第73話 カグラ愚連隊
「いるといいけどな、ミニムス」
そんなことを話しながら歩くこと、しばらく。
昨日も訪れた冒険者ギルドが見えてきた。
朝だというのに人の出入りは多い。
武器を携えた冒険者が次々と通りへ出ていき、入口の脇では数人が今日受ける依頼について話し込んでいる。
昨日は登録や宿探しでそれどころじゃなかったけど、改めて見るとルイのギルドとは随分雰囲気が違う。
何より。
獣族が多い。
犬のような耳。
猫のような耳。
大きな角。
ふさふさした尻尾。
昨日から何度も見ているのに、つい目で追ってしまう。
「朝陽」
「ん?」
「見すぎ」
隣を歩いていたセレーネに言われた。
「いや、まだ珍しいんだって」
「昨日も見てた」
「一日で慣れるわけないだろ」
「ふーん」
「…………」
なんか冷たい。
朝食の頃にはだいぶ戻ったと思ってたのに。
「……まだ朝のこと怒ってる?」
「別に」
「その『別に』絶対怒ってるだろ」
「朝陽」
「何?」
「近い」
「普通に歩いてるだけだろ!?」
反射的に半歩離れる。
セレーネは何事もなかったように前を向いた。
「…………」
これ。
いつまで続くんだ。
「二人は朝から仲がよいな」
後ろからシウン。
「どこを見たらそうなるんだよ」
「ずっと話しているではないか」
「内容聞いてた?」
「もちろん」
「だったら分かるだろ」
「仲がよい」
「……もういいや」
諦めた。
三人でギルドの中へ入る。
◇
昨日と同じように、ギルドの中は朝から賑わっていた。
受付には列ができていて、依頼板の前にも冒険者が集まっている。
併設された酒場では、もう食事をしている奴までいた。
「さて……」
入口付近で立ち止まり、辺りを見回す。
「どこだ?」
「いない」
セレーネが即答した。
「早くない?」
「見たから」
「全部?」
「うん」
俺も探してみる。
受付。
依頼板。
酒場。
昨日声を掛けられた辺り。
「……いないな」
「受付で聞くか?」
シウンの提案に頷く。
「そうしよう。ここで仕事してるなら誰か知ってるだろ」
受付へ向かおうとした。
その時。
「おい!」
後ろから声が飛んできた。
「ん?」
振り返る。
三人。
男が二人。
女が一人。
全員、犬系の獣族らしい。
一番前にいるのは、三人の中では一番小柄な少年。
腰には刀。
後ろには、そいつより頭一つ近く大きな少年がいる。
背負っている武器も、身体に合わせたように大きい。
もう一人。
少女は短弓を持ち、腰にも短い刃物を下げていた。
「…………」
冒険者。
装備を見れば分かる。
でも。
若い。
俺と同じくらいか。
下手したら少し年下に見える。
「……俺?」
「そうだよ、お前だ!」
先頭の少年がこっちを指差した。
「何?」
「お前ら、昨日ここでパーティー登録した奴らだろ」
「ああ」
見られてたのか。
「《メモリア》とかいう」
「そうだけど」
「勝負しろ!」
「…………」
何を言ってるんだ、こいつ。
思わず後ろを見る。
セレーネ。
「…………」
無表情。
シウン。
「わたしに聞くな」
「だよね」
もう一度、三人へ向き直る。
「なんで?」
「なんでって、勝負したいからに決まってんだろ!」
「…………」
理由になってるのか、それ。
隣の少女が呆れたように口を挟んだ。
「コタロウ、それじゃ分かんないって」
「うるせえスズ! 分かるだろ!」
「分かんないから聞かれてんでしょ」
「ゴウは分かるよな!?」
「おう!」
大柄な少年が力強く頷く。
「ほら!」
「じゃあゴウ、説明して」
「…………」
ゴウが黙った。
「ほら分かってない」
「分かってるぞ!」
「じゃあ説明してよ」
「…………勝負するんだ!」
「それしか分かってないじゃん!」
「うるせえ!」
「…………」
なんだこいつら。
「行こうか」
「うん」
「ああ」
「待て!」
受付へ向かおうとしたら、先頭の少年が回り込んできた。
「まだ話終わってねえぞ!」
「俺たちは終わったけど」
「終わってねえ!」
「人探してるんだよ」
「そんなもん後にしろ!」
「なんでお前に決められなきゃいけないんだよ」
「いいから勝負しろ!」
「嫌だよ」
「なんでだ!」
「なんでって……」
改めて三人を見る。
装備はしてる。
冒険者なのも嘘じゃないんだろう。
それでも。
「怪我させたら嫌だし」
「は?」
「だから、やめとく」
「…………」
少年の犬耳がぴくっと動いた。
「お前……」
「何?」
「俺らをガキ扱いしてんのか?」
「いや……」
してる。
というか。
どう見ても若いし。
「まあ、ちょっと」
「ふざけんな!」
「コタロウ!」
少女――スズが止める。
でも。
コタロウは俺から目を逸らさなかった。
「俺たちは《カグラ愚連隊》だぞ!」
「…………」
「俺がシバ・コタロウ!」
自分の胸を叩く。
「こいつがアキタ・ゴウ!」
「おう!」
「んで、こいつがキシュウ・スズ!」
「あたしは自分で言えるんだけど」
「いいだろ別に!」
「よくない!」
「…………」
カグラ愚連隊。
自分たちで名乗ってるのか。
「……愚連隊」
「なんだよ」
「いや」
本人たちは。
めちゃくちゃ格好いいと思ってそうだな。
「笑ったか!?」
「笑ってない」
「今絶対笑っただろ!」
「笑ってないって」
「口元!」
「細かいな!」
「舐めやがって!」
「コタロウ、話進まないよ!」
「誰のせいだ!」
「あんたでしょ!」
「…………」
元気だな。
俺は息を吐いた。
「とにかく、俺たちは人を探しに来ただけだから」
横を通る。
「――俺らだって冒険者だ!」
足が止まった。
「…………」
さっきまでより。
声が大きかった。
振り返る。
「子供じゃねえ!」
コタロウが俺を睨んでいる。
「俺らだって依頼受けてる! 魔物とだって戦ってんだ!」
「…………」
「年下だからって最初から相手にもしねえのは違うだろ!」
その言葉に。
さっきまで言い合っていたゴウとスズも黙る。
三人とも。
俺を見ていた。
「…………」
少しだけ。
見方が変わった。
喧嘩がしたいだけのガキだと思ってた。
でも。
少なくともこいつらは。
自分たちを冒険者だと思ってる。
だったら。
俺が勝手に子供扱いして終わらせるのも。
なんか違うか。
「……しゃあないか」
「!」
コタロウの耳が立つ。
「やんのか!?」
「やるよ」
「よっしゃ!」
「三人でいい?」
「……は?」
「三人対俺一人」
「てめえ!」
また怒った。
「舐めてんのか!」
「だから舐めてないって」
「どこがだ!」
「朝陽」
セレーネが呼ぶ。
「ん?」
「本当にやるの?」
「うん。すぐ終わるから」
「…………」
セレーネが三人を見る。
「そう」
それだけ言って下がった。
シウンは少し楽しそうに笑っている。
「わたしたちは見ていればよいのだな?」
「うん」
「分かった」
「おい!」
コタロウが腰の刀へ手を掛ける。
「武器はどうすんだ!」
「そっちは使っていいよ」
「お前は!?」
「使わない」
腰に差した片手剣へ軽く触れる。
抜くつもりはない。
「…………」
コタロウの額に青筋が浮かんだ。
「やっぱ舐めてんじゃねえか!」
「怪我させたくないだけだって」
「言ったな!?」
「言った」
「後悔すんなよ!」
「しないしない」
「その言い方がムカつくんだよ!」
いつの間にか。
周りの冒険者までこっちを見ていた。
朝から何が始まったんだ。
そんな顔をしている。
「ここじゃ邪魔だろ」
「訓練場行くぞ!」
「分かった」
「逃げんなよ!」
「逃げないって」
なんで。
ミニムスを探しに来ただけなのに。
こんなことになってるんだ。
◇
ギルドの訓練場。
三人が俺の前に並ぶ。
コタロウ。
ゴウ。
スズ。
コタロウは刀。
ゴウは大きな武器を両手で握り。
スズは短弓を構えている。
少し離れたところにはセレーネとシウン。
俺の片手剣は。
腰に差したまま。
使わない。
「…………」
三人とも。
さっきまでとは顔つきが違う。
ちゃんと戦う顔だ。
「朝陽!」
「何?」
「今さらやっぱやめたとか言うなよ!」
「言わないよ」
「絶対だからな!」
「分かったって」
軽く身体をほぐす。
素手。
魔法も使う必要はない。
「いつでもいいよ」
「……その余裕」
コタロウが腰を落とす。
「絶対後悔させてやる!」
最初に動いたのは。
コタロウだった。
「おらぁ!」
速い。
踏み込みと同時に刀を抜く。
「…………」
でも。
見える。
半歩。
身体をずらす。
「なっ!?」
刃が横を通り過ぎる。
すぐに追わない。
次。
足音。
「おおおっ!」
ゴウ。
真正面から。
コタロウより遅い。
その分。
明らかに重い。
まともに受ける必要はない。
一歩。
横へ。
「くそっ!」
振り抜かれた一撃が空を切る。
地面を強く踏む音。
その直後。
「スズ!」
「分かってる!」
後ろ。
振り返らない。
音と。
二人の視線。
身体を沈める。
頭上を何かが抜けた。
矢。
「嘘!?」
「危ないな」
「避けた!?」
ちゃんと考えてる。
コタロウが前。
ゴウが力で動きを制限する。
スズが後ろから狙う。
ただ突っ込んでくるだけじゃない。
「もう一回だ!」
「おう!」
「次は外さない!」
三人が散る。
「…………」
悪くない。
でも。
分かりやすい。
視線。
足。
重心。
どこを見ているか。
次に何をしようとしているか。
昔の俺なら。
多分。
そんなものを見る余裕なんてなかった。
コタロウが来る。
さっきより低い。
俺が横へ逃げる前提。
その先には。
ゴウ。
「なるほど」
「もらった!」
コタロウの刀を避ける。
予定通り。
ゴウが待っていた。
「おおおおっ!」
大振り。
その瞬間。
止まる。
「なっ!?」
逃げない。
ゴウの懐へ。
振り切る前。
一番力が乗らない場所へ入る。
「よっ」
肩を押す。
「うおっ!?」
前へ崩れた。
「ゴウ!」
コタロウが振り返る。
「よそ見」
「っ!」
手首。
掴む。
「な――」
引く。
重心が前へ出た。
足を掛ける。
「うおっ!?」
転がす。
地面へ落ちる直前。
腕を引いて勢いだけ殺した。
「ぐっ……!」
「コタロウ!」
スズが弓を向ける。
「っ!」
放つ。
一歩。
外す。
二本目。
今度は右。
避ける。
「なんで当たんないのよ!」
「狙ってるところ見えるから」
「はぁ!?」
距離を詰める。
「ちょっ――!」
弓じゃ間に合わない。
スズがすぐに弓を捨てた。
腰の短刀へ手を伸ばす。
判断は速い。
抜いた。
でも。
振るより先。
手首を押さえる。
「え」
止まった。
「…………」
「…………」
目が合う。
「終わりでいい?」
「まだ!」
スズが空いている手を振る。
頭を下げる。
「うそっ」
足を払う。
「きゃっ!」
倒れる身体を腕で支える。
そのまま地面へ。
「痛っ……くない?」
「だから怪我させないって言っただろ」
「…………」
後ろ。
来る。
「まだだぁ!」
ゴウ。
振り返る。
大きな身体。
大きな武器。
力は。
三人の中で一番ありそうだ。
でも。
振りが大きい。
見てからでも間に合う。
「っ!」
横へ抜ける。
武器を持った腕へ手を添える。
勢いを少しだけ変える。
「うおっ!?」
身体が流れる。
足を引っ掛ける。
「おわぁっ!」
そのまま。
地面。
「ぐえっ!」
「ゴウ!」
「だ、大丈夫だ!」
「…………」
丈夫だな。
「くそっ……!」
コタロウが立ち上がる。
「まだだ!」
「コタロウ」
「まだやれる!」
刀を握り直す。
「もうやめときなよ」
「まだ負けてねえ!」
「…………」
俺は構えない。
ただ立ったまま。
コタロウを見る。
「じゃあ来なよ」
「っ!」
走る。
「うおおおおっ!」
真っ直ぐ。
さっきより速い。
でも。
力が入りすぎてる。
肩。
腕。
足。
全部。
次の動きを教えてくれている。
「っ!」
振り下ろされる刀。
身体を半歩ずらす。
手首を取る。
「なっ――」
捻らない。
折らない。
ただ。
刀を握っていられない方向へ力を掛ける。
「っ!」
刀が落ちた。
「え」
そのまま足を払う。
「うわっ!」
尻餅。
「…………」
「…………」
静かになった。
コタロウ。
ゴウ。
スズ。
三人とも。
地面にいる。
俺は一度も剣を抜いていない。
魔法も使っていない。
「…………」
コタロウが落ちた刀を見る。
「くそ……」
「コタロウ」
スズが身体を起こした。
「もう無理」
「でも!」
「一回もまともに当たってない」
「…………」
「あたしたちの負け」
ゴウも起き上がる。
「強えな……」
「…………」
コタロウだけ。
黙っている。
「おい」
「……なんだよ」
「立てる?」
「立てる!」
「ならよかった」
「…………」
睨まれた。
「なんだよ!」
「いや」
俺は少しだけ笑った。
「最初は悪かった」
「……何がだよ」
「子供だからって相手にしなかったこと」
「…………」
「お前ら、ちゃんと冒険者だった」
三人が黙る。
「連携もしてたし。スズが後ろから合わせて、コタロウが前に出て、ゴウが逃げ道を潰すのも分かった」
「…………」
「だから」
コタロウを見る。
「次は最初から冒険者として相手するよ」
「……次?」
「またやるんだろ?」
「!」
コタロウの耳が立った。
「当たり前だ!」
「やっぱりやるんだ」
「次は絶対勝つ!」
「おう!」
ゴウも立ち上がる。
「あたしは次までに絶対矢当てるから」
「頑張って」
「余裕ぶってられるのも今のうちだから!」
「はいはい」
「適当に返事すんな!」
「お前ら似てるな」
「どこが!」
「どこがよ!」
「ほら」
「…………」
ゴウだけ。
よく分かっていない顔をしている。
「とにかく!」
コタロウが落ちた刀を拾う。
「覚えとけよ!」
「何を?」
「俺たちの名前だよ!」
「シバ・コタロウ」
「!」
「アキタ・ゴウ」
「おう!」
「キシュウ・スズ」
「……ちゃんと覚えてんじゃん」
「さっきあれだけ名乗られたらね」
「それと!」
コタロウが胸を張る。
「《カグラ愚連隊》だ!」
「それも覚えてるよ」
「絶対忘れんな!」
「忘れないって」
「次は勝つからな!」
「分かった」
「絶対だぞ!」
「分かったって」
「行くぞ、ゴウ! スズ!」
「おう!」
「どこ行くの?」
「知らねえ!」
「決めてから言いなよ!」
「うるせえ!」
三人が言い合いながら訓練場を出ていく。
「…………」
騒がしい奴らだったな。
「朝陽」
「ん?」
セレーネとシウンが近づいてくる。
「お疲れ」
「うん」
「随分余裕だったな」
シウンが言う。
「まあ……あの三人なら」
「剣も魔法も使わなかった」
セレーネ。
「使う必要なかったからね」
腰の片手剣に触れる。
結局。
一度も抜かなかった。
「でも」
「何?」
「楽しそうだった」
「俺が?」
「うん」
「そうかな」
「そう見えた」
「…………」
まあ。
嫌いじゃなかった。
ああいうの。
「それより」
セレーネが言う。
「ミニムス」
「…………」
「あ」
忘れてた。
「そうだった!」
「完全に忘れていたな」
「だっていきなり喧嘩売られたんだぞ!」
「言い訳」
「いや、これは仕方ないだろ!」
ギルドへ戻る。
結局。
俺たちは何をしに来たんだ。
「受付で聞こう」
「うん」
「そうだな」
三人で建物へ戻り。
受付へ向かおうとした。
その時。
「旦那ぁ!」
「…………」
聞き覚えのある声。
足が止まる。
振り返る。
小柄な身体。
鼠を思わせる耳と尻尾。
昨日と変わらない。
胡散臭い笑顔。
「へへっ。おはようございます」
「……いた」
「なんです、その反応」
「お前探しに来たんだよ」
「オイラを?」
「うん」
ミニムスが目を丸くする。
「今日はカグラを見て回ろうと思ってさ。お前なら詳しいだろ?」
「ほうほう」
表情が変わった。
分かりやすい。
商売の匂いを嗅ぎつけた顔だ。
「そいつぁまた、旦那。いいところに目を付けましたねぇ」
「やっぱり金取る気だろ」
「そりゃあ旦那。オイラだって霞食って生きてるわけじゃありませんから」
「はいはい」
「ですが」
「ん?」
ミニムスが俺を見る。
セレーネを見る。
シウンを見る。
そして。
また俺。
「…………」
嫌な予感がする。
口元が。
にやっと上がった。
「ところで旦那」
「……何?」
「昨日はお楽しみいただけましたか? へへっ」
「…………」
昨夜。
風呂。
今朝。
全部。
一瞬で頭に蘇った。
「――お前ぇぇぇ!」
「へへっ!?」
逃げた。
「待てミニムス!」
「なんでですか旦那ぁ!」
「お前があの宿紹介したからだろ!」
「いい宿だったでしょうが!」
「部屋の意味説明しろ!」
「三人で泊まれる部屋って頼まれたじゃないですか!」
「そういう意味じゃねえ!」
「旦那なら喜ぶと思ったんですがねぇ!」
「何を見てそう思った!」
「昨日は両手に花だったでしょう!」
「違う!」
ギルドの中を逃げ回るミニムスを追う。
「朝陽」
後ろから。
セレーネの声。
「何!?」
「うるさい」
「俺だけ!?」
「朝から元気だな」
シウンまで。
「お前らも他人事みたいに言うな!」
「旦那ぁ! そんな元気なら昨夜も――」
「それ以上言うな!」
「へへっ!」
「待て!」
結局。
ミニムスを見つけるという目的だけは。
ようやく達成できた。




