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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第4章 大獣技場

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第79話 狭き門

 ガイウスとの試合が終わってから、どうにも周りの視線が気になった。


 最初は、勝ったからだと思っていた。


 ガイウスは俺が冒険者になった頃から世話になってきた相手だが、カグラではどの程度知られているのか分からない。それでも大剣を使う実力者を倒した以上、多少は注目されるものなのかもしれない。


 そう思っていた。


 けれど――どうも違う。


「……なあ」


「何?」


 隣に座るセレーネへ、声を落として聞く。


「さっきから、めちゃくちゃ見られてない?」


「見られてる」


「やっぱり?」


「うん」


 即答だった。


 気のせいであってほしかった。


 少し離れた場所では、参加者らしい男が二人、明らかにこっちを見ながら何か話している。


 観客席からも時々視線を感じる。


 それだけじゃない。


 俺の近くを通った選手が、ちらりとこちらを見たあと、隣の仲間へ何か耳打ちしていた。


「なんで?」


 シウンが不思議そうに聞いてくる。


「俺が聞きたい」


「先ほど勝ったからではないのか?」


「俺も最初そう思ったんだけど……」


 言いながら、自分の試合を思い返す。


 ガイウスの大剣。


 火。


 風。


 土。


 水。


「……あ」


 そこでようやく気づいた。


「どうした?」


「いや……」


 嫌な汗が背中を流れる。


 やった。


 完全にやった。


 バルカンにいた頃。


 王立図書館で、自分が火以外の魔法も使えることに気づいた。


 最初は水。


 それから木、風、土。


 さらに光と闇。


 一つずつ試していった結果、最終的に分かったのは――俺には七つすべての属性が使えるということだった。


 普通じゃない。


 それは、俺自身も分かっている。


 だから人前では火属性を中心に使ってきた。


 必要もないのに見せびらかす理由なんてないし、変に目立つのも避けたかった。


 なのに。


「……普通に使っちゃった」


「何を?」


「魔法」


 シウンが首を傾げる。


「魔法は使ってよいのだろう?」


「そういう意味じゃなくて」


 俺は額を押さえた。


「火と風と土と水。四つ」


「ああ」


「『ああ』じゃないんだよ……」


 この世界では、一属性が普通。


 二属性を扱えるだけでも優秀。


 三属性ともなれば、相当珍しい。


 それなのに俺は、何千人いるのかも分からない観客の前で四つ使った。


 しかも隠そうともせず。


「……馬鹿じゃん、俺」


「今さら?」


 セレーネが言った。


「おい」


「朝陽」


「何?」


「遅い」


「分かってるよ!」


 珍しく完全に正論だった。


「だって試合中だったんだぞ! ガイウス相手にそんなこと考えてる余裕なかったんだよ!」


「なら仕方ない」


「切り替え早いな」


「使ったものは戻せない」


「そうなんだけどさ……」


 そのとき。


「おい、朝陽!」


 後ろから声が飛んできた。


 振り返る。


 ガイウスだった。


 もう試合は終わっているので、さっきまでの緊張感はない。


 ただし。


 顔が変だった。


「……何?」


「お前」


「うん」


「さっき何属性使った?」


 来た。


 やっぱり来た。


「……何個に見えた?」


「質問を質問で返すな」


「ですよね」


 ガイウスが指を折る。


「火は昔からだろ。風も使った。土も使った。水も使った」


「……うん」


「四つじゃねえか!」


 声が大きい。


「ちょ、ガイウス!」


「お前いつから四属性使えるようになったんだよ!?」


「声! 声でかい!」


「いや、だってお前!」


 ガイウスが周囲を見た。


 案の定、何人かがこっちを見ている。


「……悪い」


「遅いよ!」


 今度は俺が言う番だった。


 ガイウスが俺の前へしゃがむ。


「マジで四つ使えるのか?」


「まあ……」


「まあじゃねえだろ」


「使える」


「……」


 黙った。


 ガイウスが。


 あのガイウスが。


「そんなに?」


「そんなにってお前な……」


 声を落とす。


「二属性でも十分珍しいんだぞ」


「知ってる」


「三属性ならそれだけで相当だ」


「それも知ってる」


「じゃあ四つ使って『まあ』で済ませんな!」


「ごめんって!」


「なんで俺が怒ってんだ……」


 ガイウスが頭を抱えた。


 俺も同じ気持ちだ。


「バルカンにいた頃は火しか使ってなかったよな?」


「人前では」


「……待て」


 ガイウスの目が細くなる。


「人前では?」


「あ」


「朝陽」


「はい」


「お前、まだなんか隠してるだろ」


「……」


 しまった。


「その顔やめろ。分かりやすすぎる」


「別に何も」


「嘘つけ」


「本当に」


「目ぇ逸らすな」


 逃げるようにセレーネを見る。


 助けて。


 視線で訴えてみる。


 セレーネは俺を見た。


 そして。


「頑張って」


「見捨てた!」


「何の話だ?」


 シウンまで入ってくる。


「お前は入ってこなくていい!」


「なぜだ?」


「ややこしくなるから!」


「失礼だな」


 ガイウスが俺とセレーネとシウンを順番に見る。


「……まあ、いい」


「いいの?」


「言いたくねえなら聞かねえよ」


 やっぱりガイウスだった。


 気にはなる。


 でも、無理には聞かない。


「ただな」


「うん」


「もう隠す気なら手遅れだぞ」


「……だよなあ」


 闘技場を見る。


 ガイウス戦を見ていた観客は多い。


 全員が魔法に詳しいわけじゃないだろう。


 それでも、四属性という言葉の意味が分かる人間は少なくないはずだ。


 実際、俺の試合が終わってから明らかに空気が変わった。


 俺の名前を知らなかった観客まで、次に俺が出れば見るだろう。


「面倒なことになるかな」


「なるかもしれねえな」


「だよな……」


「でもまあ」


 ガイウスが笑う。


「今さらだ」


「他人事だと思って」


「他人事だからな」


「こいつ……」


「自分で使ったんだろ」


「正論やめてくれる?」


 ガイウスが笑いながら立ち上がった。


「とにかく、本戦行けよ」


「分かってる」


「俺を倒して予選落ちしたら承知しねえぞ」


「それ、負けた側が言う?」


「言う」


「めちゃくちゃだな」


「じゃあな」


 片手を上げて、ガイウスは去っていく。


 俺はその背中を見送った。


「……どうしよう」


「何が?」


 セレーネが聞く。


「次から火だけに戻す?」


「なぜ?」


「いや、これ以上目立たないように」


「もう遅い」


「さっきから正論しか言わないな、お前」


「四つ見せた」


「うん」


「今さら一つにしても、四つ使える事実は消えない」


「……はい」


「必要なら使えばいい」


 簡単に言う。


 でも。


「そうだな」


 俺も、少しだけそう思った。


 もう見せてしまったものは仕方ない。


 わざわざ残りまで全部見せる必要はないけど、使えるものを封じたせいで負けるのも馬鹿らしい。


 必要なら使う。


 必要なければ使わない。


 それくらいでいいのかもしれない。


「それより朝陽」


 シウンが闘技場を見る。


「次が始まるぞ」


「うん」


 俺も視線を戻した。


 予選は進むほど、空気が変わっていった。


 最初は五十人いた。


 それだけいれば、実力差の大きな試合もある。


 開始して数秒で終わるものもあれば、場外ぎりぎりまで粘る試合もあった。


 でも、勝った者同士が当たり始めれば当然違う。


 簡単には終わらない。


 一度勝った。


 二度勝った。


 それでもまだ足りない。


 八人。


 そこまで残らなければ、本戦には進めない。


「っしゃああああ!」


 聞き覚えのある声が響いた。


「あいつ元気だな……」


 コタロウだった。


 刀を握り、肩で息をしている。


 相手も立っている。


 どちらも限界に近い。


 さっきまでの試合とは明らかに違った。


「まだやんのかよ!」


 コタロウが叫ぶ。


 対戦相手は狼系の獣族。


 コタロウより体格がいい。


「それはこっちの台詞だ!」


 相手も叫び返す。


 観客席が沸いた。


 技術だけで見れば、相手の方が上に見える。


 コタロウの剣筋は荒い。


 踏み込みも深すぎる。


 避けたあとに体勢を崩すこともある。


 昨日の俺との戦いでもそうだった。


 勢いが先に出る。


 でも。


「うおおおっ!」


 また立つ。


 転ばされても。


 刀を弾かれても。


 場外ぎりぎりまで追い込まれても。


 戻ってくる。


「しぶといな」


 俺が言うと、シウンが頷いた。


「ああ」


 コタロウが踏み込む。


 刀。


 相手が避ける。


 カウンター。


 肩に入る。


「ぐっ!」


 コタロウの身体が傾く。


 線が近い。


 あと半歩。


「コタロウ!」


 観客席の近くからゴウの声が飛ぶ。


「踏ん張れ!」


「うるせえ!」


「応援してんだよ!」


「分かってる!」


「なら返事すんな!」


「どっちだよ!」


 こんな状況で喧嘩している。


 スズの怒鳴り声まで聞こえた。


「二人とも黙って!」


「お前も声でけえよ!」


 観客から笑いが起きる。


 コタロウも一瞬だけそちらを見た。


 その瞬間。


 相手が来る。


「っ!」


 まずい。


 俺でも分かった。


 完全に隙だった。


 狼系の男が肩からぶつかる。


 コタロウが押される。


 線。


 片足が――。


「おおおおおっ!」


 コタロウが身体を捻った。


 倒れながら、相手の腕を掴む。


「なっ!」


 二人まとめて地面へ。


 転がる。


 どっちが先に出た?


 分からない。


 観客席もざわつく。


 審判が走った。


 確認する。


 数秒。


「場外!」


 コタロウが地面に倒れたまま顔を上げる。


「勝者――シバ・コタロウ!」


「……え?」


 本人が一番驚いていた。


 一瞬遅れて。


「っしゃああああああ!!」


 飛び起きた。


「勝ったぞコラァ!」


「誰に喧嘩売ってんだよ……」


 思わず笑ってしまう。


 最後の最後。


 相手に押し出される寸前で身体を入れ替え、先に相手を外へ落としたらしい。


 綺麗じゃない。


 圧倒的でもない。


 たぶん、もう一度やれば負けるかもしれない。


 でも。


 勝ちは勝ちだ。


「運がいい」


 セレーネが言う。


「まあな」


「だが、それだけでもない」


 シウンが続けた。


「最後まで諦めなかったからこそ拾えた勝ちだ」


「……そうだな」


 運だけなら、あの瞬間に身体は動かない。


 コタロウが戻ってくる。


 全身砂だらけ。


 息も切れている。


 なのに顔だけは得意げだった。


「見たか!」


「見たよ」


「どうだ!」


「危なかったな」


「そこじゃねえ!」


「じゃあ何?」


「俺の強さだよ!」


「今の試合見て最初に出る感想ではないかな」


「てめえ!」


「朝陽」


 シウンが止める。


「今くらい褒めてやれ」


「分かったよ」


 コタロウを見る。


「すごかったよ」


「……」


「何?」


「なんか腹立つ」


「なんでだよ!」


「上から目線なんだよ!」


「めんどくせえな!」


 スズが後ろからコタロウの頭を叩いた。


「せっかく褒めてもらってるんだから黙って受け取れば?」


「痛え!」


「ほんと馬鹿」


 ゴウが大きく頷く。


「でも勝った!」


「おう!」


 二人が拳をぶつける。


 スズは呆れた顔をしていたけれど、少しだけ笑っていた。


 昨日、三人まとめて俺に喧嘩を売ってきたときとは違う。


 ゴウとスズはもう負けている。


 それでも帰らない。


 コタロウが残っているからだ。


「次も勝てよ」


 俺が言う。


「当たり前だ!」


 コタロウが答える。


「本戦でてめえをぶっ倒す!」


「まだ言ってんの?」


「言うに決まってんだろ!」


「その前に次勝てよ」


「分かってる!」


 元気だ。


 本当に。


 試合はさらに進む。


 シウンの二戦目。


 今度の相手は、さっきのように真正面から力比べを挑んではこなかった。


 獣族の男はシウンの一戦目を見ていたのだろう。


 距離を取る。


 回り込む。


 無理に近づかない。


「賢いな」


 俺は呟いた。


 真正面からシウンに挑めば、あの馬鹿みたいな力で終わる。


 なら近づかなければいい。


 相手はそれを徹底している。


 シウンが一歩出る。


 相手が二歩下がる。


 追えば逃げる。


 止まれば様子を見る。


「シウン、嫌そう」


 セレーネが言う。


「分かる?」


「顔」


「お前も顔読むじゃん」


 シウンの眉が少しだけ寄っていた。


 あいつ、こういう相手嫌いなんだろうな。


 しばらく追いかけたあと。


 シウンが止まった。


「?」


 相手も止まる。


 次の瞬間。


 シウンの周囲で風が動いた。


「お」


 そうだった。


 シウンは龍族だ。


 獣族の多くが魔法を不得手とする中で、龍族は違う。


 相手も予想していなかったのだろう。


 横から吹いた風に体勢を崩す。


 その瞬間、シウンが走った。


「捕まえた」


「しまっ――」


 腕を掴む。


 あとは早かった。


「ちょっ、待――」


「待たん」


 持ち上げる。


「うおおおおっ!?」


 そのまま投げた。


 男の身体が綺麗に場外へ飛んでいく。


 歓声。


「……結局それかよ」


 俺は笑った。


 シウンが戻ってくる。


「面倒な相手だった」


「見てて分かった」


「逃げてばかりでな」


「それも戦い方だろ」


「分かっている。だから魔法を使った」


「ちゃんと考えてんじゃん」


「当然だ」


 少し誇らしそうだ。


「褒めてもよいぞ」


「なんでお前ら今日みんな褒めてほしがるの?」


「朝陽は仲間なのだろう?」


「……まあ、そうだけど」


「ならよいではないか」


「理屈が分からん」


 でも。


「強かったよ」


「うむ」


 満足そうだった。


 その次。


 セレーネ。


 相手は人族の魔法使いだった。


 杖を持っている。


 開始前から随分と警戒しているのが分かった。


 当然だ。


 セレーネの前の試合を見ている。


 開始直後に魔法で足元を取られて終わった。


 同じことはさせないつもりなのだろう。


 開始の合図。


 相手がすぐに魔法を放つ。


 炎。


 セレーネは動かない。


「《アクア》」


 水が炎を潰す。


 相手が次。


 風。


 セレーネの髪が揺れる。


「《ストーン》」


 地面から跳ねた石が、風の流れを乱す。


「……」


 俺は黙って見ていた。


 相手の魔法使いの顔が変わった。


 一つ。


 二つ。


 セレーネはすでに別の属性を使っている。


 相手が杖を握り直す。


 次の魔法。


 でも。


「遅い」


 セレーネの手が動いた。


 地面から伸びた蔦が、相手の足へ絡みつく。


「なっ――!」


 木。


 これで三つ。


 転倒。


 杖が手から離れる。


 セレーネが一歩だけ前へ出る。


「降参する?」


 静かな声だった。


 相手は蔦に足を取られたまま、セレーネを見る。


 数秒。


「……降参だ」


 勝負が決まった。


 歓声より先に、ざわめきが広がった。


「……あ」


 俺は頭を抱えた。


「どうした?」


 シウンが聞く。


「いや……」


 忘れてた。


 俺だけじゃない。


 セレーネもだ。


 セレーネは戻ってくる。


 周囲の視線なんて気にもしていない。


「勝った」


「うん」


「何?」


「いや……お前も三つ使ったなと思って」


「使った」


「気にならない?」


「何が?」


「周り」


 セレーネが周囲を見る。


 ざわついている。


 明らかにこっちを見ている人間もいる。


「別に」


「強いな、お前」


「朝陽が気にしすぎ」


「俺は四つ見せたんだよ!」


「自分で」


「そうだけど!」


 言い返せない。


 セレーネが俺の隣へ座る。


 それだけ。


 本当に気にしていないらしい。


 俺たち二人を見比べている参加者までいる。


 たぶん、何なんだこいつらと思われている。


 俺もそう思う。


 さらに試合が進む。


 そして。


 去年の優勝者が闘技場へ立った。


「来た」


 観客席の空気が一気に変わる。


 サルトビ・ゴクウ。


 長い金属棍を肩に担ぎながら、いつもの調子で歩いていく。


「よーし」


 首を回す。


「さっさとやろうぜ」


 対戦相手は熊系の獣族だった。


 大きい。


 ガイウスよりさらに一回り大きく見える。


 武器はない。


 腕だけで、俺の胴くらいありそうだ。


「……でか」


「強そうだな」


 シウンが少し前へ身を乗り出す。


 開始。


 熊の男が突っ込んだ。


 速い。


 体格から想像するよりずっと速かった。


 拳。


 ゴクウへ。


 当たる。


 そう思った。


「よっ」


 いない。


「え?」


 ほんの一歩。


 それだけだった。


 大きく跳んだわけでもない。


 後ろへ逃げたわけでもない。


 身体を僅かにずらしただけ。


 拳が横を抜ける。


 ゴクウの棍が動いた。


 足。


「うおっ!?」


 熊の男の体勢が崩れる。


 棍を返す。


 肩。


 押す。


「ぐっ!」


 男が数歩よろめく。


 でも倒れない。


「お、重てえな」


 ゴクウが笑う。


 熊の男が振り返る。


 怒った。


 また突っ込む。


 今度は両腕。


 掴みに行った。


 ゴクウは下がらない。


 棍を地面へ突く。


 身体が浮く。


「な――」


 棍を支点に身体を回した。


 熊の男の頭上を越える。


 着地。


 背後。


「こっち」


 棍。


 背中。


 押す。


 熊の男が前へ出る。


 一歩。


 二歩。


 止まる。


「危ねえ!」


 振り返る。


 でも、ゴクウはもう横にいた。


「……速い」


 俺は思わず呟いた。


 速い。


 でも、単純に足が速いだけじゃない。


 無駄がない。


 大きく避けない。


 必要な分しか動かない。


 棍を武器としてだけじゃなく、身体を動かすためにも使っている。


「……」


 気づけば、目で追っていた。


 どう動いている。


 どこに力を入れている。


 足。


 腰。


 肩。


 棍。


 全部が繋がっている。


 熊の男がまた踏み込む。


 ゴクウが笑う。


「ほい」


 横。


 棍。


 足を払う。


 巨体が傾く。


 そこへ肩を当てた。


「うおっ!?」


 押し出す。


 場外。


 終わった。


「勝者――サルトビ・ゴクウ!」


 大歓声。


 ゴクウは棍を肩へ戻した。


「ありがとなー!」


 観客へ手を振る。


 まるで何もしていなかったみたいだ。


「……強いな」


 俺が言う。


「ああ」


 シウンも同意した。


「力では、あの大男の方が上だった」


「たぶん」


「だが、ほとんど触れさせなかった」


「うん」


 セレーネは何も言わない。


 でも、ゴクウを見ていた。


 俺は自分の足を見る。


 さっきの動き。


 あれは何だ。


 速い。


 でも、それだけじゃない。


「朝陽?」


 セレーネの声。


「ん?」


「また見てる」


「ああ……」


 自分でも分かっている。


 癖だ。


 知らない動きを見ると、どうしても考えてしまう。


「ちょっと気になって」


「真似するのか?」


 シウンが聞く。


「まだ分かんない」


 見ただけだ。


 一試合。


 それだけで分かるほど簡単じゃない。


 でも。


 覚えておこうと思った。


 少し後。


 トラガミ・ジンの試合も始まった。


 こちらはゴクウとは正反対だった。


 避ける。


 回り込む。


 そんなことはほとんどしない。


 真正面。


 相手の攻撃を見て。


 最小限だけずらし。


 拳を入れる。


 一撃。


 重い。


 音が違う。


 対戦相手が盾を持っていた。


 その盾ごと押した。


「うそだろ……」


 相手の足が地面を滑る。


 ジンがもう一歩入る。


「踏ん張れ」


 低い声。


「じゃねえと終わるぞ」


 拳。


 盾。


 衝撃。


 相手の身体が線の外まで飛んだ。


 終わり。


 観客席が沸く。


「……こっちもやばいな」


 去年の決勝。


 ゴクウとジン。


 なるほど。


 あの二人が残った理由が少し分かった気がする。


 戦い方は全然違う。


 でも、どちらも強い。


 夜は深くなっていく。


 最初は五十人いた参加者。


 それが半分になり。


 さらに減り。


 一試合ごとの重さが増していく。


 俺の名前がまた呼ばれた。


「行ってくる」


「うん」


「勝てよ」


 セレーネとシウンに見送られ、闘技場へ出る。


 次の相手は剣士だった。


 人族。


 俺より年上。


 剣を二本持っている。


 俺を見る目が、さっきまでの相手とは違った。


「……四属性の奴か」


 やっぱり。


 もう知られてる。


「まあ……そうみたいです」


「自分のことだろ」


「色々ありまして」


「変な奴だな」


「よく言われます」


「だが」


 二本の剣が構えられる。


「属性が多ければ勝てるわけじゃない」


「……はい」


 その通りだ。


 むしろ少し安心した。


 四属性。


 珍しい。


 異常。


 それはそうだ。


 でも、それだけで勝てるわけじゃない。


 剣を抜く。


 俺も構える。


「始め!」


 相手が来る。


 速い。


 二本。


 右。


 左。


 受ける。


 避ける。


 剣が続く。


「っ!」


 魔法を使う隙がない。


 なるほど。


 俺が魔法を使うことを知っている。


 だから使わせない。


 距離を取ろうとすれば追ってくる。


 左手を動かせば剣が来る。


「くっ……!」


 強い。


 でも。


 見える。


 ガイウスほど重くない。


 ゴクウほど速くない。


 ジンほど圧もない。


 比べる相手がおかしいか。


 右。


 左。


 次。


 右――。


 違う。


 足。


「っ!」


 蹴りが来た。


 剣だけ見ていた。


 身体を捻る。


 脇腹を掠める。


「よく避けたな」


「どうも!」


 距離が空いた。


 今。


 左手。


 相手の目が動く。


 魔法を警戒した。


 だから撃たない。


 踏み込む。


「なっ!」


 剣。


 受けられる。


 二本目。


 来る。


 身体を沈める。


 かわす。


 肩。


 ぶつける。


 相手が下がる。


 追う。


 剣。


 剣。


 弾く。


 足。


 今度は見ている。


 避ける。


「っ!」


 相手の身体が流れる。


 そこへ。


「《イグニス》!」


 炎。


「くっ!」


 相手が横へ逃げる。


 追わない。


 風も。


 土も。


 水も。


 使える。


 でも、今はいらない。


 相手が俺の左手を見ている。


 何が来るか分からない。


 それだけで動きが鈍る。


 だったら。


 剣でいい。


 踏み込む。


 相手が一本目を出す。


 弾く。


 二本目。


 避ける。


 懐。


 柄で胸を押す。


「ぐっ!」


 一歩。


 線が近い。


 相手も気づく。


 踏ん張る。


 俺を見る。


 左手も見る。


 警戒。


 火か。


 風か。


 土か。


 水か。


 たぶん考えている。


 だから。


 何もしない。


「え――」


 ただ、足を掛けた。


 相手の身体が傾く。


「しまっ――」


 肩で押す。


 場外。


「勝者――真白朝陽!」


 歓声。


「……よし」


 剣を下ろす。


 相手が地面に座ったまま俺を見る。


「魔法は?」


「使いませんでした」


「最後だ」


「ああ」


「必要なかったので」


 相手は数秒黙って。


 それから笑った。


「四属性より、そっちの方が腹立つな」


「なんでですか」


「覚えとけ」


「何を!?」


 立ち上がり、去っていく。


 変な人だった。


 でも。


 少し分かった。


 属性が多い。


 それは強みだ。


 間違いなく。


 でも、使えるから使うんじゃない。


 必要だから使う。


 必要なければ剣でいい。


 俺は魔法使いじゃない。


 剣士でもない。


 じゃあ何なんだと言われると、まだ分からないけど。


 今はそれでいい。


 待機場所へ戻る。


「勝った」


 俺が言うと、セレーネが頷いた。


「見てた」


「どうだった?」


「最後、地味」


「おい!」


「でもよかった」


「先にそっち言えよ!」


 シウンが笑う。


「これであと少しだな」


「ああ」


 周囲を見る。


 残っている人数は、もう多くない。


 ゴクウ。


 ジン。


 シウン。


 セレーネ。


 コタロウ。


 俺。


 まだ知らない顔もいる。


 そして。


 ここから先。


 一度負ければ終わり。


 八人。


 明日の本戦へ進めるのは、それだけだ。


 次の組み合わせが告げられ始める。


 大獣技場の夜は、まだ終わらない。

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