第82話 剣に宿す
大獣技場へ足を踏み入れた瞬間、昨夜とはまるで違う場所に来たような錯覚を覚えた。
同じ石造りの闘技場。同じ円形の舞台。それなのに、予選の時とは熱気が違う。
観客席はほとんど埋まり、上段まで獣人たちの姿が連なっている。祭りを目前に控えた王都カグラの浮ついた空気まで、そのままここへ押し込められたようだった。
通路を抜ける途中、何度か俺の名前が聞こえた。
「昨日の四属性の奴だ」
「あいつがアルベルトとやるのか」
「バルカンのAランクだろ? さすがに厳しくないか?」
……聞こえてるんだけどな。
まあ、言ってることは間違ってない。
腰の剣に触れながら、俺は舞台へ続く階段の前で足を止めた。
「朝陽」
振り返る。
セレーネがこちらを見ていた。
「行ってらっしゃい」
「ああ」
「わたしより先に負けるなよ」
その横からシウンが言う。
「お前はもう次のこと考えてるのかよ」
「当然だ。せっかく出るのだからな」
シウンは腕を組み、当然のように頷いた。
少し離れた観客席では、ミニムスがこちらへ向かって両手を振っている。
「旦那ぁ! せっかく本戦まで来たんですから、派手に頼みますぜ!」
「お前は気楽でいいな……」
小さく息を吐いて、前を向く。
昨日の夜、なかなか眠れなかった理由。
アルベルト・レイス。
予選で見た、槍と風。
何度思い返しても、俺の使い方とは違っていた。
でも――。
考えるのは、もうやめた。
昨日セレーネに言われた通りだ。
見てから考える。
俺は、その方が得意らしい。
石段を上がる。
眩しい光が視界へ差し込み、同時に歓声が降ってきた。
舞台の反対側には、すでにアルベルトが立っていた。
長槍を肩へ預け、いつも通り力の抜けた顔をしている。
「おはよう」
「……どうも」
「眠れた?」
「まあ、それなりには」
「そっか。僕はよく眠れたよ」
「聞いてないです」
アルベルトが笑った。
「緊張してる?」
「してますよ」
「正直でいいね」
槍が肩から下ろされる。
それだけだった。
たったそれだけなのに、空気が変わった。
穂先が俺へ向く。
昨夜までの軽い雰囲気は残っている。表情も変わっていない。
なのに、その槍の先へ立った瞬間、分かった。
強い。
ガイウスと向かい合った時とはまた違う。
圧力をぶつけてくるわけじゃない。威嚇しているわけでもない。
ただ、どこから入っても刺される。
そんな気がした。
「両者、構え!」
剣を抜く。
片手で握り、身体の前へ。
アルベルトは半身になり、槍を静かに構えた。
「始め!」
踏み込んだのは俺だった。
距離がある。
なら、まずは魔法。
「《ファイアボール》!」
放った火球へ、アルベルトの槍が動く。
いや、違う。
槍が届くより先に、火球の軌道が僅かに逸れた。
横を抜けた炎が石床へ弾ける。
その向こうから穂先が来た。
「っ」
身体を捻る。
頬の横を槍が抜けた。
そのまま剣を振る。
金属音。
受けられた。
槍の柄と剣がぶつかった瞬間、妙な感触が手へ返ってくる。
押したはずなのに、力が横へ逃げた。
アルベルトの槍が滑るように動き、そのまま石突が脇腹へ迫る。
剣を戻す暇がない。
左腕で庇った。
「ぐっ……!」
鈍い衝撃。
足が二歩、三歩と下がる。
「やっぱり速いね」
「それ、こっちの台詞です」
腕が痺れていた。
予選で見ていた時より、ずっと厄介だ。
距離だけじゃない。
槍を受けた時の感触がおかしい。
もう一度踏み込む。
今度は剣を振る前に、横から魔法を挟んだ。
「《ウィンドカッター》!」
風の刃が走る。
アルベルトは大きく避けなかった。
槍を軽く振る。
穂先の周囲で風が巻き、俺の風を外側へ流した。
その動きのまま、槍が突き出される。
魔法を処理した後に攻撃したんじゃない。
風を流した動作が、そのまま突きになっている。
剣で払う。
まただ。
接触する寸前、槍の周囲で風が動いた。
剣先がほんの少し浮く。
その僅かなズレを通して、槍が胸元へ伸びてくる。
身体を反らした。
服が裂ける。
そのまま後ろへ跳び、距離を取る。
「……なるほど」
「何か分かった?」
「全然」
「それは残念」
言いながら、アルベルトが踏み込んでくる。
速い。
今度は俺が受ける側だった。
正面から来た槍を剣で逸らし、横へ回る。
追ってくる。
穂先だけじゃない。
柄が来る。石突が来る。足が来る。
長い武器なのに、近づけば有利という単純な話じゃない。
俺が懐へ入ろうとするたび、アルベルトは半歩だけ位置を変える。
その半歩で、俺の剣が一番振りにくく、向こうの槍が一番動かしやすい距離へ戻される。
だったら――。
「《フレイムランス》!」
炎の槍を放つ。
アルベルトが横へ流れた。
逃げ道へ先回りする。
「《アースウォール》!」
石壁がせり上がる。
進路を塞ぎ、反対側から斬り込んだ。
今度こそ。
そう思った瞬間、アルベルトの足元で風が弾けた。
一歩。
たった一歩で身体が滑る。
剣が空を切った。
「悪くない」
声は背後。
「でも、まだ別々だ」
「――え?」
振り向くより先に、背中へ衝撃が走った。
槍の柄。
身体が前へ飛ぶ。
転がりながら受け身を取り、すぐ立ち上がった。
客席から歓声が上がる。
別々。
その言葉が頭に残った。
考えている暇はない。
アルベルトが来る。
俺は剣を構え直した。
今度はこっちから距離を潰す。
「《バーニングウェイブ》!」
炎が広がった。
それまで使っていた魔法より、明らかに大きい。
扇状に広がる炎が舞台を舐め、アルベルトの正面を塞ぐ。
客席から声が上がった。
その炎を盾に踏み込む。
アルベルトの姿が見えない。
だから、足元を狙う。
「《グランドスパイク》!」
石床が隆起する。
鋭い岩が連続して突き上がった。
直後、炎の向こうから風が吹き荒れた。
火の幕が裂ける。
アルベルトが跳んでいた。
岩の先端へ槍を当て、その一点を支点に身体を回転させる。
「うそだろ」
空中から槍が落ちてきた。
剣で受ける。
重い。
膝が沈んだ。
そのまま押し潰される前に、横へ転がる。
「《エアスラッシュ》!」
起き上がりざまに風を放つ。
今度はアルベルトもまともに受けなかった。
身体を捻り、風の刃を紙一重で躱す。
その頬に薄い傷が走った。
血が一筋落ちる。
アルベルトが指で触れた。
「……C級まで使うんだ」
「昨日より、ちょっと頑張ってます」
「ちょっと、ね」
笑っている。
余裕が消えない。
火力は上がった。
使える魔法も増えてる。
それでも届かない。
俺が魔法を撃てば、アルベルトは避けるか流す。
剣で近づけば、槍と風で距離を作られる。
魔法。
剣。
魔法。
剣。
俺は二つを使っている。
なのに、アルベルトは違う。
槍と風を使っているんじゃない。
槍を動かす時には、もう風がある。
突きの軌道を変える風。
剣を逸らす風。
踏み込みを速める風。
後退を助ける風。
槍を振るという一つの動作の中へ、全部が混ざっている。
――まだ別々だ。
さっきの言葉。
あれは俺のことか。
「……そういうことかよ」
思わず呟いた。
「何が?」
「いや」
剣を握り直す。
「やってみます」
「何を?」
「まだ分かんないです」
アルベルトが一瞬だけ目を丸くした。
すぐに笑う。
「君、面白いね」
俺は剣へ意識を向けた。
魔法を撃つんじゃない。
魔力を――剣へ。
普段なら手の先で形を作る。
それを、そのまま柄へ流す。
「……っ」
違う。
何も起きない。
魔力が散った。
アルベルトが来る。
慌てて剣で受けた。
弾かれる。
肩へ槍の柄を食らい、身体が傾く。
追撃を避けて離れた。
「試合中に練習するの?」
「俺も今、ちょっとどうかと思ってます」
「余裕あるね」
「ないですよ」
本当にない。
次に失敗したら、そのまま終わるかもしれない。
でも。
さっき一瞬だけ、分かった気がした。
もう一度。
剣の根元へ魔力を集める。
「《イグニス》」
小さな炎が生まれた。
――柄の近くに。
「あっつ!」
慌てて魔力を切る。
客席から笑い声が起きた。
「……何してんだ、俺」
アルベルトまで笑っている。
「本当に練習してるじゃないか」
「うるさいな……」
違う。
剣の中へ魔法を押し込むんじゃない。
魔法は剣じゃない。
なら。
纏わせる。
刃の形に沿わせる。
自分の手から離さないまま。
もう一度、魔力を流す。
今度はゆっくり。
掌から柄へ。
柄から刃へ。
剣そのものへ魔力を流し、その上に炎を作る。
小さな火が刃の根元に生まれた。
消えない。
少しずつ伸びる。
刃をなぞるように、炎が走った。
観客席の空気が変わる。
俺自身が一番驚いていた。
「……できた」
アルベルトの笑みが、僅かに薄くなった。
「へえ」
来る。
槍が伸びた。
今までなら剣を合わせた瞬間に逸らされる。
炎を纏った剣を振る。
ぶつかった。
金属音と同時に、火の粉が散った。
アルベルトの槍を包んでいた風が乱れる。
剣が逸れない。
「――」
初めて、アルベルトの身体が下がった。
一歩。
それだけ。
それでも、この試合が始まってから初めて俺が押した一歩だった。
「……なるほど」
今度はアルベルトが呟いた。
俺は剣を見た。
炎が揺れている。
安定してない。
でも、できる。
魔法を撃ってから斬るんじゃない。
剣そのものに、魔法を持たせる。
もう一度踏み込んだ。
炎を引きながら剣を振る。
アルベルトが槍で受ける。
火花と炎が散った。
押せる。
今までみたいに簡単には逸らされない。
もう一撃。
アルベルトが槍を返した。
剣と槍がぶつかる寸前。
風が膨らんだ。
「甘い」
炎が吹き飛んだ。
「っ!」
剣が大きく逸れる。
空いた胴へ石突が叩き込まれた。
息が消えた。
身体が石床を転がる。
「……っ、は……」
肺が動かない。
剣を手放さなかったのが奇跡だった。
立て。
まだ終わってない。
膝をつき、無理やり息を吸う。
視界の端が少し暗い。
アルベルトは追ってこなかった。
「発想はいい」
槍を構えたまま言う。
「でも、今思いついたものが、何年も使ってきたものにすぐ勝てるほど簡単じゃないよ」
「……ですよね」
当たり前だ。
俺だってそう思う。
でも。
だからやめる理由にはならない。
立ち上がる。
もう一度、魔力を剣へ流した。
今度は属性を乗せない。
ただ魔力だけ。
掌から柄。
柄から刃。
さっきより少しだけ滑らかに流れる。
妙な感覚だった。
握っているはずの剣が、さっきより近い。
重さが消えたわけじゃない。
なのに、刃の先がどこにあるのか、いつもよりはっきり分かる。
アルベルトの眉が僅かに動いた。
「……それも今?」
「はい」
「嫌になるなあ」
「俺はずっと嫌になってますよ」
強い奴を見るたびに、自分との差を思い知らされる。
ガイウスの時もそうだった。
セレーネを見ていてもそうだ。
シウンだってそう。
知らないことばかりだ。
だから。
見るしかない。
真似するしかない。
失敗するしかない。
――見て、真似して、失敗して。
――それで自分に合うもんだけ残しゃいい。
ガイウスの声が頭を過ぎった。
「……よし」
剣を構える。
アルベルトも構え直した。
ここからだ。
俺は地面を蹴った。
「《タイダルウェイブ》!」
大量の水が舞台を走る。
倒すためじゃない。
視界と足場を奪う。
アルベルトが風で水を割った。
予想通り。
割れた水の間を抜ける。
槍が来る。
剣で受ける。
今度は魔力を切らない。
接触。
風が剣を逸らそうとする。
それでもさっきより刃が残った。
押し切れない。
でも、消されない。
半歩踏み込む。
アルベルトが下がる。
「《ウォーターボール》!」
至近距離。
水球が弾ける。
アルベルトが顔を庇った。
その隙に横へ回る。
追う。
槍が薙がれた。
しゃがむ。
頭上を風が抜ける。
立ち上がりながら剣を振る。
届かない。
それでも、今までより近い。
もう一つ。
何か。
剣に流した魔力へ、属性を乗せる。
火はできた。
なら――。
風。
刃の周囲に風を作る。
最初は散った。
剣を振った瞬間、形が崩れる。
「くそ……」
アルベルトの突き。
避ける。
もう一度。
風を刃へ。
今度は強くしない。
薄く。
剣の形に沿わせる。
俺が剣を振る方向へ、同じ方向に流す。
振った。
音が変わった。
ヒュッ、と。
刃が空気を裂く音が、一段高くなる。
「……!」
俺より先に、アルベルトが気づいた。
槍が来る。
剣を合わせる。
風と風がぶつかった。
今まで俺の剣を横へ押し流していた力が、今度は真正面からぶつかる。
剣が残った。
槍も残る。
互いの武器が押し合った。
「……本当に」
アルベルトが笑う。
「試合中に覚えるんだね」
「まだ全然です」
「それで十分怖いよ」
槍が離れる。
俺も下がった。
息が荒い。
腕が重い。
魔法を何度も使いながら、剣へ魔力まで流している。
頭も疲れていた。
でも。
面白い。
今まで別々だったものが、少しずつ繋がっていく。
剣と魔法。
どちらかじゃない。
俺には両方ある。
「《フォレストウォール》!」
石床の隙間から植物が噴き出した。
太い蔓と幹が絡み合いながら伸び、瞬く間に俺とアルベルトの間へ壁を作る。
その瞬間だった。
大獣技場から、音が消えた。
ほんの一瞬。
さっきまで絶え間なく続いていた歓声が、嘘みたいに途切れる。
「……木?」
誰かの声が聞こえた。
それを皮切りに、客席が一気にざわめいた。
「待て、今の木属性だろ」
「昨日は火、水、風、土だったぞ」
「五つ目……?」
「五属性だと?」
どよめきが広がっていく。
昨日、四つ使った時ですら騒がれた。
俺自身、図書館で調べるまでは、それがどれだけ異常なことなのか分かっていなかった。
普通は一つ。
二つ使えれば優秀。
三つともなれば、それだけで相当珍しい。
その常識の中で、五つ。
観客席の一角で、ミニムスが立ち上がっていた。
「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ旦那……! まだあったんですかい!」
隣ではシウンまで目を丸くしている。
「……五つも使えたのか、あやつ」
その横。
セレーネだけは立ち上がらなかった。
騒ぎもしない。
ただ舞台へ視線を向け、伸び上がった植物の壁を静かに見つめていた。
俺が木を使うところを見るのは、セレーネだって初めてのはずだ。
それでも、その表情には周囲ほどの驚きはない。
僅かに目を細めただけだった。
正面では、アルベルトもさすがに動きを止めていた。
「……四属性じゃなかったんだ」
「俺、四つだけとは言ってないですよ」
「それはそうだけど」
アルベルトが苦笑する。
「五つ使える人間を想定しろっていうのは、ちょっと無茶じゃない?」
「俺に言われても……」
「まあ、そうだね」
次の瞬間。
アルベルトの表情から笑みが消えた。
風が動く。
植物の壁が大きく揺れた。
来る。
壁の向こうは見えない。
でも、それは向こうも同じだ。
足音。
右。
いや――風の音だけだ。
囮。
俺は反対へ振り向いた。
植物の隙間を縫って、槍の穂先が突き出される。
剣を合わせた。
風を纏わせる。
甲高い音。
槍が僅かに逸れた。
その隙間を抜ける。
壁を回り込み、アルベルトへ迫る。
「《エアスラッシュ》!」
風の刃。
アルベルトが槍を回して受け流す。
そこへ剣。
風を纏った刃が走る。
槍とぶつかる。
一撃。
二撃。
三撃。
速い。
自分の剣なのに、いつもと違う。
風が剣を運んでいる。
俺が腕だけで振るより、僅かに速い。
そして何より、アルベルトの風に簡単には負けない。
でも。
それでも、アルベルトの方が上だった。
俺が一つ覚える間に、向こうはその変化へ対応する。
槍の握りを変え、風の向きを変え、今度は剣と正面からぶつからない。
受けるのではなく、触れた瞬間に流す。
俺の風ごと。
「っ……!」
剣が外へ持っていかれる。
すぐ戻す。
その時には槍が来ている。
肩を掠めた。
血が飛ぶ。
痛い。
でも浅い。
止まらない。
剣を返す。
アルベルトが避ける。
追う。
足が重い。
息が苦しい。
向こうだって同じはずなのに、崩れない。
積み重ねが違う。
俺が今ここで覚えたものを、アルベルトは何年も磨いてきた。
それが一撃ごとに分かる。
だからこそ。
追いつきたい。
今すぐ全部じゃなくていい。
この一瞬だけ。
次の一撃だけ。
アルベルトが距離を取った。
俺も止まる。
互いに肩で息をしていた。
初めて、アルベルトの呼吸が乱れている。
「……参ったな」
槍を握り直しながら、アルベルトが言った。
「もっと楽に勝てると思ってた」
「俺は最初から楽に勝てるなんて思ってないですよ」
「それは知ってる」
風が集まる。
今までとは違う。
槍の周囲を、目に見えるほど濃い風が渦巻き始めた。
観客席のざわめきが遠ざかる。
俺も剣を握る。
魔力を流す。
掌から柄へ。
柄から刃へ。
その上に風を重ねる。
さっきより薄く。
さっきより速く。
刃から離さない。
剣と風を別々に考えない。
一つ。
「次で決めようか」
アルベルトが言った。
「……はい」
腰を落とす。
アルベルトも槍を引いた。
一瞬。
音が消えたように感じた。
踏み込む。
同時だった。
槍が一直線に来る。
速い。
今までで一番。
避けたら間に合わない。
剣を合わせる。
金属がぶつかる寸前、アルベルトの風が動いた。
俺の剣を外へ流す。
何度もやられた。
だったら。
剣を守るために風を使うんじゃない。
相手の風へぶつける。
刃に纏わせていた風の向きを変えた。
二つの風が衝突する。
空気が弾けた。
剣が外へ流れる。
でも、槍も僅かにずれた。
それで十分だった。
踏み込む。
アルベルトも止まらない。
槍を引き戻すより、そのまま柄を滑らせて軌道を修正してくる。
俺は剣を振る。
届かない。
あと少し。
風。
刃の後ろへ。
押す。
剣が加速した。
視界の中で、槍の穂先が迫る。
俺の剣も進む。
どっちが先かなんて分からなかった。
ただ振り抜く。
そして。
止まった。
剣先が、アルベルトの首筋に触れる寸前で。
同時に、槍も止まっていた。
俺の脇腹へ向けて。
穂先まで、あと僅か。
数センチ。
それだけだった。
客席が静まり返っている。
俺も動けなかった。
アルベルトの目が、自分の首元にある剣へ向く。
それから俺を見る。
しばらくして。
ふっ、と息を吐いた。
槍が下がった。
「……参った」
その言葉が、大獣技場へ落ちた。
一拍遅れて、審判が腕を上げる。
「勝者――真白朝陽!」
歓声が爆発した。
「……勝った?」
自分で言ってから、ようやく力が抜けた。
膝が落ちそうになる。
剣を杖代わりにするのは嫌で、なんとか踏ん張った。
「危なかったね」
アルベルトが言う。
「はい」
「あとほんの少し君が遅かったら、僕の槍が先だった」
「……ですよね」
見れば分かる。
俺の脇腹のすぐ横に、まだ槍がある。
本当に少しだけ。
勝ったというより、先に届いた。
それだけだ。
「でも」
アルベルトが槍を肩へ担ぐ。
「途中から、僕のやり方を真似し始めたでしょ」
「……バレてました?」
「そりゃね。ずっと僕が相手してたんだから」
笑われた。
「最初は酷かったけど」
「自覚あります」
「剣を燃やして自分の手まで熱くしてたし」
「忘れてください」
「無理かな」
アルベルトは笑ったまま、俺の剣を見る。
「でも、最後はちゃんと自分のものになり始めてた」
自分のもの。
その言葉で、ガイウスの顔が浮かんだ。
見て。
真似して。
失敗して。
自分に合うものだけ残す。
あの時言われたことを、俺はまたやっていたらしい。
「次に会う時は、何を剣に纏わせてるんだろうね」
「まだ風もまともにできてないですよ」
「だから楽しみなんじゃない?」
アルベルトはそう言って、先に舞台を降りていった。
俺は手の中の剣を見る。
もう風は消えている。
魔力を流す感覚も、まだ曖昧だ。
火だって安定していない。
風も最後はほとんど勢いだった。
C級の魔法も、使えるようになっただけで、セレーネみたいに自在に扱えるわけじゃない。
それでも。
昨日までできなかったことが、今は少しだけできる。
剣と魔法を別々に使うんじゃない。
剣へ魔力を流す。
そこへ属性を纏わせる。
まだ偶然に近い。
でも、この先に何かある。
そんな気がした。
舞台を降りる。
「旦那ぁ!」
戻った瞬間、ミニムスが駆け寄ってきた。
「いやいやいや、勝ったこともそうですけど! 五つってなんですかい五つって! 昨日四つであれだけ騒がせといて、まだ隠し持ってたんですかい!」
「別に隠してたわけじゃ……」
「世間じゃそれを隠してたって言うんでさぁ!」
「そうなのか?」
「そうですぜ!」
隣でシウンも腕を組んでいる。
「わたしも四つまでだと思っていたぞ」
「使う機会がなかっただけだって」
「五つ目がその辺から出てくるものなのか……?」
「俺に聞かれても困る」
そう答えてから、セレーネを見る。
セレーネはいつも通りだった。
少なくとも、ミニムスやシウンみたいな反応はしていない。
「……何?」
「いや」
俺は首を傾げた。
「セレーネは驚かないんだなと思って」
「驚いてる」
「そう見えないけど」
「朝陽が勝手に決めないで」
「はい」
短く返される。
それ以上、セレーネは何も言わなかった。
ただ俺の腰の剣へ視線を落とす。
「それ」
「ん?」
「剣に魔法をつけたの」
「ああ」
「前からできたの?」
「いや。初めてやった」
セレーネが黙った。
「……何?」
「馬鹿」
「なんでだよ」
「失敗したら剣、壊れてたかもしれない」
「……あ」
考えてなかった。
普通に考えれば、武器へ直接魔力を流して、その上に炎まで纏わせたんだ。
剣の方が耐えられない可能性だってあった。
「……次から気をつけます」
「そうして」
セレーネはそれだけ言うと、舞台へ視線を戻した。
俺もつられて前を見る。
審判が中央へ立つ。
観客席の熱はまだ冷めていない。
五属性。
そんな言葉が、あちこちから聞こえてくる。
昨日まで四属性だった俺の呼ばれ方が、たった一試合で変わってしまったらしい。
でも、今はそれより。
「続いて、本戦第一回戦――第二試合!」
次の名前が読み上げられる。
「セレーネ!」
隣にいたセレーネが立ち上がった。
銀の髪が揺れる。
「対するは――ネヴィル!」
反対側の通路。
人間とほとんど変わらない姿をした男が、静かに舞台へ上がってくる。
昨日。
石床を溶かした、あの魔族。
ネヴィル。
セレーネが俺たちの前を通り過ぎる。
「セレーネ」
呼ぶと、足だけ止まった。
「気をつけろよ。あいつの、触れたらまずそうだから」
「分かってる」
振り返らないまま答える。
そのまま歩き出した。
俺は座りながら、さっきまで自分が立っていた舞台を見る。
剣へ流した魔力の感覚が、まだ右手に残っている。
けれど、考えるのは後だ。
今度は見る番。
セレーネが舞台へ上がる。
向かい側では、ネヴィルが既に待っていた。
第二試合が、始まる。




