第40話 五年と半年
「……やっと会えた」
瑠奈の声が。
耳元に残っていた。
五年。
俺には半年。
同じ駅から始まったはずなのに。
俺たちが過ごした時間は、あまりにも違っていた。
「……とりあえず」
京介が口を開く。
「座らねえ?」
その一言で。
ようやく周りが見えた。
店中の人が。
こっちを見ている。
そりゃそうだ。
いきなり女の人が走ってきて。
抱きついて。
泣いて。
五年前に死んだとかいう話を始めた。
目立たない方がおかしい。
「……座ろう」
「うん……」
瑠奈が俺から離れる。
目が赤い。
こんな瑠奈を見るのは。
いつ以来だろう。
いや。
俺の知らない五年間には。
何度もあったのかもしれない。
そう考えると。
また変な感じがした。
◇
席を移った。
六人。
さっきまで俺とセレーネだけだった卓を囲むには狭かったので、空いていた大きな席へ移る。
俺の正面に瑞輝。
その隣に京介。
麗奈。
瑠奈。
そして。
俺の隣にセレーネ。
「……」
気まずい。
いや。
気まずいっていうのも違う。
何から話せばいいのか分からない。
五年ぶりに会った友達。
俺にとっては半年ぶり。
しかも。
全員異世界にいる。
情報が多すぎる。
「……とりあえず」
俺が口を開く。
「飯、食う?」
「今!?」
麗奈が思い切り突っ込んだ。
「いや、だって冷めるし」
「朝陽だ……」
「何が?」
「そういうとこ!」
「どういうとこだよ」
麗奈が。
急に笑った。
目元にはまだ涙が残っている。
「なんか……ほんとに朝陽だ」
「だから朝陽だって」
「いや、分かってるんだけどさ」
笑っているのに。
また泣きそうな顔になる。
困る。
俺はこういう時。
何を言えばいいのか分からない。
「……麗奈も」
「ん?」
「変わったな」
「え?」
「いや……五年経ってるんだろ?」
改めて。
四人を見る。
さっきは混乱していて。
ちゃんと見られていなかった。
瑞輝。
背も少し伸びた気がする。
高校生だった頃より身体つきもしっかりしている。
京介もそうだ。
麗奈も。
瑠奈も。
顔には面影がある。
声も。
話し方も。
でも。
やっぱり違う。
俺の記憶にいる四人より。
大人だ。
「……なんか変な感じ」
「それはこっちの台詞だよ」
麗奈が言う。
「朝陽、本当に何にも変わってないんだもん」
「半年しか経ってないからな」
「ほんとに十七?」
「十七」
「うわぁ……」
「何だよ」
「年下だ」
「やめろ!」
麗奈が笑う。
京介も吹き出した。
「五個下か」
「同い年だろ!」
「俺ら二十二だぞ」
「俺は十七だよ!」
「だから五個下じゃねえか」
「納得いかねえ!」
瑞輝まで笑い始める。
「朝陽、敬語使えよ」
「絶対嫌だ!」
「先輩だぞ?」
「昨日まで同級生だった感覚なんだよ、こっちは!」
「昨日じゃなくて半年だろ」
「似たようなもんだよ!」
おかしい。
状況は。
全然笑えるようなものじゃない。
俺は日本で死んでいて。
五年が経って。
四人は二十二歳になって。
その四人が。
なぜか異世界にいる。
なのに。
話していると。
少しずつ。
昔に戻っていく。
「……なんか」
瑞輝が笑ったまま言う。
「安心したわ」
「何が?」
「お前が朝陽で」
一瞬。
言葉に詰まった。
「……俺以外の何に見えんだよ」
「そういう意味じゃねえよ」
分かってる。
たぶん。
分かってる。
「……そっか」
それしか言えなかった。
◇
「それで」
京介が言う。
「お前、本当にこっち来て半年なのか?」
「うん」
「俺らは――」
京介が言いかける。
瑞輝を見る。
「どれくらいだ?」
「まだそんなに経ってないな」
「だよな」
「待って」
俺が手を上げる。
「お前らも、こっち来たばっかなの?」
「まあ……お前よりはずっと後だな」
「意味分かんねえ……」
日本では。
俺が死んでから五年後に四人が消えた。
でも。
こっちでは。
俺が来てから半年ほどしか経っていない。
「じゃあ日本とこっちで時間の流れが違うってこと?」
「そう考えるのが普通じゃねえか?」
京介が答える。
「でも……」
それだけで説明できるのか?
五年と半年。
単純に時間の流れる速さが違うなら。
計算できそうな気もする。
でも。
今の俺たちだけでは。
何も分からない。
「考えても答え出ないんじゃない?」
麗奈が言う。
「それもそうなんだけどさ」
「朝陽そういうの気にするもんね」
瑠奈が言った。
「……そうだっけ」
「そうだよ」
即答された。
なんだろう。
懐かしい。
俺より俺のことを知っている感じ。
昔は。
それが普通だった。
「というか」
俺は四人を見る。
「お前らはどうやって来たんだよ」
四人が。
一瞬黙った。
「……駅」
瑞輝が答える。
「駅?」
「お前が死んだ駅」
背筋が少し冷える。
「五年目の命日に、四人で行ったんだ」
「なんで?」
「それは……」
瑞輝が瑠奈を見る。
瑠奈は。
静かに俺を見返した。
「わたしが、行こうって言ったの」
「瑠奈が?」
「うん」
「なんで?」
「……なんとなく」
少しだけ。
間があった。
でも。
それ以上は何も言わなかった。
「それで?」
「ホームで急に足元が光って」
麗奈が続ける。
「気づいたら、こっち」
「……俺と全然違うな」
「朝陽は?」
「俺?」
どこまで話す。
一瞬考える。
でも。
こいつらに隠す理由はない。
「俺は駅の後の記憶がほとんどない」
四人が静かになる。
「気づいたら森の中にある遺跡みたいな場所で寝てた」
「一人で?」
瑞輝が聞く。
「一人」
「マジかよ……」
「しかも何も分かんないし、スマホもすぐ使えなくなるし、金もないし」
「スマホ持ってたの!?」
麗奈が食いついた。
「持ってるよ。今も」
「見せて!」
「電池切れてるぞ?」
「いいから!」
なんでそこに食いつくんだ。
鞄から。
ずっと持っているスマホを取り出す。
テーブルへ置く。
四人が見る。
「……懐かしい」
麗奈が呟いた。
「懐かしい?」
「朝陽、それ……五年前の機種だよ」
「……あ」
そうか。
俺にとっては。
半年前まで使っていたスマホ。
でも。
こいつらにとっては。
五年前のもの。
「うわ……」
急に。
実感が来た。
五年。
数字だけだったものが。
少しだけ。
形になった。
「……マジで五年なんだな」
「うん」
瑠奈が。
スマホを見ている。
「ケースも同じ」
「そりゃ変える場所ないからな」
「……そっか」
瑠奈が。
少しだけ笑った。
◇
「で」
麗奈が。
ようやく隣へ視線を向けた。
「ずっと気になってたんだけど」
俺も見る。
セレーネ。
さっきから。
ほとんど喋っていない。
料理を食べながら。
俺たちの話を聞いていた。
「ごめん」
俺は頭を下げる。
「完全に置いてけぼりだった」
「別に」
いつもの返事。
「えっと……」
麗奈がセレーネを見る。
「朝陽のお友達?」
「仲間」
セレーネが答えた。
短い。
「セレーネ」
「セレーネちゃん?」
「セレーネでいい」
「じゃあセレーネ!」
麗奈の距離の詰め方が早い。
「私は麗奈。木内麗奈」
「……麗奈」
「そうそう」
瑞輝が続く。
「高田瑞輝」
「河野京介」
「村井瑠奈」
最後に。
瑠奈が名乗る。
セレーネが。
四人を見る。
「……よろしく」
「よろしく!」
麗奈が笑う。
俺も。
改めて説明する。
「セレーネとは、こっちで会ったんだ」
「どこで?」
瑞輝が聞く。
「ちょっと遠いところ」
さすがに。
禁域の地下で石になってました。
とは言わない方がいいだろう。
「王都に戻ってくるまで一緒に旅してた」
「どれくらい?」
麗奈が聞く。
「半年ずっとってわけじゃないぞ。俺がこっち来てから半年で、セレーネと会ったのは最近」
「あ、そっか」
「まあでも、今は一緒に行動してる。仲間だよ」
その時。
瑠奈が。
セレーネを見た。
ほんの一瞬。
さっきまでとは違う。
鋭い。
そう感じた。
「……?」
でも。
すぐに。
いつもの顔へ戻った。
気のせいか?
「朝陽」
「ん?」
瑠奈が俺を見る。
「怪我してない?」
「え?」
「こっちに来てから」
「怪我?」
「一人だったんでしょ?」
「あー……」
怪我。
そりゃ。
した。
「まあ、それなりに」
「それなりって?」
「魔物に吹っ飛ばされたり」
「は?」
「崖から落ちかけたり」
「朝陽」
瑠奈の顔が怖い。
「いや、生きてるから!」
「当たり前でしょ!」
懐かしい。
これ。
完全に。
昔の瑠奈だ。
「傷は?」
「もう治ってる」
「本当に?」
「本当だって」
「見せて」
「なんでだよ!」
「怪我したんでしょ?」
「半年も前の傷まで見せられるか!」
「朝陽、昔からそういうところあるから」
「どういうところだよ」
「大丈夫じゃないのに大丈夫って言う」
言い返そうとして。
止まる。
心当たりが。
ちょっとある。
「……いや、でも本当に今は大丈夫」
「ならいいけど」
納得していない顔。
「というか瑠奈」
「なに?」
「俺、半年一人で生活してたんだぞ?」
「うん」
「だから、前みたいに何でも心配しなくていいって」
瑠奈が止まった。
「……前みたいに?」
「いや、ほら。昔は色々やってもらってたけど」
朝起こされたり。
忘れ物を確認されたり。
なんだかんだ世話を焼かれていた。
でも。
今は。
「飯も作れるし」
セレーネが俺を見る。
「……一応」
「おい」
「焦がすけど」
「一回だけだろ!」
麗奈が吹き出した。
「なにそれ!」
「旅の途中でちょっと!」
「朝陽が料理!?」
「するよ!」
「嘘!」
「なんでだよ!」
瑞輝も笑う。
京介まで。
瑠奈も。
少し遅れて。
笑った。
「……そっか」
「ん?」
「できるようになったんだね」
「まあな」
半年。
たった半年。
でも。
俺にとっては。
色々あった。
一人で起きて。
一人で食べて。
働いて。
金を稼いで。
戦って。
死にかけて。
それでも。
生きてきた。
「俺だって、ちょっとくらい成長してるよ」
「うん」
瑠奈が頷く。
「そうみたい」
その顔が。
少しだけ。
寂しそうに見えた。
◇
話は。
なかなか終わらなかった。
俺がこの半年。
何をしていたのか。
四人が。
どうやってこの世界へ来たのか。
全部話そうとしたら。
たぶん一晩じゃ足りない。
「お前ら、今どこにいるんだ?」
俺が聞く。
四人が顔を見合わせる。
「王城」
瑞輝が答えた。
「……は?」
「王城」
「なんで?」
「色々あって」
「色々で王城に住めるの!?」
「住んでるっていうか……世話になってるっていうか」
京介が頭を掻く。
嫌な予感がする。
こいつらの装備。
さっきから気になっていた。
どう見ても。
普通の冒険者じゃない。
「お前ら……何してんの?」
また。
四人が顔を見合わせる。
「……勇者」
瑞輝が答えた。
「……」
「……」
「誰が?」
「俺らが」
「……四人とも?」
「四人とも」
「……」
セレーネを見る。
「朝陽」
「ん?」
「顔、変」
「いや、だって!」
四人を見る。
幼馴染と友達。
五年ぶり。
異世界。
二十二歳。
王城。
勇者。
情報が。
多い。
「……ちょっと待って」
頭を抱える。
「俺が半年かけてDランク冒険者になってる間に、お前ら何してんの?」
一瞬。
静かになって。
麗奈が。
耐えきれず笑った。
「ご、ごめん……!」
「笑うな!」
「だって……朝陽……!」
「俺だって頑張ったんだからな!?」
「分かってる! 分かってるけど!」
瑞輝まで笑っている。
「お前ら!」
「悪い悪い」
「全然悪いと思ってないだろ!」
なんだこれ。
本当に。
なんなんだ。
でも。
笑い声を聞きながら。
少しだけ思う。
俺は。
この世界へ来て。
日本には帰れないと思っていた。
もう。
二度と会えないと思っていた。
それどころか。
向こうでは。
俺の方が。
死んだことになっていた。
なのに。
今。
同じテーブルにいる。
瑞輝がいる。
京介がいる。
麗奈がいる。
瑠奈がいる。
隣には。
セレーネがいる。
理由は。
何一つ分からない。
五年と半年。
どうして時間がずれたのかも。
なぜ俺たち全員が。
同じ世界へ来たのかも。
何も。
分からない。
それでも。
「……朝陽?」
瑠奈が俺を見る。
「いや」
首を振る。
「なんでもない」
今だけは。
分からないままでも。
いい気がした。




