第80話 八人
次の組み合わせが告げられ始めると、それまで途切れることなく騒がしかった待機場所に、わずかな緊張が戻ってきた。
予選もいよいよ終盤だ。
最初は五十人もいた参加者が、もう随分と減っている。
負けた者は観客席へ移るか、そのまま大獣技場を後にしていた。空いた長椅子が目立つようになり、武器を手に立っている者の顔も、いつの間にか覚えのあるものばかりになっている。
俺たちも、あと一つ。
ここを勝てば明日の本戦だ。
「真白朝陽!」
名前を呼ばれ、腰を上げる。
隣にいたシウンがこちらを見た。
「来たな」
「うん」
「勝ってこい」
「そのつもり」
反対側では、セレーネがいつもの無表情で俺を見ていた。
「朝陽」
「ん?」
「右手」
言われて、さっきガイウスの大剣を受けた手を軽く握る。
まだ少しだけ痛む。
けれど、剣を握れないほどじゃない。
「大丈夫」
「無理しないで」
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
「分かってない」
「いや、今のは言い方が悪かっただけだから」
セレーネの目が細くなる。
俺は逃げるように闘技場へ向かった。
「行ってきます!」
「逃げたな」
背中からシウンの声が聞こえた。
通路を抜けた瞬間、空気が変わる。
大獣技場を埋め尽くす歓声。
夜空へ昇っていく熱。
何度ここへ立っても慣れない。
いや。
むしろ試合を重ねるたび、視線が増えている気さえする。
理由は分かっていた。
「四属性の兄ちゃんだ!」
どこかから声が飛んできた。
「……もうそういう呼ばれ方してんの?」
思わず呟く。
別の場所からも声が上がった。
「次は何使うんだ!」
「全部見せろー!」
「無茶言うなよ……」
やっぱり広まってる。
さっきのガイウス戦で、火、風、土、水。
四つの属性を使った。
普通なら一つ。
二つでも優秀。
三つともなればかなり珍しい。
そんな世界で四つも見せれば、こうなるのは当然だった。
今さら後悔しても遅い。
剣を抜き、相手を見る。
最後の予選で当たったのは、槍を持った獣族の男だった。
耳の形から何の獣族なのかまでは分からない。俺より頭一つ大きく、身体も厚い。槍も普通のものより長く見えた。
何より、俺を見る目が今までの相手とは違う。
俺自身ではなく。
左手を見ている。
魔法を警戒しているのだろう。
「……四つ、だったか」
男が言った。
「一応」
「厄介だな」
「俺もそう思います」
「お前が言うな」
もっともだ。
男が槍を構える。
「だが、使わせなきゃ同じだ」
その言葉と同時に、審判の手が上がった。
「始め!」
男は速かった。
合図が終わるより先に、長い槍が俺との距離を消してくる。
狙いは分かりやすい。
魔法を使わせない。
左手を動かす時間を与えず、槍の間合いから一方的に攻めるつもりだ。
穂先を剣で逸らす。
金属音が響いた直後には、もう次が来ていた。
突き。
払い。
再び突き。
一つ一つは単純なのに、槍の長さが厄介だった。
俺が剣を届かせるためには踏み込まなければならない。それなのに一歩前へ出ようとするたび、穂先がその場所を塞いでくる。
上手い。
焦って距離を詰めれば刺される。
なら――。
「《イグニス》!」
左手から炎を放つ。
男は驚かなかった。
すぐ横へ動き、炎の軌道から外れる。
やっぱり見られている。
さっきまでの試合を。
「火!」
観客席から声が上がった。
「次は風か!?」
うるさいな。
こっちは考えてるんだよ。
男も同じことを考えているのか、俺の左手から目を離さない。
火。
風。
土。
水。
何が来るか分からない。
だから警戒する。
それなら、その警戒自体を使えばいい。
俺は左手を持ち上げた。
男が反応する。
槍を引き、横へ動いた。
何も出さない。
「……?」
その一瞬で踏み込む。
「っ!」
男もすぐ気づいた。
槍が戻ってくる。
剣で弾く。
今度は俺の間合いだ。
一撃。
防がれる。
男が槍を短く持ち替え、柄で受けた。
そのまま押し返される。
力が強い。
俺は逆らわず後ろへ下がった。
距離が開く。
また槍の間合い。
振り出しだ。
「なるほどな」
男が笑った。
「魔法だけじゃねえか」
「一応、剣も使うんで」
「そっちの方が面倒だ」
俺も少し笑った。
悪くない。
こういう相手は嫌いじゃない。
何か一つが圧倒的に強いわけじゃない。
でも、自分の武器の長さを理解している。
俺が何をしたいのかを見て、そのたびに位置を変えてくる。
だったら。
こっちも考える。
男が踏み込む。
槍が伸びる。
今度は大きく避けない。
身体を半分だけずらす。
頬の横を穂先が通った。
怖い。
でも、ガイウスの大剣よりは細い。
見える。
柄へ剣を当てる。
押す。
槍の軌道が逸れた。
そのまま前へ。
男が槍を引こうとする。
左手を向ける。
また警戒した。
今度は。
「《ウェントゥス》!」
風が走る。
「くっ!」
狙ったのは身体じゃない。
槍。
長い柄へ横から風をぶつける。
僅かに流れた。
その隙へ踏み込む。
剣を振る。
男が柄で受ける。
さらに押し込む。
男の足が下がった。
一歩。
もう一歩。
場外まではまだ遠い。
けれど、初めてこちらから押した。
「やるな!」
男が槍を振り回す。
俺は下がる。
追ってくる。
速い。
ここで風をもう一度。
そう考えた瞬間、やめた。
同じことを続ければ読まれる。
左手を地面へ。
土。
使えば足場を崩せる。
でも。
それも見せた。
なら――使わない。
男の槍が来る。
避ける。
もう一度。
剣で逸らす。
相手は魔法を待っている。
俺の左手が動くたびに、ほんの少しだけ意識がそちらへ向く。
四属性を見せた。
目立った。
正直、面倒なことになったと思っていた。
けれど今は、その事実そのものが武器になっている。
何を使う。
いつ使う。
それを相手が考えなければならない。
だったら、使わないことにも意味がある。
槍が頬を掠める。
俺はさらに一歩入った。
「なっ――」
男の顔が近い。
剣じゃない。
肩をぶつける。
「ぐっ!」
体格差で押し返されそうになる。
それでも足を止めない。
男が槍を捨てるように片手を離し、俺を押し返そうとする。
その瞬間。
左手を胸元へ。
男の目が動いた。
魔法を警戒して身体が横へ逃げる。
それを待っていた。
空いた足元へ、自分の足を掛ける。
「しまっ――」
崩れた。
倒れる前に肩で押す。
男は二歩、三歩とよろめきながら、それでも踏み止まろうとした。
場外線。
踵がかかる。
耐える。
「まだ――!」
戻ろうとする。
俺も踏み込む。
最後だけ。
「《ウェントゥス》!」
短い風を叩き込んだ。
男の身体が僅かに後ろへ流れる。
それで十分だった。
両足が線の外へ落ちる。
「場外!」
審判の声。
一瞬遅れて、大きな歓声が降ってきた。
「勝者――真白朝陽!」
息を吐く。
終わった。
剣を下ろしたところで、場外の男と目が合った。
「最後は風かよ」
「すみません」
「なんで謝んだ」
「なんとなく」
男が笑う。
「四つも使えるくせに、妙にせこい戦い方するな」
「褒めてます?」
「褒めてる」
「なら、ありがとうございます」
「本戦でも頑張れよ」
「はい」
頭を下げる。
そこでようやく実感した。
本戦。
残ったんだ。
五十人から八人。
まだ全員が決まったわけじゃない。
でも。
俺は、その八人の一人になった。
待機場所へ戻ると、シウンが腕を組んで待っていた。
「おめでとう、朝陽」
「ありがとう」
「最後まで随分考えていたな」
「まあね。四属性使えるって知られたから、逆に使ってやろうかなって」
「二つしか使っていなかったではないか」
「だからだよ」
シウンが首を傾げる。
「使えるって分かってれば、相手は勝手に警戒してくれるだろ?」
「なるほど」
納得したように頷く。
「性格が悪いな」
「戦い方が上手いって言ってくれる?」
「嫌だ」
「なんでだよ」
セレーネもこちらへ来た。
「右手」
「また?」
「見せて」
「大丈夫だって」
「見せて」
「……はい」
逆らうのをやめた。
手を差し出すと、セレーネが手首を掴む。指を曲げさせたり、軽く押したりしている。
「痛い?」
「そこはちょっと」
「ここ?」
「そこは平気」
「なら大丈夫」
「ほら」
手を引こうとした。
離れない。
「セレーネ?」
「何?」
「もう終わった?」
「終わった」
「じゃあ離してくれる?」
ようやく離れた。
横でシウンがこちらを見ている。
「……何?」
「いや」
口元が少し笑っている。
「何だよ」
「何でもない」
「絶対なんかあるだろ」
「ないぞ」
こいつら最近こんなのばっかりだ。
俺の本戦進出が決まってからも、予選は続いた。
先に八人入りを決めていたゴクウは、少し離れた場所で金属棍を肩へ乗せ、残る試合を眺めている。
ジンも同じだ。
二人とも余裕がある。
去年、この場所を最後まで勝ち上がった二人。
今年も当然のように残っている。
ゴクウがこちらの視線に気づいた。
「お」
手を上げる。
「四属性!」
「その呼び方やめてくれない!?」
観客席にまで聞こえそうな声で言うな。
ゴクウが笑う。
「いいじゃん。分かりやすくて」
「俺には朝陽って名前があるんだよ」
「知ってる知ってる」
「絶対今覚えただろ」
「失礼な奴だなー」
どっちがだ。
その横でジンが鼻で笑っている。
「ゴクウ」
「あ?」
「お前、明日そいつに当たるかもしれねえぞ」
「そりゃ本戦なんだから誰とでも当たるだろ」
「だったら今のうちに謝っとけ」
「なんでだよ!」
「四属性全部ぶつけられるぞ」
「それはちょっと嫌だな」
「おい!」
軽い。
けれど。
ゴクウの目が一瞬だけ俺を見た。
笑っている。
いつもの軽い顔。
それでも、試合中に見せていた目と少しだけ重なった。
俺の試合を見ていたんだろう。
そう思った。
しばらくして、次の試合が始まった。
そこで初めて、俺はアルベルト・レイスという名前を聞いた。
人族の男だった。
俺よりかなり年上に見える。
派手な装備ではない。長い槍を一本持ち、肩の力が抜けたまま闘技場へ入っていく。
名前が告げられた時、どこかで聞いたような気がした。
「……アルベルト・レイス」
口に出してみる。
やっぱり覚えがある。
「知り合いか?」
シウンが聞いた。
「いや。名前だけ聞いたことある気がする」
「どこで?」
「たぶんバルカン。冒険者やってた時」
いつ、誰から聞いたのかまでは思い出せない。
ただ、名の知られた冒険者だったはずだ。
試合が始まる。
相手も槍使い。
同じ武器なら、違いが分かりやすかった。
先に攻めたのは相手だ。
踏み込み。
鋭い突き。
アルベルトは大きく避けなかった。
半歩。
穂先を外す。
そのまま自分の槍を滑らせるように相手の柄へ添えた。
金属同士が触れる。
次の瞬間、風が抜けた。
相手の槍先が横へ流れる。
そこへアルベルトの槍が伸びた。
胸元。
寸前で止まる。
「……参った」
相手が言った。
短い。
あまりにも短い。
でも、何をしたのかは分かった。
力で弾いたんじゃない。
風を使って、相手の槍の軌道をほんの少しずらした。
それだけで道を作った。
「上手いな……」
ガイウスとは違う。
ガイウスは大剣の重さと経験を使いながら、相手の選択肢を潰してくる。
アルベルトはもっと軽い。
無理に押さない。
相手が動いた分だけ、自分も動く。
そこへ魔法を混ぜている。
俺も剣と魔法を一緒に使っている。
だからこそ、少し気になった。
「勝者――アルベルト・レイス!」
歓声を受けても、本人は槍を肩へ担いだだけだった。
戻る途中。
こちらを見る。
目が合った。
アルベルトが軽く手を上げる。
俺も反射的に頭を下げた。
向こうは少し笑って、そのまま通路へ消えていった。
「やはり知り合いではないのか?」
「違うと思う」
「ではなぜ挨拶された?」
「知らないよ」
ただ。
俺の試合を見ていたのかもしれない。
さらに予選が進み、もう一人。
今度は別の意味で目を引く参加者が現れた。
「魔族――ネヴィル!」
読み上げられた種族に、俺は闘技場を見直した。
「魔族……」
実際に見るのは初めてだった。
人族と大きく違う姿を想像していたわけじゃない。
それでも、思っていた以上に見た目からは分からない。
普通の青年に見える。
けれど試合が始まってすぐ、その違いは別のところに現れた。
対戦相手の獣族が剣を持って踏み込む。
ネヴィルは片手を向けた。
何かが飛ぶ。
液体。
相手が咄嗟に避けた。
石床へ落ちる。
白い煙が上がった。
「……え?」
じわりと。
石の表面が崩れていく。
「溶けた?」
シウンも僅かに身を乗り出した。
「妙な技だな」
魔法――なのか?
少なくとも俺が知っている七属性のどれとも違う。
対戦相手も警戒したらしい。
一度止まり、ネヴィルの手を見る。
その瞬間から試合の形が変わった。
近づかなければ攻撃できない。
でも、近づけばあの液体が飛んでくる。
剣で受けていいものなのかも分からない。
ネヴィルは無闇にばら撒かなかった。
相手が踏み込みたい場所へ落とす。
進路を変えれば、そこへまた飛ばす。
少しずつ。
本当に少しずつ。
相手の動ける場所だけが狭くなっていった。
焦った獣族が強引に踏み込む。
ネヴィルの腕が動く。
男は反射的に横へ跳んだ。
そこはもう、場外線のすぐそばだった。
着地。
片足が外へ出る。
「場外!」
ネヴィルは一度も相手へ触れていない。
それでも勝った。
「……嫌な戦い方だな」
俺が呟く。
「相手にしたくない?」
セレーネが聞いた。
「できれば」
触れたらどうなるか分からないものを相手にするのは怖い。
ネヴィルの本戦進出が決まった。
残る枠は、さらに少なくなった。
そして。
「シウン!」
名前が呼ばれる。
シウンが立ち上がった。
「行ってくる」
「頑張って」
「ああ」
俺の横を通り過ぎる。
少し遅れて。
「朝陽」
「ん?」
「先に本戦で待っていろ」
そう言って、シウンは闘技場へ向かった。
笑っていた。
なら。
「任せた」
俺も笑って返す。
相手は斧を持った大柄な獣族だった。
ここまで残っているだけあって、シウンの力を知らないわけがない。
開始直後から距離を取り、長い斧の間合いを押しつける。
シウンが前へ出れば、斧が来る。
避ければ下がる。
力比べには付き合わない。
前の試合でシウンが相手を持ち上げ、そのまま場外へ放り出したのを見ていたのだろう。
真正面から捕まれば終わる。
だから捕まらない。
理にかなっている。
実際、シウンは少しやりにくそうだった。
踏み込む。
斧。
避ける。
追おうとすると、相手が下がる。
また踏み込む。
また斧。
何度か繰り返したあと、シウンが動きを止めた。
相手も止まる。
距離を保ったまま、様子を見る。
その時。
シウンの周囲で風が動いた。
斧を持つ男の服が揺れる。
「魔法?」
観客席がざわめいた。
男も同じだった。
獣族。
だからこそ、魔法が来るとは考えていなかったのかもしれない。
風が横から吹きつける。
攻撃と呼べるほど強くはない。
けれど、男の足が僅かに動いた。
その一瞬。
シウンが距離を潰した。
「しまっ――」
斧を振るうには近すぎる。
シウンの手が柄を掴む。
男も離そうとしない。
力がぶつかる。
結果はすぐに出た。
シウンが引く。
男の身体が前へ持っていかれる。
さらに踏み込み、肩を入れた。
大柄な身体が浮く。
観客席からどよめきが上がった。
「ぬっ……!」
そのまま投げる。
地面へ叩きつけるのではなく、場外へ。
男は空中で身体を捻ったものの、着地した場所は線の外だった。
「場外! 勝者――シウン!」
大歓声。
シウンは満足そうに腰へ手を当てている。
「結局最後は力じゃん」
俺は笑った。
でも。
最初から力だけで突っ込まなかった。
魔法で一瞬だけ相手を崩し、確実に捕まえられる瞬間を作った。
シウンなりに考えている。
戻ってきた本人へそれを言うと、
「当然だろう」
胸を張られた。
「わたしを何だと思っている?」
「力で全部解決する人」
「朝陽」
「ごめん」
「まったく……」
怒っているように見えて、少し嬉しそうだった。
セレーネも、その後に本戦進出を決めた。
こちらはシウンほど派手じゃなかった。
対戦相手は、セレーネが魔法を使う前に距離を詰めようとした。
それ自体は正しい。
これまでの試合を見ていれば、遠くから魔法を撃たせたくないのは当然だ。
ただ。
セレーネはそれも分かっていた。
相手が踏み込んでくる。
ぎりぎりまで引きつける。
その足元へ風。
攻撃ではなく、砂埃を巻き上げるためのもの。
視界が一瞬だけ遮られた。
そこへ蔦が伸びる。
片足。
さらに腕。
動きが止まった時には、もう遅かった。
「降参する?」
セレーネが静かに聞く。
相手は何度か身体を動かしたあと、諦めたように息を吐いた。
「……降参だ」
それで終わった。
セレーネも本戦。
戻ってきた本人は、まるで散歩から帰ってきたような顔をしている。
「お疲れ」
「うん」
「これで三人ともだな」
「うん」
それだけ。
でも俺の隣へ座った時、ほんの少しだけ距離が近かった。
俺が何か言う前に、シウンが反対側から肩を寄せてくる。
「狭いんだけど」
「よいではないか」
「よくないよ」
「三人とも残ったのだ。今くらい喜べ」
「喜んでるよ」
「ならもっと嬉しそうにしろ」
「無茶言うな」
横を見る。
セレーネは離れない。
「……そっちは?」
「何?」
「いや、何でもない」
聞いても無駄な気がした。
予選最後の方まで残ったコタロウの試合は、見ているだけで疲れた。
相手の方が明らかに上手い。
刀を弾かれる。
転ばされる。
立つ。
また攻める。
避けられる。
反撃を受ける。
それでも、また立つ。
「コタロォォォ!」
観客席からゴウの声が飛んでくる。
「立てェ!」
「立ってるわ!」
「勝てェ!」
「分かってる!」
「気合いだァ!」
「うるせえ!」
スズの声まで混ざった。
「ゴウ! 少し黙って!」
「応援してんだよ!」
「邪魔なのよ!」
「お前も声でけえぞ!」
何してんだ、あいつら。
思わず笑ってしまった。
でも。
闘技場の中にいるコタロウは笑っていない。
必死だった。
昨日、俺たちに喧嘩を売ってきた時と同じ。
強がって。
負けず嫌いで。
自分が子供扱いされるのが嫌で。
それでも、今は誰に何を言われたわけでもない。
ただ勝ちたいから立っている。
何度目かの打ち合い。
コタロウの刀が大きく弾かれた。
相手が踏み込む。
もう受けられない。
コタロウは刀を追わなかった。
身体ごと前へ出る。
「なっ!?」
腰へ抱きついた。
「おおおおおっ!」
そのまま押す。
相手が踏ん張る。
コタロウも止まらない。
技も何もない。
ただ前へ。
一歩。
もう一歩。
場外線。
相手の踵が越えた。
「場外!」
一瞬の静寂。
「勝者――シバ・コタロウ!」
「――っしゃああああああ!!」
コタロウがその場で跳ねた。
「見たかァ!」
「コタロウ!」
ゴウが叫ぶ。
「本戦だぞ!」
「分かってる!」
スズも立ち上がっている。
「やったじゃん!」
「おう!」
本人より二人の方が喜んでいるようにも見えた。
「残ったな」
俺が言う。
シウンも頷く。
「ああ。大したものだ」
強さだけなら、もっと上の参加者はいたかもしれない。
組み合わせにも恵まれた。
危ない試合もあった。
それでも。
最後に立っていたのはコタロウだった。
そして、全ての予選が終わった。
闘技場の中央へ呼ばれたのは八人。
真白朝陽。
セレーネ。
シウン。
サルトビ・ゴクウ。
トラガミ・ジン。
シバ・コタロウ。
アルベルト・レイス。
ネヴィル。
五十人から、八人。
こうして並ぶと、不思議な感じがした。
隣にはセレーネ。
その隣にはシウン。
少し離れたところで、コタロウがまだ興奮した顔をしている。
ゴクウは金属棍を肩へ担ぎ、観客席へ手を振っていた。
ジンは腕を組んでいる。
アルベルトは相変わらず力が抜けている。
ネヴィルだけは静かに前を見ていた。
八人全員が揃ったところで、進行役が中央へ出る。
「以上八名が、明日の《カグラ武闘獣杯》本戦進出者となる!」
歓声が夜空へ突き抜けた。
ここで終わり。
そう思っていた。
けれど、進行役は手を上げたままだった。
「そして――本戦の組み合わせを発表する!」
歓声がさらに大きくなる。
「今やるんだ」
俺が呟く。
「その方が盛り上がるのだろう」
シウンが楽しそうに答える。
俺としては、明日の朝まで知らなくてもよかった。
知ったら絶対考えてしまう。
誰と当たる。
どう戦う。
寝る前まで考える未来がもう見える。
「第一試合!」
進行役の声が響く。
「真白朝陽――対――アルベルト・レイス!」
「……うわ」
思わず声が出た。
さっき見ていた男。
槍と風。
アルベルトがこちらを見る。
目が合う。
少し笑った。
「君か」
「みたいですね」
「さっきの試合、見てたよ」
「……やっぱり?」
「面白い戦い方するね」
「どうも」
「明日はよろしく」
「よろしくお願いします」
軽い。
それなのに、試合を思い返すと油断できる気がまったくしない。
明日。
あの槍の間合いへ入らなければならない。
「第二試合!」
次の名前が呼ばれる。
「セレーネ――対――ネヴィル!」
今度は俺が先にセレーネを見た。
本人はネヴィルを見ている。
ネヴィルも僅かに顔を向けた。
石床を溶かした液体を思い出す。
「気をつけろよ」
「うん」
「触らない方がいいと思う」
「分かってる」
「ならいいけど」
セレーネがこちらを見る。
「朝陽も」
「俺?」
「槍」
「ああ」
「気をつけて」
「……うん」
お互い様か。
「第三試合!」
「サルトビ・ゴクウ――対――シウン!」
ゴクウがすぐに反応した。
「お!」
金属棍を肩から下ろし、シウンを見る。
「姉ちゃんか!」
「シウンだ」
「シウンな。覚えた」
ゴクウが笑う。
「強そうだと思ってたんだよ」
「奇遇だな。わたしもだ」
「いいねえ」
二人とも楽しそうだ。
「明日、派手にやろうぜ!」
「ああ。望むところだ」
……シウン。
完全に乗ってる。
まあ、あいつらしいけど。
「第四試合!」
最後。
「トラガミ・ジン――対――シバ・コタロウ!」
「……」
コタロウが固まった。
分かりやすい。
さっきまで「本戦だ!」と騒いでいた顔から、一瞬で表情が消えた。
ゆっくりジンを見る。
ジンもコタロウを見る。
「よろしくな」
「……お、おう」
「声小せえぞ」
「小さくねえ!」
「ならいい」
ジンが笑った。
観客席からゴウの声が飛んでくる。
「コタロウ! 勝てるぞ!」
「簡単に言うなァ!」
大獣技場に笑いが広がった。
「でも」
コタロウは一度息を吐いた。
ジンを見る。
今度は逃げない。
「やるからには勝つ」
「おう」
ジンの顔から笑みが少し消える。
「その方がいい」
短いやり取りだった。
それでもコタロウの顔は、さっきよりずっとましになっていた。
本戦四試合。
朝陽対アルベルト。
セレーネ対ネヴィル。
ゴクウ対シウン。
ジン対コタロウ。
それですべて。
この八人のうち、明日の夜まで残っているのは一人だけだ。
そこまで考えて。
やめた。
まだ一試合も始まっていない。
俺はまずアルベルトだ。
大獣技場を出る頃には、身体の奥まで疲れが溜まっていた。
夜風が熱くなった肌に心地いい。
外へ出てもカグラの街はまだ明るく、通りには提灯が並んでいる。大祭は明後日からだというのに、すでに祭りが始まっているような賑わいだった。
「旦那ぁ!」
聞き慣れた声。
人混みの向こうからミニムスが走ってくる。
「三人とも残るとか、やりますねぇ!」
「見てた?」
「そりゃ見てましたよ! オイラが案内したんですから!」
「途中から見えなかったけど」
「席が遠かったんですって!」
相変わらずだ。
ミニムスが俺を見る。
にやっと笑う。
「それにしても旦那」
「何?」
「四属性は派手にやりましたねぇ」
「……それ言う?」
「言いますよ。周りその話ばっかりでしたから」
「マジか……」
「明日はもっと増えるんじゃないですか?」
「聞きたくなかった」
頭を抱える。
隣でシウンが笑った。
「よいではないか。有名人だぞ」
「なりたくてなったわけじゃないんだよ」
「強いと知られただけだろう?」
「そういう単純な話じゃなくてさ……」
「朝陽」
セレーネが呼ぶ。
「ん?」
「帰る」
「急だな」
「疲れた」
「ああ……そうだな」
珍しく素直に言う。
考えてみれば、セレーネも何試合もしている。
俺だけじゃない。
「宿戻るか」
「うむ。腹も減った」
「お前はそればっかりだな」
「戦えば腹は減る」
「それはそうだけど」
「朝陽は減らないのか?」
「減った」
「なら同じだ」
「なんか納得いかない」
四人で歩き出す。
ミニムスが少し前。
俺の隣にセレーネ。
反対側にはシウン。
大獣技場から離れるにつれて、背後の歓声も少しずつ遠くなっていった。
でも。
頭の中では、さっきの試合がまだ残っている。
アルベルトの槍。
僅かな風。
相手の攻撃を大きく崩すんじゃなく、ほんの少しだけずらす使い方。
俺も風を使える。
だからこそ分かる。
単純に強い風をぶつけるより、ああいう使い方の方が難しい。
明日、あれと戦う。
「朝陽」
「ん?」
「また考えてる」
セレーネだった。
「……分かる?」
「分かる」
「顔に出てた?」
「出てた」
シウンも頷く。
「完全に戦っている顔だったぞ」
「どんな顔だよ、それ」
「眉間に皺が寄っていた」
「嘘」
額を触る。
シウンが笑った。
「今は休め。明日になれば嫌でも戦うのだろう?」
「そうだけど」
「なら今考えても仕方あるまい」
「いや、対策くらいは考えた方が」
「宿に戻ってからにしろ」
「結局考えていいんじゃん」
「歩きながら考えるなと言っている」
「母親みたいなこと言うなよ」
「誰が母親だ」
肩を叩かれた。
「痛っ!」
「失礼なことを言うからだ」
「暴力反対!」
セレーネが小さく笑った。
「今笑っただろ」
「笑ってない」
「絶対笑った」
「気のせい」
「今日それ二回目だからな」
返事はない。
ただ、少しだけ歩く速度が上がった。
「待てって」
追いかける。
シウンもついてくる。
その前をミニムスが歩いている。
明日のことを考えれば、緊張する。
アルベルト。
あの槍。
勝てるかなんて分からない。
それでも。
不思議と嫌じゃなかった。
冒険者になったばかりの頃なら、こんな場所へ立つこと自体考えられなかった。
ガイウスの後ろを必死に追いかけて。
大剣を振ることから始めて。
魔法を覚えて。
少しずつ戦い方を変えて。
今は、自分の剣を持ってここにいる。
明日。
どこまで通じるんだろう。
それを知りたいと思っている。
「朝陽」
「今度は何?」
セレーネが振り返る。
「置いてく」
「だから待てって!」
俺は小走りで追いかけた。
大獣技場の夜は終わった。
そして明日。
八人だけの本戦が始まる。




