第41話 変わったもの
翌朝。
「朝陽」
「ん……」
「朝陽」
「……あと五分」
「もう二回目」
「……」
なんだろう。
最近。
同じことがあった気がする。
「朝陽」
「分かった……起きる……」
目を開ける。
見慣れない天井。
いや。
宿の天井だ。
昨日戻ってきたばかりなのに。
もう何日もいるような気がする。
身体を起こす。
「……ん?」
そこで。
違和感。
声。
セレーネじゃない。
見る。
「おはよう」
瑠奈がいた。
「……」
「朝陽?」
「なんでいるの?」
「起こしに来た」
「なんで?」
「待ち合わせの時間になるから」
「それは分かるけど、なんで部屋にいるの?」
「宿の人に聞いたら教えてくれたよ」
教えるなよ。
というか。
「勝手に入った?」
「ノックしたよ」
「俺、返事した?」
「した」
「なんて?」
「入っていいよって」
「……覚えてない」
「昔から寝起き悪かったもんね」
瑠奈が笑う。
懐かしい。
確かに。
日本でも。
何度かあった。
家が近かったから。
寝坊した日は瑠奈が起こしに来て。
そのたび。
「早く着替えて。みんな待ってるよ」
「はいはい」
「服そこ?」
「うん」
瑠奈が手を伸ばす。
「じゃあ――」
「いや、自分でやるよ」
手が止まった。
「え?」
「着替えくらい自分でできるって」
「……それは知ってるけど」
「ならいいだろ」
ベッドから降りる。
「下で待ってて。すぐ行くから」
「でも――」
「大丈夫」
瑠奈を見る。
「俺、こっち来てからずっと一人でやってたから」
少し。
間が空いた。
「……そっか」
瑠奈が笑う。
「じゃあ、下で待ってるね」
「うん」
扉が閉まる。
静かになる。
「……」
なんだろう。
変な感じだ。
別に。
嫌だったわけじゃない。
むしろ。
懐かしかった。
昔なら。
全部。
普通だった。
「……五年か」
呟く。
俺にとっては半年。
瑠奈にとっては五年。
俺が変わったと思うこと。
瑠奈が変わったと思うこと。
たぶん。
全然違うんだろう。
◇
着替えて。
大剣を背負う。
部屋を出る。
隣の扉をノックする。
「セレーネ」
返事がない。
「……まさか」
嫌な予感。
階段を降りる。
いた。
食堂。
セレーネが一人で朝飯を食べている。
「また先に食ってる!」
「遅い」
「今日は待ち合わせあるって言っただろ!」
「わたしにはない」
「いや、あるだろ。一緒に行くんだから」
「聞いてない」
「……言ってなかったっけ?」
「うん」
言ってなかった。
「ごめん」
「別に」
俺も席へ座る。
向かいには瑠奈。
すでに待っていた。
「セレーネ、おはよう」
瑠奈が声をかける。
「……おはよう」
「昨日はちゃんと話せなかったね」
「そう?」
「うん。朝陽たちの話ばっかりだったから」
「別にいい」
「そっか」
瑠奈は笑っている。
セレーネは普通。
俺は。
なんとなく。
パンを食べる。
「朝陽」
「ん?」
「口」
瑠奈が言う。
「ついてるよ」
「え?」
口元を触る。
パンくず。
「ああ」
取る。
「……取れた?」
「まだ」
「どこ?」
「こっち」
瑠奈が手を伸ばす。
その前に。
セレーネが俺の顔を見る。
「反対」
「え?」
「そっちじゃない」
「こっち?」
「もう少し上」
触る。
「そこ」
取れた。
「お」
指を見る。
「あった」
「……子供みたい」
「うるさい」
瑠奈の手が。
途中で止まっていた。
「……?」
「どうした?」
「ううん」
手を引く。
「取れたならいい」
「?」
よく分からない。
◇
宿を出ると。
瑞輝たちが待っていた。
「遅いぞ」
「時間ぴったりだろ」
「俺らが早かった」
「じゃあ俺悪くないじゃん」
「朝陽!」
麗奈がこっちへ来る。
「おはよ!」
「おはよう」
「ほんとにいる!」
「昨日もいたよ!」
「だって朝起きたら夢だったとかありそうじゃん」
「俺もそれちょっと思ったけど」
「でしょ?」
麗奈が笑う。
京介が。
俺の背中を見る。
「それ、お前の武器?」
「ん?」
大剣。
「ああ」
「デカくね?」
「まあ、大剣だから」
「朝陽が?」
「なんだよ」
「いや……」
京介が俺を見る。
大剣を見る。
また俺を見る。
「似合わねえ」
「お前まで言う!?」
「お前まで?」
「セレーネにも戦いづらそうって言われた」
麗奈が笑う。
「実際どうなの?」
「最近ちょっと思うところはある」
「じゃあ変えれば?」
「簡単に言うなよ。半年使ってんだぞ」
瑞輝が大剣を見る。
「でも、朝陽が武器持ってるってのがまず変な感じだな」
「俺だってそうだよ」
四人を見る。
昨日は。
混乱していて。
装備までちゃんと見る余裕がなかった。
改めて見る。
「……いや、やっぱお前らの方がおかしいだろ」
「何が?」
「装備」
瑞輝の剣。
京介の盾。
麗奈の杖。
瑠奈の装備。
どれも。
俺が冒険者として半年過ごしたから分かる。
明らかに。
良い。
「なんで異世界来たばっかのお前らが、俺より良い装備持ってんだよ」
「勇者だから?」
麗奈が首を傾げる。
「その言葉便利すぎない?」
「便利だよ」
「認めるなよ!」
「朝陽も勇者になれば?」
「なれるなら半年Dランクやってないわ!」
笑われる。
納得いかない。
「でも」
瑞輝が言う。
「お前ももうすぐCなんだろ?」
「たぶん」
「半年で?」
「うん」
「それ結構すごくね?」
「……そう?」
「俺ら冒険者じゃないから詳しくないけど」
京介が続ける。
「昨日の話聞く限り、普通もっと時間かかるんだろ?」
「まあ……」
言われて。
少しだけ。
嬉しい。
「頑張ったからな」
「お」
瑞輝が笑う。
「朝陽が自分で言った」
「何が?」
「昔なら『たまたまだよ』とか言ってただろ」
「……」
言われてみれば。
そうかもしれない。
「半年先輩だから」
セレーネが言った。
麗奈が反応する。
「半年先輩?」
「あ」
嫌な予感。
「なにそれ!」
「こいつが勝手に呼んでるだけ」
「半年先輩!」
「麗奈までやめろ!」
「いいじゃん! 半年先輩!」
「五年先輩に言われたくない!」
「五年先輩!」
「増やすな!」
朝から。
うるさい。
でも。
悪くない。
◇
「で、今日はどうする?」
俺が聞く。
昨日。
また会おうとは言った。
でも。
具体的なことは決めていない。
「俺らは今日は休み」
瑞輝が答える。
「休み?」
「昨日、任務から戻ったばっかだからな」
「ああ、そういえば」
こいつらも。
ただ王都にいただけじゃない。
戦っている。
「どこ行ってたんだ?」
「国境の方」
「国境?」
「初めての国外任務」
「……もう国外行ったの?」
「行った」
「俺まだバルカンから出たことないんだけど」
麗奈が笑う。
「また負けた顔してる」
「勝負してねえよ!」
「でも朝陽の方が半年先輩だよ?」
「そうだよ!」
「なのに?」
「うるさいな!」
京介が笑う。
「じゃあ案内してくれよ、半年先輩」
「王都を?」
「俺ら、王都は知ってるけどさ」
瑞輝が周りを見る。
「自由に歩き回ったことって、そんなにないんだよ」
「そうなの?」
「城と訓練場と、必要なところくらい」
「……マジで?」
「マジ」
少し考える。
俺は。
半年。
この街で暮らした。
ギルドへ行って。
飯を食って。
買い物をして。
図書館へ行って。
迷ったりもした。
勇者。
なんて言われると。
全部俺より上に見える。
でも。
王都で暮らした時間なら。
俺の方が長い。
「……しょうがないな」
「何その顔」
麗奈が言う。
「今日は俺が案内してやるよ」
「おお」
「半年先輩として」
「自分で言った!」
「うるさい!」
◇
まず。
市場。
「広っ!」
麗奈が声を上げる。
「ここ来たことないの?」
「近くは通ったことあるけど、ちゃんと見るの初めて!」
「もったいな」
「朝陽、詳しいの?」
「半年いるからな」
「半年先輩!」
「もう好きにしろ」
歩く。
食べ物。
服。
日用品。
武器。
魔道具。
色んな店が並ぶ。
「これ何?」
「知らない」
「半年先輩?」
「半年で全部知れるわけないだろ!」
「じゃあこれは?」
「それは知ってる」
「なに?」
「……名前なんだっけ」
「半年先輩!」
「うるせえ!」
麗奈が楽しそうだ。
瑞輝も。
京介も。
瑠奈も。
昨日より。
ずっと普通に見える。
俺も。
たぶん。
普通に笑えている。
「朝陽」
瑠奈が呼ぶ。
「ん?」
「荷物、持とうか?」
「え?」
見る。
俺が持っているのは。
さっき買った食べ物が入った小さな袋。
「いや、これくらい自分で持てるけど」
「大剣もあるでしょ?」
「慣れてるよ」
「でも」
「大丈夫だって」
笑う。
「昔と違って、荷物持って歩くのも慣れたから」
「……そっか」
また。
昨日と同じ顔。
少しだけ。
寂しそうな。
でも。
すぐに笑った。
「じゃあ任せる」
「うん」
歩き出す。
隣には。
いつの間にかセレーネがいた。
「重い?」
「全然」
「そう」
それだけ。
別に。
持ってくれるわけでもない。
心配しすぎるわけでもない。
ただ。
聞くだけ。
「……何?」
「いや」
「変」
「なんでもないって」
また歩く。
◇
昼。
六人で飯を食べる。
昔の話。
こっちへ来てからの話。
俺が初めて魔物を見て逃げた話をすると。
麗奈に笑われた。
「笑うなよ! 普通逃げるだろ!」
「だって朝陽、今大剣背負ってるじゃん!」
「今と半年前を一緒にするな!」
「半年で人って変わるんだね」
「お前らは五年で変わりすぎなんだよ!」
逆に。
瑞輝たちが修行の話をする。
「フコクさんって人に教わってんの?」
「うん」
「強い?」
「めちゃくちゃ強い」
瑞輝が即答した。
「へえ……」
少し。
興味が湧く。
「朝陽も見たら驚くと思う」
麗奈が言う。
「そんなに?」
「そんなに」
「見てみたいな」
「じゃあ来る?」
「どこに?」
「王城」
「……」
俺の手が止まる。
「王城?」
「うん」
麗奈は。
何でもないことみたいに言う。
「いやいやいや」
「なに?」
「俺、一般人なんだけど」
「知ってるよ?」
「冒険者だぞ?」
「知ってる」
「Dランクだぞ?」
「それは昨日聞いた」
「王城ってそんなノリで入れる場所じゃないだろ!」
「私たちいるし大丈夫じゃない?」
「その『勇者だから大丈夫』みたいなのやめろ!」
瑞輝が笑う。
「でも、ちょうどいいかもな」
「何が?」
「紹介したい人もいるし」
「紹介?」
「俺らがこっち来てから世話になってる人」
「……偉い人?」
四人が。
微妙な顔をした。
「まあ」
「偉いな」
「かなり」
「……行きたくなくなってきた」
麗奈が笑う。
「大丈夫だって!」
「その言葉信用できない!」
「セレーネも一緒に来ればいいじゃん」
セレーネが顔を上げる。
「わたしも?」
「うん!」
「……朝陽が行くなら」
「俺まだ行くって言ってないけど!?」
「行かないの?」
瑠奈が聞く。
四人を見る。
半年ぶりに会った。
いや。
向こうにとっては。
五年ぶり。
数日したら。
またそれぞれのやることへ戻る。
「……行く」
答える。
「せっかくだし」
「じゃあ決まり!」
麗奈が笑う。
「明日ね!」
「明日!?」
「何かある?」
「ないけど……心の準備が!」
「大丈夫だって」
「だからそれ信用できないって!」
明日。
王城。
異世界へ来て半年。
まさか。
自分から行くことになるとは思わなかった。




