第45話 ほんと、変なの
瑞輝との話を終えて戻ると、少し離れたところで待っていた三人とセレーネが、揃ってこっちを見た。
「長かったね」
麗奈が言う。
「そうか?」
「何話してたの?」
「まあ、ちょっとな」
「なにそれ。怪しい」
「別に怪しくねえよ」
俺の隣で瑞輝が笑う。
「男同士の話だよ」
「うわ、余計怪しくなった」
「なんでだよ」
京介まで笑い出す。
瑠奈は何も聞いてこなかった。
俺と瑞輝を一度見比べただけで、いつものように笑う。
「そろそろ戻ろっか」
「だな」
俺たちは揃って王城へ戻った。
ここ数日、こんな時間が増えた。
瑞輝たちと再会して、王城へ来るようになって、王女様からこの世界のことを教えてもらって。
その合間に、昔の話をしたり、俺の知らない五年間の話を聞いたり、逆にこっちでの半年を話したり。
五年ぶりなのに。
俺にとっては半年ぶりなのに。
不思議なくらい、普通だった。
もちろん、変わったところはある。
見た目なんて一番分かりやすい。
最初は誰だか分からなかったくらいだ。
話してみても、五年分知らないことがある。
それでも瑞輝は瑞輝で、京介は京介で、麗奈は麗奈で、瑠奈は瑠奈だった。
五年という時間は、思っていたより長くて。
思っていたより、短い。
そんなことを考えながら王城へ戻ったところで、本当なら俺とセレーネは宿へ帰るはずだった。
「じゃあ、俺たちはそろそろ――」
「朝陽」
「ん?」
瑞輝が俺を呼び止めた。
「覚えてるか? 中学の時、お前が――」
「待て」
嫌な予感がした。
「なんだよ」
「その話はやめろ」
「なんで?」
「絶対ろくな話じゃないから」
「いや、面白い話だって」
「お前が面白いって言う昔話、だいたい俺が酷い目に遭ってるんだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
京介が呆れた顔で瑞輝を見る。
「つーか、お前らその頃からそんな感じだったのか」
「瑞輝がこんな感じだった」
「朝陽も大概だったけどな」
「嘘つけ」
「ほんとだよ」
そこへ瑠奈まで入ってきた。
「朝陽も結構一緒になってやってたよ?」
「瑠奈まで裏切るの?」
「事実だもん」
「ほらな」
「うるせえ」
麗奈が吹き出した。
「なにそれ、聞きたい」
「やめとけって」
「聞かせて聞かせて」
「じゃあな、あれは――」
「瑞輝!」
結局、帰れなくなった。
そこから一つ昔話が始まれば、当然一つでは終わらない。
瑞輝が余計なことを言い、俺が否定して、瑠奈が訂正する。
京介は俺たち三人が小学生の頃の話までは知らないから、途中から麗奈と同じように聞く側へ回っていた。
「え、朝陽って昔そんなだったの?」
「違う。話盛ってるから」
「盛ってないって」
「盛ってる」
「瑠奈、どっち?」
麗奈に聞かれた瑠奈が少し考える。
「……七割くらい本当かな」
「ほぼ本当じゃん!」
「瑠奈!」
みんなが笑う。
少し離れたところでは、セレーネが静かに菓子を食べていた。
「セレーネ」
「なに?」
「助けて」
「無理」
「即答かよ」
「朝陽が悪いんでしょ」
「話聞いてた?」
「聞いてない」
「じゃあなんで俺が悪いんだよ」
「なんとなく」
「酷くない?」
また笑いが起きる。
なんだこれ。
気づけば俺まで笑っていた。
俺の知らない五年間の話にもなった。
学校を卒業した後のこと。
大学でのこと。
四人で集まった時のこと。
俺がいなかった間にも、当然だけどみんなの時間は進んでいた。
逆に俺も、こっちへ来てからの話をした。
初めて魔物を見た時のこと。
冒険者になったこと。
依頼で失敗したこと。
ガイウスたちに色々教えてもらったこと。
全部を話したわけじゃない。
半年間を一晩で話せるはずもないし、俺だってまだ整理できていないことがたくさんある。
それでも、話は尽きなかった。
「あ」
ふいに麗奈が窓の外を見た。
「どうした?」
「もう真っ暗じゃん」
言われて俺も見る。
確かに。
いつの間にこんな時間になったんだ。
「……やば」
宿に戻らないと。
俺が立ち上がると、セレーネも残っていた菓子を口へ放り込んで立った。
「じゃあ俺たちは帰るわ」
「今から?」
瑞輝が言う。
「今からって、帰らないと寝る場所ないだろ」
「ここ泊まればいいじゃん」
「ここって」
俺は周囲を見回した。
「王城だぞ?」
「知ってる」
「そういう問題じゃなくて」
「部屋余ってるだろ、多分」
「多分で王城に泊めるなよ」
「王女様に聞いてみりゃいいだろ」
京介までそんなことを言う。
いや、軽いな。
お前ら半年で王城に慣れすぎだろ。
結局、確認を取ってもらった。
結果として。
「……マジで泊まることになるとは」
案内された客室で、俺は一人呟いた。
広い。
とにかく広い。
普段使っている宿の部屋とは比べものにならない。
家具も立派だし、置かれているもの一つ一つが高そうに見える。
そして何より。
ベッドがでかい。
恐る恐る腰を下ろす。
身体が沈んだ。
「……これ駄目なやつだ」
一瞬で分かる。
絶対寝る。
一度横になったら終わりだ。
部屋の外へ出ると、ちょうど隣の客室へ入ろうとしていたセレーネと目が合った。
「セレーネ」
「なに?」
「明日起きてこなかったら起こして」
「嫌」
「なんで?」
「二回起こしても起きなかった」
「それは宿のベッドが久しぶりだったからだよ」
「こっちの方が柔らかい」
「だから頼んでるんだろ」
セレーネは少しだけ考えた。
「三回まで」
「増えた」
「それ以上は置いていく」
「分かったよ」
「おやすみ」
「おやすみ」
扉が閉まる。
俺も自分の部屋へ戻った。
服を緩めて、ベッドへ倒れ込む。
柔らかい。
身体の力が一気に抜けた。
天井を見上げる。
今日も色々あった。
ここ数日、本当に色んなことを話した。
五年前。
半年。
同じ時間を過ごしていたはずなのに、いつの間にか俺たちの間にはそれだけの差ができていた。
それでも、今日みたいに話していると。
あの頃と変わってないような気もする。
瑞輝に言われたことを思い出した。
一緒にいる道。
俺が望むなら、王様に話をしてくれると言っていた。
多分、本気で言ってくれたんだと思う。
昔からそういう奴だ。
だからこそ。
ちゃんと考えて、ちゃんと答えたい。
明日。
みんなに話そう。
そう思ったところで、大きな欠伸が出た。
「……眠」
駄目だ。
本当にこのベッド、駄目だ。
もう少し考えようと思っていたはずなのに、目を閉じた途端、意識はあっさりと沈んでいった。
――どれくらい経ったのだろう。
王城はすっかり静まり返っていた。
廊下を歩く人影もほとんどない。
そんな中、一つの客室の扉が静かに開いた。
瑠奈は音を立てないよう、そっと部屋の中へ入る。
扉を閉める。
薄暗い室内。
ベッドでは、朝陽が眠っていた。
瑠奈はその姿をしばらく見つめていた。
何も言わない。
ただ、そこにいることを確かめるように。
やがて、ゆっくりとベッドのそばまで歩いていく。
「……朝陽」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
朝陽は眠ったままだ。
瑠奈は近くの椅子へ腰を下ろした。
目の前にいる朝陽は、あの日とほとんど変わっていない。
自分たちは五年も歳を取ったのに。
朝陽だけは十七歳のまま。
話していてもそうだった。
昔と変わったところはある。
知らないことも増えた。
一人でできることも増えた。
それでも。
笑った顔も。
少し困ったような顔も。
昔と変わらないところが、いくつもあった。
「いつも一緒にいたね」
眠っている朝陽へ、瑠奈は静かに話しかける。
「毎日、どんな時でも隣にいて……」
小さい頃から、ずっとそうだった。
近くにいることが普通だった。
朝になれば会える。
学校へ行けばいる。
帰れば、また次の日が来る。
そんな毎日が、ずっと続くと思っていた。
「それが当たり前だった」
少しだけ、瑠奈の声が弱くなる。
「なのに、あの日……その当たり前が突然なくなった」
朝陽は何も答えない。
静かな寝息だけが返ってくる。
瑠奈は眠る朝陽から目を離さなかった。
五年。
長かった。
それでも今、朝陽は目の前にいる。
また名前を呼べる。
また声を聞ける。
また同じ場所で笑える。
それなのに。
「あの日からずっと、私は――」
そこで、言葉が止まった。
瑠奈は何も続けなかった。
ただ、眠っている朝陽を見つめる。
やがて、その頬へ向かってゆっくりと手を伸ばした。
指先が近づく。
あと少し。
ほんの少し伸ばせば、触れられる。
けれど。
その手は、触れる直前で止まった。
しばらく、そのまま。
瑠奈は朝陽の頬へ伸ばした自分の手を見つめる。
そして。
「……ほんと、変なの」
小さく呟いた。
伸ばしていた手を引く。
それ以上、何も言わなかった。
瑠奈は静かに立ち上がる。
最後にもう一度だけ、眠る朝陽を見た。
そして部屋を出ていく。
扉が、音もなく閉じる。
朝陽が目を覚ますことはなかった。
王城の静かな夜だけが、その言葉を聞いていた。




