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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第2章 和の国

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第64話 潜入

 遠くで、重い扉が閉まる音がした。


 クガさんはしばらく倉庫の方を見たまま動かなかった。


 俺たちも黙っている。


 入るか。


 引き返すか。


 聞かれた時点で、答えなんてほとんど決まっていた。


 あそこに人がいる。


 縛られて。


 閉じ込められて。


 どこかへ売られようとしている。


 それを知ってしまった。


「……行きます」


 俺が答える。


 クガさんの目が細くなった。


「ええんじゃな?」


「はい」


「一回入ったら、途中で怖うなったから帰りますは通らんぞ」


「分かってます」


「死ぬかもしれん」


「……それも」


 言葉が少し詰まった。


 分かってる。


 なんて簡単に言っていいのかは分からない。


 ついこの間、人を斬った。


 昨日は雷獣に殺されかけた。


 この世界で生きていれば、危険なんていくらでもある。


 それでも死ぬのが怖くなくなったわけじゃない。


「怖いです」


 正直に言った。


「じゃけぇ?」


「それでも行きます」


 クガさんは数秒、俺の顔を見ていた。


 それからセレーネを見る。


「嬢ちゃんは」


「行く」


 即答だった。


「理由は?」


「朝陽が行くから」


「……それだけか」


「それで十分」


 次にシウン。


 聞かれるより先に、シウンが腕を組んだ。


「わたしも行くぞ」


「お主らだけに行かせるつもりはない」


 クガさんの眉が僅かに上がる。


「嬢ちゃん、随分と肝が据わっとるの」


「嬢ちゃんと呼ぶな」


「そこか?」


 ほんの一瞬だけ空気が緩む。


 でもクガさんはすぐに表情を戻した。


「……分かった」


 腰を落とし、地面へ指を伸ばす。


「なら、まず話を聞け」


 俺たちもその場にしゃがみ込んだ。


 サカキさんたちも集まってくる。


 クガさんが土の上に四角を描いた。


「これが奴らの根城じゃ」


 さっき見た柵。


 中に二棟の倉庫。


 正面の門。


 それらを簡単な線で描いていく。


「こっちが今、攫われた連中を入れとる建物」


 右側の四角を指す。


「こっちは?」


「物置兼、奴らの寝床じゃ。少なくとも今まではそうじゃった」


「今までは?」


「二ヶ月見とる言うたじゃろ」


 そうだった。


 クガ組は俺たちより遥かに前から、ここを調べている。


「出入りする人間、馬車の数、見張りの交代、荷を動かす時間。分かる範囲は全部見とる」


「中には入ってないんですか?」


「何度か外まではな。じゃが、人を入れとる方は無理じゃった」


 クガさんが右の建物を指で叩く。


「窓がほとんどない。扉は正面と裏に一つずつ。常に見張りがおる」


「地下は?」


 セレーネが聞いた。


「あるかもしれん。確認はできとらん」


「捕まってる人数は?」


「それも正確には分からん」


 サカキさんが口を挟む。


「少なくとも十人以上はいます。ここ数日だけでも七人運び込まれてる。今日の馬車で四人追加です」


「……多いな」


 俺が呟く。


「それでも全員とは限らん」


 クガさんが言った。


「別の場所から直接流されとる奴もおるはずじゃ」


「どうやって国外に?」


「それが厄介なんじゃ」


 クガさんが少し黙った。


 それまでとは違う種類の間だった。


「……月光教が絡んどる」


「月光教?」


 思わず聞き返した。


 もちろん名前は知っている。


 バルカンに半年もいれば、嫌でも耳に入る。


 ムンドゥス最大の宗教。


 王都ルイにも教会はあった。


 勇者召喚に関わっていたのも月光教だ。


 街中で白い法衣の教徒を見たことも何度もある。


 だからこそ、その名前と目の前の話がすぐには結びつかなかった。


「月光教が人身売買してるんですか?」


「そこまでは言うとらん」


 クガさんが即座に否定した。


「勘違いすんな。ワシらが掴んどるんは、あいつらの流通に月光教の名前が使われとるっちゅうことだけじゃ」


「名前?」


「通行証じゃ」


 サカキさんが懐から折り畳んだ紙を取り出した。


 広げる。


 文字は読める。


 荷物の運搬を許可する内容。


 そして下の方。


 見覚えのない紋章が押されていた。


「これが?」


「月光教の印です」


 サカキさんが答える。


「本物かどうかは?」


「分からん」


 クガさんが言う。


「偽物かもしれん。教徒を名乗っとるだけの奴がおるんかもしれん。あるいは、本当に中の誰かが噛んどるんかもしれん」


「……じゃあ」


「月光教全部が腐っとるなんて話をしとるんじゃない」


 クガさんが俺を見る。


「そこは間違えんな」


「はい」


「ただ、この紙がありゃ検問を抜けやすい。教会関係の荷として扱われりゃ、いちいち全部開けて確認せん場所もある」


「それを利用して、人を運んでる?」


「その可能性が高い」


 嫌な話だ。


 宗教。


 教会。


 通行証。


 俺がこの世界に来てから、月光教について特別何か思ったことはなかった。


 大きな宗教なんだな。


 それくらい。


 少なくとも、こんなところで名前を聞くとは思っていなかった。


「……これ、役人には?」


「話しとらん」


「なんで?」


 クガさんの視線が鋭くなる。


「誰が繋がっとるか分からんからじゃ」


「あ……」


「二ヶ月追って、ようやくここまで来た。下手に騒いで情報が漏れりゃ全部消える」


「だから自分たちだけで?」


「そういうことじゃ」


 納得した。


 完全に信用できる相手が分からない。


 相手は人を商品として国外へ流すだけの仕組みを持っている。


 そのうえ、月光教の名前まで利用している。


 役場へ駆け込めば全部解決。


 そんな単純な話じゃなかった。


「じゃが」


 クガさんが紙を畳む。


「今はそんなこと言うとる場合じゃなくなった」


 地面の図へ視線を戻す。


「今夜動く可能性があるから?」


「ああ」


 クガさんが頷く。


「本当なら、もう少し待つつもりじゃった。運び先を押さえるためにな」


「でも今日の馬車が来た」


「そうじゃ」


「それで予定が変わった」


「奴らが今夜動くなら、ここを出た後に追うのは危険すぎる。人質を何台かに分けられたら全部は追えん」


「だったら、ここにいるうちに助ける」


「そういうことじゃ」


 クガさんが図の周りに小さな印を付けていく。


「今見えとる敵は十一。じゃが、全員じゃないと思え」


「どれくらい想定してるんです?」


「十五」


「……多いな」


「怖気づいたか?」


「人数聞いただけです」


「ならええ」


 こっちはクガ組が六人。


 俺、セレーネ、シウン。


 九人。


 数では負けている。


 しかも捕まっている人たちを守りながら戦わないといけない。


「正面からは?」


「無しじゃ」


 クガさんが即答した。


「見張りを倒した瞬間、中の奴に気づかれる。人質を盾にされたら終わりじゃ」


「じゃあ潜る?」


 セレーネが言った。


「ああ」


 クガさんが右側の建物を指す。


「まず人質を押さえる」


「押さえる?」


「助けるっちゅう意味じゃ」


「ああ」


「奴らより先に人質んとこまで入って、逃がす道を作る。それができてから表を潰す」


「なるほど」


 理にかなっている。


 人質さえ敵の手から離せば、戦いやすくなる。


「どうやって入るんです?」


「裏じゃ」


 クガさんが建物の後ろを指す。


「こっちに小さい搬入口がある。普段は食い物や水を運び込むのに使っとる」


「見張りは?」


「一人」


「一人なら」


「殺すなよ」


 先に言われた。


「……まだ何も言ってないですけど」


「顔に書いとる」


「そんなに?」


「分かりやすいの、お前」


 ちょっと傷つく。


「殺すなっていうのは?」


「聞くことがある」


 クガさんの声が低くなる。


「運び先。誰に売っとるか。月光教の印をどこで手に入れたか。吐かせにゃならん」


「なるほど」


「じゃけぇ、できる限り生かせ」


 できる限り。


 その言い方が引っかかった。


 でも何も言わなかった。


 戦いになれば、絶対なんてない。


 それはもう知っている。


「潜入するのはワシ、サカキ」


 クガさんが俺を見る。


「それとお前ら三人」


「五人?」


「ああ」


「残りの三人は?」


「外じゃ」


 クガ組の男たちを見る。


「逃げ道を押さえる。馬も潰す」


「潰すって……殺す?」


「逃がすだけじゃ。馬に罪はない」


 そこはちゃんとしてるんだ。


「何じゃ」


「いや、なんでも」


「外の連中は、こっちで騒ぎが起きるまでは動かん。中の人質を確保したら合図を出す」


「合図は?」


 クガさんが懐から小さな筒を取り出した。


「煙火じゃ」


「花火?」


「音だけ出る」


 筒を軽く振る。


「これが鳴ったら外の連中が動く。門を塞いで、逃げる奴を捕まえる」


「その後は?」


「殴る」


「分かりやすい」


「複雑にする必要があるか?」


「ないですね」


 シウンが地面の図を見ている。


「わたしはどうする?」


「お主は……」


 クガさんがシウンを見る。


 少し考える。


「強いんか?」


「まあな」


「どれくらい」


「それを説明するのは難しいな」


「冒険者か?」


「違う」


「何ができる」


「殴れる」


 俺は横を向いた。


 セレーネも無言。


「……それだけか?」


「大抵のものは、それでどうにかなる」


 クガさんが俺を見る。


「本当か?」


「たぶん、クガさんが想像してるより強いです」


「ほう」


「ただ」


「なんじゃ」


「屋内で本気出させない方がいいと思います」


 シウンが俺を見る。


「どういう意味だ」


「そのままの意味」


「失礼な奴だな」


「雷獣殴って地面割った人が何言ってんだよ」


「加減はできる」


「ならしてください」


「分かった」


 クガさんは少し考えてから、シウンを指した。


「ならお主は人質側じゃ」


「わたしが?」


「ああ。何かあった時、一番守れる奴を置いときたい」


 シウンの表情が変わる。


 少しだけ真剣になった。


「承知した」


「嬢ちゃん」


「セレーネ」


「セレーネ。魔法使えるな?」


「使える」


「何が得意じゃ」


「だいたい」


「だいたい?」


 クガさんが眉を寄せる。


「火、水、土」


「三属性?」


「うん」


「……珍しいの」


 セレーネはそれ以上言わない。


 当然だ。


 本当はそれどころじゃない。


「屋内じゃ火は使うな。人質がおる」


「分かってる」


「水と土で援護。派手なんは外に出てからじゃ」


「うん」


 次に俺。


「朝陽」


「はい」


「お前は?」


「剣と魔法です」


「属性」


「水と土を」


 嘘ではない。


 今使うつもりなのはその二つだ。


「ランクはDじゃったな」


「はい」


「人相手は?」


 心臓が一度だけ強く鳴った。


「……あります」


「殺したことは」


 あの日が浮かぶ。


 剣。


 血。


 手に残った感触。


「……一度」


 クガさんは俺の顔を見た。


 何も聞かなかった。


「なら分かっとるな」


「はい」


「迷うなとは言わん」


 意外な言葉だった。


「え?」


「迷ってええ。怖がってもええ」


 クガさんが自分の短刀を確認する。


「じゃが、剣抜いた後に周り見えんようになるな。守る相手がおる戦いで一番危ないんは、それじゃ」


「……はい」


「人質を助ける。それが最優先じゃ」


 頷く。


 今度はしっかりと。


「よし」


 クガさんが立ち上がった。


「日が落ちるまで待つ」


「今じゃなくて?」


「今入ったら丸見えじゃ」


 確かに。


 まだ空は明るい。


「それまで見張る。配置が変わったら作戦も変える」


 俺たちも立ち上がる。


 クガさんが最後に全員を見た。


「勝手に動くな。英雄になろうとすんな」


 その言葉が、妙に耳に残った。


「助けるんは全員じゃ」


     ◇


 日が傾いていく。


 俺たちは場所を変えながら、倉庫を監視し続けた。


 待つだけ。


 それが思った以上に辛かった。


 中に捕まっている人がいると分かっている。


 それなのに何もできない。


 時々、建物の扉が開く。


 男が入る。


 出る。


 食事らしきものを運んでいる奴もいた。


 でも、人質は出てこない。


「……」


 俺は何度目か分からないくらい、剣の柄を握り直した。


「落ち着いて」


 隣のセレーネが言う。


「分かってる」


「さっきから五回目」


「数えてたの?」


「うん」


「暇なの?」


「朝陽見てるから暇じゃない」


「なんだそれ」


 少しだけ笑いそうになった。


 でもすぐに倉庫を見る。


 セレーネも同じだった。


「……あの子」


「白い耳?」


「うん」


「気になる?」


「子供だったから」


 それだけ。


 でも俺も同じだった。


 あんな小さな子が。


 なんで。


「助けよう」


 セレーネが言った。


「……うん」


 シウンは少し離れた場所で、クガさんと話している。


 声は聞こえない。


 しばらくして戻ってきた。


「どうだった?」


「見張りの交代が始まったそうだ」


「そろそろ?」


「ああ」


 空を見る。


 太陽は山の向こうへ沈みかけている。


 森の中はもう薄暗い。


「朝陽」


「ん?」


「震えているぞ」


 言われて手を見る。


 ほんの少し。


 指先が震えていた。


「……寒いだけ」


「そうか」


「そこは突っ込めよ」


「なら怖いのか?」


「……まあ」


「そうか」


 シウンは笑わなかった。


「わたしも少し緊張している」


「嘘だろ」


「なぜ嘘だと思う」


「雷獣殴ってた時も普通だったじゃん」


「あれは敵が一匹だった」


 シウンが倉庫を見る。


「今度は守る者がいる。勝手が違う」


「……そっか」


「それに」


「それに?」


「お主らと戦うのは初めてだからな」


 そうだった。


 雷獣の時は一緒に戦ったと言えば戦ったけど、あれはほとんどその場の流れだった。


 最初から仲間として役割を決めて戦う。


 それは今回が初めてだ。


「足引っ張るなよ」


「それはわたしの台詞だ」


「言うと思った」


 シウンが少し笑う。


「朝陽」


 セレーネが呼ぶ。


「来た」


 クガさんたちが近づいてくる。


「時間じゃ」


 空気が変わった。


 クガ組の男たちが、それぞれ武器を確認する。


 さっきまで少し話していた奴らも黙った。


 クガさんも同じ。


 怖い。


 最初に会った時とは違う意味で。


 この人たちは、これから戦いに行く。


 その顔だった。


「もう一回だけ確認する」


 クガさんが地面へしゃがむ。


「ワシ、サカキ、朝陽、セレーネ、シウンで裏から入る」


 指が動く。


「中の見張りを静かに潰す。人質を見つける。逃がす道を確保する」


 次。


「煙火が鳴ったら、外の三人が動く。門を封鎖。馬を逃がす。外におる奴を押さえる」


「はい」


「人質を外へ出すまでは、絶対に派手にやるな」


 シウンを見る。


「特にお主じゃ」


「分かっている」


「ほんまか?」


「信用がないな」


「会って数時間じゃ」


「それもそうだな」


「朝陽」


「はい」


「何かあったらセレーネから離れんな」


「俺が守る?」


「逆じゃ」


「え?」


「お前より嬢ちゃんの方が落ち着いとる」


「……」


 否定できない。


 セレーネが小さく頷いた。


「任せて」


「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


「別に」


「今笑っただろ」


「笑ってない」


「そこまでじゃ」


 クガさんに止められた。


「行くぞ」


 全員が黙る。


 そして。


 森の中を進み始めた。


     ◇


 夜。


 昼間とはまるで違う森になっていた。


 月明かりは木々に遮られ、足元すらほとんど見えない。


 少し離れれば、人の姿が闇へ溶ける。


 先頭はサカキさん。


 その後ろにクガさん。


 俺。


 セレーネ。


 シウン。


 声は出さない。


 合図は手だけ。


 少しずつ。


 少しずつ。


 柵へ近づく。


 心臓の音が聞こえそうだった。


 ドクン。


 ドクン。


 大丈夫。


 落ち着け。


 右手を剣へ添える。


 昼間確認した搬入口が見えた。


 小さな扉。


 その横。


 男が一人。


 壁へ背中を預けている。


 剣を持っている。


 クガさんが手を上げる。


 全員停止。


 サカキさんを見る。


 指を二本。


 次に自分。


 見張り。


 合図の意味は分からない。


 でもサカキさんには伝わったらしい。


 ゆっくり回り込む。


 暗闇へ消えた。


 数秒。


 十秒。


 長い。


 見張りが欠伸をする。


 こっちを見る。


 身体が硬くなる。


 見えてない。


 男は顔を逸らした。


 その瞬間。


 背後から腕が伸びた。


「――っ」


 口を塞ぐ。


 首へ腕を回す。


 サカキさん。


 男が暴れる。


 剣へ手を伸ばす。


 クガさんが飛び出した。


 腹へ一発。


 鈍い音。


 男の身体から力が抜けた。


 地面へ静かに寝かせる。


 速い。


 一言も喋っていない。


 クガさんが俺たちを呼ぶ。


 近づく。


「死んでない?」


 小声で聞く。


「気絶しとるだけじゃ」


「よかった」


「声落とせ」


「すみません」


 サカキさんが見張りの腰を探る。


 鍵。


 あった。


 搬入口へ差し込む。


 回す。


 カチ。


 全員の動きが止まった。


 音が大きく感じる。


 反応なし。


 サカキさんがゆっくり扉を開ける。


 中は暗い。


 最初にサカキさん。


 次にクガさん。


 俺たちも続く。


 入った瞬間。


 匂いが変わった。


 湿った木。


 酒。


 汗。


 それと。


 あの甘い匂い。


「……」


 昼間拾った布と同じだ。


 やっぱりここだった。


 中は細い通路になっていた。


 右側に木箱。


 左側に樽。


 物置。


 人はいない。


 サカキさんが奥を見る。


 扉。


 その向こうから光が漏れている。


 声もする。


「……今夜、何人だ?」


「十五」


「多いな」


「向こうが欲しがっとるらしい」


「どこだ?」


「知らねぇよ。教会の奴に聞け」


 足が止まる。


 教会。


 俺を見るクガさん。


 口元へ指。


 黙れ。


 分かってる。


 扉の向こうに二人。


 会話が続く。


「次はいつだ?」


「来週じゃねぇか?」


「また集めんのかよ」


「金になるんだからいいだろ」


 笑い声。


 腹の奥が熱くなる。


 クガさんが俺を見る。


 首を横へ振る。


 今は動くな。


 分かってる。


 分かってるけど。


「ガキまでよく買うよな」


「獣人なら何でもいいんだろ」


 笑う。


 拳を握る。


 セレーネの手が俺の腕に触れた。


 見る。


 何も言わない。


 ただ首を横へ振る。


 息を吐く。


 今じゃない。


 クガさんがサカキさんへ合図する。


 二人が扉の左右へ。


 俺たちは少し下がる。


 クガさん。


 三。


 指。


 二。


 一。


 扉が開いた。


「――あ?」


 一人目の顔面へクガさんの拳。


 声を出す暇もない。


 二人目が立ち上がる。


「てめ――」


 サカキさんの肘が喉へ入る。


「がっ……」


 口を押さえる。


 床へ倒す。


 数秒。


 終わった。


「……強い」


 思わず呟く。


「何か言うたか」


「なんでもないです」


 二人を縛る。


 猿轡。


 武器を取り上げる。


「進むぞ」


 部屋を抜ける。


 さらに通路。


 ここから先は、さっきの建物側へ繋がっているらしい。


 階段。


 下りる。


「地下……」


 あった。


 地下室。


 クガさんたちも知らなかった場所。


 空気が冷たい。


 階段の下に扉。


 今度は鉄製だった。


 サカキさんが鍵を試す。


 一つ。


 違う。


 二つ。


 違う。


 三つ。


 カチ。


 開いた。


 扉を少しだけ押す。


 暗い。


 匂い。


 汗。


 汚れ。


 血。


 そして。


「……誰?」


 小さな声がした。


 全員が止まる。


 中を見る。


 牢。


 左右に鉄格子。


 その向こうに人がいた。


「……」


 言葉が出なかった。


 一人じゃない。


 二人でもない。


 十人。


 いや。


 もっと。


 獣人。


 犬。


 猫。


 鹿。


 種類は分からないけど、いろんな耳や角が見える。


 男。


 女。


 若い人が多い。


 全員、汚れていた。


 壁にもたれている。


 横になっている人もいる。


 こっちを見ている。


 怯えた目。


「静かにせぇ」


 クガさんが小声で言う。


「助けに来た」


 誰も反応しなかった。


 信じていない。


 当然だ。


 何度騙されたのかも分からない。


「ほんまじゃ」


 クガさんが鉄格子へ近づく。


「外に出す。じゃけぇ今だけ静かにしとれ」


「……クガ?」


 奥から声がした。


 クガさんの動きが止まる。


「誰じゃ」


「クガ……組?」


 若い男。


 顔を上げる。


「カグラの……」


「知っとるんか」


「聞いたこと……ある」


 クガさんが小さく息を吐いた。


「なら話が早い。ワシがクガ・ゲンゾウじゃ」


 ざわめき。


「静かに」


 セレーネが言った。


 声は小さい。


 でも不思議と通った。


 全員が口を閉じる。


「鍵」


 クガさんがサカキさんを見る。


「やってます」


 鍵束。


 一つずつ試す。


 俺も牢の中を見る。


 あの子は?


 白い耳。


 探す。


 右。


 違う。


 奥。


「……いた」


 一番奥。


 壁際。


 小さな女の子が座っていた。


 白い兎耳。


 膝を抱えている。


 八歳くらい。


 昼間、男に抱えられていた子。


 起きている。


 でもぼんやりしている。


「セレーネ」


「うん」


 セレーネも気づいた。


「薬?」


「たぶん」


 甘い匂い。


 眠らせるための薬だったのかもしれない。


 やがて。


 カチ。


「開いた」


 鉄格子が開く。


 誰もすぐには動かなかった。


「出てええ」


 クガさんが言う。


「ゆっくりじゃ。走るな」


 一人。


 立ち上がる。


 ふらつく。


 シウンが支えた。


「大丈夫か?」


「……はい」


「無理に立つな」


 次。


 次。


 牢から出てくる。


「サカキ」


「はい」


「何人じゃ」


「十四……十五……」


 数える。


「十八です」


「十八……」


 思っていたより多い。


「全員歩ける?」


 俺が聞く。


「無理じゃ」


 クガさんが答える。


「三人は担がにゃ出せん」


「じゃあ俺が一人」


「待て」


 シウンが止める。


「わたしが三人とも運ぶ」


「いや、さすがに」


「問題ない」


「でも見た目が」


「何か?」


「……なんでもない」


 シウンならできる。


 問題は、運ばれる側が驚くことくらいだ。


「この子も」


 セレーネが兎の女の子の前にしゃがむ。


「歩ける?」


 女の子が顔を上げる。


 赤い目。


 セレーネを見る。


「……だれ?」


「セレーネ」


「……」


「助けに来た」


 女の子の目が揺れる。


「ほんと……?」


「うん」


 小さく頷く。


 女の子が手を伸ばした。


 セレーネの服を掴む。


「おねえちゃん……」


 声が震えていた。


 セレーネがその手を見る。


 ほんの少し。


 表情が柔らかくなった。


「大丈夫」


 女の子の身体を抱き上げる。


「もう少しだけ静かにしてて」


「……うん」


 白い耳がセレーネの肩へ垂れる。


「名前は?」


「……ウヅキ」


「ウヅキ」


「うん……」


 その名前を覚える。


「セレーネ」


「なに?」


「俺が抱こうか?」


「大丈夫」


「でも魔法使うなら」


「朝陽より軽い」


「比較対象俺なの?」


「そう」


 こんな時なのに。


 少しだけいつものセレーネだった。


 それで、また呼吸が戻る。


「よし」


 クガさんが全員を見る。


「ここからじゃ」


 人質十八人。


 俺たち五人。


 気づかれずに外まで出す。


「どうする?」


 サカキさんが聞く。


「来た道は狭すぎる」


 確かに。


 全員を一列で通せば時間がかかる。


「裏口」


 セレーネが言った。


「この地下に?」


「風」


「風?」


 セレーネが壁の一方を指す。


「流れてる」


 近づく。


 確かに。


 ほんの少しだけ冷たい風が来る。


「向こうに外へ繋がる場所がある」


 クガさんが壁を見る。


「サカキ」


「調べます」


 壁際。


 木箱。


 動かす。


 その後ろ。


「扉……」


 小さい。


 人一人が通れるくらいの扉。


「こんなんあったんか」


「奴ら用の逃げ道?」


「かもしれん」


 サカキさんが鍵を見る。


「内側から開きます」


 閂。


 外す。


 扉を開ける。


 夜の空気。


 森。


「出られる」


 クガさんが笑った。


「運が向いとるの」


 外を確認する。


 誰もいない。


「サカキ」


「はい」


「煙火」


「まだですか?」


「まだじゃ。こいつらを森まで逃がしてから」


「了解」


 まず歩ける人から。


 一人。


 二人。


 外へ出す。


 シウンが三人を抱える。


「……本当に三人持った」


「だから言っただろう」


 左右の腕に一人ずつ。


 背中に一人。


 どういう筋力してんだ。


 ウヅキはセレーネ。


 俺も足を怪我している男へ肩を貸す。


「大丈夫?」


「すみません……」


「謝らなくていいです」


 ゆっくり。


 外へ。


 森へ。


 あと少し。


 クガ組の三人が待っている場所まで行けば。


 その時。


 ウヅキの耳が動いた。


「……」


「どうしたの?」


 セレーネが聞く。


 ウヅキが顔を上げる。


「音……」


「音?」


「くる」


 俺には聞こえない。


 でもウヅキは森ではなく。


 建物の方を見ていた。


「誰か、くる」


 直後。


 階段の上から声がした。


「おい」


 全員が止まった。


「下の奴ら、どうした?」


 男の声。


 近づいてくる。


「返事しろ」


 足音。


 一人。


 いや。


 二人。


「クガさん」


「分かっとる」


 クガさんが短刀を抜く。


「サカキ」


「はい」


「残りを出せ」


「でも」


「早うせぇ」


 俺も剣へ手を伸ばす。


 クガさんが俺を見る。


「抜くな」


「え?」


「まだじゃ」


 足音が近づく。


 階段。


 一段。


 また一段。


「下で何しとる!」


 灯り。


 壁へ影が伸びる。


 クガさんが階段脇へ隠れる。


 俺も反対側。


 セレーネはウヅキを抱えたまま後ろへ。


 シウンが人質の前に立つ。


 男が降りてくる。


「お前ら――」


 クガさんが飛び出した。


 口を塞ぐ。


 短刀の柄で側頭部を殴る。


 男が崩れる。


「一人!」


 もう一人。


 俺の前。


 目が合った。


「――誰だ!」


 剣を抜く。


 考えるより先に身体が動いた。


 踏み込む。


 右手。


 相手の剣が上がる前に手首を打つ。


「ぐっ!」


 剣が落ちる。


 そのまま肩。


 体重を乗せる。


 壁へ叩きつける。


「がっ!」


 腹へ膝。


 男が崩れる。


「……」


 自分でも驚いた。


 今。


 ほとんど考えてなかった。


「朝陽!」


 セレーネ。


 振り返る。


「後ろ!」


 倒れた男が。


 手を伸ばしている。


 壁。


 何かある。


 紐。


「待っ――」


 引いた。


 ガラン。


 鐘。


 大きな音が地下に響いた。


「クソ!」


 クガさんが叫ぶ。


 上。


 声。


「なんだ!?」


「警報だ!」


「地下!」


「誰か入ってるぞ!」


 一気に騒がしくなる。


 足音。


 いくつも。


 作戦が崩れた。


「サカキ!」


「残り出します!」


「シウン!」


 俺が叫ぶ。


「任せろ!」


 シウンが人質の前へ出る。


「全員、わたしの後ろへ!」


 空気が変わった。


 さっきまでの潜入じゃない。


 もう隠れる必要はない。


「セレーネ!」


「分かってる」


 ウヅキを近くの獣人の女性へ預ける。


「この子、お願い」


「は、はい!」


 セレーネが前へ。


 魔力が集まる。


 階段の上。


 男たちが見える。


「いたぞ!」


「侵入者だ!」


「殺せ!」


「待て、人質が――」


「構わねぇ!」


 その言葉で。


 俺の中の何かが切り替わった。


 剣を抜く。


 金属音。


 手が震える。


 怖い。


 今度は人だ。


 雷獣じゃない。


 剣を持った人間。


 あの日の感触が、一瞬だけ手に戻る。


 でも。


 後ろを見る。


 ウヅキ。


 捕まっていた人たち。


 逃げ道。


 守る。


 それだけ考える。


「朝陽」


 隣にセレーネ。


「大丈夫?」


「……うん」


 嘘かもしれない。


 でも。


「やる」


 階段を駆け下りてくる男。


 一人。


 二人。


 三人。


 その後ろにも。


「クガさん!」


「分かっとる!」


 クガさんが懐へ手を入れる。


 筒を取り出す。


「もう隠れる意味はない!」


 火をつける。


 投げた。


 小さな筒が夜の森へ飛び出す。


 一瞬。


 静寂。


 そして。


 ――パンッ!


 乾いた破裂音が夜空へ響いた。


 合図。


 外から怒号が上がる。


「行くぞォ!」


「門塞げ!」


「一人も逃がすな!」


 クガ組。


 同時に。


 倉庫の上でも扉が開く音。


 走る音。


 怒鳴り声。


 全部が重なった。


 クガさんが短刀を構える。


 サカキさんが人質を外へ押し出す。


 シウンの腕に、黒い鱗が浮かび始める。


 セレーネの周囲に水が集まる。


 俺は剣を握った。


 階段を駆け下りてきた男が剣を振り上げる。


「死ねぇッ!」


 刃が迫る。


 怖い。


 それでも。


 足は動いた。


 半歩。


 身体をずらす。


 刃が頬の横を通り過ぎる。


 右手の剣を振る。


 金属同士がぶつかる。


 火花。


 重い。


 でも。


 押し返す。


「――っ!」


 男の体勢が崩れる。


「朝陽!」


 セレーネの声。


「右!」


 見る。


 二人目。


 横から来る。


「《アクアランス》!」


 水の槍が飛ぶ。


 男の剣を弾き飛ばす。


 俺の目の前。


 一人目がもう一度剣を上げる。


 踏み込む。


 今度は迷わない。


 剣を振った。


 ――戦いが始まった。

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