↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第3章 四人目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/89

第72話 ルール

 暗い。


 何も見えない。


 身体も動かない。


「…………」


 なんだ、これ。


 重い。


 胸の辺りに何かが乗っている。


 押し潰されているような。


 それなのに妙に柔らかいような。


 よく分からない。


 とにかく重い。


「……ぐ……」


 逃げないと。


 そう思うのに、身体が動かない。


 息苦しい。


 まずい。


 このままだと――。


「――っ!」


 目が覚めた。


「…………」


 暗い。


「……え?」


 いや。


 朝だ。


 窓の向こうはもう明るい。


 障子越しに朝の光が差し込んでいる。


 なのに。


 俺の目の前だけが暗い。


 それどころか、顔に何かが押し付けられている。


「…………?」


 寝ぼけた頭で状況を理解しようとする。


 柔らかい。


 温かい。


 なんだこれ。


 布団?


 いや。


 違う。


「ん……」


「…………」


 声。


 すぐ近くから聞こえた。


 一瞬で眠気が飛んだ。


 恐る恐る顔を動かす。


 視界に入ったのは。


 布。


 肌。


 それから。


「…………」


 シウン。


「――っ!?」


 声を上げそうになって、慌てて飲み込んだ。


 なんで!?


 どうなってんの!?


 昨夜。


 俺は寝床の端で寝た。


 セレーネに背を向けて。


 シウンだって、ちゃんと離れた場所にいたはずだ。


 なのに。


 今。


 そのシウンが俺の上にいる。


 どうやら寝ている間にこっちまで転がってきたらしい。


 片腕は俺を抱えるように乗っている。


 脚まで絡みかけている。


 しかも。


「…………」


 浴衣。


 はだけてる。


 昨夜はちゃんと着ていた。


 それは覚えている。


 でも今は、どれだけ寝返りを打ったのか、見るからに乱れていた。


 そして俺の顔は。


 その胸元に完全に埋まっていた。


「…………」


 待て。


 落ち着け。


 落ち着け俺。


 何もしてない。


 これは事故。


 俺は寝てただけ。


 何も悪くない。


 昨日だってそうだった。


 俺は何も悪くなかった。


 とにかく。


 この状況から抜け出そう。


 シウンはまだ寝ている。


 なら、起こさないように離れればいい。


 そう。


 それだけだ。


「…………よし」


 まず、俺の胸元に乗っている腕。


 これをどかす。


 ゆっくり持ち上げて――。


「ん……」


「っ」


 シウンが身じろぎした。


 慌てて止まる。


 危ない。


 もう一度。


 少しずつ腕を持ち上げる。


 身体を横へずらす。


 あと少し。


 もうちょっとで抜け出せる。


「んぅ……」


「ちょ……」


 今度はシウンがこっちへ寄ってきた。


 逃げようとした分を埋めるように、また身体が密着する。


「…………!」


 なんでだよ!


 俺が離れようとすると寄ってくる!


 もう一度、身体をずらす。


 シウンも動く。


 俺が離れる。


 寄ってくる。


 離れる。


 寄ってくる。


「…………」


 何やってんだ俺。


 朝っぱらから布団の中でもぞもぞともぞもぞと。


 これ。


 誰かに見られたら絶対に誤解される。


「…………」


 その瞬間。


 嫌な予感がした。


 ゆっくり。


 横を見る。


「…………」


 セレーネが起きていた。


「…………」


「…………」


 目が合う。


 いつから?


 いつから見てた?


 セレーネは横になったまま。


 何も言わず。


 俺を見る。


 シウンを見る。


 もう一度、俺を見る。


「…………」


 目が。


 冷たい。


「違う」


「…………」


「待って。これ違うから」


「……朝から何してるの?」


「抜け出そうとしてたんだよ!」


「ふーん」


「本当だから!」


「…………」


 セレーネの視線が、俺に抱きついたまま眠っているシウンへ移る。


 乱れた浴衣。


 俺に回された腕。


 そのすぐ隣で。


 セレーネは寝ていた。


「…………」


 また俺を見る。


 さっきより冷たい。


「いや、だから――」


「朝陽」


「な、何?」


「こっち見ないで」


「え?」


「こっちに来ないで」


「ちょっと待って」


「話しかけてこないで」


「待って待って待って!」


 完全拒絶。


「誤解だから! 俺も今起きたところだから!」


「…………」


「本当に何もしてないって!」


「…………」


「セレーネ?」


「話しかけないでって言った」


「説明くらいさせてくれよ!」


「嫌」


「なんで!?」


 セレーネは俺から顔を背けた。


「……最低」


「だから何もしてないって!」


 その声で。


「……ん」


 ようやくシウンが動いた。


「朝から……騒がしいな」


「誰のせいだと思ってるんだよ!」


「朝陽?」


「いいから起きて! まず離れて!」


「……?」


 眠そうな顔のまま、シウンが俺を見る。


 次に。


 自分。


 俺。


 もう一度、自分。


「…………」


 ようやく状況を理解したらしい。


「おお」


「おおじゃない! 服を着ろ! ちゃんと!」


「着ているだろう?」


「どこがだよ!」


 シウンが自分の浴衣を見下ろす。


「寝ていたからな」


「そういう問題じゃない!」


「?」


「とりあえず直して!」


「分かった分かった」


 シウンは何が問題なのか分かっていない顔で、乱れた浴衣を整え始める。


 俺はようやく身体を起こした。


「はぁ……」


 朝から疲れた。


 まだ起きて数分しか経っていない。


「…………」


 セレーネを見る。


 すぐに目を逸らされた。


「セレ――」


「話しかけないで」


「まだ継続中!?」


「こっち見ないで」


「分かったよ!」


「近づかないで」


「近づいてないだろ!」


「うるさい」


「理不尽すぎる!」


 昨日は風呂。


 今日はこれ。


 しかも。


 どっちも俺は何もしていない。


「……俺、悪くないよな?」


 思わずシウンに確認する。


「当然だろう。二人とも寝ていただけなのだから」


「ほら!」


「朝陽」


「はい」


「話しかけないで」


「俺セレーネに言ってないだろ!」


「朝から元気だな、二人とも」


「お前のせいだよ!」


 シウンは不思議そうに首を傾げている。


 駄目だ。


 昨日からずっとこれだ。


 というか。


 このままじゃ。


「…………」


 俺は布団の上で正座した。


「決めた」


「何を?」


 セレーネがこっちを見ないまま聞く。


「ルール」


「ルール?」


「そう」


 シウンも首を傾げる。


「何のルールだ?」


「メモリアのルール」


「ほう」


「俺たち、これから一緒に旅するだろ」


「ああ」


「うん」


「だったら最低限の決まりが必要だ」


 昨日。


 風呂。


 今朝。


 まだ三人で正式にパーティー登録して、一日も経ってない。


 なのにこれだ。


 今決める。


 絶対に。


「三つ」


 指を一本立てる。


「一つ」


 二人を見る。


「人が風呂に入ってる時、勝手に入ってこない!」


「…………」


 シウンを見る。


「わたしか?」


「お前だよ」


「昨日のことか」


「昨日のことだよ!」


「次からは聞くと言っただろう」


「それでもルール!」


「分かった分かった」


「よし」


 一本目。


 次。


 二本目。


「寝る時は、ちゃんと服を着る!」


 シウンが自分の浴衣を見る。


「だから着ているではないか」


「ちゃんとって言ってるだろ!」


「寝ている間に乱れたのは仕方ないだろう」


「だったら乱れにくい着方するとか!」


「難しい注文だな」


「努力して!」


「分かった分かった」


「本当に分かってる?」


「ああ」


 絶対分かってない。


「最後!」


 三本目。


「人前で裸にならない!」


「…………」


 シウンが首を傾げた。


「それもわたしか?」


「お前だよ!」


「全部わたしのことではないか?」


「全部お前のことだよ!」


「わたしだけルールが多くないか?」


「昨日から二日で全部やったからだよ!」


「そうだったか?」


「そうだよ!」


「朝陽」


 セレーネ。


「何?」


「朝陽にもルール必要」


「なんで!?」


「見ない」


「それはもう守ってる!」


「昨日見た」


「事故!」


「今日も」


「事故!」


「二回」


「回数で数えるな!」


「最低」


「だから俺悪くないって!」


「二人は朝から元気だな」


「お前のせいだよ!」


 シウンは本気で分かっていない。


 セレーネはまだ冷たい。


 そして俺だけが朝から必死に弁明している。


「…………」


 俺は大きく息を吐いた。


「……とにかく」


 改めて二人を見る。


「今の三つ。メモリアのルール」


「分かった」


 セレーネ。


「仕方ないな」


 シウン。


「仕方なくない。大事だから」


 昨日。


 三人で《メモリア》として登録した。


 これから一緒に旅をする。


 その最初の決まりが。


 風呂。


 服。


 裸。


「……もっと冒険者らしいルールになると思ってた」


「例えば?」


「依頼のこととか、戦闘のこととか……」


「必要になったら決めればいい」


 セレーネが言う。


「まあ……そうだけど」


「朝陽」


 シウンが笑う。


「なんだ?」


「朝飯に行かないか?」


「…………」


 自由だな。


 こいつ。


「行こう」


「うん」


「おお」


 結局。


 俺たちの朝は。


 昨日の夜以上に騒がしく始まった。


     ◇


 食堂へ降りると、昨日の夜とは違う匂いが漂っていた。


「……いい匂い」


 朝飯。


 それだけで少し機嫌が戻る。


「朝陽は本当に米が好きなのだな」


「好きっていうか、落ち着くんだよ」


 席につく。


 朝食もやっぱり、どこか日本を思わせるものだった。


 米。


 汁物。


 魚。


 漬物に似たもの。


「いただきます」


 いつもの癖で手を合わせる。


 箸を取ろうとすると。


「朝陽」


「ん?」


「それは何をしているのだ?」


 シウンが俺の手元を見ていた。


「いただきます?」


「ああ」


「食べる前の挨拶みたいなものだよ」


「朝陽の故郷の?」


「うん。食べる前にこうやって手を合わせて、いただきますって」


「ふむ」


 シウンが箸を置いた。


 俺の真似をするように手を合わせる。


「いただきます」


「……そうそう」


「では食べよう」


 何事もなかったように箸を取る。


 素直だな。


 少し笑いそうになっていると。


「いただきます」


 隣からも聞こえた。


「セレーネも?」


「駄目?」


「いや。全然」


 なんだろう。


 ちょっと変な感じだ。


 半年以上前までは、何も考えず毎日のようにやっていたことなのに。


 今は異世界で。


 セレーネとシウンが同じことをしている。


「…………」


「朝陽?」


「いや」


 俺ももう一度手を合わせた。


「いただきます」


 三人で食べ始める。


 温かい汁物を口にする。


 落ち着く。


 さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。


 しばらく三人で朝食を食べていると。


「朝陽」


「ん?」


 セレーネが箸を止めた。


「四つ目」


「……何が?」


「メモリアのルール」


「え?」


「食事の前は、いただきます」


「…………」


 思わずセレーネを見る。


「それ、ルールにするの?」


「駄目?」


「いや……」


 駄目じゃない。


 むしろ。


「いいんじゃない?」


「では決まりだな」


 シウンもあっさり頷く。


「お前もいいの?」


「よい習慣なのだろう?」


「まあ……俺は好きだけど」


「なら問題ない」


 セレーネも頷いた。


「第四条」


 指を一本立てる。


「食事の前は、いただきます」


「……了解」


「承知した」


 なんだそれ。


 昨日結成したばかりのパーティー。


 《メモリア》。


 その最初のルールが。


 一、人が風呂に入っている時は勝手に入らない。


 二、寝る時はちゃんと服を着る。


 三、人前で裸にならない。


 そして。


 四、食事の前は、いただきます。


「……冒険者パーティーの決まりとは思えないな」


「いいじゃない」


「まあね」


 悪くない。


 むしろ。


 俺たちらしいのかもしれない。


 そう思いながら。


 俺は久しぶりに、どこか懐かしい朝飯を口へ運んだ。


     ◇


 朝食を終え、部屋へ戻って身支度を済ませる。


「さて」


 荷物を持ち上げる。


「今日はどうする?」


「わたしは街を見たい」


 セレーネがすぐに答えた。


「カグラ?」


「うん」


「珍しいな。セレーネから言うの」


「駄目?」


「いや。俺も見たい」


 昨日は到着したのが遅かった。


 ギルドへ行って。


 パーティー登録をして。


 宿を探しただけ。


 街そのものはほとんど見られていない。


「シウンは?」


「わたしも構わないぞ。久しぶりだからな」


「じゃあ決まりだな」


 今日はカグラを見て回る。


 そう決まったのはいいけど。


「…………」


「どうした?」


「俺たち、どこ行けばいいか知らなくない?」


「知らない」


 セレーネ。


「わたしも今のカグラには詳しくないな」


 シウン。


「だよなぁ……」


 昨日来たばかりの俺。


 今のカグラを知らないセレーネ。


 昔来たことはあっても、今の街には詳しくないシウン。


 観光するには。


 絶妙に頼りない三人だった。


「……ミニムス探すか」


「昨日の?」


「うん。あいつなら詳しいだろ」


 怪しい。


 めちゃくちゃ怪しい。


 でも。


 昨日紹介された宿は、実際悪くなかった。


 安い。


 飯もうまい。


 風呂もいい。


 部屋については色々言いたいことがあるけど。


 少なくとも、頼んだ通り三人で泊まれる場所ではあった。


 何より。


 街を歩いている時の知識は本物だった。


「案内人って言ってたしな」


「どこにいる?」


「それなんだよな」


 連絡を取る方法なんて聞いていない。


 少し考える。


「ギルド行ってみよう」


「いるのか?」


「分かんない。でも昨日もあそこにいたし、案内の仕事探してるなら今日も来るかもしれないだろ」


「なるほど」


「いなかったら受付で聞けばいいし」


「うん」


 セレーネも頷く。


「じゃあ行こう」


 宿を出る。


 朝のカグラは、昨日の夜とはまた違った顔を見せていた。


 次々と店が開き。


 荷車が通り。


 あちこちから威勢のいい声が飛び交っている。


 少し冷たい朝の空気の中に、食べ物の匂いが混ざる。


「……やっぱりいいな、この街」


「朝陽、楽しそう」


「分かる?」


「うん」


「昨日から言われてる気がする」


 セレーネがほんの少し笑った。


「顔に出てるから」


「そんな分かりやすいかな、俺」


「分かりやすいぞ」


 シウンまで。


「……そうですか」


 二人に挟まれながら。


 昨日歩いた道を戻っていく。


 目指すのは冒険者ギルド。


 目的は。


 昨日出会った、あの胡散臭い案内人。


「いるといいけどな、ミニムス」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。