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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第4章 大獣技場

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第76話 カグラ武闘獣杯

 月夜見神社を出たあとも、俺たちはそのままミニムスの案内でカグラの街を歩いていた。


 時刻はもう昼を大きく過ぎている。


 朝から見て回っているはずなのに、まだ知らない場所が次々と出てくる。王都というだけあって広いのはもちろんだが、通りが変わるだけで店の種類も歩いている人間も随分と違った。


 大祭まで、あと二日。


 街のあちこちでは準備が進み、軒先に提灯を吊るす者や、屋台を組み立てる者の姿が増えている。


「しかし、賑やかな街だな」


 シウンが周囲を眺めながら言った。


「まだ祭りは始まってないんだよな、これ」


「そうらしいな。始まればもっと賑やかになるのだろう?」


「たぶん」


「楽しみだ」


 素直に笑うシウンを見て、俺も少し笑った。


 昨日まで宿の取り方すらよく分かっていなかったのに、今ではすっかり観光を楽しんでいる。


 その横を歩いていたセレーネは、さっき買った団子の最後の一本を食べていた。


「……まだ食ってたの?」


「最後」


「何本買ったんだよ」


「覚えてない」


「嘘つけ」


 セレーネは答えず、最後の一個を口へ運ぶ。


 シウンがそれを見つめた。


「もうないのか?」


「ない」


「そうか……」


「お前、さっき断られてただろ」


「一つくらい分けてくれてもいいと思うのだが」


「だめ」


「なぜだ」


「わたしのだから」


 即答だった。


「子供かよ」


「朝陽には言われたくない」


「なんでだよ」


 そんなやり取りをしていると、先を歩いていたミニムスが振り返った。


「いやあ、旦那方は随分と楽しそうで」


「お前が変な顔でこっち見るからだろ」


「オイラは何も言ってませんぜ?」


「顔が言ってんだよ」


「そいつは難癖ってもんでさ」


 ミニムスは肩をすくめると、そのまま歩き続ける。


 やがて大通りを一本曲がったところで、景色が少し変わった。


 人が多い。


 それ自体はカグラでは珍しくない。


 ただ、集まっている連中の格好が明らかに違う。


 剣や槍を持った獣族。大きな盾を背負った人族。見たことのない武器を腰から下げている者までいる。


 観光客というより、冒険者や兵士に近い。


「……なんか急に物騒になったな」


「そうか?」


 シウンが言う。


「武器を持っている者が多いだけだろう」


「それを物騒って言うんだよ」


 俺だって腰に剣を下げているから人のことは言えないけど。


 前を歩くミニムスは特に気にする様子もなく進んでいく。


「ミニムス、この辺になんかあるのか?」


「ありやすよ」


「やっぱり?」


「ちょうど旦那方にも見せておこうと思ってたところでしてね」


「また後出しかよ」


「案内ってのは全部先に教えちまったら面白くねえでしょう?」


 そう言って、ミニムスが前方を指差す。


「ほら」


 建物の間から、それが見えた。


「……でか」


 思わず足を止める。


 円形の巨大な建物だった。


 石造りの外壁が何層にも重なり、その周囲を大勢の人が行き交っている。カグラ城のような華やかさとは違う。もっと無骨で、ただ大きく、見るからに頑丈そうな造りだ。


 離れた場所からでも、人の声が重なったざわめきが聞こえてくる。


「あれが《大獣技場》でさ」


 ミニムスが言った。


「大獣技場……」


「王都カグラでも特に有名な場所の一つですぜ。普段から色んな催しをやってますが――今日はちょいと特別でしてね」


「今日?」


 俺が聞き返すと、ミニムスが笑う。


「年に一度の《カグラ武闘獣杯》」


 聞いたことのない名前だった。


 けれど、周囲に集まっている連中を見れば、それが何なのかはだいたい想像できる。


「武闘大会か?」


「ご名答。腕に覚えのある連中があっちこっちから集まってくる、カグラじゃ有名な大会でさ」


「へえ……」


 改めて大獣技場を見る。


 なるほど。


 だから武器を持った連中がこれだけ集まっているのか。


「面白そうだな」


 シウンが目を輝かせる。


 嫌な予感がした。


「シウン」


「なんだ?」


「一応聞くけど、見る方だよな?」


「出る方だ」


「だと思ったよ」


 迷いすらなかった。


「お主も出るのだろう?」


「なんでそうなるんだよ」


「出ないのか?」


「いや……」


 もう一度、大獣技場へ目を向ける。


 正直、興味はある。


 バルカンを出てから、依頼とは関係なく誰かと本気で戦う機会なんてなかった。


 自分が今どれくらいやれるのか。


 それを試してみたい気持ちは確かにある。


「朝陽」


 セレーネに呼ばれた。


「何?」


「出たい顔してる」


「そんな顔ある?」


「ある」


「……まあ、ちょっと興味はあるけど」


「なら出ればいい」


「セレーネは?」


「出る」


「お前もかよ」


「何?」


「いや……シウンはともかく、お前こういうの興味ないと思ってた」


 セレーネが少しだけ首を傾げる。


「朝陽が出るなら、出る」


「……そっか」


 さらっと言われると、どう返していいのか分からない。


 俺が黙っていると、シウンが俺とセレーネを交互に見た。


「なら三人で出ればよいではないか」


「簡単に言うけど、そもそも今から参加できるのか?」


 そこでミニムスを見る。


 すると、なぜか目を逸らされた。


「……おい」


「なんです?」


「その反応なんだよ」


「いやあ」


「まさか無理なのか?」


「無理ではねえです」


「じゃあなんだよ」


 ミニムスが頬を掻く。


「受付、今日までなんで」


「今日まで?」


「正確には――もうすぐ締め切りですぜ」


「先に言えよ!」


 思わず声が出た。


「だって旦那、さっきまで出るなんて一言も――」


「いいから行くぞ!」


「出る気満々ではないか」


 シウンが楽しそうに笑う。


「うるさい!」


 俺たちは人混みを抜け、大獣技場へ向かった。


 入口を潜ると、中は外から見た以上に広かった。


 天井の高い通路には大勢の人が行き交い、壁には過去の大会らしき絵や、大きな掲示板が並んでいる。


 その一角に参加受付があった。


「まだ間に合います?」


 息を整えながら尋ねると、受付の獣族が俺たちを見る。


「参加希望か?」


「三人」


 セレーネが答えた。


「なら急げ。もう締めるところだ」


「危な……」


 本当に滑り込みだったらしい。


 冒険者カードを提示し、それぞれ必要な手続きを済ませる。


 俺、セレーネ、シウン。


 三人分の登録が終わると、受付の人が一枚の紙をこちらへ差し出した。


「予選開始は日没後だ。それまでに戻ってこい」


「……今日?」


「そうだ」


「今日やるんですか?」


「何を言っている。今日が予選日だ」


 思わずミニムスを見る。


 目を逸らした。


「お前……」


「いやあ、オイラも旦那方が出るとは思ってなかったもんで」


「それでも説明しろよ!」


「間に合ったんだからいいじゃねえですか」


「ギリギリだっただろ!」


「結果よければ全てよしってやつでさ」


「腹立つなこいつ……」


 俺が睨んでいる横で、シウンは渡された紙を興味深そうに眺めていた。


「それで、どのように戦うのだ?」


 その問いに、受付の人が説明してくれる。


 参加者は五十人。


 予選は一対一で行われ、組み合わせは抽選。


 勝者が次へ進み、最終的に八人まで絞られる。


 その八人が、明日の本戦へ進出する。


 本戦も同じく一対一の勝ち抜き戦。


 武器の使用は認められている。


 魔法も、獣化も、生まれ持った能力も使用可能。


 勝敗は、降参、戦闘不能、場外。


 審判が続行不能と判断した場合も、その時点で試合終了となる。


 当然ながら、故意に相手を殺すことは禁止。


 勝敗が決した後の追撃や、外部からの介入も反則になる。


 試合中に使えるのは、開始時点で自分が持ち込んだ武器や装備のみ。回復薬などの消耗品は使用できない。


「……結構なんでもありだな」


「その方が分かりやすいだろう」


 シウンはむしろ気に入ったらしい。


「己の持てるものを使い、相手を倒せばよいのだな」


「言い方が怖いんだよ」


「殺してはいけないのだろう?」


「そういう問題じゃなくて」


「大丈夫だ。加減はする」


「それ、相手が聞いたら一番嫌なやつだからな」


 シウンは不思議そうな顔をしている。


 その横で、セレーネは黙って紙を読んでいた。


「セレーネは大丈夫そう?」


「何が?」


「ルール」


「問題ない」


「ですよね」


 この二人に聞いた俺が馬鹿だった。


 むしろ心配なのは対戦相手の方かもしれない。


 とはいえ、五十人もいる。


 俺たち三人が全員本戦まで残れる保証なんてどこにもない。


 周囲を見れば、見るからに場数を踏んでいそうな連中が何人もいる。


 獣族だけじゃない。


 俺たちと同じ人族もいるし、遠目には種族の分からない者までいた。


「本戦に行けるのは八人か……」


 思ったより狭い。


「朝陽」


「ん?」


「負けないで」


 セレーネが言った。


「……お前もな」


「わたしは負けない」


「自信すげえな」


「朝陽は?」


「俺?」


「負けるつもり?」


「いや」


 腰の剣に軽く触れる。


 ここまで来て、負けるつもりで出る理由なんてない。


「勝つよ」


「そう」


 セレーネがほんの少しだけ笑った。


 その隣で、シウンも腕を組む。


「三人とも残ればよいだけだろう?」


「簡単に言うなあ……」


「簡単ではないから面白いのではないか?」


「……それもそうか」


 確かに。


 俺は少し笑った。


 大獣技場を出る頃には、太陽が随分と傾いていた。


 昼間とは違う風が通りを抜けていく。


 予選は日没後。


 それほど時間はない。


「ところでミニムス」


「なんです?」


「お前は出ないの?」


「出ませんよ」


「即答だな」


「オイラがあんな連中と正面から殴り合ってどうすんですかい。得意不得意ってもんがあるでしょうよ」


「まあ、それはそうだけど」


「オイラは観客席から旦那方を応援させてもらいやす」


「金賭けたりしないだろうな」


 ミニムスの足が一瞬止まった。


「……しないですよ?」


「今の間なんだよ」


「気のせいでさ」


「絶対なんか考えただろ」


「いやいやいや」


 シウンが笑い、セレーネは呆れたようにミニムスを見る。


 結局、俺たちは一度宿へ戻ることにした。


 休めるうちに休んで、装備を確認する。


 そして夜。


 再び大獣技場へ向かう。


 日が沈んだ王都カグラ。


 昼間とは違う光に包まれた街を抜けた先で、大獣技場だけがひときわ明るく浮かび上がっていた。


 壁の上に並んだ灯りが夜空を照らし、開かれた入口から次々と人が吸い込まれていく。


 昼間より、明らかに人が多い。


 建物の中から響いてくる歓声が、外にまで漏れていた。


「……すげえな」


 観光で来たときとは、まるで別の場所に見える。


 胸の奥が少しだけ高鳴る。


 緊張していないと言えば嘘になる。


 でも、それ以上に――楽しみだった。


「行こうか」


 シウンが言う。


「うん」


 セレーネも歩き出す。


「ああ」


 俺も二人に続いた。


 五十人。


 残れるのは、八人。


 《カグラ武闘獣杯》。


 その予選が、始まる。

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