第76話 カグラ武闘獣杯
月夜見神社を出たあとも、俺たちはそのままミニムスの案内でカグラの街を歩いていた。
時刻はもう昼を大きく過ぎている。
朝から見て回っているはずなのに、まだ知らない場所が次々と出てくる。王都というだけあって広いのはもちろんだが、通りが変わるだけで店の種類も歩いている人間も随分と違った。
大祭まで、あと二日。
街のあちこちでは準備が進み、軒先に提灯を吊るす者や、屋台を組み立てる者の姿が増えている。
「しかし、賑やかな街だな」
シウンが周囲を眺めながら言った。
「まだ祭りは始まってないんだよな、これ」
「そうらしいな。始まればもっと賑やかになるのだろう?」
「たぶん」
「楽しみだ」
素直に笑うシウンを見て、俺も少し笑った。
昨日まで宿の取り方すらよく分かっていなかったのに、今ではすっかり観光を楽しんでいる。
その横を歩いていたセレーネは、さっき買った団子の最後の一本を食べていた。
「……まだ食ってたの?」
「最後」
「何本買ったんだよ」
「覚えてない」
「嘘つけ」
セレーネは答えず、最後の一個を口へ運ぶ。
シウンがそれを見つめた。
「もうないのか?」
「ない」
「そうか……」
「お前、さっき断られてただろ」
「一つくらい分けてくれてもいいと思うのだが」
「だめ」
「なぜだ」
「わたしのだから」
即答だった。
「子供かよ」
「朝陽には言われたくない」
「なんでだよ」
そんなやり取りをしていると、先を歩いていたミニムスが振り返った。
「いやあ、旦那方は随分と楽しそうで」
「お前が変な顔でこっち見るからだろ」
「オイラは何も言ってませんぜ?」
「顔が言ってんだよ」
「そいつは難癖ってもんでさ」
ミニムスは肩をすくめると、そのまま歩き続ける。
やがて大通りを一本曲がったところで、景色が少し変わった。
人が多い。
それ自体はカグラでは珍しくない。
ただ、集まっている連中の格好が明らかに違う。
剣や槍を持った獣族。大きな盾を背負った人族。見たことのない武器を腰から下げている者までいる。
観光客というより、冒険者や兵士に近い。
「……なんか急に物騒になったな」
「そうか?」
シウンが言う。
「武器を持っている者が多いだけだろう」
「それを物騒って言うんだよ」
俺だって腰に剣を下げているから人のことは言えないけど。
前を歩くミニムスは特に気にする様子もなく進んでいく。
「ミニムス、この辺になんかあるのか?」
「ありやすよ」
「やっぱり?」
「ちょうど旦那方にも見せておこうと思ってたところでしてね」
「また後出しかよ」
「案内ってのは全部先に教えちまったら面白くねえでしょう?」
そう言って、ミニムスが前方を指差す。
「ほら」
建物の間から、それが見えた。
「……でか」
思わず足を止める。
円形の巨大な建物だった。
石造りの外壁が何層にも重なり、その周囲を大勢の人が行き交っている。カグラ城のような華やかさとは違う。もっと無骨で、ただ大きく、見るからに頑丈そうな造りだ。
離れた場所からでも、人の声が重なったざわめきが聞こえてくる。
「あれが《大獣技場》でさ」
ミニムスが言った。
「大獣技場……」
「王都カグラでも特に有名な場所の一つですぜ。普段から色んな催しをやってますが――今日はちょいと特別でしてね」
「今日?」
俺が聞き返すと、ミニムスが笑う。
「年に一度の《カグラ武闘獣杯》」
聞いたことのない名前だった。
けれど、周囲に集まっている連中を見れば、それが何なのかはだいたい想像できる。
「武闘大会か?」
「ご名答。腕に覚えのある連中があっちこっちから集まってくる、カグラじゃ有名な大会でさ」
「へえ……」
改めて大獣技場を見る。
なるほど。
だから武器を持った連中がこれだけ集まっているのか。
「面白そうだな」
シウンが目を輝かせる。
嫌な予感がした。
「シウン」
「なんだ?」
「一応聞くけど、見る方だよな?」
「出る方だ」
「だと思ったよ」
迷いすらなかった。
「お主も出るのだろう?」
「なんでそうなるんだよ」
「出ないのか?」
「いや……」
もう一度、大獣技場へ目を向ける。
正直、興味はある。
バルカンを出てから、依頼とは関係なく誰かと本気で戦う機会なんてなかった。
自分が今どれくらいやれるのか。
それを試してみたい気持ちは確かにある。
「朝陽」
セレーネに呼ばれた。
「何?」
「出たい顔してる」
「そんな顔ある?」
「ある」
「……まあ、ちょっと興味はあるけど」
「なら出ればいい」
「セレーネは?」
「出る」
「お前もかよ」
「何?」
「いや……シウンはともかく、お前こういうの興味ないと思ってた」
セレーネが少しだけ首を傾げる。
「朝陽が出るなら、出る」
「……そっか」
さらっと言われると、どう返していいのか分からない。
俺が黙っていると、シウンが俺とセレーネを交互に見た。
「なら三人で出ればよいではないか」
「簡単に言うけど、そもそも今から参加できるのか?」
そこでミニムスを見る。
すると、なぜか目を逸らされた。
「……おい」
「なんです?」
「その反応なんだよ」
「いやあ」
「まさか無理なのか?」
「無理ではねえです」
「じゃあなんだよ」
ミニムスが頬を掻く。
「受付、今日までなんで」
「今日まで?」
「正確には――もうすぐ締め切りですぜ」
「先に言えよ!」
思わず声が出た。
「だって旦那、さっきまで出るなんて一言も――」
「いいから行くぞ!」
「出る気満々ではないか」
シウンが楽しそうに笑う。
「うるさい!」
俺たちは人混みを抜け、大獣技場へ向かった。
入口を潜ると、中は外から見た以上に広かった。
天井の高い通路には大勢の人が行き交い、壁には過去の大会らしき絵や、大きな掲示板が並んでいる。
その一角に参加受付があった。
「まだ間に合います?」
息を整えながら尋ねると、受付の獣族が俺たちを見る。
「参加希望か?」
「三人」
セレーネが答えた。
「なら急げ。もう締めるところだ」
「危な……」
本当に滑り込みだったらしい。
冒険者カードを提示し、それぞれ必要な手続きを済ませる。
俺、セレーネ、シウン。
三人分の登録が終わると、受付の人が一枚の紙をこちらへ差し出した。
「予選開始は日没後だ。それまでに戻ってこい」
「……今日?」
「そうだ」
「今日やるんですか?」
「何を言っている。今日が予選日だ」
思わずミニムスを見る。
目を逸らした。
「お前……」
「いやあ、オイラも旦那方が出るとは思ってなかったもんで」
「それでも説明しろよ!」
「間に合ったんだからいいじゃねえですか」
「ギリギリだっただろ!」
「結果よければ全てよしってやつでさ」
「腹立つなこいつ……」
俺が睨んでいる横で、シウンは渡された紙を興味深そうに眺めていた。
「それで、どのように戦うのだ?」
その問いに、受付の人が説明してくれる。
参加者は五十人。
予選は一対一で行われ、組み合わせは抽選。
勝者が次へ進み、最終的に八人まで絞られる。
その八人が、明日の本戦へ進出する。
本戦も同じく一対一の勝ち抜き戦。
武器の使用は認められている。
魔法も、獣化も、生まれ持った能力も使用可能。
勝敗は、降参、戦闘不能、場外。
審判が続行不能と判断した場合も、その時点で試合終了となる。
当然ながら、故意に相手を殺すことは禁止。
勝敗が決した後の追撃や、外部からの介入も反則になる。
試合中に使えるのは、開始時点で自分が持ち込んだ武器や装備のみ。回復薬などの消耗品は使用できない。
「……結構なんでもありだな」
「その方が分かりやすいだろう」
シウンはむしろ気に入ったらしい。
「己の持てるものを使い、相手を倒せばよいのだな」
「言い方が怖いんだよ」
「殺してはいけないのだろう?」
「そういう問題じゃなくて」
「大丈夫だ。加減はする」
「それ、相手が聞いたら一番嫌なやつだからな」
シウンは不思議そうな顔をしている。
その横で、セレーネは黙って紙を読んでいた。
「セレーネは大丈夫そう?」
「何が?」
「ルール」
「問題ない」
「ですよね」
この二人に聞いた俺が馬鹿だった。
むしろ心配なのは対戦相手の方かもしれない。
とはいえ、五十人もいる。
俺たち三人が全員本戦まで残れる保証なんてどこにもない。
周囲を見れば、見るからに場数を踏んでいそうな連中が何人もいる。
獣族だけじゃない。
俺たちと同じ人族もいるし、遠目には種族の分からない者までいた。
「本戦に行けるのは八人か……」
思ったより狭い。
「朝陽」
「ん?」
「負けないで」
セレーネが言った。
「……お前もな」
「わたしは負けない」
「自信すげえな」
「朝陽は?」
「俺?」
「負けるつもり?」
「いや」
腰の剣に軽く触れる。
ここまで来て、負けるつもりで出る理由なんてない。
「勝つよ」
「そう」
セレーネがほんの少しだけ笑った。
その隣で、シウンも腕を組む。
「三人とも残ればよいだけだろう?」
「簡単に言うなあ……」
「簡単ではないから面白いのではないか?」
「……それもそうか」
確かに。
俺は少し笑った。
大獣技場を出る頃には、太陽が随分と傾いていた。
昼間とは違う風が通りを抜けていく。
予選は日没後。
それほど時間はない。
「ところでミニムス」
「なんです?」
「お前は出ないの?」
「出ませんよ」
「即答だな」
「オイラがあんな連中と正面から殴り合ってどうすんですかい。得意不得意ってもんがあるでしょうよ」
「まあ、それはそうだけど」
「オイラは観客席から旦那方を応援させてもらいやす」
「金賭けたりしないだろうな」
ミニムスの足が一瞬止まった。
「……しないですよ?」
「今の間なんだよ」
「気のせいでさ」
「絶対なんか考えただろ」
「いやいやいや」
シウンが笑い、セレーネは呆れたようにミニムスを見る。
結局、俺たちは一度宿へ戻ることにした。
休めるうちに休んで、装備を確認する。
そして夜。
再び大獣技場へ向かう。
日が沈んだ王都カグラ。
昼間とは違う光に包まれた街を抜けた先で、大獣技場だけがひときわ明るく浮かび上がっていた。
壁の上に並んだ灯りが夜空を照らし、開かれた入口から次々と人が吸い込まれていく。
昼間より、明らかに人が多い。
建物の中から響いてくる歓声が、外にまで漏れていた。
「……すげえな」
観光で来たときとは、まるで別の場所に見える。
胸の奥が少しだけ高鳴る。
緊張していないと言えば嘘になる。
でも、それ以上に――楽しみだった。
「行こうか」
シウンが言う。
「うん」
セレーネも歩き出す。
「ああ」
俺も二人に続いた。
五十人。
残れるのは、八人。
《カグラ武闘獣杯》。
その予選が、始まる。




