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過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第5章 違う道

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第48話 最初の目的地

翌朝。


目を覚まして最初に見えたのは、半年間ですっかり見慣れた天井だった。


この宿に初めて泊まった夜は、なかなか眠れなかったのを覚えている。


知らない部屋。知らないベッド。窓の外から聞こえてくる知らない街の音。


自分が本当に異世界に来てしまったんだと、嫌でも思い知らされた。


それが今では、目を閉じたままでも窓の位置くらい分かる。


「……今日で最後か」


正確には、最後になるかどうかなんて分からない。


また王都へ戻ってくるかもしれないし、何ヶ月かしたら同じ部屋で寝ている可能性だってある。


それでも、今日ここを出れば、少なくともしばらくは戻ってこない。


そう思うと、いつもと同じ部屋が少しだけ違って見えた。


身体を起こし、昨日まとめておいた荷物を確認する。


着替え。水。食料。薬。野営に必要な道具。


それから、腰には昨日買ったばかりの片手剣。


立ち上がって軽く身体を動かしてみる。


やっぱり軽い。


半年近く大剣を背負っていたせいで、むしろ背中に何もないことの方が落ち着かないくらいだった。


「そのうち慣れるか」


誰に言うでもなく呟いて、荷物を背負う。


忘れ物がないか部屋を一周して。


不安になってもう一周して。


結局何も見つからず、扉へ向かった。


その時、向こうから二度、扉を叩かれた。


「朝陽」


セレーネだ。


「起きてる」


扉を開ける。


すでに旅支度を終えたセレーネが立っていた。


「珍しい」


「何が?」


「起こしに来たのに起きてた」


「俺だって出発の日くらい起きるよ」


「昨日は三回起こした」


「昨日は出発の日じゃなかっただろ」


「その前も二回」


「……今日起きたんだからいいだろ」


セレーネの視線が俺の荷物へ落ちる。


「多い」


「これでも減らしたんだよ」


「重そう」


「半分くらい二人分だからな?」


「ありがとう」


妙に素直に返されて、それ以上何も言えなくなった。


「……まあいいや。飯食って出よう」


「うん」


半年間暮らした部屋の扉を閉める。


特別なことはしなかった。


振り返って感傷に浸ることもなく、そのままセレーネと階段を下りた。


朝食を済ませ、宿代を精算して外へ出る。


朝の王都は、もういつも通り動き始めていた。


店先へ商品を並べる商人。


荷車を押していく男。


眠そうな顔でギルドの方へ歩いていく冒険者。


通りの向こうでは、焼きたてらしいパンの匂いが漂っている。


俺たちが今日ここを出るからといって、街の景色が変わるわけじゃない。


当たり前だけど。


それが少し面白かった。


「朝陽」


「ん?」


「門、あっち」


「知ってるよ」


「逆に歩いてる」


「寄り道」


俺が向かっていたのは、門ではなく朝から開いている小さな店だった。


昨日、旅支度をしている時に気になったものがある。


店先に置かれた地図を一枚手に取り、広げた。


世界全体を描いた大雑把なものじゃない。


王都周辺から地方へ伸びる街道や、途中の町や村が載っている。


「昨日、王女様に街道を使えって言われただろ」


「うん」


「ディアナだけ決めても、そこまで何日もあるからさ」


地図を指で追っていく。


王都ルイから伸びる街道。


その先にはいくつかの集落があり、さらに進めば国境方面へ繋がっている。


昨日までは「ディアナへ行く」しか考えていなかった。


でも、一日中歩いて、適当な場所で寝て、また次の日も歩く。


それを繰り返すだけじゃ、なんだかもったいない。


「どうせなら、途中も色々見たい」


「色々?」


「村とか町とか。王都以外ほとんど知らないし」


地図の上に、少し大きく描かれた町があった。


交易町ベルナ。


王都と地方を結ぶ中継地点として、人や物が集まる町らしい。


「ここ」


「ベルナ?」


「うん。まずここ行こう」


セレーネが地図を覗き込む。


「なんで?」


「交易町だって。王都じゃあんまり見ない地方の物も集まるらしい」


「食べ物?」


「そこしか興味ないの?」


「大事」


「まあ、俺もちょっと気になるけど」


旅人が多いなら、ディアナ方面の話も聞ける。


宿だってあるだろう。


何より。


知らない町を見てみたい。


理由なんて、それくらいでいい気がした。


「ディアナまで最短で行かなきゃいけないわけでもないしな」


「うん」


「面白そうな場所があったら寄ってこうぜ」


セレーネが俺を見る。


少しだけ間を置いて。


「甘いものがあったら?」


「寄る」


「絶対?」


「程度による」


「寄る?」


「……寄るよ」


「分かった」


満足したらしい。


地図を買い、今度こそ門へ向かった。


歩きながら、何度も見慣れた場所を通った。


冒険者ギルド。


何度も飯を食った店。


昨日、大剣を売って新しい剣を買った武器屋。


最初の頃は、王都そのものが巨大な迷路みたいだった。


道を一本間違えるだけで不安になって、目印を必死に覚えていた。


今では考えなくても歩ける。


半年。


たった半年なのに、随分長くいたような気がする。


「……結構好きだったんだな」


「なにが?」


「この街」


隣を歩くセレーネが周囲を見る。


「セレーネは?」


「好き」


「即答だな」


「お菓子が多い」


「やっぱりそこか」


でも、それでいいのかもしれない。


俺だって、王都を好きになった理由を立派に説明できるわけじゃない。


いつもの飯屋があって。


顔を覚えた人がいて。


ギルドへ行けば見慣れた冒険者がいて。


何度も歩いた道がある。


そういうものが積み重なって、気づいたら知らない街じゃなくなっていた。


やがて、大きな城門が見えてくる。


半年前。


俺は反対側からここへ来た。


あの時は、自分がどこにいるのかすら分かっていなかった。


金もない。


この世界の常識も知らない。


魔法があることに驚いて、冒険者なんて言葉を聞いて、本当に異世界なんだと少しずつ理解していった。


とにかく生きなきゃいけない。


あの頃は、それだけだった。


「止まった」


セレーネの声で我に返る。


いつの間にか門の手前で足が止まっていた。


「……ちょっと思い出してた」


「なにを?」


「初めてここに来た時」


「一人?」


「一人」


あの時の俺が今の姿を見たら、どう思うんだろう。


冒険者になって。


魔法を覚えて。


剣を腰に下げて。


これから自分の意思で別の国へ行こうとしている。


しかも。


隣を見る。


「なに?」


「いや」


「さっきからそれ多い」


「気にすんな」


今度は一人じゃない。


「行こう、セレーネ」


「うん」


二人で門を抜けた。


城壁の外へ出ると、視界が一気に開けた。


王都から伸びる街道。


その周囲には農地や牧草地が広がり、遠くには森も見える。


荷物を積んだ荷馬車が王都へ向かい、反対に俺たちと同じ方向へ進んでいく旅人もいる。


依頼で王都の外へ出たことなら何度もある。


なのに今日は、景色の見え方が違った。


今までは、依頼を終えれば王都へ帰る。


目的地と帰る場所が決まっていた。


今日は違う。


「なあ」


「なに?」


「俺たち今、冒険してるっぽくない?」


セレーネがこちらを見る。


「冒険者でしょ?」


「そういう意味じゃなくてさ」


俺は街道の先を指す。


「あっちに知らない町があって、その先に知らない国があって。途中で面白そうな場所見つけたら寄って。なんかこう……冒険っぽいじゃん」


言っていて少し恥ずかしくなった。


セレーネはしばらく黙っていたが、


「楽しそう」


とだけ言った。


「だろ?」


「うん」


その返事が妙に嬉しかった。


王都から離れるにつれて、景色は少しずつ変わっていった。


大きな建物は消え、代わりに畑が増えていく。


道の脇では見たことのない作物が育てられていて、遠くでは家畜らしき動物が草を食べている。


途中、荷馬車に追い抜かれた。


荷台には木箱や樽が山のように積まれている。


「ベルナ行きかな」


「聞けば?」


「え、走って追いかけて?」


「うん」


「嫌だよ」


「気になるんでしょ?」


「そこまでじゃない」


セレーネが荷馬車を目で追う。


「乗せてもらえばよかった」


「今さら言う?」


「朝陽の荷物、重そう」


「心配してくれてんの?」


「歩くの遅くなるから」


「俺の心配じゃなかった」


歩き続ける。


しばらくすると、街道脇に腰を下ろして休んでいる旅人たちがいた。


少し離れたところには商人らしい一団もいる。


王都の外だからといって、急に何もなくなるわけじゃない。


道がある。


人が歩いている。


荷物が運ばれている。


町と町が、ちゃんと繋がっている。


そんな当たり前のことが、俺には新鮮だった。


「ゲームだったら、この辺全部飛ばされるんだろうな」


「げーむ?」


「あー……俺の世界の遊びみたいなもん」


「ふうん」


「王都を出ました。次の町に着きました。って」


「便利」


「でも実際はこうやって歩くんだな」


「嫌?」


「いや」


むしろ逆だ。


俺は街道の先を見る。


「こういうのも結構好きかも」


王都で本を読んでいるだけじゃ分からなかった。


地図の上では一本の線でしかない場所にも、畑があって、人がいて、生活がある。


この先のベルナも。


その先の村も。


ディアナも。


きっと全部違う。


それを自分で見られる。


そう思うと、歩くこと自体が少し楽しくなった。


昼を過ぎた頃、道沿いの木陰で休憩を取った。


朝に用意しておいた食料を広げる。


俺が水を飲んでいる横で、セレーネは自分の荷物を漁っていた。


「何探してんの?」


「これ」


取り出したのは、小さな包みだった。


開くと、中には焼き菓子が入っている。


「……いつ買った?」


「朝」


「俺が地図見てる時?」


「うん」


「ちゃっかりしてんな」


一つ取ろうとすると、包みごと遠ざけられた。


「おい」


「わたしの」


「一個くらいいいだろ」


「朝陽は食料ある」


「その食料持ってんの俺なんだけど?」


セレーネが少し考える。


一つ差し出してきた。


「半分」


「一個くれよ」


「半分」


「ケチ」


「いらない?」


「いる」


半分に割って食べる。


甘い。


「うまいな」


「うん」


「ベルナにもなんかあるかな」


「甘いもの?」


「いや、それもだけど。交易町なら名物とかあるだろ」


「調べる」


「急にやる気出たな」


「大事」


ベルナへ行く理由が一つ増えた。


午後になると、さすがに足が重くなってきた。


依頼で長く歩くことには慣れているつもりだったが、旅の荷物を全部背負ってとなると話が違う。


それでも、背中に大剣がないだけ随分楽だ。


代わりに腰の片手剣が歩くたびに少し揺れる。


まだ慣れない。


「新しい剣、どう?」


セレーネが聞いてきた。


「歩く分には最高」


「戦う時は?」


「まだ分からん」


昨日少し振っただけだ。


実戦で使ってみなければ、本当に自分に合っているかなんて分からない。


「大剣よりは動きやすいと思うけどな」


「大剣、似合ってなかった」


「それ昨日も聞いた」


「ほんとだから」


「ガイウスに言うなよ」


「なんで?」


「なんとなく傷つきそう」


ガイウスなら大笑いして終わりそうな気もするけど。


そんな話をしながら歩いているうちに、日が少しずつ傾き始めた。


「……今日中に着くよな?」


俺は地図を見る。


「多分」


「朝陽が決めた」


「そうなんだけどさ」


地図の縮尺と、実際に歩いた距離の感覚がまだ上手く噛み合わない。


もう少しか。


まだかなりあるのか。


地図と街道を交互に見ていると、セレーネが前を指した。


「朝陽」


「ん?」


「なんかある」


顔を上げる。


街道のずっと先。


緩やかな丘を越えた向こうに、いくつもの屋根が見えていた。


その周囲を行き交う荷馬車。


王都ほど巨大ではない。


けれど、村と呼ぶには明らかに大きい。


「……あれか」


自然と足が速くなる。


近づくにつれて、人の姿が増えていく。


荷物を運ぶ商人。


旅装の人間。


王都へ向かうらしい荷馬車。


遠くからでも、町が人と物で動いているのが分かった。


「ベルナだ」


朝から歩いて、ようやく辿り着いた最初の目的地。


世界を救うためでもない。


何か重要な情報があるわけでもない。


ただ、知らない町だから。


面白そうだから。


行ってみたいと思った。


それだけで、ここまで歩いてきた。


「セレーネ」


「なに?」


「まず宿探そう」


「その次は?」


「町見る」


「その次」


「飯」


「その次」


「……甘いもの探す」


「うん」


分かりやすく機嫌がよくなった。


「ほんとそれ好きだな」


「朝陽も食べる」


「まあ食うけど」


王都ルイを出て、最初に辿り着いた町。


交易町ベルナ。


まだディアナはずっと先だ。


けれど、それでいい。


急ぐ理由なんてない。


せっかく知らない世界にいるんだ。


地図の上を一直線に進むだけじゃ、もったいない。


見たことのない景色があるなら見てみたい。


食べたことのないものがあるなら食べてみたい。


面白そうな場所があるなら、少しくらい遠回りしたっていい。


そうやって進んだ先で。


もしかしたら、俺がこの世界へ来た理由にも辿り着けるのかもしれない。


「行こう」


「うん」


俺たちは、夕暮れのベルナへ足を踏み入れた。

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