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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【獣王国ディアナ編】第1章 龍の女

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第54話 旅は続く

翌朝。


目を覚まして最初に見たのは、傍らに置いた剣だった。


昨日までなら、それだけのことだった。


旅に出てから毎日そうしている。何かあればすぐ手に取れるよう、眠る時も手の届く場所に置いていた。


でも今は、どうしても目が止まる。


綺麗に拭いたはずの刃。


鞘に収めてしまえば、昨日までと何も変わらない。


なのに、何があったのか知っているだけで別の物に見えた。


「……」


手を伸ばす。


一瞬だけ止まって、それから柄を握った。


いつもの重さだった。


「重い?」


向かいから声がする。


セレーネはもう起きていた。


「いや」


剣を腰へ差す。


「昨日と同じ」


「そう」


「……なんか言いたそうだな」


「別に」


いつもの返事。


それ以上、セレーネは何も言わなかった。


朝になったからといって、何かが変わるわけじゃない。


俺が人を斬ったことも。


その人が死んだことも。


助かった人がいることも。


全部そのまま残っている。


それでも朝は来る。


腹だって、昨日よりは減っていた。


「……なんか食うか」


「食べられる?」


「たぶん」


「吐かない?」


「朝一発目にそれ聞く?」


「大事」


「食い物がもったいないからだろ」


「うん」


「俺の心配もしろよ」


少しだけ笑う。


昨日と同じように笑えたことに、自分で少し驚いた。


簡単に腹へ入れてから、俺たちは街道へ戻った。


国境を越えてから、景色は少しずつ変わっていた。


地面も、木も、空も、突然別物になるわけじゃない。


ここから先がディアナです、と世界そのものが教えてくれるわけでもない。


それでも道を行き交う人を見ていると、バルカンにいた頃との違いが少しずつ目につく。


獣族が多い。


昨日助けた人だけじゃない。


荷を背負って歩く者。


荷車を引く者。


旅人らしい格好の者。


人間もいるが、耳や尾を持つ者の姿が珍しくなくなっていた。


すれ違うたび、つい目で追ってしまう。


「見るな」


隣から小さな声が飛んできた。


「見てない」


「見てる」


「いや、だってさ。まだ慣れないだろ」


「失礼」


「分かってるよ」


慌てて前を見る。


異世界に来たばかりの頃なら、もっと露骨に驚いていたと思う。


半年も暮らして、獣族そのものは何度も見た。


それでも、その人たちが当たり前に行き交う土地へ来ると印象が違う。


ここでは俺の方が、少し珍しい側なのかもしれない。


しばらく歩いたところで休憩を取った。


荷物を下ろし、俺はガイドブックを開く。


ページの端は、もう少しずつ折れ始めていた。


ベルナでも。


ローネでも。


結局、何度も開いている。


「えーっと……」


ディアナの項目を探す。


横からセレーネが覗き込んできた。


「近い」


「見えない」


「そっちから見ればいいだろ」


「朝陽が持ってる」


「じゃあ持てよ」


渡そうとすると、セレーネは動かない。


「……」


「……」


「持たないの?」


「そのままでいい」


「なんなんだよ」


仕方なく、二人で覗き込む。


こういうどうでもいいやり取りをしている間だけは、昨日のことを考えずに済んだ。


だから少し助かった。


「ここだ」


ページの中に、見覚えのある名前を見つける。


温泉街ユノハナ。


ベルナでガイドブックを手に入れた時にも、一度見ていた場所だった。


ディアナへ入ったら寄ってみようと話していた。


「国境からも、そこまで遠くないみたいだな」


セレーネの目が止まる。


「温泉」


「そこ?」


「温泉街だから」


「いや、そうだけど」


説明を追っていく。


旅館。


湯。


通りに並ぶ店。


食べ物。


観光客も多いらしい。


文字を追う俺の横で、セレーネの視線が少し下へ動いた。


「……食べ物」


「やっぱりそっちも見るんだな」


「大事」


「昨日から大事なもの多くない?」


「温泉と食べ物は大事」


「はいはい」


ページを閉じる。


「じゃ、次はユノハナで決まりか」


「うん」


即答だった。


「早いな」


「朝陽も行きたいでしょ」


「まあな」


温泉。


日本にいた頃なら、わざわざ旅行でもしない限り行くことはなかった。


こっちへ来てからは、まともな風呂に入れるだけでもありがたいと思うようになった。


それが温泉街となれば、普通に楽しみだ。


「よし。行くか」


立ち上がる。


剣が腰で揺れた。


一瞬だけ意識がそちらへ向く。


でも、足は止めなかった。


街道を歩く。


昨日までと同じように。


いや。


たぶん、昨日までとまったく同じではない。


すれ違う人が武器を持っていれば、以前より少しだけ目が向く。


腰の剣に手を置いた時、柄の感触を意識する。


森から物音がすれば、一瞬だけ身体が強張る。


そのたびに昨日の感触が蘇りそうになる。


でも、歩く。


セレーネも何も言わず隣を歩いている。


何もなかったことにはならない。


それでも旅まで終わるわけじゃない。


その二つは、たぶん同時にあっていい。


しばらく進んだ頃だった。


前方に何人か人がいるのが見えた。


旅人というより、街から出てきたような格好の男たち。


その中央に、一人の女がいる。


最初は知り合い同士かと思った。


少なくとも、争っているようには見えない。


だから、そのまま通り過ぎるつもりだった。


「――だからよ、姉ちゃんみたいな美人なら絶対稼げるって」


聞こえてきた言葉に、なんとなく足が緩む。


「そうなのか?」


女の声。


「そうそう。住む場所も用意してもらえるし、飯にも困らねえ。客と話してりゃ金になる。最高だろ?」


「ふむ」


女は真面目な顔で頷いた。


「それは良い仕事だな」


「だろ?」


男たちが笑う。


俺も歩きながら聞いていた。


聞いていたのだが。


「……セレーネ」


「うん」


「なんか怪しくない?」


「怪しい」


即答だった。


女を見る。


随分と背が高い。


立っているだけなのに妙に目を引く。


それ以上に気になったのは、その態度だった。


怖がっているようには見えない。


無理やり連れていかれている感じでもない。


むしろ本人は、本気で仕事を紹介してもらっていると思っているらしい。


「ちなみに、どこで働くんだ?」


「カグラだよ。でっけえ街だ。楽しいぞ」


「ほう。カグラ」


女は感心したように頷く。


「わたしもちょうど、そちらへ向かおうと思っていたところだ」


「そりゃ都合がいい!」


男が笑う。


「だったら俺たちが案内してやるよ」


「親切な者たちだな」


「……」


俺は立ち止まった。


セレーネも止まる。


「なあ」


「うん」


「これ、俺の考えすぎ?」


「違うと思う」


「だよなあ……」


昨日の今日だ。


正直、面倒事には関わりたくない。


今度こそ見なかったことにして、そのまま温泉へ行きたい。


温泉に入って。


美味いものを食って。


今日は何も起きなかったな、と言って寝たい。


男の一人が女の肩へ手を回そうとする。


その手を、女が不思議そうに見る。


嫌がるでもなく。


警戒するでもなく。


ただ、何をしているのだろうという顔で。


「……はあ」


ため息が出た。


「朝陽」


「分かってる」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてある」


「そう?」


「たぶん」


俺は男たちの方へ歩き出した。


昨日。


俺は見てしまったから、放っておけなかった。


その結果、人を斬った。


今だって剣を握れば、きっと昨日のことを思い出す。


だからといって。


次から見ないふりをするのも、たぶん違う。


「すみませーん」


声をかける。


男たちと女が、一斉にこちらを見る。


「なんだ?」


「いや、ちょっと気になったんですけど」


女を指す。


「その人に、仕事内容ちゃんと説明してます?」


空気が止まった。


男たちの顔から笑みが消える。


一方。


当の本人だけが、きょとんとして俺を見ていた。


「仕事内容?」


「はい」


「客と話す仕事だと聞いているが」


「……やっぱり」


頭を抱えたくなった。


セレーネが俺の横へ並ぶ。


女は俺たちを交互に見たあと、首を傾げた。


その顔には、警戒心らしいものがほとんどない。


「お主たちは、何者だ?」


妙に古風な喋り方だった。


「……通りすがり?」


「なぜ疑問形なのだ」


「いや、俺もなんで首突っ込んでんだろうなって」


隣でセレーネが小さく頷いた。


「朝陽だから」


「それで全部片づけるのやめない?」


女はそんな俺たちを見比べて、不思議そうに首を傾げていた。

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