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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第2章 和の国

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第67話 獣の王都

 人身売買の拠点を後にしてから、俺たちはしばらく無言で歩いていた。


 朝日はもう木々の向こうから顔を出している。


 昨夜の騒ぎなんて知らないように鳥が鳴き、街道脇の草には朝露が残っていた。


 静かだった。


 それが妙に不思議に感じる。


 ほんの数時間前まで、剣を振っていた。


 怒鳴り声が飛び交っていた。


 血の臭いがしていた。


 なのに森を抜けて街道へ戻れば、世界は何事もなかったみたいに朝を迎えている。


「……眠い」


 最初に口を開いたのは俺だった。


「寝てないから」


 セレーネが答える。


「知ってる」


「なら聞かなくても分かる」


「別に質問してないだろ」


「そう?」


「そうだよ」


 隣を歩いていたシウンが小さく笑った。


「先ほどまで随分と考え込んでいたように見えたが、少しは戻ったようだな」


「そんな顔してた?」


「していた」


「セレーネにもよく言われるんだよな……」


「朝陽は分かりやすい」


「お前まで」


 二対一。


 勝てる気がしない。


 肩を落としながら歩く。


 身体は重かった。


 寝不足だけじゃない。


 脇腹の傷。


 打たれた腹。


 殴られた顔。


 そして何より、昨日覚えたばかりの魔力の使い方が思った以上に身体へ残っている。


 特に右腕。


 普段歩いているだけなら問題ないけど、荷物を持ち直したりすると筋肉の奥がじわりと痛む。


 それでも。


 身体へ魔力を流したくなる。


 腕へ。


 脚へ。


 昨日掴んだ感覚を、忘れないうちに確かめたい。


「朝陽」


「まだ何もしてないぞ」


「しようとした」


「……はい」


 魔力を引っ込める。


 セレーネは前を向いたままだった。


 なんで分かるんだ。


「今日は休ませろと言っただろう」


 シウンまで言ってくる。


「分かってるって。ただ感覚だけ確認しようかなって」


「それを始めれば、お主は次に実際に流す」


「否定できない」


「ならば駄目だ」


 シウンが俺の右腕を指差した。


「身体を強くするための技で身体を壊していては世話がない」


「正論だなあ……」


 昨日。


 俺はシウンの部分龍化から、魔力を身体へ流すという発想を得た。


 それ自体は間違っていなかった。


 でも、まだそれだけだ。


 どのくらい流せばいいのか。


 どこまでなら身体が耐えられるのか。


 どのくらいの時間使えるのか。


 何も分かっていない。


 昨日は戦わなきゃいけなかったから使った。


 これからはちゃんと試していけばいい。


 焦る必要はない。


 そう自分に言い聞かせて。


 前を見る。


 街道が続いている。


 その先にあるのは。


 王都カグラ。


     ◇


 昼前には、街道を行き交う人の数が目に見えて増えていた。


 荷車。


 馬車。


 旅人。


 商人。


 冒険者。


 もちろん、そのほとんどが獣人だ。


 犬や猫みたいな耳なら、もういちいち驚かなくなった。


 尻尾があっても同じ。


 バルカンからディアナへ入ったばかりの頃は、すれ違う人を見るたびに視線が動いていたけど、今ではそれが普通の景色になりつつある。


 慣れってすごい。


 それでも。


 時々、まだ驚く。


 向こうから歩いてきた大柄な男には牛のような角があった。


 荷車を引いている女性の背中からは、大きな鳥の翼が覗いている。


 少し離れたところでは、長い耳を持つ子供が母親らしい女性の周りを走り回っていた。


「……本当に色々いるな」


「獣族だからな」


 シウンが言う。


「一括りにはされているが、その姿は様々だ」


「バルカンじゃほとんど見なかったからなあ」


「珍しいのか?」


「いるにはいる。でも、こんなに多くはない」


 今は逆だ。


 この街道では、人間の俺とセレーネの方が目立っている。


 すれ違う人から何度か視線を向けられた。


 敵意という感じじゃない。


 単純に珍しいんだろう。


「セレーネは気にならない?」


「なにが?」


「見られてる」


「別に」


「だよな」


 聞く相手を間違えた。


 セレーネは人に見られているとか、そういうことをあまり気にしない。


「朝陽は気になるのか?」


「最初はな。今はだいぶ慣れた」


 そんな話をしながら進んでいると。


 街道脇に大きな茶屋が見えてきた。


 店先には何台もの荷車が停まり、旅人たちが休憩している。


 そして。


 鼻に届いた匂いで、俺の足が止まった。


「……醤油?」


 炭火。


 焦げた醤油。


 米。


 見れば、店先で丸い何かを焼いている。


「寄る?」


 セレーネが聞く。


「……寄りたい」


「顔に出ていたぞ」


「腹減ってんだよ」


 結局。


 俺たちは茶屋へ入った。


 注文したのは焼きおにぎりと味噌汁。


 出された瞬間、思わず黙ってしまった。


 焼き目のついた米。


 海苔。


 味噌の香り。


 もう何度も思ったことだけど。


「異世界なんだよな、ここ……」


 呟きながら焼きおにぎりを齧る。


 表面は香ばしく、中は柔らかい。


 醤油の塩気。


 米の甘み。


「うま……」


 身体に染みる。


 徹夜明けだから余計に。


 向かいではシウンが味噌汁を飲んでいる。


「朝陽は、こういう食事をすると時々妙な顔をするな」


「妙な顔?」


「懐かしそうな顔だ」


 箸が少し止まった。


「……まあ、似たものが故郷にあったから」


「バルカンではなく?」


「もっと前」


 日本。


 言ってもいい。


 でも説明すると長い。


 今はそれだけで十分だった。


「そうか」


 シウンも深くは聞かなかった。


 俺はもう一口食べる。


 ユノハナでも。


 水車郷でも。


 何度も感じた。


 日本に似ている。


 けれど。


 完全に同じじゃない。


 建物も。


 食べ物も。


 言葉も。


 ところどころ似ているのに、必ず少し違う。


 五千年という時間があるなんて、今の俺は知らない。


 だから理由も分からない。


 ただ。


 誰かが遠い昔に日本の文化を持ち込んだんじゃないか。


 その程度のことは、さすがに考える。


 勇者召喚が存在する世界だ。


 俺みたいな人間が他にもいたとしても、不思議じゃない。


「朝陽」


「ん?」


「冷める」


「あ」


 味噌汁から湯気が少なくなっていた。


「……食うか」


 考えるのは後でいい。


     ◇


 茶屋を出てから、街道は次第に広くなっていった。


 道の両側には田畑だけじゃなく、民家や商店も増えていく。


 宿。


 馬屋。


 鍛冶屋。


 茶屋。


 旅人向けの店。


 そして。


 妙に目につくものがあった。


「……あれ、提灯だよな」


 街道沿いの柱から、いくつもの提灯が吊り下げられている。


 まだ昼だから火は入っていない。


 少し進めば、今度は色鮮やかな布。


 さらに先では、何人もの男たちが大きな木材を運んでいた。


「何かあるのか?」


 シウンが首を傾げる。


「祭りじゃない?」


 俺は答えた。


 この雰囲気。


 日本でも見たことがある。


 祭りの前。


 当日じゃない。


 町全体が少しずつ浮き足立っていく、あの感じ。


「祭り?」


「たぶん」


 近くを歩いていた商人らしい獣人の男性が、俺たちの会話を聞いて振り返った。


「兄ちゃんたち、カグラは初めてか?」


「あ、はい」


「なら運がいいな。もうすぐ大祭だ」


「大祭?」


「《カグラ大祭》だよ。知らねえのか?」


 知らない。


 三人揃って顔を見合わせる。


 男性が笑った。


「ちょうどいい時に来たな。王都が一年で一番騒がしくなる時期だ」


「そんなに大きい祭りなんですか?」


「そりゃもう」


 男性は嬉しそうに話す。


「七日間ぶっ通しだ。食いもんも酒も山ほど出る。催しも毎日ある。最後の花火まで見ねえで帰ったら、カグラに来た意味がねえぞ」


「七日……」


 思ったより長い。


「朝陽」


 シウンがこちらを見る。


 その目が。


 分かりやすく輝いている。


「……行きたいんだろ」


「まだ何も言っていないぞ」


「顔に出てる」


「お主に言われたくない」


 それはそう。


 セレーネを見る。


「セレーネは?」


「どっちでも」


「それ一番困る答えなんだけど」


「朝陽は見たい?」


「そりゃまあ……」


 見たい。


 正直かなり見たい。


 異世界の祭り。


 しかも日本に似た文化を持つディアナの王都。


 気にならないわけがない。


「なら見ればいい」


 セレーネはそれだけ言った。


「……決まりだな」


「うむ」


 シウンが満足そうに頷く。


 男性が笑いながら手を振った。


「宿だけは早めに取っとけよ! 祭り始まったら埋まるぞ!」


「ありがとうございます!」


 別れてから。


 俺は荷物から例の案内書を取り出した。


 ページを捲る。


「王都カグラ……あった」


 三人で覗き込む。


 獣王国ディアナの王都。


 国内最大の都市。


 政治、商業、文化の中心地。


 そして。


「『遊ぶならカグラ』」


 読み上げる。


「なんだそれは」


「そう書いてある」


 続き。


「『飲むならヒグラシ、息抜きするならユノハナ』」


「ユノハナは分かる」


 セレーネが言う。


「確かに息抜きにはなったな」


 シウンも頷いた。


「じゃあカグラも期待できそうだな」


 ページには名物料理。


 市場。


 劇場。


 酒場。


 商店街。


 大きな冒険者ギルド。


 観光客向けの宿。


 他にも色々書いてある。


 全部見ようとしたら、それこそ何日かかるか分からない。


「……ちょっと楽しみになってきた」


「さっきまであれだけ疲れた顔をしていたのにな」


「楽しみがあった方が元気出るだろ」


「単純」


「うるさい」


 案内書を閉じる。


 そして。


 俺たちはまた歩き出した。


     ◇


 夕方。


 最初に見えたのは、壁だった。


「……でか」


 思わず声が漏れた。


 街道の先。


 遠くまで伸びる巨大な城壁。


 バルカン王都ルイとは違う。


 石だけじゃない。


 太い木材を組み合わせた構造が随所に見え、その向こうには何層もの屋根が重なっている。


 黒。


 白。


 朱。


 夕日に照らされた瓦屋根。


 城壁のさらに奥。


 街の中心。


 そこだけ一段高い場所に。


 巨大な城が見えた。


「……城?」


「あれが王城だろう」


 シウンが答える。


 何重にも重なった屋根。


 反り返った軒。


 石垣。


 遠目でも分かるほど巨大なのに。


 見覚えがある。


「日本の城じゃん……」


「ニホン?」


「俺の故郷にあった城と似てる」


「ほう」


 シウンが興味深そうに眺める。


「では朝陽の故郷とディアナは、やはりどこか似ているのだな」


「似すぎなんだよ」


 ユノハナ。


 水車郷。


 食べ物。


 建物。


 そして王都。


 偶然で片づけるには、さすがに多すぎる。


 でも。


 今は答えがない。


 街道を進む。


 近づくにつれて。


 王都の巨大さが分かってきた。


 門の前には長い列ができている。


 荷車。


 商人。


 旅人。


 冒険者。


 そのほとんどが獣人。


 耳。


 角。


 尾。


 翼。


 色々な特徴を持つ人たちが、一つの門へ吸い込まれていく。


 頭上には大きな旗。


 風に揺れている。


「ここが……」


 列へ並ぶ。


 少しずつ前へ進む。


 門の周辺も祭りの準備中らしい。


 大きな提灯。


 飾り布。


 何本もの旗。


 門番たちの横では職人らしい人たちが木組みを作っている。


 街の中からも音が聞こえる。


 人の声。


 荷車。


 呼び込み。


 金槌。


 どこか遠くから太鼓。


 まだ入ってすらいないのに。


 今まで通ってきた町とは、人の密度が違う。


「次!」


 門番に呼ばれる。


 俺たちの番。


 身分証代わりの冒険者証を出す。


 俺のカードを見た門番が確認する。


「マシロ・アサヒ。Dランク冒険者」


「はい」


 セレーネ。


 シウン。


 順番に確認。


「三人で旅を?」


「そうです」


「目的は?」


「観光と……あとは冒険者の仕事をしながら」


「大祭か?」


「さっき知りました」


 門番が笑った。


「なら楽しんでいけ。ただし祭り前は揉め事も増える。冒険者だからって羽目外しすぎんなよ」


「気をつけます」


「よし。通っていい」


 門を抜ける。


 その瞬間。


「……おお」


 思わず足が止まった。


 広い。


 正面には大通り。


 両側に木造の建物がずらりと並ぶ。


 二階建て。


 三階建て。


 中にはもっと大きな建物もある。


 軒先には暖簾。


 看板。


 提灯。


 屋台。


 人。


 人。


 人。


 獣人ばかり。


 道を行き交う人の間を、荷車が進む。


 店先からは威勢のいい呼び込み。


 どこかから焼いた肉の匂い。


 別の場所から魚。


 甘い匂い。


 酒。


 香。


 色々なものが混ざっている。


 その頭上。


 通りを横切るように、何本もの綱が渡されていた。


 まだ灯りの入っていない提灯が、ずらりと吊り下げられている。


 祭りの準備だ。


「すごいな……」


 ルイとは違う。


 王都という意味では同じなのに。


 まるで別の世界だった。


 石造りの街並み。


 西洋風の城。


 教会。


 そんなバルカンとは何もかも違う。


 でも。


 俺にとっては。


 こっちの方が。


 どこか懐かしい。


「朝陽」


 セレーネが隣に立つ。


「なに?」


「嬉しそう」


「……そう見える?」


「うん」


 街を見る。


「なんかさ」


 うまく説明できない。


「知らない場所なのに、ちょっと懐かしいんだよ」


「故郷に似ているからか?」


 シウンが聞く。


「たぶん」


 そう。


 似ている。


 でも同じじゃない。


 獣人たちが歩く街。


 魔法道具を売る店。


 腰に刀を差した人。


 耳や尻尾を揺らしながら笑う子供。


 遠くに見える巨大な城。


 日本じゃない。


 当たり前だ。


 ここは。


 この世界の。


 この人たちの国だ。


「さて」


 シウンが腰へ手を当てた。


「まず何をする?」


「宿」


 セレーネが即答した。


「同意」


 俺も即答する。


 徹夜明け。


 戦闘明け。


 さすがに今日はもう休みたい。


「その後は?」


「寝る」


「……観光は?」


「明日」


「飯は?」


「宿で食えるだろ」


「酒は?」


「シウン元気すぎない?」


「せっかく王都へ来たのだぞ?」


「俺ら昨日の夜から一睡もしてないんだぞ」


「わたしはまだ動ける」


「龍族基準で考えるな」


 シウンが不満そうにする。


 セレーネはもう宿を探し始めていた。


「朝陽」


「ん?」


「案内書」


「ああ」


 また荷物から取り出す。


 三人でページを覗き込む。


「この辺に宿が多いみたいだな」


「大祭前なら急いだ方がよさそうだ」


「さっき門番も言ってたしな」


 大通りを歩き出す。


 途中。


 大きな建物の前を通った。


 他よりも人の出入りが多い。


 入口の上には、見慣れた紋章。


「冒険者ギルド」


 足が止まる。


 ルイでも。


 ユノハナでも。


 何度も見た。


 でも、ここのギルドは明らかに大きい。


 扉の向こうからは、かなりの人数の声が聞こえてくる。


「寄る?」


 セレーネが聞いた。


「……いや」


 少し考えて。


 首を振る。


「今日はやめとこう」


「賛成」


「明日でよいだろう」


 シウンも頷く。


 そう。


 明日。


 まずはギルド。


 俺たちも三人になった。


 この先も一緒に旅をするなら。


 ちゃんとパーティーとして登録しておいた方がいい。


「そういや」


「なに?」


「三人で登録するなら、パーティー名いるよな」


 セレーネが俺を見る。


 シウンも。


「……」


「……」


「なんだよ」


「朝陽が考える?」


「なんで俺?」


「言い出したから」


「それだけ?」


「それだけ」


 シウンが少し考える。


「名か。悪くないな」


「いや、必要なんだって」


「では考えればよい」


「だからなんで俺だけなんだよ」


 二人とも答えない。


「おい」


 そのまま歩いていく。


「ちょっと待てって!」


 慌てて追いかける。


 夕暮れの王都。


 頭上には、まだ火の入っていない無数の提灯。


 通りには大祭を待つ人々の声。


 明日になれば。


 きっとまた。


 何かが始まる。


 そんな気がした。


 俺たち三人の旅は。


 王都カグラへ辿り着いた。

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