第68話 閑話・勇者①
五年という時間は、長い。
高校を卒業するには十分で。
大学へ進み、そこでもう一度卒業を迎えるには、少し足りないくらい。
住む場所が変わる者もいれば、新しい友人ができる者もいる。髪型が変わり、服装が変わり、考え方だって少しずつ変わっていく。
十七歳だった少年少女が、二十二歳になる。
それだけの時間だ。
けれど。
五年経っても、変わらない日があった。
◇
「……今年も来たな」
瑞輝の声が、冬の空気に溶けた。
返事はない。
必要もなかった。
墓前には、新しい花が供えられている。
高田瑞輝。
河野京介。
木内麗奈。
村井瑠奈。
五年前まで。
ここにもう一人いた。
真白朝陽。
「もう五年かぁ」
麗奈がしゃがみながら呟く。
「早いね」
隣で瑠奈が答えた。
その声は穏やかだった。
「大学も、もう終わりだもんな」
京介がポケットへ手を入れたまま墓石を見る。
「高校生だったのが、だいぶ昔に感じるわ」
「京介はあんまり変わってないけどね」
「いやいや、変わっただろ。五年だぞ?」
「どこが?」
「……大人になった」
麗奈が京介を見上げる。
少し考えて。
「どこが?」
「二回言うなよ」
瑞輝が吹き出した。
「そこは俺も麗奈に賛成かな」
「お前まで乗るのかよ」
「見た目は変わったと思うぞ」
「フォローになってねぇよ」
いつものやり取り。
昔と同じ。
五年前にも。
きっと、こんな話をしていた。
誰かがくだらないことを言って。
誰かが突っ込んで。
麗奈が笑って。
瑠奈がその横で楽しそうにして。
そして。
もう一人。
少し離れたところから笑っている奴がいた。
会話が途切れる。
四人の視線が、自然と墓石へ戻った。
瑞輝が小さく息を吐いた。
「朝陽」
刻まれた名前を見る。
「今年も来たぞ」
返事はない。
当然だ。
「俺ら、もう大学卒業するってさ」
「瑞輝、それ去年も似たようなこと言ってなかった?」
麗奈が言う。
「去年は就活の話だろ」
「そうだっけ」
「多分」
「瑞輝も覚えてないじゃん」
少しだけ笑いが起きる。
すぐに。
また静かになった。
「……朝陽がいたら、何してたんだろうな」
京介が呟いた。
誰もすぐには答えなかった。
大学へ行ったのか。
就職したのか。
そもそも何を目指していたのか。
五年前。
十七歳だった朝陽には、まだいくらでも未来があった。
だから。
答えなんて分からない。
「案外、普通に会社員とかじゃない?」
麗奈が言う。
「ありそう」
瑠奈が笑う。
「毎朝ギリギリまで寝て、私が起こしに行って」
「二十二にもなって?」
「朝陽ならありえるよ」
「それは酷くない?」
「だって高校の時もそうだったし」
「そういや瑠奈、よくあいつの世話してたよな」
京介が言う。
「家、隣だったからね」
「それだけかぁ?」
京介が少し意地の悪い顔をする。
「京介」
瑞輝が止めた。
「あ」
京介もすぐに気づく。
「……悪い」
「別にいいよ」
瑠奈は笑った。
柔らかく。
いつも通りに。
瑞輝だけが、その横顔を少し長く見ていた。
「そろそろ行くか」
やがて瑞輝が立ち上がった。
「今年も飲むんだろ?」
「もちろん」
麗奈が即答する。
「お前、去年一番最初に潰れただろ」
「今年は大丈夫」
「毎年言ってるぞ、それ」
「今年は本当に大丈夫」
「信用できねぇ……」
四人が墓前から離れていく。
少し歩いて。
瑠奈だけが振り返った。
墓石を見る。
ほんの数秒。
「瑠奈?」
麗奈に呼ばれる。
「ううん。なんでもない」
すぐに追いつく。
その背中を。
墓石だけが見送っていた。
◇
「乾杯!」
グラスがぶつかる。
五年前。
高校生だった四人は、もう酒を飲める歳になっていた。
駅から少し離れた居酒屋。
大学生らしい団体。
仕事帰りらしい会社員。
騒がしい声。
料理の匂い。
店内には、どこにでもある夜が広がっている。
「今年こそ麗奈が潰れる前に帰るぞ」
「だから潰れないって」
「去年も聞いた」
「京介しつこい」
「介抱したの俺だからな?」
「瑠奈もいたでしょ」
「瑠奈に全部押しつけるわけにいかねぇだろ」
「へぇ」
「なんだよ」
「優しいじゃん」
「普通だ普通」
京介がビールを飲む。
麗奈が笑う。
「顔赤いよ」
「酒だよ!」
「まだ一杯目なのに?」
「うるせぇ!」
瑞輝も笑っていた。
「相変わらずだな、お前ら」
「瑞輝に言われたくない」
「俺?」
「大学入ってから何人に告白されたの?」
「なんでその話になるんだよ」
「気になる」
「俺も気になる」
「京介まで乗るなって」
「いいじゃん、言えよ」
「覚えてない」
「うわ」
麗奈が露骨に嫌そうな顔をした。
「一番言っちゃいけないやつ」
「違うって。数えてないだけだ」
「もっと悪い」
「なんでだよ」
瑠奈が笑っている。
瑞輝がそちらを見る。
視線が合った。
「ん?」
「……いや」
「なに?」
「なんでもない」
「変なの」
瑠奈はグラスへ口をつける。
瑞輝も自分の酒へ視線を落とした。
五年前。
朝陽が死んだ。
あの日から。
少しずつ。
色々なものが変わった。
それでも。
この四人だけは。
毎年、この日に集まった。
朝陽の墓へ行く。
その後。
四人で飯を食う。
酒を飲めるようになってからは、こうして飲むようになった。
別に決まりがあるわけじゃない。
誰かが言い出したわけでもない。
それでも毎年。
自然と集まった。
「……ねえ」
しばらくして。
瑠奈が口を開いた。
「この後、駅に行かない?」
空気が止まった。
どの駅か。
聞く必要はなかった。
「……あそこ?」
麗奈が確認する。
「うん」
瑠奈は頷いた。
五年前。
朝陽が死んだ駅。
毎年、墓には来る。
でも。
あの場所へ四人揃って行ったことはない。
「瑠奈、大丈夫なのか?」
瑞輝が聞く。
「うん」
「無理する必要ないぞ」
「無理してないよ」
瑠奈が笑う。
「五年経ったし」
その言葉に。
誰もすぐには返事ができなかった。
「……まあ」
京介がグラスを置く。
「瑠奈が行きたいなら、俺はいいけど」
「私も」
麗奈が頷く。
三人の視線が瑞輝へ集まる。
「分かった」
瑞輝も頷いた。
「行こう」
◇
夜の駅。
五年前と同じ場所。
でも。
何もかもが少しずつ違って見えた。
新しくなった看板。
増えた店。
変わった広告。
行き交う人々。
あの日と同じものなんて、ほとんど残っていない。
それなのに。
ホームへ降りた瞬間。
四人とも口数が減った。
線路。
黄色い点字ブロック。
ホームの端。
電車が入ってくる音。
全部が。
記憶を引っ張り出す。
瑞輝の足が止まった。
あの日。
目の前で。
朝陽が落ちた。
何が起きたのか分からなかった。
声を上げる暇もなかった。
ただ。
間に合わなかった。
「……やっぱ来るもんじゃねぇな」
京介が低く呟いた。
「うん」
麗奈も、さっきまでとは違う声だった。
「ごめんね」
瑠奈が言った。
「私が来たいって言ったから」
「謝るなよ」
瑞輝がすぐに返す。
「俺たちも来るって決めたんだから」
「……うん」
瑠奈は線路を見ていた。
表情は。
寂しそうに見えた。
それだけだった。
「帰ろうか」
麗奈が言う。
「そうだな」
京介も頷く。
瑞輝が瑠奈を見る。
「瑠奈」
「うん」
「行こう」
「……うん」
その時だった。
足元が光った。
「え?」
最初に声を上げたのが誰だったのか。
分からない。
白い光。
ホームの床。
四人の足元から。
幾何学模様のようなものが、一瞬で広がっていく。
「なんだこれ!?」
京介が叫ぶ。
「瑞輝!」
麗奈の声。
「全員こっち来い!」
瑞輝が咄嗟に手を伸ばす。
京介の腕を掴む。
京介が麗奈を引き寄せる。
瑠奈へ。
「瑠奈!」
手を伸ばす。
指先が触れた。
光が弾けた。
音が消える。
人の声。
電車。
駅の放送。
全部。
真っ白な世界に呑み込まれた。
◇
最初に戻ったのは。
音だった。
「――成功したぞ!」
知らない男の声。
「勇者様だ!」
「教典の予言通りだ……!」
次に。
冷たさ。
床。
瑞輝はゆっくり目を開いた。
「……っ」
眩しい。
白い光がまだ視界に残っている。
身体を起こす。
「ここ……」
駅じゃない。
石造りの床。
高い天井。
壁には巨大な紋章。
見たことのない文字。
何十本もの蝋燭。
白い服を着た人々。
その全員が。
こちらを見ている。
「瑞輝!」
京介。
すぐ近くにいる。
「京介!」
「俺は平気だ! 麗奈!」
「いる!」
「瑠奈!」
「ここ!」
四人。
全員いる。
瑞輝は立ち上がり、三人を確認した。
「怪我は?」
「ない」
京介。
「私も」
麗奈。
「大丈夫」
瑠奈。
全員無事。
そこでようやく。
瑞輝は周囲へ意識を向けた。
「……誰ですか」
声が低くなる。
白い服の人間たち。
十人以上。
敵意は感じない。
むしろ。
泣いている者までいる。
「ここはどこですか」
答えたのは。
集団の前にいた年配の男だった。
他の者より装飾の多い白い服。
首元には、月を模したような飾り。
男は深く頭を下げた。
「まずは突然このような形でお招きしたこと、心よりお詫び申し上げます」
「お招き?」
京介が眉を寄せる。
「人をいきなり変な場所に飛ばしといて、お招きはないでしょう」
「京介」
「いや、瑞輝。これは言うだろ」
「分かってる」
瑞輝も同じ気持ちだった。
でも。
怒鳴っても状況は分からない。
「説明してください」
男を見る。
「俺たちに何をしたんですか」
男は。
静かに答えた。
「召喚でございます」
「……召喚?」
麗奈が呟く。
「はい」
男が顔を上げた。
「ここは、皆様がおられた世界とは異なる世界」
その言葉を。
誰もすぐには理解できなかった。
「我らはこの世界を――ムンドゥスと呼んでおります」
沈黙。
「……は?」
京介が声を漏らした。
無理もない。
異世界。
召喚。
勇者。
そんな言葉。
漫画や小説の中なら。
誰だって一度くらい見たことがある。
でも。
自分がその中に入るなんて。
「ちょっと待って」
麗奈が頭を押さえた。
「え、本気で言ってる?」
「はい」
「ドッキリとかじゃなく?」
「どっきり……というものが何かは存じませんが、虚偽は申しておりません」
「いやいやいや……」
京介が周囲を見る。
「待てって。セットとか……」
壁。
床。
知らない人間。
知らない文字。
そして。
さっきの光。
「……どうなってんだよ」
誰も答えられない。
瑞輝も。
理解できているわけじゃなかった。
それでも。
確認しなければならないことがある。
「元の世界には」
男を見る。
「帰れるんですか」
その質問に。
男はすぐには答えなかった。
僅かな沈黙。
それだけで。
瑞輝には十分だった。
「……分からないんですね」
「申し訳ございません」
麗奈の顔が強張る。
京介が舌打ちしそうになって。
やめた。
瑠奈は黙っている。
「皆様をお呼びした術は、我ら月光教に伝わる秘術でございます。しかし、異界へ渡った者を自由に往来させるための術ではございません」
「月光教……」
瑠奈が小さく繰り返した。
「はい」
司祭が頷く。
「我らは月光教。この世界ムンドゥスにおいて、神王ツクヨミ様と月の導きを信奉する者たちでございます」
また。
知らない名前。
知らない世界。
情報が多すぎる。
「なんで俺たちなんですか」
瑞輝が聞く。
「それも説明してください」
司祭は。
壁に刻まれた大きな月の紋章へ視線を向けた。
「我らの教典には、遥か古より一つの予言が残されております」
静かな声。
「神王ツクヨミ様の御力が再びこの世界へ満ちる時、それに仇なす大いなる災いが現れる」
白衣の者たちが。
一斉に頭を垂れる。
「その時、異界より四人の勇者が降臨し、世界を正しき未来へ導く、と」
「……四人」
麗奈が呟いた。
視線が。
瑞輝。
京介。
瑠奈。
そして自分へ。
「まさか」
京介が顔を引きつらせる。
「俺らが、その勇者だって言うんじゃないだろうな」
司祭が深く頭を下げた。
「その通りでございます」
「いやいや、待てって」
京介が今度こそ頭を抱えた。
「話飛びすぎだろ」
「京介……」
「麗奈だってそう思うだろ?」
「思うけど……」
麗奈も困惑している。
「勇者って……」
自分の手を見る。
「私たち、普通の大学生だよ?」
「俺もそう思います」
瑞輝が言った。
「俺たちは戦ったことなんてない」
「承知しております」
「なら」
「皆様には、こちらの世界には存在しないほど強い素質があると伝えられております」
「素質?」
「魔力。そして、それぞれに与えられた適性です」
瑞輝は眉を寄せた。
魔力。
また。
現実味のない言葉が増えた。
「今すぐ信じていただけるとは思っておりません」
司祭は続ける。
「ですからまずは、この世界をご覧いただきたい」
「……」
「そして」
深く。
もう一度頭を下げた。
「どうか、我らにお力をお貸しいただきたい」
誰も答えなかった。
答えられるわけがない。
さっきまで。
四人で酒を飲んでいた。
朝陽が死んだ駅にいた。
それが。
今は。
知らない世界で。
勇者と呼ばれている。
◇
その日のうちに。
四人は別の場所へ移された。
月光教の施設を出た瞬間。
異世界だという言葉を。
嫌でも信じることになった。
「……嘘だろ」
京介が立ち止まる。
石造りの街。
見たことのない服を着た人々。
馬車。
剣を腰に差した男。
杖を持つ女。
そして。
道の端。
小さな火を指先から灯している人間。
「今の見た?」
麗奈が京介の腕を掴む。
「見た」
「火出したよね?」
「出したな」
「手から」
「手から」
二人が同じ方向を見ている。
「魔法……?」
「……らしいな」
瑞輝も見ていた。
これが。
ムンドゥス。
馬車へ乗る。
窓から。
知らない街が流れていく。
四人とも。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
瑠奈が口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
麗奈が振り向く。
「みんな、大丈夫?」
「それ瑠奈が聞く?」
「だって」
「瑠奈こそ大丈夫なの?」
「……うん」
「本当に?」
「今はね」
瑠奈は笑った。
「一人だったら、たぶん無理だったと思う」
麗奈が少しだけ表情を緩める。
「それは私も」
「俺もだな」
京介が言う。
「瑞輝は?」
「俺?」
「一人でも普通に何とかしそう」
「そんなわけないだろ」
瑞輝が苦笑する。
「俺だって混乱してる」
「見えねぇ」
「見せてないだけだよ」
「やっぱお前そういうとこあるよな」
「どういうとこだよ」
「なんでも自分で抱えるとこ」
「……」
「ほら」
「京介」
「なんだ」
「今それ言う?」
「こういう時だから言ってんだよ」
瑞輝は少し黙った。
それから。
「……分かった」
息を吐く。
「俺も怖い」
その言葉に。
三人が瑞輝を見る。
「帰れるかも分からない。何が起きてるのかも、まだ半分も理解できてない」
「瑞輝……」
「でも」
三人を見る。
「俺たち四人ともいる」
短く。
それだけ。
「だから、まずは情報を集めよう。勇者とか世界を救うとかは、その後だ」
「賛成」
京介が頷く。
「私も」
麗奈。
最後に。
瑠奈も笑った。
「うん」
◇
馬車が辿り着いた先にあったのは。
巨大な城だった。
バルカン王城。
高い城壁。
巨大な門。
甲冑を身につけた兵士。
映画でも見ているような光景の中を通される。
「……緊張してきた」
麗奈が小声で言った。
「俺も」
京介が答える。
「さっきまで異世界で驚いてたのに、次は王様だぞ」
「どうすればいいの?」
「知らん」
「瑞輝」
「俺に振るなよ」
「こういう時は瑞輝でしょ」
「俺も王様に会ったことないからな?」
「そりゃそうだ」
そんな会話も。
大きな扉の前へ着くまでだった。
「勇者様方。こちらへ」
扉が開く。
広い。
最初に感じたのは、それだった。
高い天井。
赤い絨毯。
左右へ並ぶ兵士。
その奥。
一段高い場所に。
一人の男が座っていた。
バルカン王国国王。
エルメス・バルカン。
その隣には王妃らしき女性。
そして。
若い女性。
金色の髪。
整った顔立ち。
豪華な衣装。
おそらく。
王女。
四人が案内された場所で止まる。
「異界より参られた勇者たちよ」
王の声が広間へ響く。
「遠路、などという言葉では足りぬな」
少しだけ。
エルメスが笑った。
「まずは、突然この世界へ招かれたことについて、バルカン王として詫びよう」
予想していなかった言葉だった。
瑞輝が顔を上げる。
「月光教の予言に従った召喚とはいえ、お前たち自身が望んだことではあるまい」
「……はい」
「であれば、まず詫びるべきだ」
王。
もっと。
偉そうな人間を想像していた。
少なくとも。
いきなり世界を救えと命令されると思っていた。
「高田瑞輝と申したな」
「はい」
「三人を代表しているのは、お前か?」
瑞輝は一瞬だけ仲間を見る。
「代表というわけではありません」
答える。
「俺たちは四人とも同じ立場です」
「ほう」
「ただ、質問してもいいなら俺が」
「構わん」
瑞輝は少し考えた。
聞きたいことは山ほどある。
でも。
最初に確認するべきこと。
「俺たちを元の世界へ帰す方法は、本当にないんですか」
広間が静かになる。
エルメスは誤魔化さなかった。
「現時点では、我が国も知らぬ」
麗奈が俯く。
京介の拳が僅かに握られる。
「探すことは?」
「約束しよう」
エルメスは即答した。
「お前たちが我が国へ協力するか否かにかかわらず、帰還の方法については調査させる」
瑞輝の表情が少し変わる。
「……ありがとうございます」
「他には」
「この世界で、今何が起きているのか知りたいです」
「うむ」
「月光教の人たちから予言については聞きました。でも、それだけじゃ判断できません」
京介が横で瑞輝を見る。
麗奈も。
瑠奈も。
「俺たちに何をしてほしいのか。その相手が何なのか。そもそも、この世界がどういう場所なのか」
一度。
息を吸う。
「それを知ってから、自分たちで決めたいです」
広間の空気が変わった。
失礼だったかもしれない。
呼び出された異世界人が。
王を前に。
協力するとは言わなかった。
でも。
エルメスは。
しばらく瑞輝を見た後。
「当然だな」
そう答えた。
「何も知らぬ者へ剣を渡し、戦えと言うほど我らも愚かではない」
立ち上がる。
「まずは知れ」
四人を見る。
「この国を。この世界を。そして、お前たち自身に何ができるのかを」
「はい」
「そのうえで」
エルメスの声が広間へ響く。
「お前たち自身が決めるがよい」
◇
謁見が終わった後。
四人は王城の一角へ案内された。
「……疲れた」
扉が閉まった瞬間。
京介が大きく息を吐いた。
「王様って本当にいるんだな……」
「そこ?」
麗奈が笑う。
「いや、だっているんだぞ。本物が」
「王女様もいたね」
「いたな」
「綺麗だった」
「……まあ」
「京介?」
「なんだよ」
「今ちょっと見てたでしょ」
「見てねぇよ!」
「声大きい」
「お前が変なこと言うからだろ!」
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
瑞輝は椅子へ腰を下ろした。
「とりあえず」
三人を見る。
「すぐに戦わされるってことはなさそうだな」
「そこは安心した」
麗奈も座る。
「私、勇者ですって言われても剣なんて持ったことないし」
「麗奈は剣じゃないんじゃね?」
「例えばの話」
「魔法使えるって言われてもな」
京介が自分の掌を見る。
「未だに信じられん」
「街で見ただろ」
「見たけどよ」
「私、ちょっとやってみたい」
「麗奈は適応早すぎだろ」
「だって魔法だよ?」
少しだけ。
麗奈の目が輝いている。
「火とか出せるのかな」
「城燃やすなよ」
「まだ出せないって」
その時。
扉が叩かれた。
「失礼いたします」
王城の使用人。
「勇者様方へ、お渡しするものがございます」
「渡すもの?」
四人が顔を見合わせる。
◇
案内されたのは。
王城の地下だった。
分厚い扉。
何人もの兵士。
鍵が開けられる。
さらに奥。
もう一枚。
そして。
最後の扉が開いた。
「……うわ」
麗奈が思わず声を漏らした。
広い部屋。
壁には武器。
剣。
槍。
盾。
杖。
鎧。
どれも。
素人の四人でも分かる。
普通のものじゃない。
装飾だけじゃない。
そこに置かれているだけで、何かを感じる。
空気が違う。
「これ……全部武器?」
京介が呟く。
「王家および月光教が、皆様のために用意した装備でございます」
案内役が答える。
「皆様の適性については、召喚時の術式によって既に大まかな判別が済んでおります」
「そんなことまで分かるのか……」
瑞輝の前へ。
一振りの剣が運ばれてくる。
白銀。
鞘にも。
柄にも。
細かな意匠。
そして。
その横。
同じ色を基調とした軽装の鎧。
「高田瑞輝様」
「はい」
「こちらを」
「……俺が?」
「勇者の聖剣。そして、それに合わせて造られた白銀の装具でございます」
「聖剣……」
瑞輝が剣を見る。
手を伸ばす。
でも。
すぐには触らなかった。
「これ、俺みたいな素人が持っていいものなんですか」
「皆様のために保管されてきたものです」
「……」
少し迷って。
握る。
「重っ……」
想像以上だった。
両手で持ち直す。
「瑞輝でも重いの?」
麗奈が聞く。
「普通に重いよ」
「勇者っぽくないな」
「うるさい」
でも。
その姿は。
不思議と似合っていた。
次。
「河野京介様」
「俺?」
運ばれてきたものを見て。
京介が固まる。
「……でかくない?」
盾。
巨大な盾だった。
身体の大半が隠れそうなほど大きい。
そして片手で扱うための武器。
「こちらは国宝級の大盾でございます」
「国宝」
京介が瑞輝を見る。
「俺、これ傷つけたら捕まる?」
「俺に聞くなよ」
「いや怖いだろ国宝って」
恐る恐る持つ。
「っ……!」
腕が下がった。
「重っ!」
「京介も?」
「いやこれ瑞輝の剣どころじゃねぇぞ!」
「盾だからな」
「そういう問題か?」
麗奈が笑う。
「似合ってるよ」
「どこがだよ」
「壁みたいで」
「褒めてないだろ、それ」
「褒めてるって」
続いて。
「木内麗奈様」
「はい」
麗奈の前へ。
杖。
細身。
先端には大きな魔石。
それだけじゃない。
軽い布地に見える衣装。
魔法使い。
そう言われれば。
誰でも納得するような装備。
「最高位の魔導杖と魔導装束でございます」
「……これ、私?」
「はい」
麗奈が杖を持つ。
「あ」
「どうした?」
京介が聞く。
「軽い」
「そりゃ良かったな」
「なんか……変な感じ」
「変?」
「うまく言えないけど」
杖を握る。
「手に馴染む」
「適性ってやつじゃないか?」
「そうなのかな」
少し嬉しそうだった。
そして。
最後。
「村井瑠奈様」
「はい」
案内役の表情が。
僅かに変わった。
「あなた様へお渡しするものは、他の三名とは少々異なります」
「違うんですか?」
「はい」
部屋の奥。
さらに。
小さな扉が開かれる。
そこから運ばれてきたのは。
一つの古い箱だった。
他の装備のような華美さはない。
むしろ。
古い。
何百年。
いや。
もっと長い時間。
そこに眠っていたように見える。
「これは……?」
瑠奈が聞く。
「月光教より預けられた、古代の聖具でございます」
「月光教から?」
「はい」
箱が開かれる。
中に収められていたものを見て。
瑞輝も。
京介も。
麗奈も。
言葉を失った。
美しい。
そう思った。
それが何のために作られたのか。
どう使うのか。
何も知らない。
それでも。
他の三人へ与えられた装備とは。
明らかに何かが違う。
「教団に五千年近く伝わる品であると聞いております」
「五千年……?」
京介が思わず聞き返す。
「そんな昔のものが残ってるんですか?」
「この世界には、現代では再現できぬ品がいくつも存在します」
案内役が瑠奈を見る。
「教典には、予言の時が訪れたならば、異界より現れた勇者の一人へこれを託せと記されているそうです」
「私に?」
「はい」
「どうして私なんですか?」
「召喚時に確認された適性が、最も高く一致したためです」
瑠奈が箱を見る。
誰も急かさない。
やがて。
ゆっくりと。
手を伸ばした。
指が。
聖具へ触れる。
そのまま。
持ち上げる。
「……」
瑞輝が見ていた。
京介も。
麗奈も。
誰も。
すぐには何も言わなかった。
ただ。
「……瑠奈」
麗奈が首を傾げた。
「なに?」
「それ、初めて持つんだよね?」
「そうだけど」
「いや……」
麗奈は少し考える。
「なんか、慣れてるみたいに見えたから」
「え?」
瑠奈が自分の手を見る。
「そう?」
「うん。なんとなくだけど」
「適性があるからじゃない?」
瑠奈は。
いつものように笑った。
「麗奈だって、杖が手に馴染むって言ってたでしょ?」
「あー……」
麗奈が自分の杖を見る。
「それと同じなのかな」
「多分」
「なら、すごいね」
「まだ使い方も分からないけどね」
「それは私も」
麗奈が笑う。
会話は。
それだけで終わった。
瑞輝も。
京介も。
特に気に留めなかった。
異世界へ来た。
魔法がある。
自分たちは勇者らしい。
聖剣。
国宝の盾。
魔導杖。
五千年前の聖具。
今日一日だけで。
理解できないことが多すぎた。
その中の。
ほんの小さな一つ。
だから。
誰も。
それ以上は考えなかった。
「明日より」
案内役が四人へ告げる。
「皆様には、まずご自身の力について知っていただきます」
「修行ってことですか?」
瑞輝が聞く。
「はい」
「誰が教えてくれるんです?」
「王国より、皆様の指南役が選ばれております」
瑞輝は。
手の中の聖剣を見る。
重い。
まだ。
まともに振れる気もしない。
京介は巨大な盾。
麗奈は杖。
瑠奈は。
遥か昔から残されてきた聖具。
四人とも。
勇者なんて呼ばれるには。
あまりにも何も知らない。
何もできない。
普通の人間だった。
それでも。
元の世界へ帰る方法は分からない。
この世界が何なのかも。
自分たちがなぜ選ばれたのかも。
まだ。
何一つ分からない。
なら。
「分かりました」
瑞輝が答える。
「やります」
「瑞輝?」
京介が見る。
「世界を救うとか、そういう話じゃない」
瑞輝は三人を見る。
「まず俺たちが、この世界で生きられるようになるために」
京介が少し黙って。
息を吐いた。
「……まあ、そうなるよな」
「私もやる」
麗奈が杖を握る。
「魔法、使ってみたいし」
「そこかよ」
「大事でしょ」
「麗奈らしいけどな」
三人が。
最後に瑠奈を見る。
「瑠奈は?」
「私?」
「嫌なら無理しなくていい」
瑞輝が言う。
「ううん」
瑠奈は首を横に振った。
手の中には。
古い聖具。
「私もやるよ」
柔らかく。
いつもと変わらない声で。
「四人で来たんだから」
その言葉に。
瑞輝が頷く。
「……そうだな」
五年前。
五人だった。
そして。
一人を失った。
今。
四人は。
知らない世界に立っている。
勇者と呼ばれ。
身に余る武器を渡され。
まだ何者でもないまま。
これから。
剣を握る。
盾を構える。
魔法を学ぶ。
この世界で生きていくために。
四人の勇者の物語は。
ここから始まった。
次回から第3章に入ります。




