第79話 狭き門
ガイウスとの試合が終わってから、どうにも周りの視線が気になった。
最初は、勝ったからだと思っていた。
ガイウスは俺が冒険者になった頃から世話になってきた相手だが、カグラではどの程度知られているのか分からない。それでも大剣を使う実力者を倒した以上、多少は注目されるものなのかもしれない。
そう思っていた。
けれど――どうも違う。
「……なあ」
「何?」
隣に座るセレーネへ、声を落として聞く。
「さっきから、めちゃくちゃ見られてない?」
「見られてる」
「やっぱり?」
「うん」
即答だった。
気のせいであってほしかった。
少し離れた場所では、参加者らしい男が二人、明らかにこっちを見ながら何か話している。
観客席からも時々視線を感じる。
それだけじゃない。
俺の近くを通った選手が、ちらりとこちらを見たあと、隣の仲間へ何か耳打ちしていた。
「なんで?」
シウンが不思議そうに聞いてくる。
「俺が聞きたい」
「先ほど勝ったからではないのか?」
「俺も最初そう思ったんだけど……」
言いながら、自分の試合を思い返す。
ガイウスの大剣。
火。
風。
土。
水。
「……あ」
そこでようやく気づいた。
「どうした?」
「いや……」
嫌な汗が背中を流れる。
やった。
完全にやった。
バルカンにいた頃。
王立図書館で、自分が火以外の魔法も使えることに気づいた。
最初は水。
それから木、風、土。
さらに光と闇。
一つずつ試していった結果、最終的に分かったのは――俺には七つすべての属性が使えるということだった。
普通じゃない。
それは、俺自身も分かっている。
だから人前では火属性を中心に使ってきた。
必要もないのに見せびらかす理由なんてないし、変に目立つのも避けたかった。
なのに。
「……普通に使っちゃった」
「何を?」
「魔法」
シウンが首を傾げる。
「魔法は使ってよいのだろう?」
「そういう意味じゃなくて」
俺は額を押さえた。
「火と風と土と水。四つ」
「ああ」
「『ああ』じゃないんだよ……」
この世界では、一属性が普通。
二属性を扱えるだけでも優秀。
三属性ともなれば、相当珍しい。
それなのに俺は、何千人いるのかも分からない観客の前で四つ使った。
しかも隠そうともせず。
「……馬鹿じゃん、俺」
「今さら?」
セレーネが言った。
「おい」
「朝陽」
「何?」
「遅い」
「分かってるよ!」
珍しく完全に正論だった。
「だって試合中だったんだぞ! ガイウス相手にそんなこと考えてる余裕なかったんだよ!」
「なら仕方ない」
「切り替え早いな」
「使ったものは戻せない」
「そうなんだけどさ……」
そのとき。
「おい、朝陽!」
後ろから声が飛んできた。
振り返る。
ガイウスだった。
もう試合は終わっているので、さっきまでの緊張感はない。
ただし。
顔が変だった。
「……何?」
「お前」
「うん」
「さっき何属性使った?」
来た。
やっぱり来た。
「……何個に見えた?」
「質問を質問で返すな」
「ですよね」
ガイウスが指を折る。
「火は昔からだろ。風も使った。土も使った。水も使った」
「……うん」
「四つじゃねえか!」
声が大きい。
「ちょ、ガイウス!」
「お前いつから四属性使えるようになったんだよ!?」
「声! 声でかい!」
「いや、だってお前!」
ガイウスが周囲を見た。
案の定、何人かがこっちを見ている。
「……悪い」
「遅いよ!」
今度は俺が言う番だった。
ガイウスが俺の前へしゃがむ。
「マジで四つ使えるのか?」
「まあ……」
「まあじゃねえだろ」
「使える」
「……」
黙った。
ガイウスが。
あのガイウスが。
「そんなに?」
「そんなにってお前な……」
声を落とす。
「二属性でも十分珍しいんだぞ」
「知ってる」
「三属性ならそれだけで相当だ」
「それも知ってる」
「じゃあ四つ使って『まあ』で済ませんな!」
「ごめんって!」
「なんで俺が怒ってんだ……」
ガイウスが頭を抱えた。
俺も同じ気持ちだ。
「バルカンにいた頃は火しか使ってなかったよな?」
「人前では」
「……待て」
ガイウスの目が細くなる。
「人前では?」
「あ」
「朝陽」
「はい」
「お前、まだなんか隠してるだろ」
「……」
しまった。
「その顔やめろ。分かりやすすぎる」
「別に何も」
「嘘つけ」
「本当に」
「目ぇ逸らすな」
逃げるようにセレーネを見る。
助けて。
視線で訴えてみる。
セレーネは俺を見た。
そして。
「頑張って」
「見捨てた!」
「何の話だ?」
シウンまで入ってくる。
「お前は入ってこなくていい!」
「なぜだ?」
「ややこしくなるから!」
「失礼だな」
ガイウスが俺とセレーネとシウンを順番に見る。
「……まあ、いい」
「いいの?」
「言いたくねえなら聞かねえよ」
やっぱりガイウスだった。
気にはなる。
でも、無理には聞かない。
「ただな」
「うん」
「もう隠す気なら手遅れだぞ」
「……だよなあ」
闘技場を見る。
ガイウス戦を見ていた観客は多い。
全員が魔法に詳しいわけじゃないだろう。
それでも、四属性という言葉の意味が分かる人間は少なくないはずだ。
実際、俺の試合が終わってから明らかに空気が変わった。
俺の名前を知らなかった観客まで、次に俺が出れば見るだろう。
「面倒なことになるかな」
「なるかもしれねえな」
「だよな……」
「でもまあ」
ガイウスが笑う。
「今さらだ」
「他人事だと思って」
「他人事だからな」
「こいつ……」
「自分で使ったんだろ」
「正論やめてくれる?」
ガイウスが笑いながら立ち上がった。
「とにかく、本戦行けよ」
「分かってる」
「俺を倒して予選落ちしたら承知しねえぞ」
「それ、負けた側が言う?」
「言う」
「めちゃくちゃだな」
「じゃあな」
片手を上げて、ガイウスは去っていく。
俺はその背中を見送った。
「……どうしよう」
「何が?」
セレーネが聞く。
「次から火だけに戻す?」
「なぜ?」
「いや、これ以上目立たないように」
「もう遅い」
「さっきから正論しか言わないな、お前」
「四つ見せた」
「うん」
「今さら一つにしても、四つ使える事実は消えない」
「……はい」
「必要なら使えばいい」
簡単に言う。
でも。
「そうだな」
俺も、少しだけそう思った。
もう見せてしまったものは仕方ない。
わざわざ残りまで全部見せる必要はないけど、使えるものを封じたせいで負けるのも馬鹿らしい。
必要なら使う。
必要なければ使わない。
それくらいでいいのかもしれない。
「それより朝陽」
シウンが闘技場を見る。
「次が始まるぞ」
「うん」
俺も視線を戻した。
予選は進むほど、空気が変わっていった。
最初は五十人いた。
それだけいれば、実力差の大きな試合もある。
開始して数秒で終わるものもあれば、場外ぎりぎりまで粘る試合もあった。
でも、勝った者同士が当たり始めれば当然違う。
簡単には終わらない。
一度勝った。
二度勝った。
それでもまだ足りない。
八人。
そこまで残らなければ、本戦には進めない。
「っしゃああああ!」
聞き覚えのある声が響いた。
「あいつ元気だな……」
コタロウだった。
刀を握り、肩で息をしている。
相手も立っている。
どちらも限界に近い。
さっきまでの試合とは明らかに違った。
「まだやんのかよ!」
コタロウが叫ぶ。
対戦相手は狼系の獣族。
コタロウより体格がいい。
「それはこっちの台詞だ!」
相手も叫び返す。
観客席が沸いた。
技術だけで見れば、相手の方が上に見える。
コタロウの剣筋は荒い。
踏み込みも深すぎる。
避けたあとに体勢を崩すこともある。
昨日の俺との戦いでもそうだった。
勢いが先に出る。
でも。
「うおおおっ!」
また立つ。
転ばされても。
刀を弾かれても。
場外ぎりぎりまで追い込まれても。
戻ってくる。
「しぶといな」
俺が言うと、シウンが頷いた。
「ああ」
コタロウが踏み込む。
刀。
相手が避ける。
カウンター。
肩に入る。
「ぐっ!」
コタロウの身体が傾く。
線が近い。
あと半歩。
「コタロウ!」
観客席の近くからゴウの声が飛ぶ。
「踏ん張れ!」
「うるせえ!」
「応援してんだよ!」
「分かってる!」
「なら返事すんな!」
「どっちだよ!」
こんな状況で喧嘩している。
スズの怒鳴り声まで聞こえた。
「二人とも黙って!」
「お前も声でけえよ!」
観客から笑いが起きる。
コタロウも一瞬だけそちらを見た。
その瞬間。
相手が来る。
「っ!」
まずい。
俺でも分かった。
完全に隙だった。
狼系の男が肩からぶつかる。
コタロウが押される。
線。
片足が――。
「おおおおおっ!」
コタロウが身体を捻った。
倒れながら、相手の腕を掴む。
「なっ!」
二人まとめて地面へ。
転がる。
どっちが先に出た?
分からない。
観客席もざわつく。
審判が走った。
確認する。
数秒。
「場外!」
コタロウが地面に倒れたまま顔を上げる。
「勝者――シバ・コタロウ!」
「……え?」
本人が一番驚いていた。
一瞬遅れて。
「っしゃああああああ!!」
飛び起きた。
「勝ったぞコラァ!」
「誰に喧嘩売ってんだよ……」
思わず笑ってしまう。
最後の最後。
相手に押し出される寸前で身体を入れ替え、先に相手を外へ落としたらしい。
綺麗じゃない。
圧倒的でもない。
たぶん、もう一度やれば負けるかもしれない。
でも。
勝ちは勝ちだ。
「運がいい」
セレーネが言う。
「まあな」
「だが、それだけでもない」
シウンが続けた。
「最後まで諦めなかったからこそ拾えた勝ちだ」
「……そうだな」
運だけなら、あの瞬間に身体は動かない。
コタロウが戻ってくる。
全身砂だらけ。
息も切れている。
なのに顔だけは得意げだった。
「見たか!」
「見たよ」
「どうだ!」
「危なかったな」
「そこじゃねえ!」
「じゃあ何?」
「俺の強さだよ!」
「今の試合見て最初に出る感想ではないかな」
「てめえ!」
「朝陽」
シウンが止める。
「今くらい褒めてやれ」
「分かったよ」
コタロウを見る。
「すごかったよ」
「……」
「何?」
「なんか腹立つ」
「なんでだよ!」
「上から目線なんだよ!」
「めんどくせえな!」
スズが後ろからコタロウの頭を叩いた。
「せっかく褒めてもらってるんだから黙って受け取れば?」
「痛え!」
「ほんと馬鹿」
ゴウが大きく頷く。
「でも勝った!」
「おう!」
二人が拳をぶつける。
スズは呆れた顔をしていたけれど、少しだけ笑っていた。
昨日、三人まとめて俺に喧嘩を売ってきたときとは違う。
ゴウとスズはもう負けている。
それでも帰らない。
コタロウが残っているからだ。
「次も勝てよ」
俺が言う。
「当たり前だ!」
コタロウが答える。
「本戦でてめえをぶっ倒す!」
「まだ言ってんの?」
「言うに決まってんだろ!」
「その前に次勝てよ」
「分かってる!」
元気だ。
本当に。
試合はさらに進む。
シウンの二戦目。
今度の相手は、さっきのように真正面から力比べを挑んではこなかった。
獣族の男はシウンの一戦目を見ていたのだろう。
距離を取る。
回り込む。
無理に近づかない。
「賢いな」
俺は呟いた。
真正面からシウンに挑めば、あの馬鹿みたいな力で終わる。
なら近づかなければいい。
相手はそれを徹底している。
シウンが一歩出る。
相手が二歩下がる。
追えば逃げる。
止まれば様子を見る。
「シウン、嫌そう」
セレーネが言う。
「分かる?」
「顔」
「お前も顔読むじゃん」
シウンの眉が少しだけ寄っていた。
あいつ、こういう相手嫌いなんだろうな。
しばらく追いかけたあと。
シウンが止まった。
「?」
相手も止まる。
次の瞬間。
シウンの周囲で風が動いた。
「お」
そうだった。
シウンは龍族だ。
獣族の多くが魔法を不得手とする中で、龍族は違う。
相手も予想していなかったのだろう。
横から吹いた風に体勢を崩す。
その瞬間、シウンが走った。
「捕まえた」
「しまっ――」
腕を掴む。
あとは早かった。
「ちょっ、待――」
「待たん」
持ち上げる。
「うおおおおっ!?」
そのまま投げた。
男の身体が綺麗に場外へ飛んでいく。
歓声。
「……結局それかよ」
俺は笑った。
シウンが戻ってくる。
「面倒な相手だった」
「見てて分かった」
「逃げてばかりでな」
「それも戦い方だろ」
「分かっている。だから魔法を使った」
「ちゃんと考えてんじゃん」
「当然だ」
少し誇らしそうだ。
「褒めてもよいぞ」
「なんでお前ら今日みんな褒めてほしがるの?」
「朝陽は仲間なのだろう?」
「……まあ、そうだけど」
「ならよいではないか」
「理屈が分からん」
でも。
「強かったよ」
「うむ」
満足そうだった。
その次。
セレーネ。
相手は人族の魔法使いだった。
杖を持っている。
開始前から随分と警戒しているのが分かった。
当然だ。
セレーネの前の試合を見ている。
開始直後に魔法で足元を取られて終わった。
同じことはさせないつもりなのだろう。
開始の合図。
相手がすぐに魔法を放つ。
炎。
セレーネは動かない。
「《アクア》」
水が炎を潰す。
相手が次。
風。
セレーネの髪が揺れる。
「《ストーン》」
地面から跳ねた石が、風の流れを乱す。
「……」
俺は黙って見ていた。
相手の魔法使いの顔が変わった。
一つ。
二つ。
セレーネはすでに別の属性を使っている。
相手が杖を握り直す。
次の魔法。
でも。
「遅い」
セレーネの手が動いた。
地面から伸びた蔦が、相手の足へ絡みつく。
「なっ――!」
木。
これで三つ。
転倒。
杖が手から離れる。
セレーネが一歩だけ前へ出る。
「降参する?」
静かな声だった。
相手は蔦に足を取られたまま、セレーネを見る。
数秒。
「……降参だ」
勝負が決まった。
歓声より先に、ざわめきが広がった。
「……あ」
俺は頭を抱えた。
「どうした?」
シウンが聞く。
「いや……」
忘れてた。
俺だけじゃない。
セレーネもだ。
セレーネは戻ってくる。
周囲の視線なんて気にもしていない。
「勝った」
「うん」
「何?」
「いや……お前も三つ使ったなと思って」
「使った」
「気にならない?」
「何が?」
「周り」
セレーネが周囲を見る。
ざわついている。
明らかにこっちを見ている人間もいる。
「別に」
「強いな、お前」
「朝陽が気にしすぎ」
「俺は四つ見せたんだよ!」
「自分で」
「そうだけど!」
言い返せない。
セレーネが俺の隣へ座る。
それだけ。
本当に気にしていないらしい。
俺たち二人を見比べている参加者までいる。
たぶん、何なんだこいつらと思われている。
俺もそう思う。
さらに試合が進む。
そして。
去年の優勝者が闘技場へ立った。
「来た」
観客席の空気が一気に変わる。
サルトビ・ゴクウ。
長い金属棍を肩に担ぎながら、いつもの調子で歩いていく。
「よーし」
首を回す。
「さっさとやろうぜ」
対戦相手は熊系の獣族だった。
大きい。
ガイウスよりさらに一回り大きく見える。
武器はない。
腕だけで、俺の胴くらいありそうだ。
「……でか」
「強そうだな」
シウンが少し前へ身を乗り出す。
開始。
熊の男が突っ込んだ。
速い。
体格から想像するよりずっと速かった。
拳。
ゴクウへ。
当たる。
そう思った。
「よっ」
いない。
「え?」
ほんの一歩。
それだけだった。
大きく跳んだわけでもない。
後ろへ逃げたわけでもない。
身体を僅かにずらしただけ。
拳が横を抜ける。
ゴクウの棍が動いた。
足。
「うおっ!?」
熊の男の体勢が崩れる。
棍を返す。
肩。
押す。
「ぐっ!」
男が数歩よろめく。
でも倒れない。
「お、重てえな」
ゴクウが笑う。
熊の男が振り返る。
怒った。
また突っ込む。
今度は両腕。
掴みに行った。
ゴクウは下がらない。
棍を地面へ突く。
身体が浮く。
「な――」
棍を支点に身体を回した。
熊の男の頭上を越える。
着地。
背後。
「こっち」
棍。
背中。
押す。
熊の男が前へ出る。
一歩。
二歩。
止まる。
「危ねえ!」
振り返る。
でも、ゴクウはもう横にいた。
「……速い」
俺は思わず呟いた。
速い。
でも、単純に足が速いだけじゃない。
無駄がない。
大きく避けない。
必要な分しか動かない。
棍を武器としてだけじゃなく、身体を動かすためにも使っている。
「……」
気づけば、目で追っていた。
どう動いている。
どこに力を入れている。
足。
腰。
肩。
棍。
全部が繋がっている。
熊の男がまた踏み込む。
ゴクウが笑う。
「ほい」
横。
棍。
足を払う。
巨体が傾く。
そこへ肩を当てた。
「うおっ!?」
押し出す。
場外。
終わった。
「勝者――サルトビ・ゴクウ!」
大歓声。
ゴクウは棍を肩へ戻した。
「ありがとなー!」
観客へ手を振る。
まるで何もしていなかったみたいだ。
「……強いな」
俺が言う。
「ああ」
シウンも同意した。
「力では、あの大男の方が上だった」
「たぶん」
「だが、ほとんど触れさせなかった」
「うん」
セレーネは何も言わない。
でも、ゴクウを見ていた。
俺は自分の足を見る。
さっきの動き。
あれは何だ。
速い。
でも、それだけじゃない。
「朝陽?」
セレーネの声。
「ん?」
「また見てる」
「ああ……」
自分でも分かっている。
癖だ。
知らない動きを見ると、どうしても考えてしまう。
「ちょっと気になって」
「真似するのか?」
シウンが聞く。
「まだ分かんない」
見ただけだ。
一試合。
それだけで分かるほど簡単じゃない。
でも。
覚えておこうと思った。
少し後。
トラガミ・ジンの試合も始まった。
こちらはゴクウとは正反対だった。
避ける。
回り込む。
そんなことはほとんどしない。
真正面。
相手の攻撃を見て。
最小限だけずらし。
拳を入れる。
一撃。
重い。
音が違う。
対戦相手が盾を持っていた。
その盾ごと押した。
「うそだろ……」
相手の足が地面を滑る。
ジンがもう一歩入る。
「踏ん張れ」
低い声。
「じゃねえと終わるぞ」
拳。
盾。
衝撃。
相手の身体が線の外まで飛んだ。
終わり。
観客席が沸く。
「……こっちもやばいな」
去年の決勝。
ゴクウとジン。
なるほど。
あの二人が残った理由が少し分かった気がする。
戦い方は全然違う。
でも、どちらも強い。
夜は深くなっていく。
最初は五十人いた参加者。
それが半分になり。
さらに減り。
一試合ごとの重さが増していく。
俺の名前がまた呼ばれた。
「行ってくる」
「うん」
「勝てよ」
セレーネとシウンに見送られ、闘技場へ出る。
次の相手は剣士だった。
人族。
俺より年上。
剣を二本持っている。
俺を見る目が、さっきまでの相手とは違った。
「……四属性の奴か」
やっぱり。
もう知られてる。
「まあ……そうみたいです」
「自分のことだろ」
「色々ありまして」
「変な奴だな」
「よく言われます」
「だが」
二本の剣が構えられる。
「属性が多ければ勝てるわけじゃない」
「……はい」
その通りだ。
むしろ少し安心した。
四属性。
珍しい。
異常。
それはそうだ。
でも、それだけで勝てるわけじゃない。
剣を抜く。
俺も構える。
「始め!」
相手が来る。
速い。
二本。
右。
左。
受ける。
避ける。
剣が続く。
「っ!」
魔法を使う隙がない。
なるほど。
俺が魔法を使うことを知っている。
だから使わせない。
距離を取ろうとすれば追ってくる。
左手を動かせば剣が来る。
「くっ……!」
強い。
でも。
見える。
ガイウスほど重くない。
ゴクウほど速くない。
ジンほど圧もない。
比べる相手がおかしいか。
右。
左。
次。
右――。
違う。
足。
「っ!」
蹴りが来た。
剣だけ見ていた。
身体を捻る。
脇腹を掠める。
「よく避けたな」
「どうも!」
距離が空いた。
今。
左手。
相手の目が動く。
魔法を警戒した。
だから撃たない。
踏み込む。
「なっ!」
剣。
受けられる。
二本目。
来る。
身体を沈める。
かわす。
肩。
ぶつける。
相手が下がる。
追う。
剣。
剣。
弾く。
足。
今度は見ている。
避ける。
「っ!」
相手の身体が流れる。
そこへ。
「《イグニス》!」
炎。
「くっ!」
相手が横へ逃げる。
追わない。
風も。
土も。
水も。
使える。
でも、今はいらない。
相手が俺の左手を見ている。
何が来るか分からない。
それだけで動きが鈍る。
だったら。
剣でいい。
踏み込む。
相手が一本目を出す。
弾く。
二本目。
避ける。
懐。
柄で胸を押す。
「ぐっ!」
一歩。
線が近い。
相手も気づく。
踏ん張る。
俺を見る。
左手も見る。
警戒。
火か。
風か。
土か。
水か。
たぶん考えている。
だから。
何もしない。
「え――」
ただ、足を掛けた。
相手の身体が傾く。
「しまっ――」
肩で押す。
場外。
「勝者――真白朝陽!」
歓声。
「……よし」
剣を下ろす。
相手が地面に座ったまま俺を見る。
「魔法は?」
「使いませんでした」
「最後だ」
「ああ」
「必要なかったので」
相手は数秒黙って。
それから笑った。
「四属性より、そっちの方が腹立つな」
「なんでですか」
「覚えとけ」
「何を!?」
立ち上がり、去っていく。
変な人だった。
でも。
少し分かった。
属性が多い。
それは強みだ。
間違いなく。
でも、使えるから使うんじゃない。
必要だから使う。
必要なければ剣でいい。
俺は魔法使いじゃない。
剣士でもない。
じゃあ何なんだと言われると、まだ分からないけど。
今はそれでいい。
待機場所へ戻る。
「勝った」
俺が言うと、セレーネが頷いた。
「見てた」
「どうだった?」
「最後、地味」
「おい!」
「でもよかった」
「先にそっち言えよ!」
シウンが笑う。
「これであと少しだな」
「ああ」
周囲を見る。
残っている人数は、もう多くない。
ゴクウ。
ジン。
シウン。
セレーネ。
コタロウ。
俺。
まだ知らない顔もいる。
そして。
ここから先。
一度負ければ終わり。
八人。
明日の本戦へ進めるのは、それだけだ。
次の組み合わせが告げられ始める。
大獣技場の夜は、まだ終わらない。




