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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第1章「知らない世界」

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第7話 この世界の話

「朝陽。今日は畑だ」


「はい」


「返事だけはいいな」


「もう慣れましたから」


 異世界に来てから、何日か経った。


 正確に何日目かは分かる。


 スマホで数えているからだ。


 ただ。


 毎朝起きて。


 飯を食って。


 働いて。


 村を歩いて。


 また働いて。


 飯を食って寝る。


 そんな生活を繰り返していると、日付なんてどうでもよくなってくる。


「これ運べばいいです?」


「ああ」


「どこまで?」


「あっちの畑」


「…………遠くない?」


「若いんだろ?」


「それ便利に使いすぎじゃないですか?」


「十七なんだろ?」


「十七は無限に体力ある年齢じゃないですよ」


「口動かす前に手ぇ動かせ」


「はい……」


 袋を担ぐ。


「重っ」


「まだ言ってんのか」


「重いものは何日経っても重いんですよ!」


 宿の主人が笑う。


 俺も。


 少し笑った。


 ◇


 最初は。


 この村の全部が知らないものに見えた。


 今は少し違う。


「おはよう、朝陽!」


「おはようございます」


「今日も働いてるのか?」


「働かないと飯食えないんで」


「若いのに大変だな!」


「そっちの宿屋の主人に言ってください!」


「聞こえてんぞ!」


「聞こえるように言ったんですよ!」


 村の人に名前を覚えられた。


 俺も何人かは顔を覚えた。


 朝になるとパン屋からいい匂いがする。


 昼前には市場が一番賑わう。


 夕方になると畑から人が戻ってくる。


 水車はずっと回っている。


 宿の主人は口が悪い。


 でも飯はちゃんと食わせてくれる。


「…………」


 知らない世界。


 なのに。


 ほんの少しだけ。


 日常になり始めていた。


 ◇


「兄ちゃん!」


「ん?」


 畑へ向かう途中。


 例の子供が走ってきた。


「今日も変な服!」


「お前それしか言うことないの?」


「変!」


「分かったって」


 制服を見る。


 もう結構汚れている。


 洗ってはいるけど。


 そもそも農作業に向いていない。


「……本当に服欲しいな」


「買えば?」


「金がないんだよ」


「貧乏!」


「お前な」


 頭を軽く小突くふりをすると、笑いながら逃げていった。


「元気だな……」


「朝陽!」


 畑から呼ばれる。


「はい!」


 急いで向かった。


 ◇


 昼。


 仕事を終えて、木陰に座る。


「疲れた……」


 パンをかじる。


 チーズ。


 それから水。


 最初は硬いと思っていたこのパンにも、もう慣れた。


「…………」


 空を見る。


 青い。


 普通の空。


 雲もある。


 太陽もある。


 日本と変わらないように見える。


「……異世界なんだよな」


 何度考えても変な感じだ。


「何がだ?」


「うわっ!」


 横から声をかけられた。


 畑の持ち主の老人だった。


「びっくりした……」


「何ぼーっとしてんだ」


「休憩です」


「サボりじゃろ」


「ちゃんと働きましたよ!」


「冗談じゃ」


 老人が隣に座る。


「お前さん、変なところから来たらしいな」


「宿のおっちゃんから聞きました?」


「あの村で黙ってられる話だと思うか?」


「ですよね……」


 小さな村だ。


 数日もいれば噂になる。


「森から一人で出てきたとか」


「はい」


「よく生きとったな」


「それも何回も言われました」


「運が良かったんじゃろ」


「……みたいですね」


 魔物。


 まだ実物は見ていない。


 正直。


 見たい気持ちと。


 絶対に見たくない気持ちが半々くらいだった。


「日本だったか」


「はい」


「聞いたことないのう」


「誰に聞いてもそれ言われます」


「遠い国か?」


「……たぶん」


 本当は。


 国どころか。


 世界そのものが違うと思い始めている。


 でも。


 まだ「異世界から来ました」と堂々と言う勇気はなかった。


 自分でも意味が分からないのに。


 説明なんてできるわけがない。


「爺さん」


「なんじゃ」


「この世界って」


「うん?」


「……いや」


 聞き方が広すぎる。


「この国のこと、教えてもらってもいいですか?」


「バルカンか?」


「はい」


「そんなもん、何が知りたい」


「何が分からないのかも分からないんですよ」


「面倒な奴じゃな」


「俺もそう思います」


 老人が笑う。


「なら、最初から話すか」


「お願いします」


「長いぞ」


「午後の仕事までなら」


「金取るぞ」


「勘弁してください」


 また笑われた。


 ◇


「バルカン王国は、人の国じゃ」


「人?」


「人族」


「…………」


 また知らない言葉が出た。


「人族って……俺みたいな?」


「他に何に見える」


「ですよね」


 ということは。


「人族以外もいるんですか?」


「そりゃいる」


「…………」


 老人を見る。


「何じゃ」


「いや……」


 聞きたい。


 めちゃくちゃ聞きたい。


「どんな?」


「獣人、魔族、エルフ……」


「待って待って待って」


「なんじゃ」


「一個ずつお願いします」


「お前が聞いたんじゃろ」


「情報量が多い!」


 獣人。


 魔族。


 エルフ。


「……エルフって、あの?」


「どのじゃ」


「耳長い?」


「長いな」


「…………」


 いるんだ。


 本当に。


「会える?」


「知らん」


「この村には?」


「見たことないのう」


「そうですか……」


 ちょっと残念だ。


「何でそんな嬉しそうなんじゃ」


「俺のいたところにはいなかったんで」


「人しかおらんのか?」


「人しかいないですね」


「変な国じゃのう」


「こっちからしたら逆です」


 魔法がある。


 魔物がいる。


 エルフまでいる。


「…………」


 すごいな。


 この世界。


 そんな感想が普通に浮かぶようになっていた。


 ◇


「バルカンは人族が中心じゃが、他の種族がおらんわけではない」


「へえ」


「王都へ行けば、この村より色んな奴がおるじゃろう」


「王都……」


 また行きたい理由が増えた。


「大きいんですよね」


「この村とは比べものにならん」


「そんなに?」


「当たり前じゃ」


「みんなそれ言うな……」


 王都ルイ。


 どれだけ大きいんだ。


「そういえば」


 気になっていた。


「ルイって、何でルイなんです?」


「何でとは?」


「人の名前みたいだなって」


「初代王の名じゃ」


「初代王?」


「ああ」


「国を作った人?」


「そうじゃ」


「へえ……」


 王都に自分の名前。


 すごいな。


「有名な人なんですか?」


 老人が俺を見る。


「お前さん、本当に何も知らんな」


「すみません」


「謝ることじゃない」


 老人はパンを一口食べる。


「初代バルカン王ルイ。世界を救った英雄じゃよ」


「…………」


 世界を救った。


「すご」


 思わず口から出た。


「何したんです?」


「神王様に仇なす者らとの戦いで、人々を導いたと伝えられとる」


「神王……」


 聞いたことがある。


「あ」


 思い出した。


「月光教」


「知っとるじゃないか」


「名前だけ。村に祈り場ありますよね」


「ああ」


「神王って、月光教の?」


「ツクヨミ様じゃ」


「…………」


 ツクヨミ。


 日本語っぽい。


 そう思った。


「変わった名前ですね」


「そうか?」


「俺の国だと……」


 そこまで言って。


 やめる。


「いや。似た言葉があるんです」


「ほう」


「でも、たまたまかな」


 同じ音の名前くらい。


 どこかにあってもおかしくない。


 今はそう思った。


「ツクヨミ様は、この世界を創られた神とされておる」


「世界を?」


「ああ」


「…………」


 創造神。


「じゃあ月光教って、その神様を信じてる?」


「簡単に言えばそうじゃな」


「へえ……」


 宗教。


 日本にいた頃の俺には、あまり身近ではなかった。


 でも。


 この世界では普通に生活の中にあるらしい。


「みんな月光教なんですか?」


「皆が皆というわけではない」


「信じてない人もいる?」


「そりゃおる」


「怒られない?」


「何でじゃ」


「いや……宗教って、もっと厳しいのかなって」


「場所にも人にもよるじゃろ」


「……それもそうか」


 俺は祈り場を思い出す。


 出入りしていた村人たち。


 別に怖い雰囲気はなかった。


 普通だった。


 ここでは。


 それが普通なんだ。


 ◇


「でも」


 少し混乱する。


「創造神と初代王が一緒に戦ったんですか?」


「一緒に?」


「さっき、神王様に仇なす人と戦ったって」


「ああ」


「神様と人間が同じ時代にいた?」


「何を不思議がっとる」


「いや、俺の感覚だと神様ってもっと昔というか……」


 神話。


 伝説。


 歴史よりずっと前。


 そんな印象だ。


「この世界の歴史じゃ、五千年前の大きな戦いは誰でも知っとる」


「五千年……」


 途方もない。


「その時代に、初代王がいた?」


「ああ」


「神王ツクヨミも?」


「そう伝えられとる」


「…………」


 五千年前。


 俺には想像もできない。


「その戦いで世界が救われて、バルカン王国ができた?」


「大雑把に言えばな」


「なるほど……」


 まだ細かいところは分からない。


 でも。


 とりあえず覚えておく。


 初代バルカン王ルイ。


 世界を救った英雄。


 神王ツクヨミ。


 世界を創った神。


 五千年前の大きな戦い。


 月光教。


「…………」


 歴史の授業みたいだ。


「学校で習ったりするんですか?」


「学校?」


「あー……子供が勉強するところ」


「王都なら学ぶ場所も多いぞ」


「へえ」


 また王都。


 本当に何でもあるな。


 ◇


「五千年前の戦いって、誰と戦ったんです?」


 俺が聞く。


「反逆者たちじゃよ」


「反逆者」


「神王様に刃向かった者たちじゃ」


「名前とか残ってる?」


「そりゃ残っとるものもある」


「へえ……」


 俺はパンを食べる。


 正直。


 そこまで強い興味はなかった。


 この世界の昔話。


 今の俺にとっては、それくらいだ。


「歴史好きか?」


「いや、普通です」


「じゃあ何でそんな聞く」


「何も知らないのが怖いんですよ」


「…………」


 老人が俺を見る。


「魔物がいるのも知らなかった」


「うむ」


「魔法も知らなかった」


「うむ」


「この国の名前も、王様がいることも、他の種族がいることも知らなかった」


 自分で言って。


 改めてひどい。


「だから」


 パンをちぎる。


「知ってた方が、ちょっと安心するかなって」


「なるほどな」


「知らないまま森に入って、実は危険地帯でしたとか、もう嫌なんで」


「ハハハ!」


「笑い事じゃないですよ」


「すまんすまん」


 全然反省してない。


 ◇


 午後。


 また働く。


 今度は畑の柵の修理。


「これ押さえて」


「はい」


 村の男が木材を固定する。


「そこ動かすなよ」


「はい」


「絶対だぞ」


「そんな言われると怖いんですけど」


「動かすなよ」


「分かったって!」


 釘のようなものを打ち込んでいく。


「…………」


 世界を創った神。


 五千年前。


 英雄。


 反逆者。


 考えてみれば。


 とんでもない話を聞いた。


 でも。


「そこもうちょい上」


「ここ?」


「そう」


「はい」


 目の前の仕事の方が大事だった。


 五千年前の話より。


 今。


 この木をちゃんと押さえないと怒られる。


「よし」


「終わり?」


「そこはな」


「まだある?」


「向こうも」


「…………」


 柵を見る。


 長い。


「これ全部?」


「全部」


「帰りたい」


「宿にか?」


「日本に」


「ニホン?」


「俺の故郷です」


「遠いのか?」


「……めちゃくちゃ遠いみたいです」


「そりゃ大変だ」


「はい」


 男はそれ以上聞かなかった。


 俺も。


 それ以上言わなかった。


 ◇


 数日。


 また数日。


 働いた。


 朝起きて。


 飯を食って。


 仕事を探す。


 荷物を運ぶ。


 畑を手伝う。


 薪を割る。


 水を汲む。


 市場へ行く。


 飯を食う。


 寝る。


 時々。


 村の人にこの世界の話を聞く。


 魔法。


 魔物。


 国。


 種族。


 王都。


 冒険者。


 歴史。


 全部を一度に覚えるのは無理だった。


 でも。


 少しずつ。


 この世界が俺の中で形になっていった。


 そして。


「…………」


 夜。


 稼いだルクスを数える。


「まだ足りない」


 旅費。


 王都までの移動。


 食事。


 向こうへ着いてからの宿。


 服。


「……全然足りねえ」


 思ったより金がいる。


 そりゃそうだ。


 生活するんだから。


「…………」


 横を見る。


 スマホ。


 残りのバッテリーは。


 かなり減っていた。


「…………」


 充電器はある。


 ケーブルもある。


 でも使えない。


 この世界にコンセントはない。


 少なくとも。


 この村には。


「……もうすぐか」


 いつか。


 電源が落ちる。


 そうなったら。


 写真も見られない。


 連絡先も。


 メッセージも。


「…………」


 売る。


 前にも考えた。


 でも。


 やっぱり嫌だった。


 金になる保証もない。


 何より。


 まだ持っていたい。


「……もう少しだけ」


 画面を消す。


 枕元へ置いた。


 ◇


 翌朝。


「朝陽」


「はい」


「市場の商人が人手探してたぞ」


「仕事ですか?」


「ああ。荷運び」


「行きます」


「即答か」


「旅費欲しいんで」


「そうだったな」


 パンを口に入れる。


「あとどれくらいだ?」


「もう少し」


「なら頑張れ」


「はい」


 食べ終える。


「ごちそうさまでした」


 立ち上がる。


 市場へ向かおうとして。


「朝陽」


「はい?」


「王都へ行ったらどうする」


 主人に聞かれた。


「…………」


 足が止まる。


「どうする……」


 まだ。


 決めていない。


「とりあえず冒険者ギルド見て」


「ああ」


「魔法のこと調べて」


「ああ」


「俺がいた場所のこと知ってる人がいないか探して」


「ああ」


「それから……」


 止まる。


「…………」


 分からない。


「その後は?」


「……分かんないです」


 正直に答える。


「そうか」


「はい」


「なら、それでいいんじゃねえか」


「え?」


「全部決めてから動ける奴なんてそういねえよ」


「…………」


「行って、見て、考えろ」


「……適当だなあ」


「お前にはちょうどいい」


「どういう意味ですか」


 主人が笑う。


「ほら、仕事行ってこい」


「はいはい」


 宿を出る。


 朝のアルヴェン村。


 いつもの道。


 いつもの水車。


 いつもの市場。


「…………」


 いつの間にか。


 俺はこの景色を「いつもの」と思うようになっていた。


「……早いな」


 まだ。


 来たばかりなのに。


 でも。


 ずっとここにいるつもりはない。


 王都へ行く。


 そこで。


 もっとこの世界を見る。


 帰る方法も探す。


「行って、見て、考えろ……か」


 悪くない。


 俺には。


 たぶん。


 それくらいがちょうどいい。


「よし」


 まずは。


 今日の仕事。


 俺は市場へ向かって歩き出した。


 知らない世界は。


 まだ。


 知らないことだらけだった。


 だからこそ。


 少しだけ。


 その先を見てみたいと思い始めていた。

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