第78話 背中を追って
大獣技場の中央で、俺とガイウスは向かい合っていた。
夜空の下、闘技場を囲む無数の灯りが地面を照らしている。
さっきまで気になっていた観客の声が、不思議なくらい遠かった。
目の前にいるのがガイウスだからだろうか。
大剣を肩に担いだ姿。
少し腰を落とした立ち方。
相手を見るとき、武器ではなく身体全体へ視線を置く癖。
どれも見覚えがある。
俺が冒険者になったばかりの頃、何度も見てきた姿だった。
「なんだよ」
ガイウスが笑う。
「人のことじろじろ見やがって」
「いや……懐かしいなと思って」
「まだ半年も経ってねえだろ」
「そうなんだけどさ」
自分でも変な感じだった。
時間だけなら、そんなに経っていない。
バルカンで冒険者になって、ガイウスたちと出会って、一緒に依頼へ行くようになった。
そこから数えたって、ほんの数か月だ。
なのに、随分と昔のことみたいに感じる。
あの頃の俺は大剣を握ったばかりだった。
構え方も分からない。
間合いも分からない。
敵のどこを見ればいいのかさえ分からなかった。
魔物が突っ込んでくれば慌てて。
攻撃が来れば、とにかく避ける。
それでもどうにか生き残ろうと必死だった。
そんな俺の横にいたのがガイウスだった。
『武器ばっか見るな』
『肩と腰を見ろ。でかい攻撃なら、振る前にどっかが動く』
『真正面から受けるな。お前より力のある奴なんざいくらでもいる』
何度言われたか分からない。
最初は言われた通りにするだけで精一杯だった。
それでも少しずつ覚えた。
間合い。
重心。
敵を見る位置。
勝てない相手から逃げる判断。
冒険者は、生きて帰って初めて仕事になる。
そういう当たり前のことを教えてくれたのも、ガイウスだった。
「朝陽」
「ん?」
「今、昔の俺は弱かったなあとか考えてただろ」
「なんで分かるんだよ」
「顔」
「セレーネと同じこと言うなよ……」
「誰だそりゃ」
「あ」
そういえば紹介してない。
「仲間」
「へえ」
ガイウスが待機場所の方を見る。
当然、ここからでは人が多すぎて分からない。
「仲間できたのか」
「二人」
「そうか」
それだけだった。
でも、ガイウスは少し嬉しそうだった。
「なら、ちゃんとやってんだな」
「何を?」
「冒険者」
「……まあ、それなりに」
「それなり、ねえ」
ガイウスの視線が俺の腰へ落ちる。
今使っている片手剣。
バルカンにいた頃とは違う。
「大剣やめたのか?」
「うん」
「俺があれだけ教えてやったのによ」
「言い方!」
「ははっ、冗談だ」
ガイウスは大剣を肩から下ろした。
刃が地面すれすれを通る。
見慣れた動作だった。
「今の方が合ってんのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「大剣も使えるよ。でも……今はこっちの方がやりやすい」
「魔法か」
すぐに気づいた。
「うん」
「片手が空くからな」
「それもある」
「なるほどな」
ガイウスはそれ以上何も聞かなかった。
どうして武器を変えたのか。
誰に影響されたのか。
何があったのか。
全部聞こうと思えば聞けるはずなのに、聞かない。
昔からそうだった。
必要なことは言う。
聞く。
でも、それ以上は本人が話すまで待つ。
だから俺も、ガイウスには話しやすかった。
「それにしても」
ガイウスが大剣を構える。
「まさかお前とこうしてやることになるとはな」
「俺も思ってなかった」
「最初に会った頃なんて、大剣に振り回されてたガキだったのによ」
「ガキは余計だろ」
「十七だろ?」
「そうだけど」
「ガキじゃねえか」
「二十五くらいでそんな大人ぶる?」
「二十五くらい言うな」
審判が俺たちの間へ入る。
そろそろ始まる。
俺も剣を抜いた。
片手で握る。
空いた左手は自然に下げた。
ガイウスの目が、ほんの少し細くなる。
さっきまで笑っていた顔から、余計なものが消えていく。
知っている。
この顔も。
依頼へ出たときのガイウスだ。
普段はよく笑う。
軽口も叩く。
でも戦いが始まれば変わる。
無茶はしない。
格好をつけない。
必要なら逃げる。
勝つためというより、生きて帰るために戦う。
だから強かった。
少なくとも、昔の俺にはそう見えていた。
「遠慮すんなよ、朝陽」
「分かってる」
「本当か?」
「本当」
「ならいい」
大剣の切っ先が下がる。
構えは低い。
いつでも踏み込める形。
「俺も遠慮しねえからな」
「うん」
審判が片手を上げた。
呼吸を整える。
ガイウスの肩。
腰。
膝。
足先。
大剣だけは見ない。
いや。
見るけど、追わない。
武器ばかり見るな。
教えたのは、あんただ。
手が振り下ろされた。
「始め!」
ガイウスが踏み込んだ。
速い。
重い武器を持っているとは思えないほど、一歩目に迷いがない。
大剣が下から跳ね上がる。
知っている。
何度も見た。
だから避け――
「っ!」
身体を引いた瞬間、大剣の軌道が変わった。
横薙ぎ。
「うわっ!」
剣を合わせる。
甲高い音。
次の瞬間、腕ごと持っていかれた。
「ぐっ……!」
まともに受けるな。
分かってたのに。
足が地面を滑る。
二歩。
三歩。
どうにか体勢を立て直す。
「お前なあ」
ガイウスが呆れたように言う。
「俺の戦い方知ってるからって、先読みしすぎだ」
「……やっぱわざと?」
「当たり前だろ」
「性格悪いな!」
「お前が勝手に引っかかったんだろうが!」
大剣が来る。
今度は決めつけない。
肩が動く。
腰が入る。
でも、それだけで軌道を決めない。
最後まで見る。
振り下ろし。
右へ。
避ける。
地面を叩いた大剣が石を削った。
その横を抜ける。
懐へ。
片手剣を振る。
ガイウスは大剣を引かない。
柄。
「っ!」
長い柄が俺の剣を止めた。
そのまま肩が来る。
身体がぶつかる。
「ぐっ!」
押された。
体格が違いすぎる。
踏ん張るより先に離れる。
「《イグニス》!」
左手から炎。
「おっと!」
ガイウスが大剣を盾にする。
炎が刃へぶつかり、左右へ散った。
その隙に距離を取る。
「今のはいいな」
「褒めてる場合?」
「教えた側としては嬉しいもんなんだよ!」
炎を割ってガイウスが出てくる。
早い。
あの大剣で。
また踏み込み。
今度は受けない。
風。
足元に魔力を集める。
「《ウェントゥス》」
身体が横へ滑る。
大剣が空を切った。
「風まで使えんのか!」
「まあね!」
そのまま側面へ回る。
剣を振る。
ガイウスが大剣を戻す。
間に合わない。
そう思った。
でも。
ガイウスは剣を捨てるように片手を離した。
身体を沈める。
俺の刃が肩の上を抜けた。
「え――」
腹に衝撃。
「がっ!」
拳だった。
吹き飛ばされる。
地面を転がる前に片手をつき、無理やり起きる。
痛い。
「大剣使いだからって剣しか使わねえと思ったか?」
「……思ってないよ」
「今の顔は思ってたぞ」
「うるさいな……!」
でも、そうだ。
これも教わった。
武器は道具。
使えるなら使う。
使えないなら別の方法を選ぶ。
剣を持っているから剣だけで戦う必要なんてない。
魔法が使えるなら使う。
拳が使えるなら殴る。
逃げる必要があるなら逃げる。
実戦は型を見せる場所じゃない。
生き残る場所だ。
俺は剣を構え直した。
「……懐かしいな」
「あ?」
「いや、なんでもない」
ガイウスが来る。
今度は俺からも踏み込んだ。
大剣。
片手剣。
ぶつかる。
一度。
二度。
三度。
まともには受けない。
剣を斜めに合わせ、力を横へ逃がす。
それでも腕が痺れる。
重い。
昔、ガイウスの大剣を初めて見たとき。
俺もあれを使えば強くなれると思った。
単純だった。
でかい剣。
強い攻撃。
魔法も使える。
それを真似すれば、自分も戦えると思った。
実際、真似した。
見て。
覚えて。
やってみて。
失敗して。
直して。
気づけば大剣も扱えるようになった。
でも――。
「っ!」
剣を滑らせる。
大剣の側面を片手剣が走る。
ガイウスの懐へ身体を入れる。
「おっ」
左手。
「《イグニス》!」
至近距離。
ガイウスが身を捻る。
炎が脇を抜ける。
避けられた。
でも、それでいい。
重心が右へ寄った。
左足。
剣を返す。
「ちっ!」
初めてガイウスが大きく下がった。
歓声が上がる。
追う。
風。
足元。
加速。
剣。
炎。
剣。
今度は俺が攻める。
「おいおい……!」
ガイウスが笑った。
「随分忙しい戦い方になったな!」
「誰かさんの真似してた頃よりはね!」
「言うじゃねえか!」
大剣が振られる。
避ける。
炎を撃つ。
防がれる。
なら風。
軌道をずらす。
ガイウスの足が半歩動く。
そこへ剣。
受けられる。
離れる。
また入る。
自分でも分かる。
違う。
昔とは。
ガイウスは大剣を中心に戦う。
大きな間合い。
一撃の重さ。
そこへ魔法を混ぜる。
俺も最初はそうだった。
大剣があって、魔法があった。
二つを並べて使っていた。
今は違う。
剣で崩して魔法を撃つ。
魔法で動かして剣を入れる。
風で自分の位置を変える。
炎で視界を遮る。
剣が届かないなら魔法。
魔法を警戒するなら剣。
どちらかじゃない。
最初から全部を一つとして考える。
「朝陽!」
ガイウスが大剣を振り下ろす。
避ける。
地面が揺れた。
俺の足元が僅かに崩れる。
「っ!」
狙ってた。
体勢が乱れたところへ横薙ぎ。
避けられない。
剣を立てる。
駄目だ。
受けたら飛ばされる。
だったら――。
「《テラ》!」
足元の土が盛り上がる。
壁というほど大きくない。
ほんの一瞬。
大剣の軌道へ噛ませる。
「なにっ!?」
刃が土を砕く。
勢いが落ちる。
そこへ剣を合わせた。
衝撃。
それでも重い。
でも今度は耐えられた。
そのまま押し返す。
ガイウスの目が見開かれる。
「お前……」
「まだ!」
左手。
水。
地面へ。
「《アクア》!」
足元を濡らす。
「うおっ!?」
ガイウスの踏み込みが僅かに滑った。
倒れない。
さすがだ。
でも、その一瞬で十分。
風を足元へ。
踏み込む。
剣を振る。
ガイウスが大剣を戻す。
間に合う。
なら。
止めた。
「!」
剣を振り切る直前で止める。
ガイウスの大剣だけが動いた。
空いた。
俺は身体を沈め、その下へ潜る。
「この……!」
ガイウスが笑った。
俺もたぶん笑っていた。
左手を地面へ。
「《テラ》!」
ガイウスの足元が持ち上がる。
ほんの少し。
重心が浮く。
剣は使わない。
肩からぶつかった。
「おおっ!?」
ガイウスの身体が傾く。
押す。
重い。
めちゃくちゃ重い。
それでも止まらない。
「ぐっ……朝陽!」
「うおおおっ!」
ガイウスの足が境界線へ近づく。
あと少し。
でも。
「甘え!」
「っ!?」
ガイウスが大剣を地面へ突き立てた。
止まった。
「マジかよ!」
「場外狙うなら最後まで油断すんな!」
大剣を支点に身体を回す。
俺の横へ。
逆に押される。
「うわっ!」
まずい。
今度は俺が境界線へ向かう。
一歩。
二歩。
踵が線ぎりぎりで止まる。
「っぶな……!」
目の前にガイウス。
大剣が来る。
避ける場所がない。
場外へ下がれば負け。
横。
間に合わない。
受ける?
違う。
俺は左手を前へ出した。
「《イグニス》!」
炎。
ガイウスは大剣で防ぐ。
分かってる。
そうすると思った。
炎で視界が切れる。
同時に風。
自分へ。
前。
「なっ――」
炎の中へ飛び込んだ。
ガイウスの懐。
剣を持った右手ではなく、左肩から身体ごとぶつかる。
「ぐっ!」
ガイウスが一歩下がる。
俺は止まらない。
剣を振る。
受けられる。
なら左手。
火。
避ける。
風。
追う。
ガイウスが大剣を振る。
身体を沈める。
頭上を刃が通る。
怖い。
当たったら洒落にならない。
それでも足は止まらなかった。
昔なら下がっていた。
いや。
下がるべきときは今でも下がる。
それを教えてくれたのもガイウスだ。
でも今は違う。
ここは前に出る。
俺がそう判断した。
剣を振る。
ガイウスが受ける。
金属音。
腕が痺れる。
もう一度。
また受けられる。
三度目。
途中で止める。
左手。
「《ウェントゥス》!」
風が横から吹きつける。
「っ!」
ガイウスの身体が僅かに流れた。
その足元へ。
「《アクア》!」
「またそれか!」
水。
今度は分かっていたらしい。
ガイウスが足を上げる。
避けた。
だから――そこ。
「《テラ》!」
着地点が盛り上がる。
「なっ!」
足が乗らない。
体勢が崩れる。
ガイウスの顔が見えた。
驚いている。
俺自身も、少し驚いていた。
考えるより先に次が浮かぶ。
相手を見る。
動く。
駄目なら変える。
通ったら次へ繋ぐ。
昔、ガイウスの動きを真似していたときとは違う。
もう、正解を探していない。
自分で作っている。
「――っ!」
剣を返す。
ガイウスの大剣へ叩きつけた。
勝てない。
力では。
だから押さない。
刃を滑らせる。
大剣の向きを外へ。
ガイウスの身体が開く。
左手を胸元へ。
火は駄目だ。
近すぎる。
なら風。
「《ウェントゥス》!」
「ぐっ!」
圧縮した風がガイウスを押す。
一歩。
後ろへ。
もう境界線は近い。
ガイウスも気づいた。
踏ん張る。
俺は追う。
大剣が横から来る。
これを避けたら間に合わない。
剣で受ける。
いや。
受けながら流す。
「ぐっ……!」
重い。
腕が悲鳴を上げる。
でも。
昔、何度も見た。
何度も教わった。
重い攻撃を真正面から止めるな。
力の向きを変えろ。
剣を傾ける。
大剣が滑る。
俺の肩すれすれを通り抜けた。
「――!」
ガイウスの目が見開かれる。
空いた懐へ入る。
足。
腰。
肩。
全部使う。
ぶつかった。
「おおおっ!」
ガイウスの身体が後ろへ流れる。
一歩。
境界線。
まだ。
もう一歩。
ガイウスが踏ん張る。
「朝陽!」
「まだだ!」
左手を前へ。
最後の風。
「《ウェントゥス》!」
風が爆ぜた。
ガイウスの足が地面を離れる。
ほんの少し。
でも、その少しで十分だった。
着地した場所は――線の外。
静寂。
ほんの一瞬だけ、大獣技場から音が消えたように感じた。
「……」
俺も。
ガイウスも。
足元を見る。
審判の手が上がった。
「場外!」
声が響く。
「勝者――真白朝陽!」
次の瞬間。
歓声が降ってきた。
「……勝った?」
自分の口から、間抜けな声が出た。
ガイウスは境界線の外にいる。
俺は中。
分かってる。
分かってるのに。
実感が追いつかなかった。
あのガイウスに。
俺が。
「……はっ」
ガイウスが俯いた。
怒った?
そう思った直後。
「ははっ!」
笑った。
「マジかよ!」
大剣を肩へ担ぐ。
「負けちまった!」
「……ガイウス」
「なんだよ、その顔」
「いや……」
「勝った奴がそんな顔すんな」
「だって」
「だってじゃねえ」
ガイウスが境界線を跨ぎ、俺の前まで来る。
拳が飛んできた。
「痛っ!」
頭を小突かれた。
「何すんだよ!」
「勝ったんだから胸張っとけ」
「いや、今の絶対いらなかっただろ!」
「うるせえ」
ガイウスは笑っている。
悔しくないはずはない。
本気で戦った。
本気で勝ちに来ていた。
それは戦っていた俺が一番分かる。
だからこそ、その笑顔が嬉しかった。
「強くなったな」
不意に言われた。
「……」
何も返せなかった。
「なんだよ」
「いや」
「褒めてんだぞ?」
「分かってる」
「ならなんか言え」
「……ありがと」
それしか出なかった。
ガイウスは俺の腰の剣を見る。
「大剣じゃなくなったときは、ちょっと寂しかったけどな」
「やっぱり?」
「そりゃな。俺が教えたんだから」
それから俺を見る。
「でも、今の方がお前らしい」
「俺らしい?」
「ああ」
自分ではよく分からない。
ガイウスは続けた。
「俺の真似してた頃より、ずっとな」
「……気づいてたんだ」
「当たり前だろ。最初のお前、俺の動きそのまんまだったぞ」
「恥ずかしいから言わないでくれ」
「別に悪いことじゃねえよ」
ガイウスは大剣を担ぎ直した。
「最初は真似でいいんだ」
観客の声が続いている。
次の試合を待つ声。
俺たちの勝敗なんて、もう大会の一つとして流れていく。
でも俺にとっては違った。
「見て、真似して、失敗して。それで自分に合うもんだけ残しゃいい」
ガイウスが言う。
「そうやって覚えるもんだろ」
「……うん」
「今のお前の戦い方、俺にはできねえよ」
「そうかな」
「できるか。剣振りながら火だの風だの土だの水だの、忙しくてしょうがねえ」
「やってみたら?」
「やらねえよ。俺にはこれがある」
大剣を軽く持ち上げる。
それが妙にガイウスらしくて、笑った。
「そっか」
「おう」
少しだけ間が空く。
「でもな」
ガイウスの声が変わった。
「勝ったからって調子乗んなよ」
「分かってるって」
「お前は昔から覚えるのだけは気味悪いくらい早えからな」
「褒めてる?」
「半分な」
「残り半分は?」
「心配だよ」
予想していなかった答えだった。
ガイウスが俺を見る。
「できるようになると、できると思っちまう」
「……」
「それが一番危ねえ」
昔と同じ目だった。
合同討伐へ向かったとき。
魔物を相手にしたとき。
仲間が死んだとき。
何度も見た、冒険者の目。
「強くなるのはいい」
ガイウスが言う。
「でも、強くなったから死なねえわけじゃない」
俺は黙って聞いた。
「勝てねえと思ったら逃げろ。仲間がいるなら、一人でどうにかしようとすんな」
「……うん」
「冒険者は?」
その先が分かった。
何度も聞いたから。
だから今度は、俺が言った。
「生きて帰って、初めて仕事になる」
ガイウスが笑った。
「覚えてんじゃねえか」
「忘れないよ」
「ならいい」
拳を出してくる。
今度は殴るためじゃない。
俺も拳を出した。
軽くぶつける。
「本戦行けよ」
「行く」
「優勝してこい」
「急にハードル上げるなよ」
「俺に勝ったんだから、それくらいやれ」
「無茶苦茶だな」
「ははっ!」
ガイウスが背を向ける。
大剣を背負った大きな背中。
昔は、ずっとあれを追いかけていた。
あの背中を見ながら歩いて。
戦い方を覚えて。
冒険者として生きる方法を教わった。
「ガイウス!」
「あ?」
振り返る。
「……ありがとう」
ガイウスは少しだけ目を丸くした。
何に対してかは言わなかった。
大剣を教えてくれたこと。
魔物との戦い方。
逃げ方。
生きて帰ること。
たぶん全部だ。
ガイウスも聞かなかった。
「おう」
片手を上げる。
「次も勝てよ、朝陽」
「うん」
ガイウスはそのまま歩いていった。
俺はしばらく、その背中を見ていた。
待機場所へ戻ると、シウンが腕を組んで立っていた。
「よい戦いだった」
「見てた?」
「もちろんだ」
「そっか」
「だが、最後は随分と力任せだったな」
「……そこは言わないで」
「勝てばよいのだろう?」
「まあ、そうだけど」
「なら問題ない」
相変わらずだ。
その隣にいたセレーネは、俺の右腕を見ていた。
「何?」
「手」
「手?」
「震えてる」
言われて気づいた。
剣を握っていた右手。
僅かに震えている。
「……ほんとだ」
大剣を何度も受け流したせいだ。
まともに受けてはいないとはいえ、衝撃までは消せない。
指を握って、開く。
「痛い?」
「ちょっと痺れてるだけ」
セレーネが手を伸ばしてくる。
俺の手首を掴んだ。
「ちょ、何?」
「見てる」
「見れば分かる?」
「少しは」
指を動かされる。
「痛い?」
「そこは平気」
「これは?」
「大丈夫」
「……なら平気」
ぱっと離された。
「そ、そっか」
「何?」
「いや」
シウンが俺たちを見ている。
「なんだよ」
「いや?」
「絶対なんか言いたそうだろ」
「何も言っていないぞ」
「顔が言ってんだよ」
「朝陽は顔を読むのが得意なのだな」
「今日それ何回目だよ!」
シウンが笑う。
セレーネはもう次の試合へ視線を向けていた。
俺も息を吐いて、空いている場所へ腰を下ろす。
勝った。
ガイウスに。
嬉しい。
でも、それ以上に変な感じだった。
あの人を超えた、とは思わない。
一試合勝っただけだ。
条件が違えば結果だって変わるかもしれない。
それでも。
少なくとも、もう背中を追いかけるだけじゃない。
教わったものを使って、自分で考えて、自分の戦い方で勝った。
それだけは確かだった。
剣を見る。
大剣じゃない。
ガイウスと同じ武器でもない。
それでも、あの人から教わったものは残っている。
武器が変わっても。
戦い方が変わっても。
なくなったわけじゃない。
「……よし」
小さく呟いた。
まだ予選は終わっていない。
五十人から八人。
本戦へ行くには、もう少し勝たなければならない。
顔を上げる。
ちょうど次の試合が終わったところだった。
歓声が上がる。
勝った選手が拳を突き上げ、負けた選手が肩を落として戻ってくる。
その向こう。
長い金属棍を肩に担いだゴクウが、壁にもたれて欠伸をしていた。
さらに離れた場所には、腕を組んだジン。
二人とも、まだ残っている。
コタロウもいた。
ゴウとスズに何か言われながら、必死に水を飲んでいる。
俺の知らない強い奴も、まだいる。
ガイウスに勝った。
でも。
ここで終わりじゃない。
「朝陽」
セレーネが呼ぶ。
「次、もうすぐ」
「うん」
立ち上がる。
痺れていた右手を一度強く握った。
まだ動く。
剣も握れる。
だったら行ける。
昔追いかけていた背中を、一つ越えた。
その先に何がいるのか。
今は、それを見てみたかった。




