞く。
「いや」
アルベルトさんとの戦いを思い出した。
見て。
真似して。
失敗して。
それでも最後には。
少しだけ。
前よりできることが増えた。
「なんでもない」
舞台では。
ジンが退場しようとしている。
その先。
壁へ寄りかかっていた男が手を上げた。
「お疲れ」
ゴクウ。
「見てたのか」
ジンが言う。
「そりゃ見るだろ」
「暇人だな」
「次、お前とオレなんだけど」
「ああ」
ジンが笑う。
「今度は勝つ」
「去年も聞いたぞ、それ」
「今年は違う」
「去年もそんなこと言ってなかった?」
「うるせえ」
すれ違う。
それだけ。
なのに。
周囲の観客がざわつき始める。
「来るぞ」
「去年の決勝だ」
「今年は準決勝か」
昨年の優勝者。
サルトビ・ゴクウ。
昨年の準優勝者。
トラガミ・ジン。
今年は。
決勝へ行く前に。
どちらかが消える。
「……あれも見たいな」
思わず呟く。
「朝陽」
「ん?」
セレーネが俺を見ていた。
「その前」
「その前?」
一瞬。
何を言っているのか分からなかった。
準々決勝。
四試合。
全部終わった。
勝ち残ったのは。
俺。
セレーネ。
ゴクウ。
ジン。
「あ」
準決勝。
第一試合。
「……俺たちか」
「うん」
セレーネが立ち上がる。
俺も少し遅れて立った。
アルベルトさんとの戦いで。
俺は新しい戦い方を知った。
剣へ魔力を流す。
属性を纏わせる。
まだ覚えたばかり。
まともに使えるとは言えない。
それでも。
前よりは。
確実に強くなった。
でも。
次の相手は。
「セレーネ」
「なに?」
「一応聞くけど」
「うん」
「手加減してくれたりは?」
「しない」
即答だった。
「ですよね」
「朝陽は?」
「え?」
「するの?」
「……」
少し考える。
必要もなかった。
「しない」
「そう」
それだけ言って。
セレーネは舞台へ続く通路へ向かった。
俺もその背中を追う。
何度も一緒に戦った。
魔物とも。
人とも。
危ない場所にも行った。
セレーネが強いことは。
知っている。
でも。
考えてみれば。
俺はまだ。
セレーネがどれほど強いのか。
本当の意味では。
何も知らない。
大獣技場に。
次の試合を告げる声が響き始めた。




