第42話 王女様
王城。
王都で暮らし始めてから。
何度も見てきた場所だ。
遠くから。
「……でかいな」
改めて見上げる。
「今さら?」
麗奈が言った。
「外から見るのと、中に入るのは違うだろ」
「そう?」
「そうだよ」
俺にとって。
王城なんて。
完全に別世界だった。
王都で半年暮らしていても。
普通の冒険者が用もなく入れる場所じゃない。
それが。
「ほら、行くぞ」
瑞輝が普通に門へ向かって歩いていく。
「待て待て待て」
「何だよ」
「本当にこのまま行くの?」
「このままって?」
「いや……」
俺を見る。
普通の服。
背中には大剣。
隣にはセレーネ。
「俺、冒険者だぞ?」
「知ってる」
「Dランクだぞ?」
「それも知ってる」
「昨日も同じやり取りした」
京介が言った。
「いや、昨日はまだ王城が目の前になかったから!」
麗奈が笑う。
「大丈夫だって」
「その大丈夫が怖いんだよ」
「朝陽」
瑠奈が俺を見る。
「ほんとに大丈夫だから」
「……瑠奈が言うなら」
「俺ら信用ねえな」
瑞輝が笑った。
「日頃の行いだろ」
「半年会ってなかったくせに何が分かんだよ」
「俺には半年だからな」
「便利だな、それ」
少しだけ。
肩の力が抜けた。
セレーネを見る。
「お前は緊張しないの?」
「別に」
「だよな」
聞いた俺が馬鹿だった。
◇
当然というか。
瑞輝たちは顔を知られていた。
門の兵士に止められることもなく。
俺とセレーネのことだけ確認される。
瑞輝が友人だと説明すると。
少し待たされたものの。
結局。
通された。
「……入っちゃった」
思わず呟く。
「犯罪者みたいに言うなよ」
京介が言った。
「だって王城だぞ」
「王城だな」
「もっと緊張しろよ」
「もう慣れた」
「腹立つなあ」
中へ入る。
まず。
広い。
それが最初の感想だった。
壁も。
天井も。
廊下も。
何もかも。
普段俺が使っている宿とは比べ物にならない。
当たり前だけど。
「すげえ……」
思わず辺りを見る。
「朝陽、田舎者みたい」
麗奈が言う。
「初めてなんだからしょうがないだろ」
「私も最初そうだったよ」
「じゃあ言うなよ!」
「でも今見ると面白い」
「帰ろうかな」
「ごめんって!」
麗奈が笑う。
その隣を。
瑠奈が歩いている。
瑞輝も。
京介も。
全員。
当たり前みたいな顔をしている。
昨日。
市場では俺の方が案内役だった。
今日は。
完全に逆だ。
「……なんか悔しい」
「何が?」
瑞輝が振り返る。
「なんでもない」
◇
しばらく歩いて。
一つの部屋へ案内された。
「ここで待ってて」
麗奈が言う。
「どこ行くの?」
「呼んでくる」
「誰を?」
「昨日言ったじゃん」
紹介したい人。
思い出す。
「……偉い人?」
「うん」
「どれくらい?」
「かなり」
「帰っていい?」
「ダメ」
即答された。
「セレーネ」
「なに」
「もし俺が変なこと言いそうになったら止めて」
「無理」
「即答!?」
「朝陽、変なこと言うから」
「だから止めてほしいんだよ!」
「自分で頑張って」
「冷たいな!」
扉が開いた。
「何が冷たいんですか?」
知らない声。
俺の身体が固まる。
入ってきたのは。
女の人だった。
俺たちより。
少し年上だろうか。
最初に思ったのは。
綺麗な人だ。
だった。
セレーネもそうだけど。
方向が違う。
なんというか。
見ただけで。
育ちが違うと分かる。
服装。
姿勢。
歩き方。
全部。
「あ、ステラ!」
麗奈が手を上げた。
「麗奈さん」
女の人が笑う。
「お待たせしました」
……ステラ?
どこかで。
聞いたような。
「昨日話したでしょ?」
麗奈が俺を見る。
「朝陽のこと」
「はい」
ステラと呼ばれた女性が。
俺を見る。
「あなたが、真白朝陽さんですね」
「は、はい」
声が裏返りそうになる。
「初めまして。ステラ・バルカンです」
「……バルカン?」
聞き覚えがあるどころじゃない。
この国。
バルカン王国。
つまり。
「……え」
瑞輝を見る。
「何?」
「バルカン?」
「うん」
「王族?」
「うん」
「……」
もう一度。
目の前の女性を見る。
笑っている。
「王女……?」
「はい」
本人が答えた。
「……」
終わった。
何が終わったのか分からないけど。
終わった。
「し、失礼しました!」
反射的に頭を下げる。
「え?」
「知らなくて! その、俺、普通に見てて!」
「普通に見て……?」
「いや違う、変な意味じゃなくて!」
「朝陽、落ち着け」
瑞輝が言う。
「お前は知ってたから落ち着いてんだろ!」
「言ったら来なさそうだったし」
「当たり前だろ!」
王女。
本物。
日本にはいなかった種類の人だ。
いや。
似た立場の人はいたけど。
会ったことなんて当然ない。
「朝陽さん」
呼ばれる。
「はい!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
ステラ王女が笑う。
「瑞輝さんたちのご友人なのでしょう?」
「そう……です」
「でしたら、私も普通に接していただいて構いません」
無理だ。
絶対無理。
「……善処します」
「善処」
麗奈が吹き出した。
「笑うなよ!」
「だって朝陽、昨日まであんな偉そうだったのに!」
「王女様相手に偉そうにできるわけないだろ!」
「私は?」
ステラ王女が麗奈を見る。
「ステラはステラじゃん」
「ほら」
瑞輝が言う。
「お前もステラでいいって」
「無理!」
「即答かよ」
「王女様だぞ!?」
「京介も同じこと言ってた」
「王女様は王女様だろ」
京介が真顔で言った。
「京介……!」
「朝陽……!」
なんだろう。
急に。
強い仲間意識が芽生えた。
「また二人で……」
麗奈が呆れる。
ステラ王女は。
困ったように笑っていた。
◇
「そちらが、セレーネさんですね」
ステラ王女が。
俺の隣を見る。
「うん」
セレーネが答える。
「おい」
「なに?」
「王女様だぞ」
「知ってる」
「もうちょっとこう……」
「初めまして」
セレーネが言った。
「セレーネ」
「はい。初めまして、セレーネさん」
普通だ。
普通に会話している。
「……強いな」
「何が?」
京介が聞く。
「精神が」
俺には無理だ。
「今日は、お二人がいらっしゃると聞いて楽しみにしていたんです」
ステラ王女が席を勧める。
俺たちも座る。
俺だけ。
妙に姿勢が良くなる。
「朝陽」
瑠奈が小声で呼ぶ。
「なに」
「固すぎ」
「しょうがないだろ」
「大丈夫だよ」
「お前まで王女様をステラって呼んでるの?」
「うん」
「なんでみんなそんな順応早いの?」
「五年先輩だから?」
麗奈が横から言う。
「関係ないだろ!」
笑いが起きる。
王城で。
王女様の前で。
俺だけが。
落ち着かない。
◇
少し話して。
分かった。
ステラ王女は。
俺が想像していた王族とは。
少し違った。
もっと。
こう。
近寄りがたいものだと思っていた。
言葉一つ間違えたら兵士に連れていかれるような。
でも。
「朝陽さんは、王都で半年ほど冒険者を?」
「はい」
「でしたら、私より王都の食事処には詳しそうですね」
「え?」
「麗奈さんたちは教えてくれないんです」
「だってステラ、勝手に行けないじゃん」
麗奈が言う。
「それはそうですが、知るくらいはいいでしょう?」
「じゃあ昨日行ったところ教えてあげる」
「本当ですか?」
「私じゃなくて朝陽が詳しいよ」
急に振られた。
「俺!?」
「半年先輩だから」
「ここでそれ使うなよ!」
ステラ王女が首を傾げる。
「半年先輩?」
「説明しなくていいです!」
「面白いですよ、ステラ」
瑠奈が笑う。
「瑠奈!」
結局。
説明された。
ステラ王女が笑った。
「なるほど。では朝陽さんは、皆さんの半年先輩なんですね」
「王女様まで……」
「ふふ」
なんだ。
普通に笑うんだな。
当たり前だけど。
王女だからって。
ずっと澄ました顔をしているわけじゃない。
「それで」
ステラ王女の表情が。
少しだけ変わった。
「朝陽さんは、これからどうされるおつもりなんですか?」
「これから?」
「はい」
答えようとして。
止まる。
これから。
王都へ戻ってきた理由は。
情報を集めるため。
セレーネのこと。
遺跡のこと。
俺自身のこと。
知りたいことは。
たくさんある。
でも。
具体的に。
どこへ行くのか。
何をするのか。
まだ。
決まっていない。
「……正直」
俺は答える。
「まだ、よく分かってません」
「そうですか」
「ただ」
隣を見る。
セレーネ。
目が合う。
「知りたいことがあるんです」
「知りたいこと?」
「はい」
全部は言わない。
まだ。
俺自身。
何を追っているのか。
うまく説明できないから。
「この世界のこととか」
少し考える。
「俺が、なんでここにいるのかとか」
ステラ王女が。
俺を見る。
「……なるほど」
その返事は。
思っていたより。
真面目だった。
「でしたら」
ステラ王女が立ち上がる。
「少し、お手伝いできるかもしれません」
「え?」
「瑞輝さんたちにも、こちらの世界についてお話ししてきましたから」
麗奈が頷く。
「ステラ、先生なんだよ」
「先生?」
「地理とか国とか魔法とか。色々教えてもらったの」
「へえ……」
「麗奈さん」
ステラ王女が笑顔のまま言う。
「授業中に三度寝た人が、よく言えますね」
「え」
「三度?」
京介が反応する。
「ちょっと待ってステラ」
「二度目までは起こしました」
「三度目は!?」
「諦めました」
瑞輝が吹き出す。
「王女様でも諦めるんだ……」
俺が呟く。
「私にも限界はあります」
真顔だった。
また。
みんなが笑う。
少しずつ。
俺の中にあった。
王女様。
という巨大な壁が。
ほんの少しだけ。
低くなった気がした。
◇
その後。
ステラ王女に連れられて。
王城の中を歩いた。
勇者たちが普段使っている区画。
訓練場。
勉強に使っている部屋。
「ここで?」
俺が聞く。
「はい」
ステラ王女が答える。
「地理や国家については、主にこちらで」
部屋には。
地図がある。
本がある。
資料がある。
王立図書館とは。
また違う。
国そのものが集めた情報。
「……すご」
思わず。
地図へ近づく。
「朝陽さんは、地図がお好きなんですか?」
「好きっていうか……」
見る。
俺が知っている場所。
王都。
アルヴェン。
俺が歩いてきた範囲。
そして。
その外。
「俺、ここしか知らないんだなって」
半年。
長いと思っていた。
でも。
地図の上では。
小さい。
俺が見た世界なんて。
ほんの一部だ。
「外には、もっと色々あるんですよね」
「はい」
ステラ王女が。
俺の隣へ立つ。
「国も、人も、種族も」
地図を見る。
「バルカンの常識が通じない場所もあります」
「……」
「同じ歴史でも、国によって伝わり方が違うこともあります」
その言葉に。
少しだけ。
引っかかった。
歴史。
俺が。
図書館で調べていたもの。
「……王女様」
「はい?」
「俺にも」
地図を見る。
「教えてもらえますか?」
「もちろんです」
即答だった。
「瑞輝さんたちのお友達だから、というだけではありません」
「え?」
「この世界について知りたいのでしょう?」
笑う。
「なら、知っている人間が教えるべきです」
「……ありがとうございます」
頭を下げる。
「ただし」
「はい?」
「私も、世界のすべてを知っているわけではありません」
少しだけ。
困ったように笑う。
「分からないことは、分からないとお答えします」
「それで十分です」
むしろ。
その方がいい。
俺が欲しいのは。
答えを決めてもらうことじゃない。
知るための。
材料だ。
「じゃあ朝陽」
瑞輝が言う。
「しばらく勉強だな」
「……」
嫌な単語が聞こえた。
「勉強?」
「勉強」
麗奈が笑う。
「異世界来てまで?」
「必要だろ」
京介が言う。
「いや、必要だけど!」
「半年先輩、頑張って」
瑠奈が笑う。
「なんでお前ら嬉しそうなんだよ!」
セレーネを見る。
「……助けて」
「頑張って」
「お前まで!」
笑い声が。
部屋に広がった。
異世界へ来て。
半年。
初めて。
この世界を。
ただ生きるためじゃなく。
知るために。
学ぶことになった。




